第272話 ヒーラー革新の一歩
新聞記事の一面ではちょっと嬉しそうな顔をしているユニスが写っている。ただその新聞は一度くしゃくしゃになったものを直したのかまだしわがついている。そんな新聞を手にしているステファニーの目は血走っていた。
(何かの間違いではありませんの!?)
お団子レイズという画期的な技術。しかしそれを発表したのがあのユニスだということに、ステファニーは丸っきり納得していなかった。
しかしヒーラーの死を打ち消せる今までにない技術であるお団子レイズ開発者は、何度見てもそのユニスで間違いはないようだった。その事実をステファニーはしばらく受け止められなかった。
これがロレーナだったならば、まだ認められた。戦場を縦横無尽に走り回るロレーナと、空からどっしりと構えて支援回復を行うステファニー。その立ち回りは真逆で気に食わないところはあるが、決して弱いとは感じなかった。
それに努を敬う姿勢も窺える。先日努に頭を撫でられて発情していたと聞いた時は心底気持ち悪いと思ったが、ロレーナが開発したというのなら納得は出来た。そしてすんなりと自分もお団子レイズを真似しただろう。
だがお団子レイズ開発者は、努の弟子の中で最も劣っているユニスだった。その中途半端な実力も、師を敬わない精神も、何の取り柄もない弟子であるユニス。そんな彼女のことなどステファニーはここ最近頭に浮かぶことすらなかったが、嫌いであることに変わりはない。そんな彼女が開発した技術など、使いたくもなかった。
(それこそバリアで囲うのではなく、何かの道具で閉じ込める方法を考えればあるいは……)
しかしお団子レイズは非常に有用であることに間違いない。もし使えるようになれば八十五階層で詰まっている現状を打開出来る可能性が高い。更にそれ以降の階層でも使用する機会は多いだろう。なので使わないわけにはいかない。
だがあのユニス、ユニスが開発した技術を真似することなど、到底我慢出来るようなものでなかった。なのでステファニーは少しの間代替え案を検討し始める。
(……あり得ないですわね。いずれ代わりは見つかるかもしれませんが、今ある技術を習得した方が明らかに早い)
しかしある程度検討したところで結局その結論に至る。恐らく今の二軍ヒーラーは、間違いなくお団子レイズをいち早く習得しようとしているだろう。その技術があるとないのでは、それこそ一軍と二軍を分ける一因に成り得る。ここで遠回りをしている暇などない。
(……無駄ですわ。あの忌々しい女狐のことなど、考慮する必要がない。有用な技術が生まれたのなら使うべき。技術は技術。生み出した者のことなど関係ありません)
ステファニーはそう結論付け、バリアを球形にするところから始めた。バリアの形状変化自体はステファニーも出来ないわけではない。努がやっていたことは全て真似して自分で磨いているため、バリアを球形にするまではそこまでかからなかった。
「がぁっ! あぁ!? ああぁぁ!?」
しかしそのお団子バリアが手の内に完成すると、彼女はそれを地面に叩き付けて踏み砕いた。砕かれたバリアの破片が床に散らばって霧散する。
以前した時よりも苛烈にお団子を潰しに潰したステファニーは、幽鬼のような顔をしながらまた同じものを作成し始める。努を越えて彼に自分だけを見てもらうためには、自身の技術に固執せず取り入れるべきだ。アルドレットクロウのヒーラーからも取り入れたことはあるし、お団子レイズは画期的な技術だ。絶対に自分の立ち回りに取り入れ、そして八十五階層突破に役立てる。
しかしだからといってユニスの技術を真似するなど、率先してやろうとは全く思わない。なのでステファニーは自分の実力を上げるためにお団子レイズの練習を始めたが、その形相はまるで火の中にでもいるかのように苦しげだった。
(これもツトム様に近づくためっ……! ツトム様、ツトム様……)
今の現状を言えば、世間のヒーラー評価は自分の方が上だ。しかし神台で見る努の立ち回りは、まさに神と言っても差し支えない。
自分もその神に近づいてきてはいる。もう背中は目の前に見えるのだが、まだ越えられた感触はない。そして神に近づくために自分がボロボロになっていくことも感じていた。
自分が意識を保っている間、その全てをヒーラーに注ぐ。その狂気的なまでの努力はツトム様がいるからこそ成り立っているが、それでも追い詰められていることは事実だ。努と自分の差を感じるたびに頭を掻きむしり、眼球が浮くような感覚に襲われる。そして努に近づくためユニスの技術を真似るという屈辱に、ステファニーは歯をぎりぎりと喰いしばっていた。
パキッ。
「……ヒール」
歯を喰いしばりすぎて砕けた奥歯を自分で治したステファニーは、口端から血を流しながら黙々とお団子作成に時間を費やした。
▽▽
お団子レイズの記事が上がった後、ヒーラーたちはこぞって習得しようと練習をしている。なので神台にはいくつも打ち上げ花火のように上がるレイズが大体映っていて、中々閉じ込めることが出来ず苦戦しているヒーラーたちも映っていた。
そんな神台を見てエイミーは隣にいる努に振り向いた。
「なんか凄い騒ぎになってるね。お団子レイズ?」
「そうだね」
「ユニスちゃんが開発したんでしょ? すごいねー」
「そうだね」
「……ツトムも練習するんでしょ? 確かレイズってPTメンバーに死人がいないと使えなかったよね? わたし、ツトムのためなら死ぬよ?」
「何でキメ顔してるんだよ。ゼノか? ……あと僕は練習しないよ、お団子レイズ」
そんなヒーラー環境の中、努だけは休日でもお団子レイズ練習に励まず普通に神台を見て過ごしていた。すると一番台の光で少し顔が照らされているエイミーは、不思議そうに首を傾げた。
「え? しないの?」
「必要性を感じないからね。八十五階層をごり押しで突破するなら必須だろうけど、僕たちは対策装備集まってきてるし。……まぁ、一応ギルドの練習場で多少レイズに見立てたスキルを閉じ込める練習はするけど、ダンジョンではわざわざやらないかな」
「へぇー?」
「……何か言いたそうな顔だね」
「んー。ツトムがもしお団子レイズ練習した姿が神台に映ったら、ユニスちゃんが喜びそうだなーと」
含み笑いをしているエイミーに努は少し嫌そうな顔をしながらため息をつく。
「それも理由の一つではあるけど、本当に必要ない技術だからね。僕はそもそも死なないように立ち回るから、死が前提のお団子レイズはいらないんだよ」
「あー、確かにツトムが死んだところって未だに見たことない。もう探索者やって一年経つよね?」
「そうだね。出来るなら一生死なずに行きたいところだけど」
「大丈夫! 何回か死ねば慣れるし、一緒に死ねば怖くないよ! わたしが一緒に死んであげるから!」
「いや、怖いわ」
平然とそんなことを言うエイミーに若干引きつつ、努は視線を一番台から五番台へと移す。無限の輪、シルバービーストは休日なのでその全てはアルドレットクロウの上位軍で埋め尽くされていた。そしてその下には同盟を結び混合PTを組んでいる金色の調べと紅魔団が映っている。
「お団子レイズのコツはこうなのです」
そこには珍しく神台を意識してお団子レイズの解説をしているユニスが映っている。彼女が神台に向けてアピールすることは今までなかったが、今はお団子レイズを解説するために役立てているようだった。昨日からそういった解説を始めたユニスはヒーラー発展のためにうんたらと取材で話し、迷宮マニアからはヒーラーの鑑だと絶賛されている。
「まぁー、最初は出来なくても仕方ないのです。師匠のツトムも中々出来ていないようなのですからね。みんな少しずつ出来るようになればいいと思うのですよ? ツトムも出来ていないのですから」
だがユニスの本音は努がお団子レイズを練習している姿が見られないので、仕方ないから私がコツを公開してやるかというものである。今もお団子レイズの解説をしているユニスは、神の眼を自分に教えを乞う努とでも思っているのか相当ご満悦の様子だ。超絶どや顔でお団子レイズをご高説している。
「そういえば、ユニスちゃんに何か声をかけてあげないの?」
「あれに声をかけたいと思う?」
「……やー、流石にちょっと微妙かも」
「もう周りから十分持ち上げられてるし、僕が言う必要もないでしょ。あの様子じゃさぞご満足してるだろ」
お団子レイズを教えるのが気持ちよくてたまらないといった顔をしているユニスに、努はにべもなくそう言うとアルドレットクロウの一軍が映っている一番台へ視線を戻す。
「一軍のハルトはチェックしてると思うけど、三番台にいる双剣士もスキルの回し方が上手いから参考にしといてね」
「はーい」
「エイミーは結構独学でやってきたみたいだから、まずスキルの繋げ方を見ていこう。アルドレットクロウはそこらへん詰めてるから参考になる」
今日の目的はエイミーに神台で双剣士の何処を見るべきかを教えにきただけなので、ユニスのことは話題の一つにすぎない。それからは特にお団子レイズに触れることもなく、二人は神台を見ながら双剣士のことについて話し合っていた。
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