第281話 ドリームPT
「随分派手だなぁと思ってましたけど、そんなに良い魔石だったんですね。うわ、損失額すごっ! 一回の戦闘では過去最高じゃないですか? これ?」
八十六階層を様子見してクランハウスに戻ってきた努は、お風呂に入って夕食を終えた後オーリに呼び出された。そして変異シェルクラブPTが今日出した損失報告を受けると、面白そうに笑っていた。
するとオーリは
「申し訳ございません。私の責任です」
「いや、全然謝らなくていいですよ。それでハンナとオーリさんは責任を取って減給すると」
「はい。全てこちらで支払います」
「まぁハンナは失敗しないと学ばないんでいいですけど、オーリさんの分は僕が出しますよ。光と闇の魔石と余った装備売買でお金ありますし、自分がクラン運営に回している資金もありますし」
「……いえ、ハンナへあの魔石を渡してしまったのは私ですので」
「というか家事担当に経理までやらせてるこっちにも非はあるので、そこまで気にしなくていいですよ。一応僕の方でも確認はして問題ないと判断しましたし、オーリさんが減給されるとなると見習いの子も恐縮しそうですしね」
「……わかりました」
それくらいのことでオーリに負担を強いる理由もないのでそう言うと、彼女は納得がいっていない顔はしていたが引き下がって事務報告を終えると部屋を出ていった。
オーリが普段書類整理などで使っている部屋で一人になった努は、ソファーにもたれかかりながら天井を見上げた。
(炎の大魔石使っても倒せなかったのか……)
魔流の拳は『ライブダンジョン!』にないものなので詳しいDPSは測れないが、それでもスキルと同程度、状況次第ではそれ以上の力が発揮できるものだと考えている。アーミラが動けずあまり攻撃できていなかったとはいえ、変異シェルクラブはそこそこ削れていた。しかしその状態で魔流の拳を受けても神台の映像が途切れる前の変異シェルクラブは生きていて、まだ動けるようにも見えた。
(体力だけで考えるとマウントゴーレムくらいはあるのかな? 凄いカニだな)
手慰みにヒールを星のように天井へ並べて疑似プラネタリウムを作りながら変異シェルクラブについて考えていると、遠慮がちに部屋の扉が開いた。そしてひょこんと跳ねている青髪がそろーっと入ってくる。
「あ、派手な無駄遣いして無限の輪で初の減給までされたハンナさんじゃないですかー。お疲れっすー」
「…………」
部屋に入るなりそんな声をかけられたハンナは、部屋の天井に浮かんでいるスキルを見ながらポカンとした顔をした。しかしその煽り言葉を理解すると同時に、沸騰したやかんのような声を上げて走り去っていった。すると扉の外からにゅっと白い猫耳が顔を出す。
「本人じゃないわたしでも今のはちょっとムカついたよ」
「お金のことで謝られてもこっちは困るんだよ。別に気にもしてないし」
「……わたしが言うのもなんだけど、ツトムもお金に頓着しないよねー。そいっ!」
天井にいくつも置いてあったヒールに飛びついたエイミーは、少し回復しながらまじまじと自分の手を見つめている。すると努は穴の開いた疑似プラネタリウムを見上げながら含み笑いした。
「エイミーは金遣い荒いけどそれよりもっと稼ぐタイプだよね。そこらの貴族より資産価値あるんじゃない?」
「そんな資産価値のある女の子に酷い態度を取るクランリーダーはどれだけ凄いんだろうね?」
「貴族のお嬢様扱いされたいならそうするけど?」
「それ多分嬉しい半分悲しい半分だよ。はぁー。金に集ってくる人って嫌いだったけど、何で肝心の努はお金に執着しないのかなー?」
「別にG《ゴールド》なんて稼ごうと思えばいくらでも稼げますし」
そう言ってちらっと意味深な視線を向けてくるエイミーを、努は彼女が開けた穴に追加のヒールを置きながらスルーする。
「うわ、それハンナちゃんの前で絶対言わないでよ。減給で大分沈んでたんだから」
「それであれの頭が少しでも良くなれば大収穫だよ。自分の金回りくらい自分で管理してもらわないとね」
「商人たちからまさしくカモみたいに扱われてるもんね?」
「そのネギしょってるカモが鍋にして美味しく頂こうとしている自分たちを守ってくれるんだから、商人たちは笑いが止まらないだろうさ」
「……え。そんな状況だったんだ?」
「でも本人は幸せそうだし、もう放っておいているけどね。借金だけはしないようだし」
「わたしからもちょっと言っておくよ。で、これなに?」
するとエイミーは若干楽しそうな顔で違う話題にすぐ乗っかった。それから二人はこの世界の夜空に浮かぶ星を想像して作った疑似プラネタリウムのことや、変異シェルクラブについてしばらく話し込んでいた。
▽▽
その翌日、ディニエルの要望で臨時の休日となり暇になった努は、いつものように神台市場へ足を運んでいた。そしてダンジョン攻略に役立ちそうな魔道具を開発している職人たちに挨拶回りと資金提供をした後、一番台を覗いた。
(なんかどんどん顔つきが悪くなっている気がするけど……大丈夫か?)
装備を揃えた努たちが八十五階層を突破してから、アルドレットクロウの攻略速度は全体的に上がっている。一軍はもう八十九階層に到達しているが、その中でもステファニーの顔つきが大分怪しくなっていた。
一番変わったと思うのは目の下にある
「さぁ、行きましょうか」
とはいえ以前周囲に自分と同レベルを求めすぎて降格されかけた反省もあるのか、PTメンバーに対する態度は至って普通だし空気も悪くはない。一軍PTの指揮は彼女が執り行っているが、PTメンバーの状態も考慮しているのでそこまで無茶な進行をしていない。だがその攻略速度は最前線であるにもかかわらず他の軍を突き放していた。
「お団子レイズはもう仕上がりました。九十階層もこの調子で突破します」
「……そ、そうだな」
ステファニーがユニスと不仲であることは周知の事実で、そんな彼女が開発したお団子レイズを練習することは屈辱だっただろう。しかしその屈辱すら容易に受け止めてただ前に進む彼女の姿勢には、あのポルクですら引いている様子はあるが一定の尊敬はしているようだ。ビットマンもまるで従軍していた頃の上司でも見るような目を向け、ルークとハルトに至っては完全にステファニー信者だった。
(思ったより進行が早い。まぁ九十階層で詰まるだろうけど……でも少し予定は早めなきゃいけなさそうだ)
九十階層主である大天使の成れの果て。省略されて成れの果てと呼ばれることが多いモンスターは、ヒーラー殺しで有名だ。まず攻撃の命中率が下がる暗黒と、スキル使用が出来なくなる沈黙が合わさった状態異常、暗黙を引き起こす全体攻撃を使用してくる。この全体攻撃にはいくつかのパターンがあり、慣れれば攻撃予測が出る前に避けられるが初見では対応が難しい。攻撃の予測線が出ないこの世界では尚更だ。
それにこの世界の暗黒という状態異常は視界がほとんど塞がれるため、当たってしまえばまず戦闘不能になる。解除出来るアイテムは存在するが慣れていなければ自力で解除出来ないため、仲間に解除してもらう必要がある。
そしてスキルが使用出来なくなる沈黙状態はヒーラーにとって致命的だ。支援回復が出来ないヒーラーなど存在価値がない。それに成れの果ては目を合わせた者を徐々に石化させていく能力もあるため、慣れていない初見PTの場合は定期的にメディックで解除しなければならない。完全な石化状態になってしまえばその者は死ぬからだ。
『ライブダンジョン!』では魔眼の予測が出た時に背を向けるだけで石化状態になることはなかったため、慣れているPTならば一度も石化を解くためのメディックを使わずに突破出来ることが多かった。ゲーム通りなら努が指示出しすれば問題ないだろう。
しかし以前のスタンピードで努は、黒竜が稀にしか使わなかった魔眼を常時発動していたことを確認している。そのため成れの果ての石化魔眼も常時発動している可能性が高いため、ヒーラーがスキルを使えなくなった時点でPTが崩壊する可能性は想像出来た。
(あれは初見の時苦労したからな……。越えるのはステファニーでも骨が折れるだろう。まぁ、あの様子じゃ僕が百階層攻略する頃には突破していてもおかしくないけど)
自分も成れの果て攻略には苦労した経験があるため、並みのヒーラーなら越えるのに相当時間がかかると想定している。なので九十階層でアルドレットクロウを抜かした後は余裕が生まれると思っていたが、ステファニーが予想以上の活躍を見せているので少し予定を早める必要があった。
(……取り敢えず、百階層を越えてからだな。あれに声をかけるのは)
百階層で日本へ帰る手掛かりが見つかればそれで目標は達成出来るし、見つからなければ予定が伸びて余裕が出来るので声はかけられるだろう。正直なところ厄介事を後回しにしている部分もなくはないが、しかし今ステファニーに声をかけて面倒なことが起きるのは本当に避けたい。そのためまずは自分の目標を達成してからの方がいい。
努はそんなことを考えながら一番台から離れ、小さいモニターの三十番台辺りを見て回る。そして人だかりが出来ている神台を見つけたので早速覗いた。
(何回見てもえげつないPTだな)
龍化、不死鳥の魂、金色の加護のユニークスキルを持つ三人に、表ダンジョンでは最高峰の武器を持つ黒魔導士のアルマ。そしてお団子レイズ開発者であるユニス。取り敢えず強い奴集めたと言わんばかりのドリームPTだ。
そんなPTは変異シェルクラブを相手に戦っている。流石にクランリーダーが二人いるため最低限の情報は持っているらしく、粘着液の対策は考えてきたようだ。
「面倒くさいのです……」
ユニスはそう愚痴りながらシェルクラブが吐き出した粘着液へ、そこらじゅうにある砂をせっせと振りかけていた。それで粘着液自体はなくならないが、砂を被せることで粘着力を大分減らすことは出来る。更に粘着液を出そうとする動作をした際に、攻撃力のあるカミーユかアルマが即時に顔面を攻撃して防いでいた。
「ひょー! めっちゃ効いてるかんじするぜ!」
「…………」
そして不死鳥の魂が付与された武器を振るうレオンは、動きが早すぎて神の眼も追い切れていない。ヴァイスは赤い
「そろそろどいて! 撃てるわよ!」
そんな二人だけでも十分ダメージは稼げているが、それでもタンクの役割だ。精神力を回復し変異シェルクラブからのヘイトも減退したアルマがそう叫ぶと、二人は一斉に違う方向へ分かれた。
「メテオストリーム!」
黒杖によって消費する精神力は軽減し、威力は増強された流星群が変異シェルクラブに襲い掛かる。それを二度続けて放ったアルマの後に赤の翼を羽ばたかせ、カミーユが水晶のような鋏に真っ向から大剣を突き立てた。そんな力任せの一撃に変異シェルクラブが口元の泡を苦し気に吐き出す。
(噛み合ってるなー)
ヴァイスとレオンは最近タンクへ転向したが、そこそこ機能はしている。だが、そこそこ止まりだ。だからこそお互いPTとして見るとあまり上手くいっていないのが現状である。
そもそも二人は今までアタッカーをしてきたし、ジョブもそれが適正だ。それにもかかわらずタンクをするということは、少なくとも覚悟がいる。だが二人にはそれがない。二人からはアタッカーでヘイトを稼ぐついでにタンクをしているような雰囲気が感じられる。だからタンクとしての上達がほとんどなく、PTもそれに引きずられるように機能していなかった。
しかし全員で削りきることが前提の変異シェルクラブが相手だと、二人はタンクの立ち回りをせずに今までしてきたアタッカーの動きが前面に押し出せる。そのため二人は生き生きと動けていたし、機能もしていた。なので努は噛み合っているなという印象を受けたし、恐らく同じPTのアルマやユニスもそう思っただろう。
(アーミラとかカミーユもそうだったけど、全部自分で何とかしようとするもんなー)
レオンとヴァイスには確かにタンクもこなせる能力はある。だが本人たちはそこまでタンクをこなすことを望んでいるわけではないため、大して上達しない。そんな二人がタンクをしてしまっていることが、金色の調べと紅魔団が伸び悩んでいる主な原因だ。
恐らく他のタンクに向いている者がその役割を果たしてアタッカーに戻れば、PTは劇的に伸びる。それにユニークスキルがあるのなら役割にこだわらずとも、アタッカー4ヒーラー1の従来方式でも問題はない。構成に絶対はなく、その時の流行りや時代によって変わるものだ。実際ヒーラーを抜いたPTが『ライブダンジョン!』でも流行った時期はある。
(変異シェルクラブで少しはわかるといいんだけど)
そんなことを思いながら努がユニスの粗を見つけてはため息をついたり、カミーユを見てアーミラに応用できるところがないか探していると、変異シェルクラブの装甲が剥げてその下にある黒い甲殻も割れ始めた。今のところレオンが一度死んだくらいなので、大分順調に戦闘は進んでいた。
しかし割れた黒い甲殻の下にある身は、まるで心臓のように赤く不気味に脈動していた。
「ハンナちゃんがぶっ放した時、ちらっと見えたやつだな。どうする?」
「決まっている。何かされる前に、こちらが叩き潰す」
「……問題ない」
「ちょっと! 私もいるんですけど!」
ユニークスキル三人が戦闘しながら話し合っている中で、ユニスの近くで精神力を回復しているアルマがぎゃーぎゃー喚いている。するとヴァイスが申し訳なさそうな顔をして、二人は思わず苦笑いした。
「勿論アルマちゃんも入ってるぜ! ユニス! 支援回復よろしくな!」
「存分に暴れてくるのです」
任せろと言わんばかりに胸を張るユニス。そんな彼女の支援回復を受けながら、前線組の三人は不気味に俯いている変異シェルクラブへと躍りかかった。
「……あ?」
ただ三人の攻撃は拍子抜けしまうくらいに変異シェルクラブへと通った。赤く不気味に蠢く筋線維は容易に割け、その度に変異シェルクラブは苦しそうな声を上げながら体液をまき散らす。
「……油断するな。メルチョーではないにしろ、魔流の拳を耐えられるほどの相手だ」
「あぁ。むしろ叩けば叩くだけ強くなるとか、そんなところか? 逃げ一択みたいな行動だし」
先ほどまでは積極的に攻撃してきた変異シェルクラブの動きは、大分弱気になっている。もう逃げる姿勢も見せているのでカミーユも積極的に攻撃へ参加し始めたが、それを境に今まで攻撃に使っていた大きな右鋏を防御に使い始めて中々攻め込めなくなった。
「め、面倒くせぇ……」
こうなってしまえばもう攻め殺して終わりだと思っていた。しかし巨大な右鋏をぶんぶんと振られるだけでも厄介で、更にレオンの目にも止まらぬ攻撃にすら機械のように反応して防いでくる。苛烈な攻撃から一転して隙のない防御をし始めた変異シェルクラブに、レオンは焦れた声を上げる。
「ぐおっ」
その防御を打ち崩そうと大剣を振り回していたカミーユは、その剣筋を見切られて大きく弾かれた。そしてカウンター気味に振り抜かれた左の鋏に脇腹を深く切り裂かれた。鮮血が砂に染み込んで黒ずむ。
「ハイヒール!」
すぐにユニスがハイヒールで癒すが、その直後にレオンもカウンターを受けて派手に血を散らせた。その様子を見ながらヴァイスは大きな槌の取っ手を握り直す。
「近接戦は不利か」
大きな右鋏を前に突き出している変異シェルクラブの隙が見えない構えに、ヴァイスはちらりとアルマへ視線を送る。するとアルマはしょうがないわねとでも言いたげな顔をして青ポーションを飲み干すと、黒杖をくるくると回した。
「どきなさいっ! 私が焼き尽くすわ!」
身が剥き出しの今なら炎の方が通ると考え、アルマはすぐに変異シェルクラブへ杖を向ける。そして三人が離れたと同時にありったけの精神力を込めてスキルを放つ。
「クリムゾンバーン!」
七十レベル前後の黒魔導士が使える火系スキルの中で最も威力のあるクリムゾンバーン。それを三つ放って変異シェルクラブに着弾させた後、続けて口にする。
「エクスプロージョン!」
その熱量と爆発による衝撃で変異シェルクラブは悲痛な声を上げる。そしてスキルを放つのを止めたアルマに合わせて三人が突っ込もうとしたが、その異様な光景に思わず手が止まる。
「あ、脚、食ってんのか……?」
先ほど上げたシェルクラブの悲鳴。それはアルマの攻撃によるところもあるが、自分の計八本ある脚の内二本を鋏で切っていたことも起因していた。そして変異シェルクラブは自分の脚を左の鋏で手にして甲殻ごと口にしていた。
「止めろっ。回復してるぞ!」
カミーユがそう叫んですぐに突っ込むが、変異シェルクラブはもはやその大剣で攻撃されようが一心不乱に脚を食べていた。食べるうちにズタボロにされていた赤い筋線維はみるみるうちに回復していく。
「……くそっ、硬くなってやがる」
修復されていく筋線維に不死鳥の魂が付与されたロングソードを突き立てるも、先ほどのように切れず刃が止まる。自身の脚を食べることで回復して再構築された脈動している筋線維は、恐ろしいまでに盛り上がっていた。
全身が赤い風船のように膨れ上がった変異シェルクラブは、その体を不気味に脈動させながら威嚇するように二つの鋏を振り上げている。
「もう一度追い詰めればいい話だ。切り替えろ」
「ういー」
「面倒な相手だ」
そして脚が三本になったが身が強化された変異シェルクラブを、三人は再び真っ向から攻め立てた。
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