第276話 保険大好き
「……取り敢えず、これお願いします」
「……おう」
最近あまり眠れていなかったのか、今はすやすやと寝ているユニスをレオンに任せる。そして周囲の視線を振り切るように努はPTメンバーを連れてその場を立ち去った。そんな努をカミーユはにやにやとした顔で、アルマは若干不機嫌そうに見送った。
「あー、わりぃけどしばらく休ませといていいか?」
「構わないさ」
「……しょうがないわね。これを起こすのは気が引けるし」
あまりにも健やかな顔で寝息を立てているユニスを見て、アルマは仕方ないといった顔でそう言った。そして紅魔団、金色の調べ、ギルドの混合PTは一旦解散し、午後から神台に映る変異シェルクラブを見に行くことになった。
「エイミーに教えられた撫で方で他の女を喜ばすのは楽しい?」
「……あまり変なことは言わないでほしいね」
「そろそろエイミーに刺されても文句は言えない。私も撃って援護する」
無限の輪の対抗馬となるであろうPTの貴重な一日を潰させた努は、中々辛辣な目をしているディニエルからねちねちと責められていた。他の男性陣も流石に努の擁護は出来なかったようで、普段のディニエルのように沈黙を貫いている。
(何でここに来ても黒歴史が増えていくのか……)
努としても先ほどの行動は自分でもないなと思っていた。それに今まで『ライブダンジョン!』関連で死にたくなるほどの黒歴史を刻んできたというのに、学習していないのかと自分を責めたくなる。
周囲の探索者たちやギルド職員からの視線も、何処か冷たく感じる。努は穴があれば入りたい気持ちに襲われていた。
「……取り敢えず、八十五階層に行ってファレンリッチの様子見に行こうか! 新しい装備と立ち回りも試したいしね!」
「……そうだな」
「で、ですね! 行きましょう!!」
こんな時こそダンジョンだ。八十五階層にはアルドレットクロウかシルバービーストしか人がいないので、針の
「ダンジョンに逃げるな」
「ディニエル君、そう言ってやるな」
だがディニエルには容易にその考えを見破られていた。その隣にいるゼノも思わず苦笑いといったところだ。そして全て聞こえないフリをした努は受付を済ませてさっさと魔法陣に乗って八十五階層へと転移した。
八十五階層は不気味な赤い月が特徴的な暗めの場所だが、努はまるで天国にでもいるかのように伸びをして深呼吸していた。そんな努をディニエルはジッと見ていたが、弓の調整はしたかったのでもう何も言うことはなかった。ガルムとダリルはゼノにエンチャント・ホーリーを装備に付与してもらっている。
(精霊なしで立ち回るの、割と久しぶりだな)
最近はリーレイアとPTを組んで精霊契約していることがほとんどだったので、一人だけで立ち回るのが少し新鮮に感じた。中でもウンディーネは精神力一段階上昇に攻撃と守りもこなせて応用まで効くので、あるのとないでは立ち回りが違ってくる。
それにノームもこの階層ならば光のモンスターと属性相性が良いため、割と運用候補には上がる。サラマンダーも火属性の魔法攻撃とSTR上昇は大きい。その中でシルフだけは属性的に有利が取れず、AGI上昇も努はそこまで活かせるわけではない。なのでシルフはリーレイアが運用することが多い。
「じゃあガルムとダリルはいつも通りで、ゼノはアタッカーよりの立ち回りでよろしく。僕も少し攻撃寄りで行くよ」
「はい!」
「あぁ」
今回はタンクが三人なため、光属性のスキルが使えるゼノにはアタッカー寄りに立ち回ってもらうことにしていた。そして努も今回はアタッカー気味に立ち回る予定である。
シルバービーストとの共同探索で、ロレーナは努のヘイト管理を吸収して急成長を果たしていた。しかし技術を吸収していたのは、何も彼女だけではない。走るヒーラーとして前線を走り回るロレーナの立ち回りを、努もずっと観察して自分に合わせた練習をしてきた。
「フライ」
以前ゼノにフライの空中制御について教えを乞うてから、努はヒールなどの制御練習を削ってフライの練習に割り振っていた。それに無限の輪の中で一番飛ぶことが上手いハンナの動きも近くで見て学んでいたため、努のフライ技術は大分向上していた。
(まぁ、ハンナみたいには絶対なれないけどな……。あいつおかしいわ)
ハンナは空を飛べないタイプの鳥人だったため、フライへの異常な執着があった。なのでフライの練習量も異常だったようだが、それを加味してもハンナの動きはおかしい。急な方向転換や加速減速を繰り返しても彼女はケロッとした顔をしているが、努は一度真似しようとしただけで自分には無理だと悟った。
まず臓器が丸ごと浮くような感覚だけでも抵抗感があり、それを繰り返すと目が回ったみたいに気持ち悪くなる。それを何とか抑え込んだとしても、今度は速い速度を出すことへの恐怖と戦うことになる。まず速く飛ぶというだけでも怖いし、もしモンスターや味方とぶつかりでもしたらVITの低い自分は大怪我を負うだろう。
それでも死ぬよりはマシだと考えて練習は続け、ゼノの指導で
(鳥人の中でも、あの滅茶苦茶な動きが出来るのは限られてるんだな。確かハンナと同郷のハルトもああいう動きしてたし、村の鳥人みんな探索者やればいいんじゃないか?)
本格的な練習をするまでは鳥人全員ハンナみたいに動けばいいと思っていたが、恐らくやろうとしても出来ないのだろうなということに気付いた。魔流の拳を練習している時点で気づくべきだったとは思うが、ハンナは恐らく常人よりも恐怖心が薄い。普通の者たちが思わずブレーキを踏んでしまう場面でも、彼女は迷いなくアクセルを踏む。そんな素質があった。
(まぁ、僕はありったけ保険をかけてから飛ばすよ)
努はむしろ普通の者たちよりも早くブレーキを踏むタイプなので、絶対にハンナの真似は出来ない。だがそんな自分でもアクセルが踏めるような状況を作ることは出来る。
努は普段から自分とタンクのヘイトを見ながら支援回復の合間を縫って、自身にバリアを付与させて守りを固めている。それがあればもし素早く飛んだ際に何かとぶつかってしまっても問題ない。その保険によって努は恐怖を克服し、ハンナに一目置かれるくらいの飛び方を実現できていた。
「ホーリー」
そのため八十五階層でも努の飛ぶヒーラーは十分通用していた。『ライブダンジョン!』ならば絶対に避けられない攻撃も、モンスターへの事前知識に上達したフライ技術を組み合わせれば避けられる。
「バリア切れそうなんでそろそろ下がりまーす。ダリル、ヘイト稼ぎよろしく」
「あ、はいっ」
とはいえ保険がなくなれば途端に弱気な立ち回りになるため、ずっと出来るわけではない。そうなると努がこの世界に来る前からスキルを使い込んでいて、覚悟も決まっているステファニーの方が上手く飛ぶヒーラーは出来そうである。
(こうなると精神力も厳しいし、いっそ攻撃しないでバリアと支援回復だけでヘイト稼ぐのもありかなー。青ポーションがぶ飲みはオムツ案件だから最終手段だし)
精神力は青ポーションを飲むことで急激に回復することは出来るが、あまり飲みすぎると尿意が大変なことになる。撤退が出来ない階層主戦の時は最悪垂れ流すことになりかねないので、あまり考えたくはない。努はその後もヒーラーや先のことに没頭し、先ほどのことを忘れることに努めていた。
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