第263話 異常なヘイト管理

 八十三階層に入った直後に発煙筒を打ち上げ、寄ってきたモンスターを各個撃破した直後。遠くから赤と青の鳥人が腕と同化している翼を広げ、その細い鳥足で人を掴んで運びながら滑空しているのが見えた。そんな下では土煙を上げて並走している兎人の姿もあった。



「あ、ツトムさん側のPTですか! よろしくお願いします!」

「よろしくねー」

「よろしくお願いしまーす」



 結構な距離を走ってきたのに汗一つかいていないロレーナは、少し嬉しそうな顔で挨拶してくる。努はそんなロレーナと赤青鳥人たちに運ばれてきたミシルと呪術師にも挨拶をした。



「…………」

「よろしくだとさ」

「あぁ、はい」



 その挨拶に無言で礼をしてきた、夜に溶け込むような真っ黒の服装に深くフードを被って顔すら見えない呪術師。そんな人をフォローするように言ってきたミシルに、努は適当に言葉を返した。


 同じ階層に潜った際に合流出来る可能性は大体五割程度の確率なので、無限の輪は二つのPTが八十三階層に潜っている。そしてシルバービーストはまだ一つのPTしか八十階層を超えられていないため、合流出来たPTがそのまま探索する手はずになっていた。


 シルバービーストは赤青鳥人の避けタンク二人、冒険者のミシルと黒いフードを深く被った恐らく女性であろう呪術師、それに走るヒーラーである兎人のロレーナというPT構成となっている。



(尖ってるなぁ)



 そのPT構成は努から見ると大分尖って見える。避けタンク二人の時点で中々おかしいし、それと一緒に前線へ出るヒーラーも正気の沙汰とは思えない。呪術師もたまに近接戦闘へ移行するというよくわからない戦闘スタイルをしているし、スキル以外で喋っているところを見たことがないので性格も一癖ありそうだ。


 そんな尖った人材たちを何とか纏めてPTに昇華させているのが、クランリーダーであるミシルだ。ディニエルに劣らない索敵能力。安定性のない避けタンクへのフォロー。走るヒーラーや近接戦闘をする呪術師が前線で崩れた際の適切なアイテム使用。アタッカーとしてもそこそこの火力を出せる能力。


 ただそんなミシルがもし普通のPTに入ったとしたら、能力自体は凡庸ぼんようなのでそこまで活躍することはないだろう。この尖り切ったPTだからこそ、唯一の安定した土台としてミシルは活躍出来ているのかもしれない。努はシルバービーストのPTをそう認識していた。



「それじゃあ魔石回収したら探索しましょうか。索敵はこちらでやるので」

「えー」

「頼むよ」



 小さく口を開けて文句を言うディニエルは、さも疲れたといったように肩をぐるぐる回している。そんな彼女を見てワイバーンの皮鎧を身に着けていたミシルは、苦笑いしながら手を挙げて索敵を申し出た。



「そっちは先にモンスターと戦ってたみてぇだし、次の索敵と戦闘は俺らでやるよ」

「ほら、ミシルもこう言ってる」

「人を指差すな。……すみません。ではお願い出来ますか」

「おうよ」



 やる気のない垂れ目でミシルを指差しているディニエル。そんな彼女の指を杖で押しのけた努は、全く気にした様子のないミシルにそう言って索敵を任せた。すると話を聞いていた赤青鳥人が同時に飛び立って偵察機のように飛んで行く。そんな二人を同じ鳥人ではあるが種別が違うハンナは少しだけ羨ましそうに見上げた後、努にフライをかけられていることを思い出して空へと飛んだ。



「師匠、あたしも行ってきていいっすか?」

「……索敵だから、あの人たちの指示に従ってね」

「おっす!」



 そう言ってハンナは背中の翼をばさばさと動かしながら、フライの力も合わさって空をすいすいと飛んで行った。そんな彼女をディニエルは理解不能といった顔で見送ると、小さく欠伸あくびした。ダリルは見慣れない闇の魔石の良し悪しが判断出来るようになるために見比べていて、リーレイアは頭に乗っているシルフを指先でつついて構っている。


 今回のPTはエイミーからの要望でゼノ、ガルム、アーミラ、コリナが指名されたのでその余りもので組んでいる。どうやらエイミーが双破斬の練習をしたいそうなので、今回は遠距離が得意なディニエルとリーレイアが固まる形となっていた。


 偵察が帰ってくるまでは暇なのでダリルがむむむと唸りながら見ている闇魔石を眺めていると、視界の端でロレーナが柔軟運動をしているのが見えた。だがまるでバレリーナのように身体が柔らかい彼女の柔軟運動が少し異常に見えて、思わず見つめてしまう。


 すると両足を合わせて股割りをしていたロレーナは、努の視線に気付くと咎めるような目をして股の間をバッと手で隠した。



「ちょっと! 何処見てるんですか!?」

「あぁ、ごめん。エイミーと同じくらい身体柔らかいんだなって思ってね」



 両足が余裕で地面にべったり付いていたロレーナを見て、努はクランハウスでエイミーがストレッチしていた光景を思い出していた。あの時は気持ち悪いぐらい柔らかいなと思わず感想を口にしてしまい、エイミーからキツめのストレッチ指導を受けた苦い思い出がある。


 するとロレーナはエイミーと同じと言われたことに気分を良くしたのか、なるほどと頷いて努とは別の方向を向いて開脚ストレッチを再開していた。ただズボンから出ている丸っこい白の尻尾がふりふりしている方もあまり目にしてはいけない光景だったので、努は呆れた目をしながら視線を反らした。


 すると様子を窺うように見てきていた呪術師と目が合ったが、特に何も言われることはなかった。その呪術師はスキルを発する時に聞こえる声からして恐らく女性なのだろうが、それ以外で喋っているところを見たことがないのであまり判別はつかない。



(一日に一個は出てほしいけどな)



 そんな呪術師からも視線を反らした努はこれから始まる宝箱探しを想像して嫌な顔をしながら、準備運動でもするようにスキル操作の練習をしながらダリルと魔石を眺めていた。



 ▽▽



「凄いですねぇ……」



 シルバービーストがガーゴイルやダークスタチューなどの闇系モンスターと戦っている様子を見て、ダリルは感銘を受けたような顔をしている。努も神台からではないシルバービーストの五人PTを見るのは初めてだったが、ダリルと同じような顔で戦闘を見ていた。


 一見すると一世代前のアタッカー4ヒーラー1構成のように、ただ単に皆で一斉にモンスターへ躍り掛かっているだけに見えるだろう。ただしモンスターの攻撃は主に避けタンクが受け持っていて、ヒーラーすらも前線に出てその脚力を活かした蹴りをお見舞いしている。


 前線に全員がいるので随分とわちゃわちゃとした戦闘風景であるが、呪術師が放つ炎蛇というスキルは鞭のようにしなって味方に誤射することなくモンスターだけを焼き焦がしていく。ミシルは全体を見て色々と調整しながらアタッカーをしている節があり、アルドレットクロウのルークのような司令塔の役割をしていた。


 シルバービーストの戦闘は全員が攻撃に参加するため、火力はアルドレットクロウや無限の輪よりも大きくなる。なのでモンスターとの短期戦が続く一般的な階層攻略をシルバービーストは得意としていた。


 しかしそんなシルバービーストでも現状は八十三階層で攻略が詰まっていた。そのことは迷宮マニアたちが色々と推測していたが、原因は八十三階層から出現する強力なモンスターに尽きる。



「うわぁ! 目玉落ちてきた!」



 まるで天敵を察知した兎のように耳を折り畳んでいるロレーナの前に、眼球のような見た目をしたモンスターが空から落ちてきて地面にぶよんと着地する。正式名称はメーメというそのモンスターは、その眼球を模した不気味な見た目とは裏腹に種別はスライムと分類されている。


 白目に見える部分は光属性を持つ粘体で、黒目に見える部分は闇属性の粘体で構成されている。つまりは光と闇属性を兼ね備えていて、そういったモンスターは八十三階層から度々出現するようになる。


 その中でもメーメは打撃や斬撃がほとんど効かず、更に白と黒の粘体奥にある核を破壊しない限り倒すことが出来ない。そのため光と闇両方の弱点属性が突ける者がいなければ、そもそも倒すこと自体が難しいモンスターである。


 そんなメーメの他にも光属性の頑強な鱗を持つ大蛇や、堕天使といった光と闇属性を兼ね備えている今までの中ボス並みのモンスターは度々出てくる。そのためどうしても長期戦になってしまうことが多く、アルドレットクロウや無限の輪よりPTに安定感がないシルバービーストは苦戦を強いられていた。


 そして戦闘が長引けば長引くほどに周りからはモンスターが続々と集まってくる。そうなってしまえばシルバービーストは撤退せざるを得ず、状況が悪ければ全滅することも珍しくない。


 メーメ二体が出現してガーゴイルの処理も段々と遅れてきた戦況を見て、努は地面を杖でつきながら前に歩いた。



「このままじゃ不味そうだ。僕たちも出よう。ダリル、頼むよ」

「はい!」

「うぉー! 行くっすよー!」

「ハンナはちょっと待て。ディニエルは周りの敵。リーレイアはメーメの外側処理で」



 勇み足で走り出そうとしたハンナを止め、二人に指示をした努は支援スキルを飛ばす。そして不満そうな顔で振り向いた彼女に対して、赤青鳥人を指差す。



「ハンナ。あの人たちに良いところ見せたいとか思ってない?」

「……い、いやぁ? ぜんぜん、思ってないっすよ」

「そう? 一番の避けタンクを見せてやるっすよ、とでも思ってるのかと」



 頭の後ろに手をやって露骨に視線を逸らしたハンナを探るような目で見つめる。ただそのことを指摘されてハンナの思考は少し冷めたようだったので、杖でメーメの方を指した。



「もし無茶して被弾したら罰金ね」

「えー!? お金取るっすか!?」

「被弾はしていいけど、無茶しなければいいんだよ。ほら、大して余裕ないんだから行ってこい」

「横暴っす……」



 ハンナはジト目で努を見上げた後に、地面を蹴って前線へと上がる。そんなハンナを見送った努は地面から這い上がるように出てきたノームもメーメの場所に向かわせた。



「ホーリー」



 荒野階層以外でほとんど使っていなかったホーリーは、この階層ではメインスキルとなる。八十三階層は基本的に闇属性モンスターが多いため、ヒーラーである白魔導士も攻撃に参加するのが基本だ。細長い針のように変形させているホーリーはノームの背後でピタリと止まる。


 そしてその弱々しい見た目からは想像できないノームの、強烈な拳の連打。光属性の弱点である土属性が付与されたその攻撃はメーメの光粘体をどんどんと弾き飛ばしていく。そしてその薄くなった粘体の場所に針状となったホーリーが突き刺さる。


 そのホーリーはメーメの黒粘体の中心にある核を貫く。するとメーメはその場で溶けるように消滅して闇の中魔石をポトリと落とした。



「ヒール、メディック」



 ただモンスターを倒すことばかりに注力して支援回復がお粗末になってはいけない。それに攻撃しすぎるとモンスターからのヘイトを余計に買ってしまうので、ヒールヘイトも合わせていかに狙われないよう調整するかが重要となる。


 しかし努は『ライブダンジョン!』の知識とヒーラー経験。それを実際の戦闘や他PTの神台を見て擦り合わせ、ゲームの時とほぼ変わらないヘイト管理を実現させている。そのため他の白魔導士ならば感覚的にヘイトを恐れて引いてしまう場面でも、努は理詰めで行っているので最善の選択が出来ていた。


 そのヘイト管理についてはロレーナも現状努に劣らない精度をしているため、前線にいてもそこまで狙われることはない。だが彼女は自身の感覚でヘイト管理をするタイプなので、平気な顔で危ない橋を渡っているように見える努にはいつも驚かされている。



「ディニエル、属性矢使っちゃって」

「ん」

「ダリルがちょっと厳しそうだ。ハンナ! きりきり働けー」

「し、師匠が被弾したら駄目って言ったんじゃないっすかぁー!?」



 それに加えてタンクやアタッカーへの支援回復と指示出しもこなす。八十三階層でも努はいつも通りヒーラーをしている。その乱れがない様は神台から見ている観衆からは何だか簡単そうに見えるかもしれないが、同業者ならば異常すぎるほどの細かさがわかる。特に努がヒーラーを教えた三人には明確にわかるだろう。



「……いつも思ってたんですけど、何でそんなに攻撃してモンスターに狙われないんですか?」

「え? モンスターからのヘイトがタンクより低いからだよ」

「…………」



 戦闘が終わった後に思わずそう聞いたロレーナは、努から返ってきた言葉にそうじゃないと言いたげな顔をしていた。

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