第277話 変異シェルクラブ

「あわわ……」



 今回変異シェルクラブの討伐を努から任されることになったコリナは、きょろきょろと視線を動かしながらちょこんと三十番台前の席に座っている。そんな彼女の両隣にはエイミーとアーミラが陣取っていて、周囲から注目を集めていた。


 アイドル的立ち位置のエイミーは勿論だが、最近はアーミラも段々と人気が出てきていた。元々ギルド長の娘ということである程度の知名度はあったが、少し丸くなったおかげか取っつきやすくなったことが大きな原因だろう。


 他にも庇護欲をそそられるような可愛さのある避けタンク第一人者のハンナに、育ちの良さが窺える立ち振る舞いと凛とした顔つきのリーレイア。そんな女性四人が集まっているので周囲からの注目も大分浴びていて、コリナからすれば場違い感が半端なかった。



(本当に、私なんかがここにいるのが今でも不思議でしょうがないよ……)



 元々は白撃の翼という少しだけ名の知れた中堅クランの一メンバーに過ぎなかった自分が、何故このクランに入れたのか本当にわからなかった。努から直接声をかけられてスカウトされた時は勘違いかと思ったし、その後は何か裏があるのではと勘繰った。


 自分の実力や身体が目当てだと思えるほど自惚れられる生活はしてこなかった。探索者としては何とか生活出来ているくらいのレベルだし、王都の学園では周りから不細工とまで言われたことはなかったが、あまり可愛いと言われたこともない。そんな自分から見れば無限の輪に在籍している女性たちはみんな眩しいほどだ。


 なので最初は絶対に一軍を取られないであろう祈祷師の自分を、人数合わせという建前でクランに入れたかったのかなと思っていた。しかし努はヒーラーについて何かと積極的に教えてくれるし、クランメンバーたちもびっくりするくらい優しかった。それにお店で食べるような美味しいご飯が毎日食べられることはコリナにとって天国のようなものだった。


 急ピッチで自分の最高到達階層を更新させられたり、一軍に追いつくため冬将軍に何度も挑まされたりとしんどいこともあった。ただここでは階層攻略が上手くいかなくてもPTメンバーたちに暴力を振るわれることはないし、魔石の配分で揉めることもない。重苦しい空気の中で今まで探索者をしてきたコリナにとって、ここは息苦しさを感じない場所だった。


 こんなに良い思いを自分はしていいのか。バチでも当たるんじゃないかとたまに考えながら過ごしていたある日。努からとんでもない事実を伝えられた。



『コリナもただ飯ばっかり食ってないでさっさと僕の弟子だったユニスくらいの成果出せ。あと九十階層終わったら無限の輪の一軍ヒーラーやってもらうから』



 そもそもの話、そこまで努に期待をかけられていることにまずびっくりした。しかし思い返してみれば努は結構な時間自分に指導をしてくれていたし、装備もオーリに聞いたところダンジョン産のものを組み合わせた特注のものばかりだった。あと食事もオーリが結構な量を作ってくれる。それなのに何の成果も出せないとなると、努がそう言うのも頷けた。


 努からはもう祈祷師の中では一番だと言われたが、果たして本当にそうだろうか。そう思って不安に駆られはしたが、部屋に帰って一人になった時にその言葉を思い出すと頬が緩んでしまうのも事実だった。


 白魔導士の立場そのものを変えるほどの立ち回りを見せ、今もヒーラーの中で三本指として数えられている彼にあそこまで褒められて嬉しくない祈祷師など、多分いないのではないか。あそこまで言われたからには、出来る限り頑張ろうという気持ちが湧いてくる。



(でも、私なんかがあの人の期待に応えられるのかな……)



 しかしそんな努の言葉はコリナのモチベーションを上げたと同時に、大きなプレッシャーにもなっていた。今まで努の影に隠れてクランメンバーたちに支えられながらヒーラーをしてきた。だが自分が最前線に立って、無限の輪の代表としてヒーラーをしている未来は全く浮かばなかった。


 そのため今の自分に向けられている視線を、コリナは息苦しく感じていた。何であの人が変異シェルクラブの討伐PTに入っているんだろう? とでも言いたげな視線。期待と共にのしかかってくるプレッシャーはとても大きくて自分では抱えきれない。



「ババァが今日初めて潜るって言ってたんだが……出てこねぇな」

「他の神台に出たら少しは騒ぎになるからわかるし、何かあったのかな?」



 しかしそんな彼女と違って視線など全く気にしていないアーミラやエイミーは、カミーユから変異シェルクラブに挑んでくると宣言されていたので中々出てこないことに首を傾げていた。するとハンナが遠くにある大きな二番台を指差した。



「あ! 師匠っす!」

「ハンナ、今はツトムよりシェルクラブですよ。……しかし、妙に元気がない様子ですね?ディニエルも小姑のように何か言っているようですが」

「まぁ、あの二人地味に相性良さそうっすから。あと絵面凄いっすね。ぱっと見クランのお姫様みたいっす」



 二番台自体は大分遠いので音声は聞こえないが、遠目で努がディニエルになじられている姿が窺えた。そんな彼女の周りには割と女性人気も高いガルム、ダリル、ゼノがいるので、二番台周りには女性たちが固まっていた。


 そんな彼女の声にエイミーやアーミラも少し反応したが、すぐに五十階層が映っている三十番台付近へと視線を戻す。そして映っている変異シェルクラブを見つめる。



「噂には聞いてたけど、すごい大きいね」



 シェルクラブの体長は元々大きめであったが、今の姿は鎧を完全装備しているような見た目で以前より大きく見えた。最も特徴的だった大きな爪の片側は鉱石がいくつもくっつけられて、まるで結晶の形をした鈍器のようだ。



「えげつねぇ動きするな。カニの動きじゃねぇ」



 そしてシェルクラブの動きはその重厚な装甲が剥がれていくうちに素早くなり、爪も鋭利になって攻撃力が増すようだ。以前は装甲を剥がすほどに攻撃も通るようになり爪を壊せば弱気な行動が多くなって有利になったが、今回はむしろ不利に働くようである。


 特に爪に付いている岩を破壊するとシェルクラブ自体の凶暴性も増すらしく、今まで無残に狩られてきた仲間の恨みでも晴らすかのように探索者たちを惨殺している姿が多く見られる。そんな爪自体の強度も相当上がっているようで、破壊出来たPTは今のところ存在しない。


 それにアーミラの言う通りシェルクラブの動きも以前とまるで違い、猿のように飛び跳ねるわ口から吐き出す粘着液を使って蜘蛛のように移動するわと、明らかに蟹から逸脱した動きをしていた。


 二番台に比べると大分小さめな三十番台のモニターを二人が見ていると、リーレイアとハンナも寄ってきた。



「……やはり装甲がある程度剥げた後が鬼門のようですね。タンクが攻撃を受け切れていませんし、アタッカーも攻めあぐねている印象があります」

「ん~。いざ目の前にすると結構迫力ありそうだしね~」

「冬将軍よりはマシだろ? だからあいつらよりビビりはしねぇと思うけどな」

「ディニエルの矢よりマシっす」

「いや、戦っているPTも最近迷宮マニアから名前を聞くような人たちばかりなんですけどね……」



 最近の中堅クランは貴族の流入によって新たな資金調達方法が増え、努が一目置くくらいの人材も育ってきていた。それこそ中堅クランから大手クラン入りを果たしたシルバービーストのように成り得るところはいくつもある。しかしそんなクランがこぞって挑んでいるにもかかわらず、変異シェルクラブはまだ追い詰められてすらいない。


 そのため今日潜る予定だったユニークスキル三人を集めたPTには期待がかかっていたのだが、まだ潜っていないので待機していた迷宮マニアたちも残念そうな顔をしている。かくいうコリナたちも良い参考になると思っていたので少し不満気だった。



「もう動きは見れたし、あとはコリナちゃんが作ってくれた資料で十分な気がするねー」

「そうかもしれませんね……」



 変異シェルクラブの情報については神台をよく見ているコリナが既にまとめて配っている。そのためシェルクラブの動きを実際に見終わってからは、あまり神台を見る必要性は感じなかった。



「じゃあ今日はどうしようか。早めに行っとく?」

「……そうですね。明日ツトムさんも神台で見るそうですから、慣れておいた方がいいと思いますぅ」

「対抗馬のPTが見られなかったのは残念ですが、むしろチャンスだと考えましょう。今回の成果は九十階層メンバーの選出にも関係するようですし、一番に突破するに越したことはありません」

「決まりだな」

「うぉー! 行くっすよー!!」



 そしてコリナたちPTは神台広場から抜け出ると、ギルドの方向へと向かい始めた。

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