第274話 ユニークなPT
(中二病クランを思い出すな……)
努は光属性の攻撃と暗黙状態を防げる
「フッ、たまにはダークなゼノも悪くはない」
ゼノのジョブは聖騎士なので光系装備の方が相性は良いが、今回は弱点の闇属性を防ぐため黒い装備に身を包んでそんなことをのたまっていた。しかし腹が立つほど似合ってはいるので何とも言えず、その隣にいるダリルも中二心をくすぐられているような顔をしていた。
「またひらひらに逆戻りっすか……」
ハンナの装備は雪原階層を境に厚着となっていたが、光と闇階層でようやく手に入った装備は以前着ていた民族衣装のようなものと似ていた。その扇情的な装備を胸の大きいハンナが装備すると大変なことになるが、その性能は折り紙付きだしようやく出た装備なので着ないわけにもいかない。ただ彼女はあまり納得していないようだった。
他にもエイミーが仕立て屋に依頼して装備の見た目を性能が損なわない範囲で改造したり、アーミラも龍化で翼が生える部分を調整していたりなど、クランメンバーによって装備は一工夫されている。
クランメンバーたちは装備を一新したことによって気分転換にもなって喜んでいるようだが、その中で一人だけ憂鬱そうな顔をしている者がいた。
「はぁ」
使い慣れていた弓を新調することになったディニエルはその調整に難儀しているようだった。彼女の正確無比な射撃は手足のように使い慣れていた弓だからという部分もあるので、今は新しい黒弓に一刻も早く慣れるため常に触っている。
エルフの経営していた弓専門の店で調整してもらっているが、やはり以前の弓とはどうも感触が違うようだ。手慰みに弦へ指をかけてびょんびょん鳴らしている彼女の顔は暗い。
とはいえアタッカーとしての能力は元々の武器が強くなったことにより、むしろ上がっている。弓が使い慣れないとディニエルは言うが努が見ているところ問題はなく、以前より威力が上昇したことによりハンナが戦々恐々とした顔をするくらいだ。なので無限の輪のアタッカーの中で彼女が頭一つ抜けていることに変わりはない。
「ツトムは五十階層行かないっすかー?」
「僕はパス。でも話題になってるし、面白そうって気持ちはわかるから行ってきていいよ。コリナ、どう?」
突然変異体のシェルクラブは迷宮マニアを通して観衆にも伝わり、今では何かと話題を呼んでいる。なので無限の輪の中でも挑みたいと言う者が少なからずいたが、努は死にそうな気配がしたのでパスした。
「わ、私は別にいいですけれど……」
ただコリナは努に以前言われた話を思い出し、わざわざ譲ってくれたのかと良い方向に勘違いしていた。そんなコリナの勘違いに努はすぐに気づいたがあえて何も言わずにクランメンバーたちを見回した。
「じゃあシェルクラブ行きたい人は手を挙げて」
「はーい! 行きたいっす!」
「俺もぜってぇ行く」
そう言うとすぐにハンナとアーミラが手を挙げた。特にアーミラは母親であるカミーユが一番初めにシェルクラブを突破したからか、随分とやる気があるようだった。
そんな二人に追従するようにコリナやエイミー、ゼノやガルムが手を挙げる。リーレイアは様子見をしているようだったが、努が一軍を選ぶ参考にするというとすぐに手を挙げた。ディニエルはやる気がないのか反応せず、ダリルは変異シェルクラブで採用される作戦を考えて手は挙げなかった。
「じゃあコリナ、PT選出は任せるからよろしく」
「はぁああぁぁうぅっ……」
プレッシャーからか何とも気の抜けるような声を出したコリナは、おどおどとした目でクランメンバーたちを見回している。それからクランメンバーたちに言い寄られてコリナは選出に大分悩んでいたようだが、全員と話し合ってシェルクラブの倒し方について相談し始めた。
「多分、前みたいにアタッカーで押す形になると思うんです……」
そして結果的に努がこの世界に来る前に採用されていたシェルクラブの倒し方を、コリナは提案した。シェルクラブは体力が減ると巣に帰って回復をするので、そもそも帰らせる前に倒してしまうという戦法。その戦法を採用するとなると、選出メンバーは大方決まってくる。
「そういうことなら、私は辞退しよう。ゼノ、貴様もだ」
「いや、コリナ君なら私を採用するに違いない!」
「その意味不明な自信は何処から来てるんですかぁ……?」
そしてガルムが辞退してゼノも冷めた目をしたコリナに選ばれなかったため、PTメンバーは決まった。コリナ、ハンナ、アーミラ、エイミー、リーレイアの火力重視のPTが変異シェルクラブ突破に向けて動くことになる。
「こっちは取り敢えずディニエルの弓合わせにでも付き合うことにするよ」
余り者の努、ダリル、ゼノ、ガルムはディニエルが弓を慣らす練習に付き合うことになった。話を聞いていなかったディニエルはよくわからない顔をしていたが、すぐに手元の弓に視線を戻した。
「ただあくまで装備慣らしに行かせるだけだから、それは念頭に置いといて。それと多分二週間もあれば何処かが突破するだろうから、出来るだけ一番に突破を目指してくれ」
「は、はいぃぃぃ」
「……まぁ、気楽に頑張ってよ」
大分緊張した様子のコリナに努はそう声をかけた後、余り者たちを集めて今後の予定について話し始めた。
「さて、シェルクラブPTからあぶれた僕たちはどうしようか?」
「ツ、ツトムさん! 言い方が悪いですよ!」
「……まぁ、事実は事実だ」
「何故だ……何故私が駄目なのだ……」
「私は面倒くさかっただけ」
「つねるな」
むっとしたディニエルに軽く腕をつねられた努は、いつもと違うポジションを楽しむように笑みを深めた。
「ど、どうしましょうか……?」
「んー、取り敢えず神台見る?」
「そうですね。まだあまり正確な情報も出ていませんから、一度は皆で見て作戦を考えておきたいところです」
「大丈夫っすよ! あたしの拳を解放すれば楽勝っす!」
「ババァにはぜってぇ負けねぇ。一番に突破すんぞ!」
「あわわわわ……」
対するコリナは初めて自分が無限の輪の矢面に立つと思うと冷静でいられず、直情型のハンナやアーミラの意見すらまともに受けて大分慌てている様子だった。
▽▽
紅魔団の一軒家とそう変わらないクランハウスの一室には、五人の探索者が集まっていた。紅魔団のクランリーダーであるヴァイスとエースアタッカーであるアルマ、現在同盟を組んでいる金色の調べのレオンとユニス。
そして燃えるような赤い髪が特徴的な女性は、そんな四人の中に入っていた。ギルド長として今も活躍しているカミーユである。
「私にも一時的にPTへ入ってほしいという話だったな?」
「あぁ」
「それはまた、随分と光栄なことだ」
今のPTを取り仕切っている無表情のヴァイスを、カミーユは軽く笑みを浮かべながら見返した。
変異したシェルクラブが上位軍のアルドレットクロウですら返り討ちにしたという話は、探索者の中で話題になった。そしてそれは観衆にも広がり、今では普段あまり見られることがない下位の神台を視聴する者が多くなってきていた。
これによって中堅の探索者やクランが注目されることになって、界隈としては中々良い流れが出来ている。そして何処が一番初めに変異したシェルクラブを越えられるかが、話題の種となっていた。
アルドレットクロウが初めに手をつけたが思わぬ返り討ちにあい、そろそろ無限の輪やシルバービーストも動くかと言われている場面。最近落ち目だと言われることが多い紅魔団や金色の調べは、もうその候補にすら上がらない。
「一番初めにシェルクラブを突破し、今もなお力のある貴女の力を借りたい」
「そして願わくばクランを盛り返したいといったところか?」
「…………」
「だな。最近俺、情けねぇところばっか見せてるし。そろそろ盛り返しとかないとみんなに愛想つかされちまうぜ」
「レオンは少しくらい愛想をつかされた方が女性のためにはなると思うがな」
「それには私も同意するわ」
「おいぃ!? カミーユさん、アルマちゃん、そりゃないぜ!」
既に口説かれていたアルマはうんうんとカミーユに同意し、レオンは焦ったような声を上げる。そんなレオンを見てユニスは困った人だとため息をつき、ヴァイスは沈黙を貫いていた。
「まぁ、目的はわかった。事前に聞いていたし、こちらでギルドの了承も取ってきた。私でよければいくらでも力を貸そう。ただ、足を引っ張らないか心配ではあるがね」
「……その顔で言われても説得力がない」
自信満々の顔をしているカミーユにヴァイスがぼそりとした声で返すと、彼女は少し意外そうに目を見開いた。
「ほう? 随分と言うようになったな、ヴァイス。少し変わったか?」
「……クラン内で揉まれたからだろう。気を悪くしたならすまない」
「いや、別に構わない。良い仲間に恵まれて何よりだ」
ただのコミュ障だということがクラン内でバレてから、ヴァイスはアルマにからかわれることが結構あった。なので最近はその対処も慣れてきたので、古くからの知り合いであるカミーユに対しても軽口を言えるようになっていた。
カミーユに視線を向けられたアルマはちょっぴり誇らしげな顔で艶やかな黒髪を弄っている。そんな彼女も黒杖を手にした当初は色々ごたついていたが、今ではすっかり問題ないようだ。
「それにしても、ユニークスキル持ちが三人か。少し前なら最強のPTとでも言われただろうな?」
「それが今ではこんな有様だぜ。まぁ、初心に帰れたって喜ぶべきかね」
「……すまないな」
「私も娘に引退したと思われているから、似たようなものだ。それに、このPTには有望なアタッカーとヒーラーがいることだしな?」
カミーユが女性陣に期待を込めた目を向けると、アルマは自虐的な笑みを浮かべながら黒杖で地面を突いた。
「黒杖があれば平気よ、任せなさい」
「頑張るのです」
黒杖によって爆発的な火力を引き出せる黒魔導士のアルマと、お団子レイズで一躍有名になったユニスはやる気十分のようだ。そんな二人にカミーユは満足したように頷くと、早速変異したシェルクラブをどうやって倒すか聞いた。
「巣が見つからない以上、以前のように火力で押し切るのが正攻法だろう。だからこそヒーラー以外は全員強い者にしたかった。ただ以前と違うのは、タンクの役割も取り入れることだ」
「なるほど、ヴァイスとレオンか?」
「あぁ」
不死鳥の魂によって自己回復が出来るヴァイスは受けタンク、金色の加護により未だに最速であるレオンは避けタンクとしての役割も果たす。強烈な一撃を放てるアルマやカミーユを有効的に活用させるためだ。
「もしかしたら避けられない範囲攻撃の可能性もある。そのため初めに俺が死んでお団子レイズを作成し保険をかけておく」
変異シェルクラブはまだ巣に帰るまで追い詰められてすらいないので、終盤の行動は未知である。そのため保険としてお団子レイズを常備出来るユニスをヒーラーとして置いていた。
「連携は他の階層で確認するが、最低限だ。失うものはない。数をこなして最速突破を目指す」
「なるほど、面白そうだ」
「……そうかしら? 考えるだけでげんなりするけど」
「そもそも人の需要で狩られすぎて突然変異したシェルクラブというだけで、中々愉快じゃないか?」
「面白いというより、人のエゴを感じるけどね……。もし今暴食竜の時みたいに囮にでもしたら、各方面から叩かれそうじゃない? 自分勝手よね」
「違いないな、くっくっく」
「…………」
五十階層攻略からシェルクラブへの世間の目へと話がズレたが、もう話すことは話したのでヴァイスは特に何も言うことはなかった。その後もカミーユがアルマと色々話していると、ユニスが機を窺うように狐耳をそわそわとさせていた。
「ユニス、何か話したいことがあるのかな?」
エイミーもたまにあのような状態になるのでそう尋ねてみると、ユニスはよく察してくれたと顔を明るくさせた。
「ギルド長に少し聞きたいことがあるのです」
「何だ?」
「お団子レイズのことを、どう思うのです?」
その質問の意図がわからず、カミーユは思わず首を傾げた。
「私はヒーラーではないから詳しいところはわからないが、凄い技術ではないか? 自身を蘇生出来るスキルは間違いなく有用だろうし、実際に新聞でも一面を飾っていたではないか」
「でも、あのツトムが練習している気配がないのです。それに、この技術を作った私への労いにも中々来やがらないのです。……もしかすると大した技術ではないのかもと思ってしまうのです」
ユニスは心底不安そうな顔で見上げてくる。だがユニスはそもそも努に反感を持っている印象だったので、てっきり周囲に認められて天狗になっているとすら思っていた。しかし親に捨てられた子狐のような顔をしている彼女を見て、カミーユは不思議そうに目を丸くしていた。
「たとえツトムが認めてくれなくとも、素晴らしい技術であることに変わりはないだろう?」
「……そうですね」
しかしそうは言うものの全然納得していない顔をしているユニスに、カミーユは今度努に会った時お団子レイズについて聞いてみようと思った。
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