第264話 借金はもう嫌っす

「……出ねぇなー」

「こればかりは運ですからね。気長に行きましょう。それじゃあ、今日は時間ですし撤退しましょうか」

「あと一回、もう一回だけモンスター探さねぇか?」

「うん! まだいけるよ!」



 あれから途中休憩を入れながら八十三階層を探索して回り、モンスターも分担しながら数百体倒していた。しかし宝箱は一向にドロップする気配もなく時刻は夕方になってしまい、ミシルはまだ諦めきれていない様子だった。そんな彼に同意するようにシルバービーストのクランメンバーたちもうんうんと頷いている。


 シルバービーストは攻略が詰まっていると迷宮マニアから指摘されている通り、八十三階層では戦闘面であまり活躍が出来ない。八十三階層は基本的に闇属性モンスターが多いので冬将軍で活躍した呪術師があまり機能せず、避けタンクたちもいつものように有効な攻撃が繰り出せずにヘイトを稼ぎにくい。


 そのためロレーナとミシルに負担がかかってしまい、シルバービーストの長所である変幻自在の攻撃と連携が封じられて上手く戦えていない。それを無限の輪にフォローされる形になることが多かったので、せめて宝箱を見つけることで何とか成果を上げようとしているようだった。



「駄目ですよ。あと一回って言って結局ずるずる潜る羽目になりそうですから」

「撤退の機会を逃すとロクなことにならない。今日はもう帰るべき」



 だが努は苦笑いしながら未練たらたらなミシルの肩を叩き、それに同意するようにディニエルも親身な声を上げる。二人に説得されたミシルは残念そうに肩を落とし、続いて他のシルバビーストの者たちもとぼとぼとした足取りで黒門へ入っていった。


 到達階層こそ同じとはいえ、シルバービーストと無限の輪には明確な差がある。そして今日それを見せつけられて悔しそうにしていたが、それでも前を向いていた。そんなシルバービーストが入っていった黒門をディニエルはじっと見つめる。



「あのPT、本当に冬将軍を倒してきた?」

「こら」



 軽く眉をひそめてすぐに反応した努に、ディニエルは肩をすくめた。



「……別に不満を言っているわけじゃない。宝箱を探すのにシルバービーストが有用なことはわかるし、装備も良い物が出そうだからやる価値はあると思って私も共同探索に賛成した。だけどあのPTは不安定すぎるし、こちらでカバーしきれない場面もいつか出てくる。それはツトムだってわかってるはず」

「でもまだ余裕はあるし、そう簡単に宝箱が出ないこともわかってたでしょ?」

「余裕なんてないよ」

「嘘つけ」

「……ただ、あれだけ不安定なPTが本当に八十階層を超えてきたのか、疑問に思っただけ。マグレで八十階層を越せるとは思えないから、実力はあるんだろうけど」



 口足らずな言葉をディニエル自身で補足させた努は思わずため息をつく。もし自分が突っ込まなければ彼女は最初の不穏な言葉の後に何も言うことなく話を終わらせていただろう。そして神台を見ていた記者や新聞からその言葉だけがシルバービーストに伝わることになっていたかもしれない。


 ただ彼女の言う通り無限の輪はシルバービーストを戦闘面でフォローしていて、それでもまだ余力を残していた。アタッカーは属性矢を使えるディニエルと精霊魔法を全て行使できるリーレイア。この二人はそもそも光と闇階層と相性が良く、中でも彼女の実力は抜きん出ている。


 だがディニエルは決して自分の実力全てを引き出していないような雰囲気がある。階層主戦の時は少しだけ熱は入るが、それでも全力とは言えない。ただし八割程度でもアタッカーの中では一つ抜けた強さを持っていて、マウントゴーレム戦、冬将軍戦共に活躍しているのでもっと頑張れと言っても聞かないだろう。


 それにディニエルがどれくらいの実力を発揮しているかを努は見極めているが、それは彼女の方も同じだ。どれくらい手を抜いたら努は指摘してくるのか。そのラインを見極めてディニエルは色々とサボっている。まるでテストの平均点は下回らないように勉強をしてくる生徒のようで、努はどうしたものかと首を捻っていた。



「もうある程度は機能しそうですね」

「そうっすねー」

「ダリルはどうですか?」

「そうですね……。やっぱりノームがいいと思います。サラマンダーはリーレイアさんが使ってくれた方が機能しそうですから」

「わかりました。では明日からはノーム中心で行きましょうか」



 それに比べてリーレイアは今回一軍を勝ち取るという執念が凄まじく、えげつない練習量を毎日こなしている。それと精霊を努だけでなく他のPTメンバーとも合わせて独自のシナジー効果を生み出そうとしていて、その結果は段々と現れてきていた。


 そしてタンクも一人で十体前後のモンスターを引き付けてまだ余裕のある重騎士のダリルに、魔流の拳という切り札を使わずとも避けタンクとしてトップを走っているハンナ。頑丈さ、俊敏さ共にトップクラスの二人は迷宮マニアからも相応の評価を受けている。


 このPTならばやろうと思えば八十三、八十四階層も攻略出来る強さはあるが、今は宝箱を探して装備を充実させることに努めている。そして今日は肝心の成果が得られず帰還することとなった。



(無駄骨だって内心思っちゃったんだろうな)



 恐らくその徒労感をディニエルは感じていたから、あのような言葉を発したのだろう。そんな彼女の背中を杖で押しながら、努も黒門に入ってギルドへと帰還した。



(まぁ、これがゲームだったら誰もやらんわ)



 ただ内心では努も宝箱の発見率に愚痴は零していた。わざわざLUKが上がる冒険者を入れて八時間近くモンスターを狩っているにもかかわらず出ない発見率など、クソゲーまっしぐらだ。代わりにここでは魔石が現実の通貨に変換出来るのでまだ気持ちは前向きに出来るが、それでも徒労に終わった感は否めない。


 しかし『ライブダンジョン!』でも出ない時は出ない。いくら確率が良くても物欲センサーに引っかかって何度も周回することは良くあることなので、そういったことには慣れている。慣れてはいるがやはり一日通して目的の物が得られなかったというのは心に来るものがあった。



「ハンナは今日七被弾三死だね。罰金はいくらになることやら」

「え!?」



 ギルドにある黒門へと転移した努が他人事のように呟くと、ハンナは焦ったような顔で見つめる。半ば八つ当たりのようなものだということは自覚しているので本当に請求するつもりはないが、ハンナの狼狽ぶりに努は少し笑みを深めた。



「ハンナ。今残高いくらあるの?」

「え、えーっとぉ……」



 ハンナは大きな胸を抱き寄せるように腕組みして何とか思い出そうとしているが、そもそもギルド銀行にある残高を覚えていないだろう。無限の輪の女性陣は金遣いが荒い者が多いが、中でも彼女は悪質な方だ。


 まず自分がどれだけお金を持っていて、どれだけ使っているかを把握していない。そもそも無限の輪から出ている一ヶ月分の稼ぎを大体初日に半分は使う。どうやら自分の住んでいた村へ物資を買って寄付しているのだが、各商店に中抜きされてぼったくられていることに気付いていない。


 休日にエイミーと出かければ一緒に大量の衣服や嗜好品を衝動買いしてくるし、ガルムやダリルと孤児院に行けば子供たちに大盤振る舞い。探索者としての稼ぎは大分良いはずなのだが出ていく額も多く、大体給料日の半月前には残高が寂しいことになりそれからいつも節制を強いられているようだ。


 ただ借金に関しては過去に痛い目を見たのかしていないようだが、もしするようなら流石に努も口を出していたところだった。ハンナは絶対に借金をしてはいけないタイプだ。というより一度痛い目を見てから良く復帰出来たなと思う。



「冗談だよ。無茶はしてなかったようだし」

「よ、良かったっす……。多分、残高ゼロっすから」

「もし罰金だったら借金だったね」

「し、借金はもういやっすぅぅぅぅ!! 利子はもっといやっすぅぅぅ!!」



 借金と言われて目に見えて動転しているハンナを見て努は軽く笑っていると、前から藍色のギルド制服を着た職員がつかつかと歩いてきた。



「おかえりなさいませ」



 エイミーの部下だった猫人の女性が手ぐすね引いて努たちにお辞儀する。その目当ては十中八九共同探索で大量に持って帰ってきた闇と光の魔石だろう。


 共同探索の魔石配分については鑑定スキル持ちのエイミーがいるのならその場で均等に、いなければギルドの鑑定に任せて算出された金額を等分という契約になっている。なので神台でそれを目ざとく察知したギルドの鑑定班は数名すぐにやってきた。



「おっと、交渉は俺が担当だ。ダンジョンで活躍出来なかった分、頑張らねぇとな」

「あ、じゃあお願いしまーす」



 そんな努の前にフラストレーションを貯めた様子のミシルが割り込み、その後ろではロレーナもスタンバイしている。努と違って値段交渉する気満々の二人に、ギルドの鑑定班はお手柔らかにお願いしますと言っていた。


 その後二人の粘り強い交渉も相まってか、魔石鑑定の値段は少し吊り上がった。そのことにハンナはお金の話をした手前喜んでいたが、明日にでもなればすっかり忘れているだろう。



 ▽▽



 王都から迷宮都市へと向かう馬車。その数は初めの頃よりは少なくなったが、それでもまだ多くの王都民が迷宮都市へと移住していた。現在迷宮都市は移民してきた者への対応に、受け入れる場所を随時拡充中だ。


 今も迷宮都市の端では人の代わりに小さなゴブリンたちが集合住宅を作る手伝いをしていて、重機代わりのシェルクラブたちがせっせと建築木材、石材などを運んでいる。以前から公共事業として建築業者を雇って迷宮都市の拡充は進められていたが、王都からの移民も来るためその作業は召喚士のモンスターも使って急ピッチで進められていた。


 人手代わりの命令に忠実なゴブリンやゴーレム、ひんやりしたベッド代わりのスライムなども人気はあるが、その中でも重機の役割を果たすシェルクラブは建築業者から重宝されていた。それまでは誤作動を起こすことがある重機魔道具を使わざるを得ず、死亡事故が慢性的に起こる環境だった。


 しかし誤作動も起こさず命令通りに動いてくれるシェルクラブのおかげで死亡確率は激減した。数百人分の仕事が出来て、休憩中は子供たちから遊具代わりとして人気者。更に役目を終えてからも美味しく食べられるとなると、重宝されないはずがない。


 今ではすっかり迷宮都市の建築、物流関係の者が起用するようになり、街中で見かけることも珍しくなくなってきた。最近では子供からも大きい力持ちとして人気となり、魔石を食べさせる活動も盛んで役目を終えても生きられているシェルクラブも出てきている。おかげで維持費も浮いて起用した業者たちは万々歳だ。


 最近は探索者全体の攻略階層も上がり、シェルクラブを狩れる者も多くなった。それにシェルクラブ需要が噛み合って、今では火竜の魔石と同程度に価格が高騰するというバブルが起こっている。


 そのため中堅探索者も大分資金繰りが楽になり、更に上を目指して装備や設備に投資出来るようになった。それより下にいる探索者も自分が届きそうな成功に手を伸ばし、必死に這い上がろうとしている。そしてシェルクラブ以外の魔石買取金額も大体が高騰していて、探索者稼業は黄金期といっても差し支えないほどに景気が良かった。



「……随分と騒がしくなったものだ」



 そんな迷宮都市にある検問所には人がありのように溢れかえっている。その風景を眺めながら男にしては長めの黒髪をたなびかせている、紅魔団のクランリーダーであるヴァイス。神のダンジョンが出る以前からその容姿と実績は知れ渡っているので、周りの者たちはざわざわとしている。



「おい、あれヴァイスじゃね?」

「やっぱ普通の奴らとは雰囲気がちげぇんだなー」

「あれ、子連れだったけ?」



 そんなヴァイスの隣には服の袖を掴んでいる少女がいた。子連れと噂されているがヴァイスは特に気にしていないのか、はたまた口を出す勇気がないだけか。その判別がつかないほどに表情は真顔からピクリとも動かない。



「パパって呼んだ方がいい?」

「…………」



 本気とも冗談とも取れる声でそう尋ねてきた少女に、ヴァイスは無言で視線を落とす。王都をおびやかしたスタンピード。その首謀であるオルビス教の幹部のような立場にいたミナという少女は、現在ヴァイスの傍にいた。


 オルビスの死後、ミナの証言によってオルビス教の隠し拠点が明らかとなった。そこを調査したところ、オルビス教だった者たちの衣類やアクセサリーを身体に引っかけているモンスターの死骸が数百前後存在した。


 それにオルビスが残していた独自の研究資料も存在していたが、その内容はモンスターに関することだった。そこにあった死骸全て、それとオルビスやミナの首元についていた、パラサイターという今まで確認されていないモンスターのことだ。


 それは生き物に寄生してその宿主を特定のモンスターに作り変えるといった特性を持つものだった。寄生された宿主は脳を乗っ取られて意識がなくなり、パラサイターの支配下に成り下がる。だがその中で稀に意識を保てる個体が存在し、その第一人者がオルビスだった。


 ダンジョンの間引きが行われずにパラサイターは水面下で寄生体を増やしていて、元々はオルビスもその犠牲者だった。しかし奇跡的に体を作り変えられた後にオルビスは意識を取り戻し、それからパラサイターについての研究も始まった。そしてその研究成果は隠し拠点に全て残っていて、全て王都が押収した。


 そしてミナの処遇については王都で意見が分かれた。一つはミナを拘束してから経過を見た後に解剖して研究を進めること。もう一つは即刻死刑にするべきだということ。今回のスタンピードでの犠牲者は探索者以外いなかったため無罪を主張する者もいたが、少数意見で取り入れられなかった。


 だがミナは虫のモンスターのほとんどを操れる女王個体のモンスターに体が作り変えられているため、殺されるとわかったのならモンスターをけしかけると王都を脅した。その脅しの効力はオルビスが残した研究資料で証明されており、またスタンピードを起こされれば今度こそ多大な犠牲者が出ることは想像に難くない。


 それにミナという存在も王都には抱えられない存在だった。王都の最高戦力とされていた王族の魔法喪失。貴族たちも血が薄まった影響と神のダンジョン探索者の台頭によって力を弱めている。そのためミナの希望もあり、探索者の中でも有名で実際に彼女を抑えたヴァイスへと身柄を預けられることになった。


 その時に様々な報酬条件を王都から出されたが、ヴァイスは沈黙を返すだけだった。彼としては条件を吟味していただけだが、王都側は無言で更に要求されていると勘違いしたのだろう。その後王都側がもう何も出せなくなって口が止まったところでヴァイスはミナの同行を快諾した。



(どう伝えたものか……)



 ただクランメンバーたちには相談出来ず、突然ミナを連れてくることになってしまった。報酬や条件は格別だったので拒否まではされないだろうが、ヴァイスはどう説明しようか未だに迷っているところでミナの冗談にも答える余裕はなかった。そして無視されたミナは若干拗ねたように前を向いたが袖はしっかりと掴んでいた。

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