第267話 毒虫と毒蛇
シルバービーストと同盟を組んでから初めての休日。クランハウスのリビングには様々なモンスターの素材が贅沢に使用された大きなソファーが新しく置かれ、そこでディニエルが大福のようにとろけていた。
「随分と気に入ったみたいだね」
「部屋に欲しい」
「一年後まで予約一杯だってさ」
エルフを駄目にしているソファーは完全受注制で、一年後まで注文を受け付けていないそうだ。王都で結構な人脈があるオーリの計らいで購入出来たが、そうそう手に入るものではない。
駄目になっているディニエルから少し離れて座っている努は、誰かが階段を下りてくる音を聞くと立ち上がった。
コリナたちのPTは既に神のダンジョンへと潜っている。エイミーとアーミラは龍化結びの練習に明け暮れていて、最近は二人して背中から翼を生やしている姿を良く見る。そんな二人は新聞でも写真付きで取り上げられ、エイミーファンたちは新しい可能性を作ってくれたアーミラを高く評価しているようだ。
ガルムは変わらず限界の境地を主軸とした立ち回りを練習していて、ゼノも迷宮マニアである妻からのアドバイスを元にバッファー気味な立ち回りを試しているので、最近は神のダンジョンに潜る時間を多く取っているようだ。
それに対して努たちのPTは変わらず二日休みで、練習したい者は各自行うといった方式だ。そもそもディニエルが休日は絶対にクランハウスから離れないので、PT練習はしようもない。なのでハンナはシルバービーストのクランハウスへ泊まり込みで遊びに行った。
そして努は予約している席で神台を見る予定だったが、丁度予定が空いていたリーレイアが急遽付いてくることになった。彼女は自分の部屋で準備してくるといって二階に上がり、すぐに戻ってきた。
「お待たせしました。では行きましょうか」
「あぁ、うん」
リーレイアは休日だからかいつものように緑の長髪を束ねて上に纏めず、自然と垂れ下げている。その髪型だけ見るとアーミラにそっくりだ。顔のタイプで言うとアーミラが体育教師でリーレイアが理系教師といったところだが、姉妹だと言われても納得するくらい外見の特徴は似通っている。
「いってら」
「いってきます」
ソファーにぐてんと寝転がっているディニエルに見送られて二人はクランハウスの玄関へと向かう。すると廊下でクランハウスの掃除をしているオーリと話し込んでいるダリルが目に入った。
最近ダリルは迷宮都市にある有名な飲食店を食通の如く渡り歩いている。ただ一人で入れない店もあるため、同伴者として孤児院の知人やオーリを頼ることが多い。今彼女と話していることも予約している飲食店についてだった。
「ダリルは頑張っているようですね。ツトムとガルムのために」
「……そうだね」
靴を履いている間に後ろから
ギルドでガルムに立ち回りの口出しを拒否された後、努はクランリーダーとして改めて話を聞いた。クランリーダーという立場を使われればクランメンバーは理由を話さざるを得ないので、それを察したガルムは苦しそうな顔をした。
その後努に頼らず自分だけで立ち回りを考えたいとだけガルムは言ってきた。元から口数の少ないガルムの直球的な言葉。それを努も苦々しい顔で受け止めたが、そのことについては了承したので一応表面上は解決している。
だがクランリーダーの立場を利用してまでガルムに何かを喋らせ、無理矢理引き出した言葉も努にとっては喜べないものだったので、それからはガルムと話すことが減ってしまったことは事実だ。朝の走り込みの際に会う時も若干の気まずさがあり、努としては肉体も精神も疲れる地獄と化している。
(初めてクラン解散した時より辛いな……)
ガルムと意見が食い違うことは今までなかったし、ずっと自分を信頼して付いてきてくれたと感じている。幸運者騒動でPTを組めなかった時は手を貸してくれたし、シェルクラブの作戦を話した時も一番に信じてくれた。それに立ち回りについての相談も努としては最適解を教えたつもりで、当人のガルムも納得してくれていた気がしていた。
だからこそガルムに拒否された時は心底驚いてしまい、その後も中々踏み込めずいつものように話せないというのが正直なところだった。そんな努とガルムの何処かギクシャクとした関係はみんな察しているが、その中でもダリルには結構気を遣われていた。
ふと考えを止めて横を見ると、リーレイアが獲物を見つめる爬虫類のように首を傾けて緑の瞳を向けてきていた。さぁ何か言い訳をしてみろと言わんばかりな彼女に、努はげんなりした顔をして手を払った。
「ある程度話はつけたから、後はガルム次第だよ」
「はぁ、ガルムには随分と甘いのですね。もしこれがゼノやハンナだったらどうなっていたのやら」
「……そんなに不満ならあの場で言えばよかったんじゃない?」
「ガルムの味方は多いですからね。ダリル、ハンナ、コリナ……。それでもアタッカーならば口出しはしたでしょうが、ガルムはタンクですから。別にそこまで気にしていませんよ。えぇ、気にしていませんとも」
心の底からの笑顔を浮かべながら不穏なことを遠回しに言ってくるリーレイアに、努は『ライブダンジョン!』の晒しスレでも見ているような表情をしていた。だが流石にそんな表情で見られることは彼女も嫌だったのか、気を取り直すように咳払いした。
「まぁ、私のことはお気になさらず。別に私はガルムのことを嫌っているわけではないですし、あの考えも理解は出来ます。それにツトムはあのガルムにも通すべきは通すのだとわかりましたから、クランメンバーとしては安心もしました」
努がガルムにただならぬ信頼を寄せていたことはリーレイアもわかっていた分、今回のちょっとした亀裂はなぁなぁで済まされると思っていた。しかし努はガルムにクランリーダーとして話を通してくれたため、クランメンバーとしては露骨な
「……ただツトムが沈んだ様子を見せるのは珍しかったものですから、ついですね」
「ついじゃないよ。もう僕に付いてこないでくれる?」
「よいではありませんか。空いている予約席をただ腐らせるのも良くありませんし、もうここまで来てしまったのですから」
神台市場にある予約席の方を笑顔で指差すリーレイアに、努は舌打ちをして引き離すように早歩きした。ハンナなら思わず涙が出てしまうような仕打ちだが、ことリーレイアに限ってそれはない。
「そんなにダリルの方がいいのですか?」
「リーレイアよりはマシだね」
「そういえば私はツトムと神台を見たことは一度もありませんでしたね。クランメンバーと交流を深めるのもクランリーダーの仕事なのでは?」
「元々アーミラ目当てでクランに入ってきた奴が何を言ってるんですかね」
「手厳しいですね。他の人たちには随分とお優しいのに。あぁ、そういえば金色の調べの、ユニスという女性にも確か手厳しい印象を受けました。弟子の中でもあの子にだけは厳しいですよね」
「……今日はよく口が回るね」
「んふふ、そうですね。異性と二人で出かけるのは久しいですから、私は舞い上がっているのでしょうか?」
口元を隠して漏れ出すような笑い声を抑えたリーレイアに、努はしかめっ面をして席を管理している受付へと向かう。普通の女性に言われたのなら少しはドキリとしたかもしれないが、リーレイアが自分に純粋な好意を持っていないというのはわかっている。彼女はただ自分より性格が悪い者を見つけて嬉しいだけだと努は思っていた。
確かにリーレイアが努に対して好意的に接するようになったのは、そういった面もある。尊敬から一転して恨みへと変わったアーミラへの思い。そして安定した大手クランを脱退してまで彼女を追いかけてきた執念、それを見抜いた上で自分より良い復讐を提案してきた努。
その性格の悪さからか騎士の家系に馴染めず、探索者となった彼女が抱えていた劣等感。しかし自分よりも性格の悪いであろう男を見て、リーレイアはある意味救われていた。
それからは自分に自信も持てるようになり、スタンピードが終わった後には王都で自分の家とも向き合おうと思えるようになった。そしていざ会ってみれば家族とはすんなり和解することが出来たので、そのきっかけとなった努にリーレイアは感謝もしていた。
「あ、屋台がありますよ。何か買っていきましょうか」
「僕はいい」
「おや? 確かダリルには色々買っていたようですが……」
「面倒くさいな、本当に」
ある意味相性の良い二人は表面上の殴り合いをしながら、神台の予約席へと向かっていった。
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