第251話 一軍候補のキサラギ

(これは、いける……?)



 現在アルドレットクロウの十一軍に位置しているキサラギというヒーラーの女性は、クラン内に流れている噂を聞いて浮ついていた。あの他を寄せ付けない氷の指揮者とクラン内で呼ばれているステファニーが、査定に対して焦っているという噂。


 実際キサラギもステファニーが苛立っている姿をクランの食堂で見ていた。約一ヶ月の戦線離脱。それはいくら氷の指揮者といえども辛いのだろう。



「いけるぜ、キサラギ。風は確実に俺たちの方へ吹いてる。自信持っていけよ」

「うん、そっちも頑張りなよ。出来るならまた同じPTでやりたいしね」



 ここ最近のアルドレットクロウ下位軍たちはお互いに下剋上げこくじょうを目指して励んでいたため、妙な一体感を感じていた。下位軍たちは己の後ろから吹く、今までにない風を感じていた。


 それを後押しするかのように氷の指揮者と名高いステファニーも焦っている様子が見られ、それが影響して他の上位軍たちも浮き足立っている。ひっくり返すにはこの上ないチャンスだ。


 天地がひっくり返る前兆が始まっているアルドレットクロウは、もはや開戦前のような雰囲気に包まれている。軍ごとについているサポーターたちも探索者たちに熱心な言葉をかけ、下位軍たちは下剋上に燃えていた。


 そしてその翌日、アルドレットクロウで大々的な査定を開始することが宣言された。普段の査定は事前から準備をして内々的に行われるものであるが、今回はスタンピードによって一軍から十軍がごっそりと抜けていたため、大規模で一斉に査定が行われることになっていた。


 以前と違って大々的に行う理由は二つあり、一つはアルドレットクロウ以外にも査定について知らせているということ。今回はアルドレットクロウ内の事務員だけでなく、迷宮マニアの評価も取り入れる目論見があった。


 二つ目は下位軍たちに明確なチャンスを与えることである。チャンスが全く見えなければ人は動かない。なので努力をすれば上にいけるという希望を見せるため、今回は王都から帰ってきたばかりの上位軍たちと勝負させていた。この一ヶ月少しの期間下位軍たちは神のダンジョンに篭もりきりで、レベルも相当上げてきている。そのため王都にいた上位軍に勝てる可能性は高いだろう。



「それでは、軍の査定を行います。各自配られた組み合わせでPTを組み、指定された階層攻略を進めて下さい」



 そして上位軍と下位軍が入れ替わることが予想される査定は、早朝から大々的に開始された。その査定は迷宮マニアたちも関心を集めていて、観衆たちも無料の投票券が貰えるようになっていた。それはいわば人気投票のようなもので、それを書いてアルドレットクロウに持って行くと特定の人を応援出来るといったイベントである。


 それに投票してくれた者はクランハウス内にある設備も一部利用出来る権利が与えられ、食堂や買い物なども自由に出来るようにしていた。軍の査定と銘打ってはいるが、これはいわばアルドレットクロウというクランの宣伝活動に等しかった。


 そんなイベントも開催されたため観衆たちもアルドレットクロウの査定に多少は注目し、そのおかげで普段日の目を浴びない下位軍たちは余計に張り切っていた。そして抜かれる可能性が高い上位軍たちは茶番臭さを感じて嫌そうな顔をしていた。


 その中で今回一軍PT昇格に向けて査定が行われるキサラギも、気合いを入れるように手を握っていた。そして指定されたPTと共に八十階層へと転移した。


 キサラギのレベルは既にステファニーと変わらず、その実力も一軍PTへの昇格査定を受けるに値するものであった。基本的な飛ばすスキルは勿論だが、キサラギは撃つスキルを好んで使う傾向にある。それに努が撃つスキルに回転をかけて速度を上げていることに自身で気づき、それからは自分なりのアレンジを加えて使用していた。


 基本的には飛ばすスキルで対応し、何らかの問題が起きて支援時間に余裕がなくなってきた時は撃つスキルでフォローする。その立ち回りがキサラギの基本スタイルであった。そしてその基本的な立ち回りは、今では他のヒーラーたちも模範としているものである。


 更にキサラギは今回潜る八十階層に関しては既に突破していて、ドロップする氷の極大魔石を手に入れるため何度も冬将軍を倒している。冬将軍討伐回数は十を越えていて、行動パターンの把握やヘイト管理にも磨きがかかっていた。対するステファニーは一度突破した後は冬将軍に挑んでいない。


 それに今回組むように指定されたPTメンバーも、運良く下位軍で組んだ経験のある者が四人固まっていた。キサラギは今まで組んだ経験のある彼らの立ち回りを知っているため、良い具合に冬将軍と戦うことが出来た。



「よし!」



 そしてキサラギがヒーラーを務めたPTは何度か危ないところはあったものの、上手くヘイト管理と蘇生も出来て安定した様子で突破することが出来た。一ヶ月間このPTは冬将軍を何度も倒していたため、その結果は以前アルドレットクロウが八十階層を突破した時よりも大分状況は良かった。



「よかったぜ、キサラギ! これならいけるぞ!」

「あぁ、大分安定感があった」

「そうね! 私も今までで一番良かったと思う!」



 アタッカーとタンクの男性たちからも大絶賛で、キサラギ自身も今回の立ち回りについては自信があった。ステファニーが焦っている姿を見てある程度緊張が抜けていたキサラギは、普段以上の立ち回りをすることが出来た。


 そしてキサラギたちがお互い喜び合っている中、つかつかと足音を鳴らして桃髪の縦ロールを揺らしている女性が近づいてきていた。自身の周りに数々のスキルを回している彼女に気づいたキサラギは、吸い寄せられるように目を向けた。



「……ステファニーさん」

「あぁ、キサラギさんでしたか? 八十階層突破、おめでとうございます」

「は、はい」



 普段通りの澄ました顔をしている青いドレスを着たステファニーに、キサラギは少し疑問を覚えながらもそう返した。前日にはあれだけ焦った様子で、先ほどの冬将軍戦も彼女は神台で見ているはずだ。にもかかわらず涼しげな表情をしているステファニーに、周りのPTメンバーたちも怪訝な顔をしていた。



「二時間の休憩を入れた後に行うようですので、皆さんは十全な力を発揮出来るよう休んでいて下さいませ」

「あ、あぁ。俺たちはベストを尽くすだけだ」

「よろしい。では二時間後に」



 まるで人形のように感情の篭もっていない目でそう言ってすぐに立ち去っていったステファニーに、PTメンバーたちは軽い悪態をついた。



「流石氷の指揮者と言われるだけあって、澄ました野郎だな」

「きっと俺たちのこと、見下してるんじゃねぇの? 下位軍の奴らとは話したくもねぇって顔してたぜ」

「……噂通り、冷たそうなヒーラーだな。あれじゃあこっちは動きづらそうだ」

「実際、大したことはないのかもな?」



 一度も組んだことがない彼らは一様にそう言いながら、人混みに消えていったステファニーの方を見ている。そしてキサラギもPTメンバーたちからそう言われているステファニーを内心見下していた。



(一軍だったプライドってやつかな? そんなプライドでPTメンバーたちと打ち合わせもしないなんて。それに昨日はあれだけ焦ってたっていうのに、今更お高く止まっても無駄だっての)



 昨日の苛立ったステファニーはキサラギも見ていた。それに彼女の何処かお高く止まっている態度も嫌いだった。


 今のところアタッカーやタンクの男性比率は高く、ヒーラーは女性比率が高い。そのためヒーラーをする女性が男性に対して気を遣う方がPTは上手く回りやすい。かくいうキサラギも進んではやらないが、それでも気は遣っている方である。


 しかしステファニーを見ていると、ほとんど気を遣っていないように見える。むしろ男性と対等以上の立場でダンジョン攻略や作戦について話している節が神台で見られ、クランメンバーの女性たちからは結構な支持を集めていた。


 だがキサラギもそれほど露骨ではないが、アタッカーやタンクに媚びを売っているという自覚はある。その方がタンクたちはよりヒーラーを守ろうと奮起してくれるし、アタッカーも良いところを見せようと攻撃的になる。だからこそ古参のソーヴァや希有な才能を持つポルクに対しても堂々と意見するステファニーは個人的に気にくわなかった。



(この調子なら、PTメンバーたちもあんたに協力しない。残念だったね)



 アタッカーやタンクたちも査定の手前露骨に手は抜かないだろうが、それでもステファニーに対して悪印象を持ったことは事実だ。そしてキサラギもその印象を後押しし、PTメンバーたちの不満を膨らませていた。


 少し自尊心を持ち上げてやれば自分の思い通りに動くPTメンバーたち、それに昨日焦っていた様子のステファニーを思い出しながら、キサラギは内心ほくそ笑んでいた。

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