第268話 なでなでの極意

「ヘイストと……メディックもあげる!」

「ありがと!」



 ロレーナは赤鳥人のララに触れながら支援と回復スキルを使うと、飛ぶようにその場から離れる。前まではヘイトを抑えるためにメディックまでは使わなかったであろう場面。だが彼女は今回追加で使用した。



「あーーー!! ミシル助けてー!!」

「おう、次はツトムみたいに上手くやれよ」

「ねぇ、ツトム基準やめない? みんな不幸になるよ?」



 今のところはモンスターのヘイトを買いすぎて狙われてしまっていることもある。だが兎人特有の危機察知能力は経験を重ねるごとに段々と研ぎ澄まされ、彼女の言うツトム基準に着々と近づいてきている。


 それに避けタンクのリリが光属性の片手剣を手にしたことでヘイトを稼ぎやすくなり、ミシルが他に手を回せるようにもなったのでシルバービーストは少し安定感が増した。



(ロレーナにはヘイト管理もう追いつかれてそうだな……)



 初の宝箱を得てから二日の休みを取った後の、八十三階層共同探索。そこでロレーナが急成長している姿を見て、努はそんなことを思った。戦闘中に時折感じる視線。恐らくロレーナは自分のヘイト管理を観察し、それを吸収して実践に移しているのだろう。


 努が持つヒーラーとしての強さは、決して真似できないものではない。『ライブダンジョン!』での経験と知識。それが努の強さの源泉であり、ヒーラーとしての立ち回りは神台で公開されているのでいずれ全て暴かれて研究されることになる。そうなれば努の強みは薄れるだろう。


 努独自の強さといえば正確な体内時間が挙げられるが、これは時計に関する技術が進めば誰でも手軽に時間管理が出来るようになる。そうなれば後は精霊の好感度くらいしか強みが存在せず、本能を利用したヘイト管理ではロレーナ、スキル操作や上を目指す異様な向上心ではステファニーの方が上といってもいい。他人の死期が何となくわかるという超能力染みた能力を持つ祈祷師のコリナも候補には入るだろう。



(いずれ三人には抜かされるのかもしれないね……)



 もし百階層後に自分の知らない神のダンジョンが続くのだとしたら、ヒーラーとして三人に抜かされる可能性は十分にある。自分の技術を吸収してどんどん成長していくロレーナを間近で見て、努はしんみりとした顔でそう思った。ただ努はリーレイアに追加のヘイストを飛ばしながら、首を傾げる。



(だけど、何だろう。あんまり不快じゃないんだよな)



 もし他のヒーラーが自分の技術を吸収しながら迫ってきたとしたら、『ライブダンジョン!』をしていた時の努なら危機感を覚えていただろう。しかしロレーナの成長に対してはそこまで悪い方向に感情を揺り動かされず、むしろ良い方向へと向かっていた。


 何でそんなことを自分は思うのか、努は少しだけ考えた。そしてすぐに答えへと行きついて、頬を釣り上げた。



(新規の気分でもう一度ヒーラーがしたいのかな)



 現状努は『ライブダンジョン!』での経験と知識を持っていて、最初に見た爛れ古龍からみて百階層まではあるのだということがわかっている。そして百階層までたどり着くプランは既に持ち合わせていて、ロレーナやステファニーに負けるつもりはない。


 だが百階層から先のことはわからない。日本に帰れるのかもしれないし、この先にも裏ダンジョンが続いているのかもしれない。もしかしたら自分の知らないダンジョンが広がっているのかもしれない。


 最後にはフレンドが一人も残らず、サービス終了が決まってしまった『ライブダンジョン!』


 自分一人でも確かに遊ぶことは出来た。しかしネトゲを一人で遊ぶのには限度があり、ただ自分が必死に生きてきた世界にしがみついているだけに過ぎないという現実も付いて回っていた。


 だがまたもう一度。自分の知らないこの世界のダンジョンで一からヒーラーをすることが出来るかもしれない。そうなれば今でさえ楽しいダンジョン探索がもっと楽しくなるということは、容易に想像がつく。


 それにそれが叶わなくとも、以前の『ライブダンジョン!』のように同じヒーラーのライバルたちとしのぎを削ることは出来るだろう。


 自分が経験と知識というアドバンテージを無くした後、己を削りに削ってヒーラーを磨き上げているステファニー。自分には出来ない走るヒーラーをしているロレーナ。死神の目を持つ祈祷師のコリナ。他にも時間が経てば強いヒーラーというのは出てきて、そんな者たちを相手に自分は再び競い合える。その時に自分はどういった創意工夫を凝らして自身のヒーラーを作り上げていくか。そんなことを想像するだけで努としてはわくわくが止まらなかった。



(だから、お前も頑張ってくれよ)



 なので努は自分から技術を吸収して成長しているロレーナに対しても、割と好意的な視線を送っていた。



「ホーリー!」



 そんな目で見られているロレーナは努の真似をして作った針状のホーリーをメーメに突き刺し、更にそれを蹴り込んで貫通させていた。そして追加のモンスターが来ていないことを確認した後、汗で張り付いた黒髪を指で払うと努に向かってピースした。



「どーですか! ツトムさん!」



 今回の戦闘でロレーナはモンスターに狙われず、かといって支援回復を抑えていたわけでもない。むしろ以前よりも多く支援回復をしていてもモンスターから狙われないことに成功していた。にひひと笑っているロレーナに、努は調子に乗るなと言わんばかりに挑戦的な視線を返す。



「さっき失敗しておいて何言ってるんだよ。今のをいつもやれるようにならなきゃ駄目だ」

「うぐぅ……」

「師匠を超えるのが弟子の役目だって豪語したんだから、これくらいはやってもらわないと拍子抜けだよ」

「でも私、褒められると伸びるタイプなんですけどー?」

「……ならさっさと自分を追い抜くくらい成長してくれ」



 相変わらず自己主張の激しいロレーナの兎耳をかいくぐって、褒めるように頭をぐりぐりとした。するとロレーナは少し硬直した後、背伸びをして努の手に頭を擦り付けるようにぐりぐりした。



「え、なに?」

「そ、そっちこそ何なんですかっ!? そうやって頭撫でるとか、狙ってるんですか!? ……それと褒める時間短すぎですよっ。あと三十分は必要です!」



 撫でてきた手がよほど心地よかったのか、ロレーナはそう要求しながら頭を突き出して突進してきた。そして闘牛のように迫ってくる彼女をミシルに止めてもらった努は、意味がわからないと手を広げた。



「何やってるんだ、気持ち悪い」

「はぁーーー!? ツトムが、私の頭を撫でて堕とそうとしたからじゃないですか! あのいやらしく撫でる手つきは絶対そうです! 耳の付け根をこれでもかと的確に責めてきましたもん! 絶対そうですよ!」

「……あー」



 スタンピードで王都に行った際に努は一度エイミーに頭の撫で方をレクチャーされたのだが、ロレーナを撫でる時も同じようにしてしまったのかもしれない。もしかしたらあの撫で方は頭に獣耳がある獣人に効果的なのかもしれないと思い、努は辺りを見回した。



「ダリルー? ちょっと来てー」



 努は犬人であるダリルを探し、手招きをして呼び寄せた。突然努に呼ばれたダリルは何かあったのかと小走りで向かってくる。



「ダリル。少ししゃがんで」

「?」



 すると軽くしゃがむように言われ、ダリルはよくわからない顔をしながらもすぐに従った。そして努はエイミーに指導された時のことを思い出しながらダリルの頭を撫でてみた。



「えっ? ツトムさっ……! ふっ、ふぇっ……」

「あ、この撫で方思ったよりヤバいんだね。ごめん」



 最初は驚いた顔をしていたダリルの表情がみるみるうちにとろけていくのを見て、努はびっくりしながら右手を引いた。元々五台のPCを動かせるほど手先が器用な努と猫人のエイミーが教えた撫で方が組み合わさると、どうやら獣人に対して効果は抜群のようだった。


 何てものを伝授してくれたんだと努がエイミーに対して思っていると、ロレーナが何処か据わった目でふらふらと近づいてきた。



「ツトムさん……さっきのより凄そうですね? 頭はこっちにもありますよ? ほらぁ!」

「いや、目がヤバいことになってるぞ。怖いよ」

「いいから撫でて下さいよぉ! 元々あの子じゃなくて私を撫でてたじゃないですか! なら私にもする義務があると思いますしぃ!」

「ミシル」

「ララ、リリ、発情兎を確保だ」

「らじゃー」



 軽く目が血走っているロレーナを鳥人二人が抑え込む。



「離してぇ! あんなものを見せられてこちとら引き下がれるかぁ!」

「はいはい、後でいくらでも撫でてあげるから、帰るよー」

「ちょ、いつもより力強いですっ……! 大人しくしてください!」



 じたばたと暴れているロレーナはララとリリによって黒門へと搬送されていった。そんな彼女を見送った努は、知らぬうちに撫でる技術を習得していた右手を見つめる。



「……これでガルムと仲直り出来たりしない?」

「…………」



 冗談めいた顔で手のひらを見せてきた努に、ダリルはびくっと身体を震わせるだけだった。

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