第252話 元自己犠牲ヒーラー

 それから二時間が経過すると、ステファニーと下位軍だった者たちがPTを組んでギルドの列へと並び始めた。そしてPTの雰囲気もあまり良くないその様子を、キサラギはギルド内にある席で座りながら確認していた。



(大丈夫……以前よりは確実に私の方が上手かった。それにPTメンバーだって下位軍から上がってきた、初対面の人しかいない。焦ってもいたからミスもするはず)



 キサラギはアルドレットクロウに所属しているため、ステファニーの異質な実力については勿論知っている。一ヶ月に一度ある査定前から二軍三軍のヒーラーたちが諦めるほどの実力を持ち、その噂は下位軍にも知れ渡っていた。アルドレットクロウ内のヒーラーでステファニーを意識しない者はいないと言ってもいい。


 スタンピードが起こる前までは、キサラギもステファニーに勝てると思ってはいなかった。同じクランだからこそステファニーと自分の差は明確に感じていた。


 しかし今回の査定は今までとは違う。一ヶ月の戦線離脱、いつもと勝手が違うPTメンバー、それに査定する者たちも下位軍にチャンスを上げようと思っているし、迷宮マニアたちの票も入る。追い風は自分の方から吹いていて、更に先ほどの冬将軍戦ではいつも以上の力を発揮出来た自信があった。


 この一ヶ月、自分だって努力してきた。毎日神のダンジョンに潜って食事も簡素なものばかりで、睡眠時間すら削って生きた心地がしなかった。しかしその努力の甲斐あってここまで登り詰められたのだ。



(失敗しろっ……!)



 そんな一ヶ月の努力が無駄になることだけは嫌だった。なのでキサラギは指揮棒のような杖を握ったステファニーを見ながら、失敗することだけを祈っていた。そしてキサラギが祈っている間にそのPTは魔方陣に乗って八十階層へと転移していった。



「うわ、やっぱりギルド混んでるよ。あーあ、ダリルが色仕掛けに引っかかって席なんて譲るから」

「し、しょうがないじゃないですか!」

(……ん?)



 アルドレットクロウの査定については他の探索者たちも知っているため、神台のあるギルド内は中々の盛況ぶりである。そんな騒がしい中から聞こえてきた聞き覚えのある声に、キサラギはふっと振り向いた。


 そこには神台でよく見る白いフード付きのローブ、それにドーレン工房の赤いマークが装飾された黒いズボンを履いた男がいた。ステファニーと同様にスキルを頭の上で回し、他の者たちからもある程度視線を集めている。



(ツトム……?)



 今のヒーラーという立場を一から作り上げ、今も三大ヒーラーとして数えられている努が、面倒臭そうな顔で空席を探してうろうろとしていた。その近くには無限の輪の二軍タンクであるダリルの姿も見えた。



「あ、あそこ空いてる。ほら、確保」

「はい!」



 そしてステファニーの一軍在留をかけた冬将軍戦が神台で映し出されたと同時に、丁度自分の隣にある席が空いていたのでダリルがしゅばっと動いて二席確保してきた。それに続いて一番台を見ながら努も座ってきた。


 キサラギは今まで努と交流したことはないが、ヒーラーをする際に参考としたことはある。そのため彼女の中では神台だけで見たことのある有名人みたいなものだった。



「あの、もしかしてツトムさんですか?」

「へ? あぁ、そうですけど」

「わぁ! 本物ですか!? こんなところで会えるなんて、嬉しいです!」



 キサラギが男の自尊心をくすぐるような上目遣いで話しかけると、努は目を細めて彼女の顔をまじまじと見つめた。そして何か思い出したような顔をした。



「あぁ、貴女はキサラギさんですか?」

「……え? 私のこと、知っているんですか?」

「そこまで詳しくは知りませんけど、確かアルドレットクロウの白魔道士でヒーラーですよね? さっき八十階層に潜ってるのも見てましたし」

「えぇ!? 本当に私のことを知っていたんですね!! 私なんてツトムさんに比べたらそこら辺の小石みたいなものでしょうに!」

「まぁ、同業者のことはよく調べているので」



 キサラギの自虐じぎゃくに努は苦笑いを返すと、一番台に映っているステファニーの方に視線を戻した。それに釣られるようにキサラギも一番台へと視線を向ける。そして既に支援スキルを全員に行き渡らせているステファニーを見つめた。



(……今のところは、普通だな)



 まだ始まったばかりなのでステファニーとの差は大して存在しない。タンクたちも冬将軍戦は慣れているためすんなりとヘイトを取り、アタッカーたちはヘイストを付与された状態で攻撃を行っていく。



「……ツトムさん、それは何を書いているのですか?」



 特に見どころもなかったので、キサラギは何やらメモ書きをしている努に話を振った。すると何やら隣にいるダリルは爆弾でも目の前にしているような顔をし始めたが、努は神台から目を離さずに手を動かしながら答える。



「ステファニーさんの立ち回りについてですね」

「ステファニーの立ち回り……? でも、ステファニーは貴方の弟子でしたよね?」

「金色の調べにいる一番出来の悪い弟子からでも、学べることはありますからね。ステファニーさんからは大いにありますよ」

「ははぁ……。そうなのですね。やはりステファニーはツトムさんから見ても優秀なのですか?」



 基本的に努は神台を外の予約席で見るため、メモ書きをしているところなどは他の探索者からあまり見られていない。今もそう話しながら神台から目を離していない努は、キサラギから見ると意外だった。


 そして努は同業者ということもあってか上機嫌そうに一番台を見ながら、話を続けた。



「今のところはヒーラーの中で一番ですね。次点でロレーナ辺りでしょうか」

「へぇ……。今のところ、神台のステファニーはどうでしょう?」

「んー、今のところは特に動きもないですからね」

「ですよねー」

「でもあのタンク、あれは聖騎士で冬将軍を相手にするのにも慣れた様子ですけど、エンバーオーラの管理はまだ完璧じゃない。見たところ効果時間が切れることばかりに意識がいってしまって、戦闘に集中出来ていないようです」

「…………」



 努の言ったことはキサラギも内心思っていたことだ。聖騎士の彼はエンバーオーラを切らさずに立ち回れてはいるが、早く上書きしすぎて効果時間を無駄に塗り替えてしまったり、効果時間切れが近くなると集中が鈍ってしまうことがあった。



「エンバーオーラの効果が切れるまで、あと五分三十二秒です。秒数管理の方は私がやりますので、貴方は冬将軍との戦闘に集中して下さいませ」

「…………」



 そして努がそのことを指摘した直後に、神台でもステファニーがそのことをタンクに指摘していた。それからステファニーはエンバーオーラの時間も管理し始めたが、他の支援スキルが切れることは一切ない。努に教えられた秒数管理の練習を頭が狂いそうになるほどに行ったステファニーならば、造作もないことである。



「ハイヒール、メディック」



 それに冬将軍から斬りつけられるタンクたちにも、努と同じように攻撃が当たる直前に回復スキルを当てている。そうすることでタンクが感じる痛みも最小限に抑えられるし、時間短縮にも繋がる。



「エアブレイド」



 更にキサラギと最も違う点は、冬将軍に攻撃していることだった。ヒーラーが攻撃スキルまで撃ち始めたことにキサラギは驚愕したような目をして立ち上がった。



「え!? 攻撃した!?」



 基本的にヒーラーは攻撃をしない。それはアルドレットクロウがクラン内で独自に発行している、冬将軍攻略の纏められた用紙にも書いてある。そこにはアタッカーやタンクの立ち回りについても書かれていて、ヒーラーも攻撃は控えて支援回復に専念するように指示されている。


 それにもし支援回復以外のことをした結果ヒーラーが狙われでもすれば、間違いなく査定に大きく響くだろう。何せクランメンバーたちが共有している冬将軍攻略の用紙には、ヒーラーが攻撃するなんてことは書いていない。


 一ヶ月を通して見られる普段ならばまだしも、今回は査定する者たちがこの一戦だけを見て判断する形式であることは伝えられている。なのでもしステファニーが攻撃までしてヘイト管理をしくじれば、悪い結果になるのは目に見えている。そのため今回は攻めた行動はかえって自滅の危険に繋がるのだが、そんなハイリスクなことをステファニーは平気な顔で行っていた。


 それに支援回復についても全く乱れることがなく、タンクの切り替えについても事前に指示と回復を持ってして淀みなく行っている。それとたまに少しだけフライで上空に上がって状況確認をしたり、凍傷を直すメディックを多めに振ったりと以前の冬将軍突破から改善した点も多く見られた。



「なんか、女の子版のツトムさんみたいですね?」

「……まぁ確かに、動きは大分似てるけどね。フライの立ち回りも最近じゃステファニーに抜かされた感がするし」



 飛ばすスキルはステファニーが指揮棒を振れば全て必然かのようにPTメンバーたちへと当たり、その光景はさながら指揮者のようだ。その立ち回りはダリルの言う通り、努とほとんど変わらない。生き写しと言ってもいいレベルだった。


 そしてダリルと努が話す言葉も、キサラギの中にはほとんど入ってこなかった。そうなってしまうほど、ステファニーのヒーラーは以前冬将軍を突破した時より格段に変わっていた。そして何より、未だに誰も死んでいないことが衝撃だった。


 観衆や迷宮マニアからは蘇生するヒーラーがもてはやされているが、同業者ならば蘇生しないヒーラーの凄さは良くわかる。それはタンクが死なないほど入念に回復出来ているという証明であり、更に回復スキル使用によるヘイト増加の管理も上手く出来ているということに他ならない。キサラギもヒーラーをしている分、その凄さはわかっていた。


 更に冬将軍攻略の用紙に書かれていないこともステファニーは行っていた。



「ぐわっ」



 冬将軍は体力が減ってくる終盤になると馬を呼び出し、敵が一体増えることになる。しかしその間際に丁度タンクの一人でクリティカル攻撃を受けて大きく崩れてしまい、途端にアタッカーが攻撃してしまって冬将軍が馬を呼び出す動作に入ってしまった。



「ヒール。アタッカーは一旦攻撃を中断。タンクを立て直してから馬を出します」



 しかしステファニーは敢えて馬を呼び出そうとしていた冬将軍に撃つヒールを当て、その予備動作を中断させていた。冬将軍は体力が一定値を割らない限り馬は呼び出せない。そのことを把握していたステファニーは咄嗟の判断でそれを行った。



「それは、神っすね」

「……ハンナさんの真似ですか?」

「違うわ」



 ステファニーの素晴らしい判断には努も思わず舌を巻きながら、かりかりと用紙にそのことを書き記していく。努もそういった状況になった場合は『ライブダンジョン!』でもしていたことなので出来ただろうが、それを咄嗟にやってのけたステファニーを見てニヤニヤしていた。



「ああいった場面でしっかりクリティカル攻撃を避けられるタンクは、ありがたいよね。今のは上手い白魔道士だから立て直しも利いたけど、祈祷師だと相当厳しかっただろうからね。ダリルはある程度出来てるけど、クリティカル攻撃避けるのはガルムの方が上手いから盗むといいよ」

「そうですよね……」



 今回努と一緒に神台を見て勉強しようと思っていたダリルは、集中するように黒い尻尾を立てながら努の話を聞いている。


 そしてステファニーはクリティカル攻撃を受けて消耗したタンクを回復させ、全員が安定したところでアタッカーに攻撃再開を指示して冬将軍に馬を呼び出させた。それからは冬将軍と馬のヘイトを分散させることなく、更にステファニーも攻撃に参加しながら支援回復もしていた。


 そしてステファニーが攻撃に参加していた分、キサラギよりも早い時間に冬将軍討伐は完了した。以前は何回もタンクが死んでいたが、今回は蘇生回数ゼロである。その結果を見てキサラギは愕然とした顔をしていた。



「何で……前は全然だったのに……」



 以前のステファニーの冬将軍戦を見ていたところ、突破したのも大分ギリギリでの状態だった。それに比べて自分は冬将軍に対する知識も対策も出揃っていたため、ある程度余裕を持って突破出来ていた。だから確実に勝てるまでとはいかなくとも、いい勝負は出来ると思っていた。


 しかし八十階層突破はまだ二回目であるにもかかわらず、ステファニーはもう十回以上冬将軍を倒している自分よりも立ち回りが上手かった。それは一体何故か、キサラギにはわからなかった。



「何で、ステファニーがあんなに上手くなってるの!? 一ヶ月、ここで頑張ってた私よりも!!」

「……初めて冬将軍を突破したPTのヒーラーですからね、ステファニーは。理解度も大分深いからじゃないですか」



 何だか怒っている様子のキサラギを見て、努はある程度察した顔をしながらそう言った。


 自分たちで考え抜いて戦ってようやく突破したステファニーと、ただ敷かれた線路通りに動いて難なく突破したキサラギとで差が出るのは当たり前のことである。ステファニーは確かに冬将軍を突破した回数は一度だが、何十回も挑んでは殺されてを繰り返している。トライアンドエラーの回数がキサラギと比べて明らかに多いのだ。


 アルドレットクロウの査定については努もダリルも聞いているので、キサラギが怒っている姿を見て察しはついていた。努が完全にご愁傷様といった顔をしていると、キサラギはキッとした目で振り向いた。



「な、何でそんな顔で私を見ているんですか! まだ査定結果は決まったわけではありません!」

「まぁ確かに、そうですけどね。でも貴女は自覚しているから、そんなに焦っているんじゃないですか?」

「わ、私の何処がステファニーに劣っているのですか!? 教えて下さいよ!!」

「……キサラギさんの立ち回りは先ほど見ていましたけど、確かに上手かったですよ。冬将軍戦に慣れていたようでしたし、立て直しも大分早かった。でもステファニーさんと明確に違う点がある。貴女にはまだヒーラーとしての自覚が足りていない」

「……ヒーラーとしての、自覚?」



 キサラギがそう聞き返すと、努は少し残念そうな顔で話を続けた。



「仕方のないことかもしれませんが、貴女からは以前の使い捨てヒーラーが透けて見えます。アタッカーやタンクを気にしすぎている。だから過剰に支援回復をしてしまって、ヘイト管理が甘くなってしまう。アタッカーやタンクの言うことも全て受け入れすぎている。だけどステファニーさんはタンクやアタッカーに必要な支援回復をしています。だから攻撃もする余裕があるんです。まず貴女はその意識を直さない限り、いくら努力してもステファニーさんには届かない」

「…………」



 そう努に言われたキサラギは、ずんと沈んだ顔で俯いた。アタッカーやタンクに媚びを売る。その意識は彼女の中にもあって、それは使い捨てヒーラーをしていた時に植え付けられたものだ。特にキサラギはその時期に丁度中堅辺りに位置していたため、その意識は根深かった。



(この人が言うんだ……。私じゃ、ステファニーに勝てるわけないんだ……)

「しかしキサラギさんは基本的な立ち回りは忠実で、撃つスキルにも光る物が見えました。今回の査定は残念でしたけど、恐らく上位軍には食い込めたでしょう。これからその意識を直して頑張ればチャンスはあると思うので、めげずに頑張って下さいね」

「えっ……?」



 しかしその後に努からかけられた言葉はとても意外だった。てっきり一生ステファニーに勝てないとでも言われると思っていただけに、キサラギは驚きの表情で顔を上げた。



「私でも、あのステファニーに勝てるのですか?」

「絶対にとは言いませんよ? あの人も相当頑張ってるので、勝つことが難しいことは事実です。でも絶対に越えられない人なんていませんしね。やってみなければわかりませんよ」

「……そう、ですか」



 キサラギはその言葉に少し救われたような顔をした後、静かにお辞儀をした。



「ありがとう、ございます。初対面なのに、わざわざこんなことを言って下さって」

「いえ、お気になさらず」

「……へこんでる暇なんて、ないですね! それじゃあ、失礼します!!」



 努にそんな言葉をかけられて何だかいてもたってもいられなくなったキサラギは、そう元気に言って席を立った。


 そして努たちから離れてギルドを出ようとしたところ、誰かと肩がぶつかった。華奢な彼女は思わず地面に倒れる。



「あ、すみま――」



 肩がぶつかった相手に謝って顔を上げると、キサラギは肌が粟立あわだつような悪寒を感じた。氷の指揮者という二つ名に相応しい目をしているステファニーが、自分のことを見下していた。



「…………」

(え、何なの……)



 何も言うことなく自分を見下し続けているステファニー。手を貸すわけでもなく、ただただキサラギを凝視し続けている。あまりに異様な雰囲気のステファニーに、キサラギは若干怯え始めていた。



「……あー、大丈夫?」



 そんな状況を見かねてか、先ほど自分を励ましてくれた人が声をかけてきた。手を差し伸ばしてくれた努が、キサラギには救世主のように見えた。

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