第278話 ファレンリッチは強敵でしたね

「いやぁファレンリッチは強敵でしたね」

「…………」



 無表情のディニエルへ牽制するように話しかけながら、努は地面にびっしりと転がっている光と闇の魔石を拾っている。ヒーラー1タンク3アタッカー1という変則的な構成。それにディニエルは新しい弓にまだ慣れていなかったし、全員まだ適性の八十レベルまで上がってもいない。しかし努たちPTは時間こそかかったがファレンリッチを突破していた。


 一番の要因は光と闇階層の宝箱から手に入る装備を全員揃えているところだろう。そのおかげで努とディニエルは終盤に放たれる闇の範囲攻撃を防げ、タンク三人も白と黒が入り混じった防具で被ダメージを防げていた。更に武器も相手の弱点をつけるためタンクの攻撃がそこそこ通ったことも大きい。



「ごめんなさい、僕は結構攻撃もらっちゃってましたね」

「なに、気にすることはない!」

「いや、ゼノは絶対に気にしろ。聖騎士で光属性に耐性あるからっていくら何でももらいすぎだよ。何回言っても聞かないし、いっそ回復させずに死なせてやろうかと思ったわ」

「オウッ!! すまない!!」



 堕天使やファレンリッチは光と闇属性の攻撃を放ってくるため、それぞれに対応した装備で防御することが重要である。しかしその光と闇属性への対応にダリルとゼノは難儀していて、今もキメ顔の彼に至っては努が死なせようかと思ったくらいまともに被弾していた。


 そんな中でガルムは一番的確に黒い大盾と白い鎧を上手く使い分け、自分への被ダメージを減らしていた。実戦の中で瞬時に学び取って行動に移すその対応力は、神のダンジョンで最前線を走っていた時に半ば無理やり得たものだ。そうしなければガルムは生き残れなかった。


 それと今まで試していた限界の境地を利用した立ち回りを、今回はしなかった。そのことについて努はあえて何も触れなかった。



「ディニエルもお疲れ様」

「…………」



 そしてもはや全ての感情が抜け落ちているかのような顔をしているディニエル。本当にこちらへ弓を構えてきてもおかしくない様子な彼女に、努は地雷原でも歩くかのような心境で言葉を続けた。



「ディニエルの様子見て、この調子なら突破出来るかなと思っちゃったからさ。無茶させて悪かったよ」

「…………」



 努も出来る限り攻撃はしたし、タンクたちの攻撃もある程度通ったので堕天使の数を減らすことは出来た。だがもしディニエルの代わりに他のアタッカーが入っていたら突破出来なかったと断言できるほど、彼女の仕事ぶりに助けられていたことは間違いない。


 瞬間的な爆発力ならばアーミラも候補に挙がるが、彼女の龍化は長期戦に不向きであるため途中で息切れしてしまう。エイミーは長期戦も可能だが今のところ明確な強みがないし、リーレイアも万能ではあるがそれ故に突出したものがないので頼りない場面も出てくる。


 しかしディニエルは弓の純粋な腕とスキルを組み合わせたえげつない弱点射撃に、戦闘の中で上手くサボることを極めていた。短期戦では力を抜くことの利点が表に出る前に終わるが、長期戦ならばその真価が出てくる。ディニエルは確かにサボりはするが、自分の仕事はきっちりとこなす。


 アーミラ並みの強烈な爆発力に、エイミーやリーレイアよりも高い継続戦闘能力。そんな彼女だからこそアタッカーが一人という状況でも火力不足に陥ることなく、堕天使の群れとファレンリッチを突破することが出来た。


 ただディニエルは初めから弓の調整だけをする予定でファレンリッチを突破するとは聞かされていなかったことと、自分の思い通りに矢が飛ばない状況で無理に働かされたことが合わさって相当不機嫌な様子だった。



「腕、出して」

「……またゴムパッチンでもする気?」

「ツトムが嫌がることといえばこれ。本当なら手足の一本くらい射貫きたいところだけど、後でエイミーに怒られそうだし」

「その顔で言われると本当に怖いから止めてくれ。ほら」



 本当にやりかねない顔をしているディニエルに引き攣った顔で返しながら、努は渋々といった様子で腕を差し出した。状況を見てファレンリッチとの戦闘を継続する判断を下した時、多数決で半ば無理やり押し通したので怒られることは覚悟していた。その怒りがいつぞやにやられたゴムパッチンで済むならまだマシだ。


 するとディニエルがポニーテールを解いて腕にヘアゴムをくぐらせて指でつまみ、ぐいーんと上に引き延ばす。そして離す素振りを見せたので努はグッと堪えるような顔をした。


 しかし予期していた痛みはやってこなかった。不思議に思いながら前を見ると、そこには罠にかかってもがいている動物を観察しているような目をしているディニエルが顔を覗き込んでいた。努はギョッとして身体をのけぞらせる。



「……おい、趣味が悪いぞ」

「たかがゴムパッチンでここまで怯える探索者はいない。ツトムが死んだらどんな顔をするのか楽しみ」



 そしてその後も散々フェイントをかけられた後にバチンとやられた努は痛そうに腕をさすり、ディニエルは少しだけ満足したような顔で髪を縛り直していた。そんな二人を見ていたガルムたちは一様に何やってるんだといった顔をしていた。


 その後は魔石回収を終えて階層更新をした後、昼過ぎにギルドへ帰還した。各自昼休憩のため食事の準備やお手洗いなどを済ませている中、努はギルドの中にある小さめの台を見て歩き回っていた。目的はカミーユたちPTだったが、その前に無限の輪のPTを見つけた。


 見ている限りでは善戦しているようで、まだ五人とも残っている。唯一のタンクであるハンナは当たれば即死するであろう攻撃を軽々と避け、龍化結びによって龍化状態となっているエイミーは背中に飛び乗って採掘でもするかのようにざくざくと装甲を剥がしている。



 するとシェルクラブは白い粘着液を上に向かって噴き出し、背中に乗っていたエイミーに牽制。左の鋏でアーミラの大剣を軽々と受け止めて押し出し、体を沈みこませると弾丸のように跳躍した。



(……これはあんまり見覚えがないな)



 他のモンスターもたまに努の知識と合わない行動をすることはあるが、変異シェルクラブはまさに未知の塊だった。『ライブダンジョン!』ならば嬉々として初見で挑んだだろうが、今は絶対に御免である。


 事前情報をある程度持っている九十階層主ですらアルドレットクロウにまずは先行させると考えているほど、努は保身的だ。なので先行させることの出来ない百階層のことを考えるだけで憂鬱だし、攻略に関係ない変異シェルクラブなんて絶対に行きたくなかった。



「コリナさん、すごい頑張ってますね!」

「……そうだね」

「きっとツトムさんに任されたからですよ! シェルクラブ、今話題ですからね!」



 気づけば後ろにいたダリルが嬉しそうな顔で神台を見てそんなことを言っていた。確かに今のコリナはいつものほんわかとした雰囲気があまりなく、硬い表情でヒーラーをしていた。その適度な緊張感の中で普段より良い立ち回りが出来ているように思える。


 確かに実力を見込んでコリナに五十階層攻略のヒーラーを任せてはいる。だが自分が死にたくないから他人に様子見させるという理由が大部分を占めていることも否めない。なのでダリルの言葉も勘違いしているコリナの態度も努からすれば引け目を感じるものだった。



「ご飯行こうか」

「この辺りの席にしましょうか! 僕も見たいですし!」



 ギルドの食堂で既に注文を終えているダリルはすぐに食券を握りしめて早歩きで向かっていく。努は席を確保しながら微妙な顔でコリナたちが映る神台を見ていた。

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