第273話 三人で食事会

 ユニスの技術がヒーラー環境を賑わせてから一週間後、ステファニーは安定性がないもののお団子レイズを完成させることに成功していた。そのおかげでアルドレットクロウの一軍は早くも八十五階層を越える兆しが見え始めていた。


 八十六階層へと続く黒門を守るように存在している堕天使の群れとファレンリッチ。ただファレンリッチに関しては八十五階層の安全圏でいくらでも事前準備が出来るため、お団子レイズ作成の安定性はそこまで求められていない。お団子レイズがあれば全滅の原因となっている終盤の全体攻撃をやりすごせるので、越えられる可能性は大分ある。


 しかし一度黒門を潜ると全てのスキルなどはリセットされるため、階層主に挑む時には事前にお団子レイズを作り置きしておくことは出来ない。そのため九十階層までには安定してお団子レイズを作れるようになる必要はあるが、一週間で形には出来たステファニーならば問題はないだろう。



「あ、被ったっす」

「最初はあんなに開けるの楽しそうだったのに、ハンナは変わってしまったよ」

「師匠にだけは言われたくないっす。金の宝箱以外は全部ゴミにでも見えてるような顔してるっすよ」



 そんな状況の中、無限の輪とシルバービーストは相変わらず装備集めに腐心していた。もう粗方装備は集まって来ていたが、エイミーとハンナの装備だけやけに集まりが悪かった。それからはその二人がひたすら宝箱を開ける作業をしているが、こういった時に限ってマジックバッグや同じ装備が出たりしてハンナの顔は完全に死んでいた。



「にゃー! にゃにゃにゃにゃー!! なんで、でないのぉぉぉぉ……」



 そしてエイミーも物欲センサーにドハマりしているのか、光と闇属性を合わせ持つ天地開闢という双剣が出ずに壊れていた。スキル練習も今のところ天地開闢があること前提で行っているため、早く手に入るに越したことはないが出る気配はない。


 それ以外の者たちの装備は大体揃っていた。特にシルバービーストの方は早々と揃えてしまったので、もう装備を揃えるというメリットはない。だが無限の輪のPTを直に見て技術を吸収出来ているので、その観点で言えば相当なメリットを受けていた。


 鳥人のララとリリは元々努がシルバービーストに渡した資料、そして手本として神台に映るハンナを真似して避けタンクをこなしている。ただ神台は個人にフォーカスすることもあるが、PT全体を映し出す傾向が多い。そのため間近でハンナだけの動きを見られる機会というのは、意外とない。



「ハンナちゃん、今のってどうやってやったの?」

「んー? こう、しゅばっと」

「しゅばっと」

「ぎゅーんで、さっとよけてどかーんっす」

「…………」



 ハンナの説明は意味不明なので全く参考にならないが、努に直接仕込まれているだけあって彼女の動きは無意識的にヘイトを多く稼ぐようになっている。そのためその動きを真似るだけでも同じ拳闘士のララには参考になっていた。流石に魔流の拳は真似出来ない範疇だが、ハンナもまだそこまで上手く使えるわけではないのであまり変わらない。



「シールドバッシュからの?」

「えっと……レンジソーサル!」

「それは安定行動なので、暇なときはずっとやって慣らして下さい。これ、アルドレットクロウの狩人まとめです。スキルで身体が動く感覚は僕にはわからないので、ある程度は自分で応用してくださいね」

「あ、はい……」



 避けタンクで狩人のリリに関しては努が直接指導していた。狩人はコンバットクライなどのヘイトを稼ぐスキルがないため、タンクを請け負うのは難しいジョブだ。ただ『ライブダンジョン!』のネタ構成で一応あるにはあったので、努はそれを思い出しながら現実に即した知識をリリに教えていた。



「こ、こんなのもらっていいんですか?」

「いいですよ。というか自分のクランに狩人いないので、そもそもいらないです。もしいらなかったら適当に捨てといて下さい」

「は、はぁ……」



 びっしりと狩人について書かれている書類を見てリリは何故努が自分のためにここまでしてくれるのかわからず、大分混乱している様子だった。そんなリリの肩をエイミーがポンと叩く。



「ツトムが好きでやってることだから、気にしなくていいよ。それと、これ以上はツトムに聞かない方がいいよ。本気になるから」

「あっ……」



 努に延々スキル回しの指導を受けているエイミーの光を失っている目を見て、リリは察した顔で恐縮したように頭を下げた。


 元々双剣士としての動きを独学でやってきたエイミーは、その類い稀な戦闘センスもあり十分な強さを発揮出来ていた。だが今になって行き詰まりを感じたので努を頼ることにしたが、彼の指導は非常に堅実な指導だった。


『ライブダンジョン!』で幾多もの双剣士が考えた上に作られた最善のスキル回し。それを知っている努はまずエイミーに使用するスキルを使い慣らさせた後にそれを教えていたが、彼女は今まで精神力が危うくなるほどスキルを使ったことがなかった。


 精神力は尽きても死ぬことはないが、猛烈な倦怠感や吐き気に襲われる。そしてその症状は精神力がゼロに近づくほど現れるため、あまりスキルを使いたがらない探索者は多い。それこそ精神力が減るより死ぬ方が楽だと思ってしまう探索者がほとんどだ。


 そしてエイミーもその内の一人で、精神力を半分以上使う経験がほとんどなかった。そのためスキルに慣れた後は精神力を使い込む練習から始まり、気怠さと吐き気でうずくまって動けなくなることになった。


 もし他人にこの指導を受けていたのなら速攻でバックレていただろうが、相手は努である。それに強制されているわけでもない。精神力が減る辛さは彼も知っているのか、辛くなったらいつでも指導を受けるのを止めていいとまで言われている。


 ただそう優しく言えばエイミーは指導を受けるだろうということを、努はわかっている節があった。それを何となく察した時は本当に性格が悪い男だと彼女も思った。



(でも、好きだ)



 しかしそんな言葉が心に浮かんだ時は、思わず苦笑いが零れた。それからもエイミーは努の指導通りにスキルを使い続け、最近はようやく慣れてきて実戦練習に入ったところである。


 ただ、その指導を他人に勧めようとは思えなかった。精神力が減った中でのスキル使用はいっそ殺してと懇願したくなるほど辛いし、実際に陰で吐いてしまったことも少なくない。なのでエイミーは覚悟を決めず努に指導の火をつけさせてはならないと、純粋な良心でリリに忠告していた。



「リリちゃんは、まだやめといた方がいいと思う。本当に、辛いから」

「は、はい……」



 大分実感の籠ったエイミーの言葉に、リリは目を見張ってただこくこくと頷いた。



 ▽▽



「こっちです! もうすぐ着きますよ!」



 努とガルムはうっきうきのダリルに先導されるまま道を進んでいく。今日はスタンピードが終わった後に約束していた食事をする日で、ダリルは無邪気に黒い尻尾を振りながら店へと二人を案内していた。



(気合入ってるなぁ……)



 密かにオーリからも聞いていたが、ダリルは努が気後れするほどにやる気満々である。別に努はダリルが嫌いというわけではないが、今まで自分を慕ってくれるような後輩を持ったことがないのでガルムの時と同様に困っていた。



「あの様子だと、よほど美味いものが出るようだな」

「店は教えてもらえなかったけど、オーリさんがいうには穴場らしいよ」

「あいつのことだからどうせ肉だろう」

「ステーキ大好きだもんね」



 努とガルムの何処か気まずかった関係は、ダリルを撫でていた記事をきっかけにだんだんと改善し始めていた。タンクの立ち回りなど核心的な話はまだしていないが、お互いに会話は自然と生まれるようになった。


 それにダリルがうんざりするほど気を遣ってくることもあり、お互い何となしに視線を交わして仲直りしようという流れになった。他にもゼノがあえて空気を読まず二人に意見を求めてきたり、コリナのめちゃくちゃ気まずそうな顔など、他のクランメンバーに気を遣ってもらったおかげもある。



(あぁ良かった。仲直りの仕方なんてもう忘れてたからな)



 高校からネトゲ廃人になっていた努は人間関係にあまり明るくないので、周りの気遣いでガルムとの関係が改善出来たのは素直にありがたかった。おかげでようやく朝の走り込みが生き地獄ではなくなった。



「やっぱり肉か」

「ダディが焼いてくれるお肉、凄い美味しいんですよ! ささ、入りましょう!」

「入るというか……いやまぁ入るなのか? お邪魔しまーす」



 ダリルに案内された店は随分と開放的で、天幕があるだけで席などは丸々外にあった。そして既に驚くほど大きい肉塊を焼いているのは、いかにも肉を焼くのが得意そうな体型をしている丸刈りのおじさんだ。


 ダリルはこの店を予約していたようなので、既に大抵の料理は完成直前のようだった。ダリルに勧められるがまま簡易的な椅子に座った努は、姿焼きにされている巨大なシェルクラブを見て少しよだれが出てきていた。



「……ツトム。ダリルと同じような顔をしているぞ」

「いや、シェルクラブって今人気じゃん? よく持ってこれたなと」

「えへへ、頑張りました」



 シェルクラブは重機用、食用、愛玩用と様々な用途で召喚士によって召喚されていたが、それには必ず本体の魔石がいる。そのため五十階層主であるシェルクラブは探索者によって乱獲されていたのだが、最近その状況が変わってきた。


 一気に百体以上探索者によって狩られたことで、シェルクラブに変異が訪れたのだ。これは三十階層主である女王蜘蛛が多く倒された時にも確認された現象で、『ライブダンジョン!』でいうところの調整に近い。ただその調整内容が常軌を逸していた。


 まず巣の場所が全く特定できなくなってしまい、安定的に見つけ出したり罠を仕掛けたりが出来なくなった。今のところ巣の場所は特定できていないので、一度逃げられてしまうと探し出すことは不可能に近い。


 そしてシェルクラブ自体の能力も大幅に強化されていた。甲殻に纏っている自然の装甲は恐ろしいほど硬くなり、振るわれる攻撃はレベル五十程度のタンクでは絶対に耐え切れない。行動パターンも大分多彩になっていて、もはや蟹とは思えない動きをしていることが神台で確認されている。


 需要の上昇によって異常なまでに乱獲されたことによりシェルクラブはそれに比例するように強化され、冬将軍を突破したアルドレットクロウのPTですら全滅させられるという事態も起きていた。未だに突破したPTは確認されていないため、探索者界隈でも話題となっている。


 まだ五十階層を越えていない探索者にとっては大分笑えない状況だが、幸いにも突破していない者がいれば以前のシェルクラブが姿を現すようになっていた。なので五十階層初回突破に関して問題はなかった。


 しかしその仕様を逆手に取り、五十階層を突破していない者を一人だけPTに入れて調整前のシェルクラブを狩ろうとする探索者たちが現れた。


 すると予想通り調整前のシェルクラブが現れはしたが、その後神台の映像を埋め尽くすほどのシェルクラブが現れてPTは蹂躙されていた。努はその時『悪知恵働かせてるんじゃねぇ殺すぞ』という神の声を聞いた気がした。


 そんなわけで現在シェルクラブの魔石は入手方法がない。そのため今シェルクラブを仕入れられるということは相当凄いことで、そこにはダリルの目に見えない努力が窺えた。


 そんなシェルクラブの巨大な甲羅に詰まった蟹味噌はぐつぐつと煮立ち、そこにこそぎ取られた白い身がどんどんと入れられて混ぜられていく。


 普段努は神のダンジョン以外のことを考えないので、食事もオーリが作ったものしか食べない。ただそんな努でも今の光景を見てここに来てよかったなという思いに駆られていた。



「ありがとね、ダリル」

「いやいや、今日は僕がお礼を言うためにこの場を用意したんですから! ……でも、ありがとうございます!」



 少し照れたように鼻をこすったダリルは、同時進行で焼かれて先に出来上がったステーキを前にナイフとフォークを手に取る。



「取り敢えず、食べましょうか! 冷めないうちに!」

「うむ」

「いただきまーす」



 もう待ちきれないといった様子なダリルの合図で、二人も運ばれてくる肉料理やシェルクラブに舌鼓をうった。それから数時間後、仲良くぽっこりお腹になった三人はしばらくその場から動けなかった。

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