第266話 龍化する猫
「あーーーー!!」
ディニエルが炎の属性矢で最後に残っていたメーメの核を打ち砕いて粒子に変えた後、それを見ていたロレーナが突拍子もない叫び声を上げる。その声に努も振り向くと、細い目を大きく見開いた。
「やっと出たか……」
「ツトムさん! 宝箱ですよ! それも銀!」
光の粒子と共に出現した銀の宝箱の周りで、ロレーナは嬉しそうに飛び跳ねている。五日間八十三階層に潜ってようやく一個。明日からは二日休みなのでこれだと一週間に一個という計算になり、装備を整えるのに大分時間がかかることになる。
ただ何となく物欲センサーに引っかかっている感覚もあったので、それを基準にするのはまだ早いだろう。それに銀の宝箱が出たというのも大きい。木や銅の宝箱からはマジックバッグが出る確率が割とあるが、銀からは早々出ない。それに冒険者のスキルであるささやかな幸運を付与すれば更に外れが出る確率は下がる。
いざ開けてみたらただの金貨だったりマジックバッグでした、というのは宝箱を探すモチベーションが大分下がる。なので少しでも外れの確率を下げることは大事だ。
宝箱については順番に開けていくように契約してあるが、内容が運によって左右されるので
「いや、流石に銀は申し訳ねぇしそっちが……」
「シルバービーストが戦力強化してくれないとこっちも困るんで、ささやかな幸運付与して避けタンクにでも開けさせて下さい。特にそっちの人はヘイト稼ぐスキルもないジョブですし、火力出せなきゃ話にならないでしょう」
そんな努の言葉にシルバービーストの青鳥人はガーンといった顔をしている。赤色の鳥人は拳闘士なのでコンバットクライで何とかなっているが、青色の方は狩人なので純粋な火力でヘイトを取る必要がある。だが八十三階層では弱点を突かなければ中々火力が出せないので、避けタンクとしてあまり機能していなかった。
「師匠! リリをイジメるのはあたしが許さないっすよ!」
ハンナはシルバービーストの青鳥人、リリを庇うように翼を広げて威勢のいい声を上げた。そんな彼女をリリの姉である赤鳥人のララは苦笑いしながら見守っている。すると努はマジックバッグから光と闇の魔石を出した。
「なら代わりにハンナが火力を出してよ。魔流の拳、光と闇属性早く使えるようになって?」
「んぐぐ……。ち、調整中っす」
「ハ、ハンナさんを責めてあげないで下さい……。私が悪いんですから……」
「リリ! 師匠に弱みを見せちゃ駄目っすよ! 師匠は弱いところを延々責めてくる、借金取りに向いてるような人っすから!」
「……そういえばリーレイアは今の感じで大丈夫? 結構精神力こっちに割いてるように見えるけど」
ハンナの言動に少しわざとらしさを感じた努は、あえて触れずにリーレイアへと話を振った。するとハンナはスルーされたことにえっ、といった顔をして、リーレイアはそんな彼女をちらりと見た後に首元に巻き付いていたサラマンダーを抱えた。
「確かにノームが張り切って使いすぎる場面もありますが、今のところはそこまで問題はないかと。ただウンディーネが最近不機嫌です……というよりシルフもサラマンダーもツトムと契約したいようです。はぁ、ツトムの何処がそんなにいいのでしょうか」
「おい」
「ここまで精霊に気に入られるのなら、私も金の宝箱を引き当てたいものです」
努が精霊から異様に気に入られている原因は金の宝箱だと推測しているリーレイアは、羨ましそうに努を見た後に首を垂れた。精霊に気に入られている以外のことについても嫉妬している雰囲気がするリーレイアに、努は誤魔化すような笑顔を返すしかなかった。
「し、ししょ――」
「まぁそういうわけで、そちらが開けてくれていいですよ」
ハンナと言葉が被った努は少しだけ彼女の方を見たが、すぐに視線をミシルに移した。
「あぁ、悪いな。それじゃあリリ、もう付与したから開けていいぞ」
「は、はい、……えっと、外れだったらごめんなさい」
不安そうな顔でささやかな幸運を付与してくれたミシルに振り返った後、リリは改めて銀の宝箱に向き直る。そして恐る恐るといった様子で手を引っ掛けて開けた。すると宝箱の中から薄い光が漏れ、周囲にいる者たちはこぞって中身を覗き込んだ。
「……片手剣ですかね?」
銀の宝箱の中にあったのは、黒い小盾と白の片手剣だった。狩人のスキルに対応した武器はいくつかあるが、その中でも片手剣は可もなく不可もなくといったところだ。それに『ライブダンジョン!』と違って誰でも装備自体は出来るので、取り回しの良い片手剣はありがたい。狩人のリリならばスキルも絡めて上手く使いこなせることだろう。
「鑑定しなきゃ詳しくはわからないけど、外れじゃなさそうだね。おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」
リリは目に見えてホッとした顔をして、触りたそうにしていたララに片手剣を渡す。努はその片手剣についてはある程度見当がついているが、当たりでもなければ外れでもない、そんな部類の武器である。ただリリの火力上昇には間違いなく貢献してくれるので、今までより戦闘が楽にはなるだろう。
「少し早いですけど、お昼休憩行きましょうか。鑑定して午後から実戦で試してみたいので」
「だな。んじゃ帰るか」
「お腹空いたー」
「何食べよっかなー」
ロレーナとララはそんなことを言いながら帰還の黒門を目指して歩き出す。そして努はもにょもにょとした顔をしているハンナの目の前に緑色のヒールを置いて、黒門の方へと飛ばした。
「僕たちも行くよ」
「……し、師匠。怒ってないっすか?」
「別に怒ってはないよ。ただちょっと面倒くさかったから無視しただけ」
「面倒くさいってなんっすか!?」
「そういうのだよ。ねぇディニエル?」
ハンナのことを全て理解しているわけではないが、弄られるのが好きなんだろうなという印象は努にもあった。いつもリビングでディニエルにちょっかいを出してはアイアンクローを決められている姿は、罠があるとわかっているのに自ら飛び込んでいるようにしか見えない。
すると声をかけられて振り返ったディニエルは非常に面倒くさそうな目でハンナを見下ろした。
「私を巻き込まないで。面倒くさい」
「えぇ!?」
「まぁ、そういうことだよ」
「そういうことってなんっすか!? わかんないっすよぉ!」
女性にしては背の高めなディニエルと平均的な身長の努。そして少女といっても差し支えない小さなハンナは、そんな二人に見下ろされてぴーぴー喚いている。
「ディニエル、いつものよろしく」
「やだ。多分無視した方がハンナには効く」
「褒め殺しもいいと思うよ」
「……質が悪い」
「ふ、二人してなんなんっすかぁ!? なんか怖いっす!」
いつもは弄ってくれる二人が自分を無視してひそひそと話し合っていることに、ハンナはわけがわからない様子でおどおどとしている。そしてハンナは結局消化不良のままギルドへと帰り、昼休憩で丁度一緒になったエイミーにそのことを愚痴っていた。
▽▽
「コンバットクライ」
自身を追い詰めて限界の境地へと入っているガルムの迫力は凄まじく、仲間という視点から見ても一歩下がってしまいそうになる。祈祷師であるコリナは迅速の願いを事前にアーミラへとかけながら、追い詰められた獣のようなガルムに畏怖の念を抱いていた。
「コンバットォ……クラァイ」
対するゼノは相変わらずふざけているのかと言いたくなるクールなポージングでコンバットクライを放っているが、闇属性のモンスターが出てくる八十三階層では聖騎士というジョブも相まって役立っていた。
仲間の装備にも光属性を付与出来るエンチャント・ホーリーを軸にしたバッファーを意識した立ち回りと、ホーリープロージョンという光属性の攻撃スキルでヘイトを稼ぐ避けタンクのような立ち回り。闇属性の攻撃が聖騎士は通りやすいためタンクとしては少し脆いが、それでも十分な活躍は出来ていた。
「らあっ!!」
龍化しているアーミラは他のアタッカーにない強烈な大剣での一撃が特徴的で、一番得意としているスキルのパワースラッシュは遠くにいるコリナにも風圧が届くほどの威力を持っている。龍化中ならばメーメの粘体すら力だけで無理矢理吹き飛ばすので、迷宮マニアからも滅茶苦茶な奴だと書かれている。
更に最近は龍化結びという新たなスキルも習得し、サポートもこなせるようになった。ただ龍化結びは相性が大事なようで、現状まともに付与出来るのはエイミー、コリナ、努、ハンナの四人。ダリルとガルムには付与出来る時と出来ない時があり、ゼノ、リーレイア、ディニエルにはそもそも出来ない状態だ。
エイミーは努に立ち回りの指導を受けてからスキルを多く使うようになったが、以前よりも動きは良くなったように見えた。たまに精神力の使い過ぎで鈍ることもあるが、火力自体は上がってきている。
「アーミラちゃーん! 早く早く!」
「ちゃんはいらねぇって言ってんだろうが!」
それにアーミラの龍化結びによる強化で更に火力を増幅している。どうやら龍化結びはある程度強弱を調整出来るらしく、努やコリナには大分弱めて付与していたようだった。もし強く付与しすぎると本当の龍化と同程度になり、以前のアーミラのように意識が保てない暴走状態となってしまうらしい。
「あ、こんな感じか」
「…………」
ただ本格的な龍化の制御をエイミーは三日練習してモノにしてしまった。そのことにアーミラは何とも言えない顔をしていて、コリナは思わず噴き出してしまって彼女に追い掛け回されて酷い目にあった。
「私の目、なんか格好良くない? ゼノ風に言うと、金色の赤き旋風ってかんじ?」
「気持ち悪ぃだけだろ」
「なにをー!」
なので今このPTには龍化出来る者が二人いるようなものだ。そしてゼノのエンチャント・ホーリーに、コリナも聖なる付与や聖水生成などのスキルで闇属性のモンスター相手には有利に立ち回れる。
ヒーラーであるコリナも以前全滅して努と話してからは調子が良く、いつもより支援回復スキルを上手く回せている感覚があった。自分の中にあった無駄なプレッシャーがなくなり、努に練習するように言われていたことが本番でもスッと出来るようになっていた。
そのため八十三階層では大分安定した戦闘が多く、努がやっているようなシルバービーストPTへの支援回復も出来ていた。シルバービーストは決して弱いわけではないが、今のところはPTが上手く機能していないように見えた。
(だけど、何だろう。シルバービーストと比べると、こっちはみんなあんまり仲は良くないんだよなぁ……)
一人一人の役割自体はしっかりとこなせているので、PTとして見れば無限の輪のPTは上手く回っている。特に問題も発生していないのだが、ただ全員が各々の役割をバラバラにこなしているようにもコリナには思えた。全員が一丸となって戦っているシルバービーストと共同探索をしていると、余計にそれは浮き彫りとなっている。
エイミーとガルムは相変わらず仲が悪いが、最近は特にピリピリとしている。ゼノとアーミラも相性が悪いし、かくいうコリナも彼のことは苦手だ。ゼノの根拠がない自信がどうにも理解出来ないので、少なくとも好きではない。
それに比べてシルバービーストは確かにPTとしては不出来に見えるが、全員間違いなく仲が良い。努とガルム、エイミーのような信頼関係が五人とも築けているように見える。なのでPTの空気も明るく楽しげで、少し羨ましく思うことがあった。
(こんな良い空気はすぐに作れるわけないんだろうけど、ちょっとだけでもこの雰囲気を私たちのPTも作れたらいいなぁ)
ガルムとエイミー、ゼノとアーミラ。そして自分もみんなと仲良くなれたならこのPTはもっと強くなれる。シルバービーストを見てコリナはそんなことを思っていたが、しかしそれを口に出す勇気はなかった。
(ツトムさんなら、上手くやるんだろうなぁ。だって冬将軍の時、ガルムさんとエイミーさんはギクシャクしてなかったもん)
そして最後にはそんな結論に至り、コリナは特に何も言うことなくヒーラーを務めた。
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