第275話 ユニスの告白
ディニエルの新しい弓慣らしにダンジョンへ潜ろうと努たちはギルドに訪れていたが、どうも探索者たちがざわついていた。
「何かあったんですか?」
「あぁ、原因はあそこだ」
とぼけた顔をしたダリルが周りの探索者に聞くと、皆一様にある方向を指差した。その方向には五人のPTらしき者がいたが、確かに探索者たちがざわつけるのも頷けた。
黒づくめの装備に身を包んでいるヴァイスと黒杖を持っているアルマ、黄金色の髪や狼耳と合わせた装飾着が似合っているレオンとお団子レイズで話題沸騰中のユニス。そして馬鹿みたいにデカい大剣を担いだ神竜人のカミーユがそこにいた。
「……うわー。ユニークスキル四人とか、せっこ」
受付でステータスカードを提出してPT契約を済ませている豪華な五人を見て、努はドン引きしたような顔で思わず呟いた。そんな言葉にいち早く反応したのはアルマだった。
「……もしかして私も入ってるの、それ?」
「当たり前だろ。八十一階層の宝箱より高性能な武器持ちなんだから、ユニークスキルみたいなもんでしょ」
「あら、そんなに羨ましいのかしら? ほらほら」
「言ってろ」
黒杖をこれ見よがしに突き出してくるアルマに投げやりに言うと、後ろにいるレオンやカミーユは意外そうな顔をしていた。それにギルド内にいる通りすがりの探索者たちも一様に驚いている様子だった。
「え?」
そして周りから多くの視線が集中していた努も思わず驚いていると、アルマが呆れたような目を向けてきた。
「もしかして貴方、気づいてなかったの? アルマとツトムは関係最悪だって広まってること」
「いや、事情知ってるカミーユとかはわかるけど、他の探索者にもこんな反応されるほどだとは思ってなかったよ。そこまで露骨だった?」
「貴方ね……いや、私が悪かったことは事実だから何も言えないけど。でもこれから少しは自分の影響力を理解して立ち回ってほしいわね。最前線にいる無限の輪のクランリーダーに嫌われてるって、探索者的に結構しんどいのよ?」
「今も嫌いなことには変わりないけど?」
「…………」
そう真正面から言われたアルマの表情がぴしりと固まり、周囲の空気も何だかいたたまれないものになった。あ、これアルマが勝手にツトムと仲直りしたと思い込んでいたんだなという空気。
「いや、流石に冗談だよ。空気凍り付きすぎてびっくりしたわ」
「こっちの方がびっくりしたわよ!? ツトムは冗談がわかりづらいのよ!! というか半分本気だったでしょ!? 目が本気だったもの!」
そう言った途端に騒ぎ始めたアルマを無視した努は自分で作ってしまった空気を変えようと思い、火竜からドロップした宝箱から引き当てた赤い大剣を背に担いでいるカミーユに視線を移した。
「アーミラがやけにやる気だった理由がわかりましたよ」
「はて、私には見当がつかんな」
「大人げないですよ、完全に潰しに来てるじゃないですか」
紅魔団と金色の調べが同盟を結んでいたのは知っていたが、まさかそこにカミーユまで加わるとは思っていなかった。こんなPTと一番争いなど絶対に自分ならしたくない。努は内心でコリナにご愁傷様ですと合掌した。
「ツトムたちを見るに、そちらのPTも見当はつく。ディニエルがここにいるのは少し意外だが……」
「もしシェルクラブ最速突破を狙うなら、今からでも入れ変えるべきでしょうね。……リーレイアかエイミー辺りかな?」
「新調した弓を調整中だし、絶対やだ。そもそもこんなPTと張り合いたくない」
「おいおい、嫌われたもんだぜ」
元クランメンバーであるディニエルの言葉にレオンが若干ショックを受けた顔をしている。その隣にいるヴァイスも彼女の実力を買っていたのか、少し残念そうな顔をしていた。そしてカミーユも変異シェルクラブに挑むつもりがなさそうな努を見て眉を下げていた。
「ツトムが出ないのも意外ではあるがね。せっかく競えると思っていたというのに」
「そんなに僕と競いたかったから八十五階層まで来て下さいよ。そうしたら全力で行きますから」
「立場上、最前線に行くには時間が足らないよ。だからこそこれはチャンスだと思ったのだがね」
「……まぁ、あまりコリナを舐めてかかるのはよした方がいいと思いますよ。別に僕も変異シェルクラブを軽く見ているわけじゃありませんし、彼女になら任せられると思ってPT選出までやらせてますから」
「ほう?」
変異シェルクラブへの注目度は、あまり人気取りに執着していない努でも完全に無視できないほどは高い。日常風景にシェルクラブが入り込んで間もない今だからということもあるが、五十階層の視聴率は子供を中心に爆伸びしている。どうもシェルクラブが探索者たちを圧倒している姿が子供たちの心をがっちりと掴んでいるようだ。
そして現在無限の輪唯一のスポンサーであるドーレン工房からも、出来るのなら変異シェルクラブの魔石を確認して持ってきてほしいと言われている。ドーレン工房には光と闇階層の宝箱から出たたくさんの装備を連日連夜調整してもらったこともあるので、可能な範囲ならば協力はいとわない。
「コリナは僕が持っていない目と感覚を持ってますからね。僕とは違う強みを持っていて、それでいてヒーラーも上手いです。ちょっと自信がないところがありますが、元々の下積みもありますしね。これから伸びますよ。あの人は」
「ツトムがそこまで褒めるのは、何だか珍しいな」
「そうですか? 事実を言っているだけですけど」
カミーユに対して努はさも当然だといった顔で口にする。しかし祈祷師のコリナを評価する努を看過できない者がここにはいた。
「ふん、何が事実を言っているだけなのです! なら何でお前はお団子レイズを練習していないのです?」
突然後ろからずいっと出てきて突っかかってきたユニスに、努は面倒くさそうな顔をした。
「僕には必要ない技術だからだよ」
「必要ない? はっ、強がりを。大方嫉妬なのでしょうが、ここまで見苦しく見えるとは驚いたのです」
「……嫉妬?」
努が神妙な顔で聞き返すと、ユニスはそうだ、と目を見開いてビシリと指を差した。
「嫉妬以外の何があるというのです? お団子レイズがここまでヒーラーや迷宮マニアたちから評価されているというのに、ツトムは
「……駄目だこいつ、話にならんわ」
見当違いの意見を物申してくるユニスを、努は心底失望したような目で見下ろした。そして後ろにいる者たちへ目礼した後に身を
ゼノは動揺を隠そうとしているが瞳が揺れてしまっているユニス、そしてそんな彼女に今まで見たことのない針のような感情を向けた努の後ろ姿を見つめる。その後ギルド長であるカミーユへ視線を移し、自分では役不足だというように首を振った。
「ツトム、ちょっと待ってくれないか」
ゼノに促される形ですぐにカミーユが声をかける。すると努は明確に不機嫌そうな顔で渋々振り向いた。
「何ですか?」
「珍しいな、随分と余裕がない。そこまで怒ることか?」
「……もしかして、カミーユも僕が嫉妬しているとか思ってるんですか?」
先ほどアルマへ向けた言葉が冗談だと捉えられるほど、その声は底冷えていた。当人のアルマもまだ自分はマシだったのではないかと思えるほどで、そんな感情を向けられているカミーユを心配そうに見つめた。
だがカミーユはそんな努に対してもにっこりと笑ってみせた。
「それは言いがかりだろう? 私に八つ当たりするのはいいが、それは家で二人きりの時にしてもらいたいものだな」
「…………」
カミーユの冗談を織り交ぜた正論に、努は口をつぐんで黙り込む。含み笑いをしている彼女と、その後ろで尻尾を垂れ下げているガルム。そして何故かサムズアップしながら白い歯をきらめかせているゼノを見て、努は気が抜けたような顔になった。その後気まずそうに俯くと、軽く頭を下げた。
「確かに言いがかりでしたし、八つ当たりでしたね。すみませんでした。まぁ家で二人きりになったことはないですけど」
「いっぱいあるぞ。まずポトフの作り方を教えてもらった時と……」
「もういいですから。それでは僕たちはこれで」
「待て待て、そう逃げるな。まだ話は続いているぞ」
カミーユに思いのほか力強く手首を握られ、逃げられないと悟った努は嫌そうな顔をした。だがそんな努に構わずカミーユは優しい声で問いかけてくる。
「随分とユニスに失望していたようだが、その理由を聞かせてほしいんだ」
「何故ですか?」
「お互いに行き違いがあるように見える。だからまずは、そうだな。努のお団子レイズに対する考えを聞かせてくれ。頼むよ」
「……はぁー」
ギルドの職員たちが野次馬の探索者たちを散らしているのを見ながら、努は重い息を吐く。ユニスに思いのほか腹が立ってカミーユに八つ当たりしたことも、ガルムやゼノに気を遣わせたことも情けない限りだ。そしてカミーユに手を離された努は杖をユニスの方に向けた。
「お団子レイズはヒーラーが死んだ際の保険に使えるんですから、どう考えても有用ではありますよ。現にお団子レイズを活用してステファニーは先日八十五階層を突破しましたし、今後も最前線で使われる技術でしょう」
「ほう、それでツトムはどう思っているのかな?」
「……さっきも言いましたけど、僕には現状必要のない技術、ただそれだけですよ」
腕を組みながらうんうんと話を聞いているカミーユに、努は吐き捨てるように言った。その言葉にユニスの狐耳がピクリと反応する。
「何故ツトムには必要ないのだ?」
「何故って、僕はそもそも死ぬような立ち回りをしていないからですよ。今までアルドレットクロウの開拓した道を進んでいるのも一因ですが、それでも僕は死んでいないでしょう? だから必要ありません」
「で、でも! 八十五階層は――」
「ユニス、少し落ち着け。あまり考えもなしに喋るんじゃない」
反射的に何かを言い返そうとしたユニスをカミーユは咎めた。そして少し屈んで彼女と視線を合わせながらツトムの方を指差した。
「ツトムに対して感情で訴えるのはあまり得策ではない。それに偽りの言葉で話すのもな。ツトムはレオンと違って女心を察してくれるわけではないのだから」
「何で僕は悪口言われてるんですかね」
「だから、君は本心でツトムと向き合った方がいい。そうしなければ、行き違いは解消しない。それを踏まえて聞くが、先ほどツトムに言った言葉は本当に本心だったのか?」
地味にレオンと比較されたことを突っ込んでくる努をスルーしながら、カミーユは確認するように問いかけた。するとユニスは泣きそうな顔をした後に、ふるふると首を振った。
「なら自分の本心を伝えてくるといい。なに、骨は拾ってやるさ」
「……骨にはなりたくないのです」
ユニスはポツリとそう言ってカミーユから離れ、努の近くへとやってきた。そして努の無機質な視線を感じてびくりと身体を震わせたが、それでも目を合わせた。
「さっきの言葉は、取り下げるのです。別にツトムは、私に嫉妬してるわけじゃない。それは私もわかってるのです。最初は学ぶ気なんてさらさらなかったですが、それでも私はツトムの弟子だったのです。それから神台でヒーラーのツトムも見てきた。だからそのくらいのことは……わかってるつもりなのです。あれはただ単に、ムカついたから言っただけです」
「…………」
「お団子レイズは現状必要ないとさっき言っていたのです。その口ぶりだと、八十五階層の対策装備はもう集まったのです?」
「……そうだね」
「それなら確かに、ツトムの立ち回りならいらないと思うのです……。見ていてひやひやするヘイト管理も何故かミスしているところを見ませんし、支援回復だって気持ち悪いぐらいやってるのです。避けられない範囲攻撃以外でヒーラーが死ぬ状況に、そもそもお前はならなそうなのですから……」
ユニスは少し潤んだ目でがっくりとしたが、しかし再度顔を上げる。
「でも、それから先はわからないのです。ツトムがお団子レイズを使う日が、いつか来るかもしれないのです」
「たとえば?」
「……階層主戦では、特に使う機会があると思うのです。ファレンリッチですらあんな範囲攻撃をしてきたのですから、九十階層主もしてくる可能性がある。そうなればツトムも死ぬ可能性があるのです」
「じゃあ仮に九十階層主が範囲攻撃をしてきて、アルドレットクロウみたいに全滅したとしよう。だけどお団子レイズで僕だけ生き返ったところでどうなる? そこから一人で立て直せるのか?」
そう努に問われたユニスは顎に手を当て、カミーユにアドバイスされた通りに深く考え込む。そしてふと努を見上げたが、別に急かしているような様子もなくただ待っていた。それからユニスは少しして考えを纏めると、探り探りといった口調で話し始めた。
「それは……難しいと思うのです。八十五階層はヒーラーが生き返った後に距離を離せたのですが、階層主だとあまり逃げ場がない。お団子レイズで生き返った時、ヘイトはヒーラーが買ってしまうのです。それからタンクを蘇生させて回復もするから……二人分の蘇生と回復のヘイトがヒーラーにかかるのです。それをタンクが受け持つのはどうしても時間がかかってしまうから、厳しいのです」
「それじゃあやっぱり必要ないんじゃない?」
「でもそれが終盤だったらどうなのです? あと少しのところで倒しきれる場面なら、ヘイトを無視して四人生き返らせるのも手だと思うのです。……あっ。ツ、ツトムから見ればまた自己犠牲ヒーラーかと思うかもしれないのですがっ、でも突破を考えるとっ!」
失言をしてしまったかと慌てているユニスに、努は眉を掻きながら淡々とした顔で言った。
「最初からそれだけしかしないのはあり得ないけど、選択肢の一つとしてならアリだよ。……それに九十階層主でもファレンリッチの対策装備は流用出来るだろうから、範囲攻撃でVITの高いタンクが死ぬことは考えにくい」
「あ! それだとお団子レイズが凄い活きるんじゃないのです!?」
「だろうね。その時はタンクも削られてるから自分の蘇生と回復のヘイトを買うだろうけど、それならまだ立て直しは効く範疇だ。そういった場面を考えるなら、お団子レイズは有効だよ。だから僕も個人部屋で少しは練習してる」
「そ、そうなのですか?」
「現状のヒーラーたちみたいに取り敢えずお団子レイズ練習っていう思考停止の選択肢を、僕は取らなかっただけだ。後々使う機会はあるかもしれないから、暇な時間に練習はするさ。……嫉妬がどうこう言われた時は心底失望したけど、少しは考えていたみたいだな」
努はユニスに嫉妬がどうこう言われた時、彼女が何も考えていないという事実を目の当たりにした気がして無性に腹が立った。もしかするとお団子レイズは試行錯誤して発見したものでなく、ただ偶然閃いたのだと思ったからだ。ただ話を聞く限り、ある程度考えてはいたようだったので安心していた。
これで満足かという顔でカミーユの方を見ると、彼女は笑みを深めるだけだった。そして段々明るい表情になってきたユニスを見下ろす。
(僕って、案外ちょろいのかもなぁ)
恐らく少し前ならば、ユニスにここまで感情を揺さぶられることはなかった。先ほど嫉妬がどうこう言われた時も、軽く流して終わらせていただろう。しかしカミーユに八つ当たりするまで感情が荒れた原因は明確だ。
スタンピードの最中、死ぬかもしれない場面でユニスが飛び出してきたこと。別にそれで自分が助けられたわけではないし、むしろ自分が助けた方だ。だがあれで自分の中にあるユニスの立ち位置が変わったことも事実だ。
そのことを今日強く認識した努は軽く舌打ちをしてその場から立ち去ろうとしたが、長袖を軽く引っ張られた。
「さ、最後に一つだけ、聞いてほしいのです」
「……いい加減ギルドも迷惑だろうし、早めにしてよ」
探索者の中では有名なメンバーが揃っていざこざを起こしていたので、野次馬の数が多くギルド職員もその対応に追われている。なのでいい加減解散しなければ不味いと思って努は急かすように言った。するとユニスは慌てたようにパッと出てきた言葉を口にした。
「ほ、褒めてほしいのです」
「……はい?」
ユニスの言ったことが突拍子で、努はよくわからない声を上げた。するとユニスは怒ったように両拳を握ってぶんぶんと振った。
「お団子レイズを作ったこと、まだ褒められてないのです。だから私を褒めるのですぅー!!」
「何言ってんだお前」
「何で……だってお団子の時は褒めてくれたのです! だったらお団子レイズはもっと褒めるのが普通! もう、お団子レイズを作ったのだって、お前に褒められるためなのですぅ! 周りに褒めれても、お前に褒められなきゃ意味ないのですぅ! だから、ほーめーるーのーでーすー!!」
「えぇ……」
目を瞑りながらもうやけくそだと言わんばかりに身体を振っているユニスに、努は軽く引いたように呟く。
「こ、ここまで言ってるのに、駄目なのですか……? なん……もう土下座でもしなきゃ駄目なのです……?」
そして最後には上目遣いで見上げてきながらそんなことを言ってきたので、流石に何も言わずに帰るのは気が引けた。
「まぁ、一人でよくやったと思うよ。神台で情報出なかったってことは、レイズを捕まえる練習はまだ確証がないうちにやったんだろうし」
「そ、そうなのです。すごい、不安だったのです……。無駄になる可能性の方が、高かったと思うのです」
「そう、頑張ったんだね。それで今回は結果も出たんだし、大したもんだよ」
「……じゃあなでなでもしてほしいのです。新聞で見たのです」
「なでなでって……お前幼児退行でもしてるのか?」
もはや泥酔テンションのユニスに努は眉を顰めたが、自然と彼女の頭に手を伸ばした。エイミーは薄くてふにゃふにゃとしていて、ロレーナは芯があるような感触だったが、ユニスの狐耳は結構分厚い。ぐにぐにとマッサージするように狐耳を触りながら撫でてやると、ユニスは安心したような吐息をついた。
「えへへ……。よかったのです。がんばって、よかったのです」
気持ちよさそうに細めている目の端からは嬉し涙がぽろぽろと零れ落ち、床にいくつも垂れた。鼻水も垂れているユニスの顔をハンカチで拭こうと左手をポケットに入れると、彼女はそのまま倒れ込んできた。
「すぅ……」
「……子供か」
完全に寝入ってしまったユニスを受け止めた努は、思わずそんな感想を呟いた。
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