第282話 きゃにつよーい
結果的にいうと、ヴァイスたちのPTは全滅した。甲殻が砕かれて丸見えになった筋線維が風船のように膨らんだ変異シェルクラブは固く、そして素早くもなった。断裂していた筋線維の修復による超回復で恐ろしいまでに育った筋肉から繰り出される攻撃に、ヴァイスやカミーユ、レオンですら太刀打ち出来なかった。
それにユニスのヒーラーが大分お粗末だった。支援回復はまだしも、二人死んだ際の蘇生に手間取りすぎたのが致命的だ。二人ならばまだ立て直せる範囲だし、そこから挽回出来る可能性もあっただろう。しかしユニスは立て直せなかった。
お団子レイズ開発に時間を割いていたので仕方ない部分もあるが、上の下はあったユニスの実力は明らかに落ちていた。あれなら紅魔団のセシリアを入れた方がPTは上手く回りそうだ。
「うわーーー。あのPTが負けるのか」
「おいおい……とんでもねぇなあのシェルクラブ」
「あれが巣に帰って回復まですると思うと、ゾッとするね」
神台周りにいた大人や迷宮マニアたちはあのドリームPTに期待を寄せていた分、残念がる声が多い。ヴァイスやレオン、カミーユのファンも多いだけにほとんどの者が落胆していた。
「きゃにー♪」
「しぇるくらぶつよーい!!」
「みんなころしちゃった!!」
対する子供たちは変異シェルクラブがしている勝利のカニポーズを真似て大喜びだ。そして今日も建築物を作る作業へと向かっている手ぶらのシェルクラブを道路で見つけると、みんなで一斉に向かっていった。
(ユニスがポカやらかしたとはいえ、変異シェルクラブが強いことに変わりはないな。……ヒーラーだけならこっちの方が強い。でもあっちは変異シェルクラブと相性がいいし、そのおかげでPTも機能してるしな。勝つのは厳しそうだ)
コリナなら二人死んだところで容易に立て直せるため問題はない。ただヴァイスとレオンの練度が低いなんちゃってタンクは変異シェルクラブに限っていえば相性が良く、アタッカーとしての個人力も上だ。PTの纏まり具合ならば無限の輪の方が上だが、変異シェルクラブが相手ではドリームPTの方が間違いなく強い。
(先に突破された時に気落ちしなきゃいいけど)
ユニークスキルという公式チートを集めただけの即興PTに負けたとなると、結局は才能かと考えて腐ってしまうかもしれない。もし負けた際には何かフォローが必要かなと努は考えながら、目玉のPTが全滅したので他の神台へと移る観衆たちを眺めていた。
(……暇になっちゃったな。どうするか)
普段の休日ならば予定を立てて過ごすので暇になることはあまりないが、今回はディニエルの活躍に免じて出来た臨時の休日なので予定が詰まっていない。神台もアルドレットクロウは随時チェックしているし、それ以外のものは迷宮マニアの記事で事足りる。備品や装備でお世話になっている森の薬屋やドーレン工房も定期的に顔を出しているし、先ほど魔道具職人のところも回ってきたところだ。
(ガルムとかが暇してたら、ダンジョン行くか)
結局そこに行き着いた努は、一度クランハウスへと帰った。しかしディニエルは勿論だが、ゼノも今日は妻と一緒に出かけたらしい。そして肝心のガルムも今日は孤児院に行ったということで、残ってるのはダリルしかいなかった。
「暇ならダンジョン行かない?」
「いいですけど……」
垂れた犬耳が痒いのかソファーに座りながらくしくしとしているダリルは、ガランとしているリビングを見回した。ダンジョンに行くのはいいがPTメンバーがいない。そう言いたげな顔をしている。
「ギルドでPT斡旋もしてるでしょ?」
「……あぁ、そこで集めるんですか?」
ダリルもギルドのPT斡旋自体は知っている様子だったが、あまり乗り気ではなかった。彼が利用していた時期はまだタンクの概念がなかったため、ただの荷物持ちとして参加していたことが多かった。そのため良いイメージが湧かないのだろう。
「ダリルが嫌ならいいよ。どうせ暇つぶしだし、僕も信用出来るタンクが一人もいないPTだったら行かないし」
「信用、出来る……」
ダリルはポツリと呟いた後、その両目をメラメラと燃え上がらせて立ち上がった。
「行きましょう!」
「切り替え早いな。あぁ、それに今はダリルがPT斡旋していた時とは環境が違うから、そう悪いものでもないと思うよ」
「あ、そうなんですか?」
「僕も実際使ったことはあんまりないけど。ただ斡旋掲示板だけは割と見てたからね。ギルドも頑張ってるみたいだよ」
確かにダリルが修行していた時期のPT斡旋は荒れていただろうが、今となっては大分整備されたし王都からの新規流入もあって結構機能しているようだ。貴族の流入もあってギルドも本格的に悪質な新規への搾取行為を取り締まっているため、悪い噂は聞かない。
「たまには知らない人とPTを組むのも面白いしね。……いや、僕は最低一人は知ってるタンクいないと行きたくないけどさ。まぁー、うーん。即興PTは良くも悪くもって感じだからなぁ……。でもこういう暇な時に行くくらいの価値はあるよ」
『ライブダンジョン!』では自分の好きな時間で気楽に組める野良PTも好きでガンガン回していたが、死ぬリスクがある今では最低一人は信頼出来るタンクが欲しいところだ。それと野良PTの独特な楽しさは知っているのだが、ダリルが楽しいと思うかはわからない。
ただ知らない人たちと実際にPTを組むことによって、自分の立ち回りに幅が出来ることは確かだ。神台で見るだけではわからないこともあるし、特にタンクやアタッカーは普段と違う者を間近で見られるチャンスだ。それがたとえ自分よりレベルが低くとも、新たな発想が浮かぶこともある。
そんな努の話を聞いていくうちにダリルも乗り気になってきたようだ。散歩という言葉を聞いた犬のように尻尾を振っている。
「それじゃ、装備の準備よろしく。僕も準備してくるから」
「了解です!」
軽い調子で言いながら階段を上がっていく努に、ダリルもどたどたと足音を立てながら続いた。
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