第233話 黒杖の共有

 襲いかかってきたワイバーンの群れを殲滅し終わった無限の輪、金色の調べ、紅魔団は、各自回復や装備の損傷具合の確認などを行っている。



「あっちは片づいたか」



 努は甲羅を割られて地面に倒れ込んだ老骨亀と、燃え尽きた炭のように真っ白となっているマウントゴーレムを遠目に見ていた。老骨亀は『ライブダンジョン!』で、蒸気を溜めた甲羅を利用して戦うことを主軸として作られたモンスターである。ただ今回はその甲羅がダンジョンにすり替わっていたため、努から見るとそこまで脅威ではなかった。


 勿論移動するダンジョンという面で見れば厄介ではあるが、あの巨体が蒸気でぶっ飛んで隕石のように落ちてくる方が努としては怖かった。老骨亀がひっくり返ってチャンスかと思いきや、その攻撃でPTが壊滅したことは今でも努は覚えている。


 今は背中に背負っていたダンジョンも潰れたため、生成されていたモンスターはこれで打ち止めだ。周囲に湧いているモンスターたちも火竜やシェルクラブによって次々と倒されているため、あちらは一段落ついたところだろう。


 ただ火系統スキルで初めからその性能を引き上げていたマウントゴーレムも、今では真っ白に燃え尽きている。恐らく最初のブーストから長時間動いたせいで身体が耐えきれず、その代償としてあのような状態になってしまったのだろう。火系統スキルを当てると動きの速くなる時間も短縮することは知っていたが、あのような状態を見たのは努も初めてだった。


 項垂れて動かないその姿は哀愁が漂っていて、今頃ルークは涙でも流しているだろうと努は思った。ただシェルクラブと違って食べられないので、努としてはどうでもよかった。



「で、どうすんだよ」

「まぁ、追いかけるよ。遠くのモンスターたちも動いてないみたいだし」



 老骨亀から続々と生成されていたモンスターたちは遠くで虎視眈々と待機していて、まだ動き出す様子はない。集団のモンスターが待ち構えている姿は不気味だったが、恐らくあちらはアルドレットクロウの召喚士たちが対応するだろう。努は話しかけてきたアーミラにそう言うと、面倒臭そうな顔で少し遠い障壁を見据えた。



「金色の調べと紅魔団も、こっちに来てほしい。多分王都内のモンスターに他の探索者も駆り出されているから、戦力が足りない」

「わかってるわよ」



 努は茫然自失気味の金色の調べと、クラン内で話し合っていた紅魔団に声をかける。そして艶やかな黒髪を払ってそう返してきたアルマに鼻を鳴らした努は、後ろにいるアーミラ、ゼノ、リーレイア、エイミーと一緒にフライで飛んだ。


 どちらのクランも付いてきていることを確認しながら、努はクランメンバーたちにヒールやメディックを改めてかけた。そして青ポーションを飲んでいると、後ろの集団にいたアルマが前に出てきて隣に寄ってきた。



「それ、もしかして森の薬屋のポーションじゃない?」

「……そうですけど」

「丁度私も精神力切れていたの。頂戴?」

「…………」



 冗談めかした動作で手を差し出してくるアルマの言葉に、努は沈黙を返した。そして無言で伸ばされてきた手を軽く叩くと、アルマはじっとりとした目を向けてきた。



「あーあー、私、精神力切れちゃったなー。これじゃあ攻撃に参加出来るかわからないなー」

「自分の精神力も管理出来ない黒魔道士とかお荷物もいいところなんで、別に参加しなくていいですよ」

「はぁ!? 私あんたよりレベル……って、そうじゃないわよっ!」



 すげなく返されたアルマは思わず言い返したが、すぐに気を取り直すように声を上げる。そして自分の持っていた黒杖をそっと差し出そうとすると、努は警戒するようにアルマから軌道をずらした。



「……攻撃するつもりか?」

「もー!! ちーがーうーわーよー!! 私は精神力が切れたから、貸してあげるって言ってるの!!」



 そう叫びながらアルマは努に近づくと黒杖を無理矢理押し付けた。努が手にした途端に散りばめられた宝玉が輝き始めた黒杖を見ながら、アルマは説教するように腰へ手を当てた。



「いい!? 私の精神力が回復する間だけだからね! それまではあんたが有効活用してなさい! ……そもそも、攻撃するつもりかとはなによ!? どれだけあんたは私を警戒してるわけ!? そりゃあ私が悪かったけど、あんたに嫌われてるの探索者的にもしんどいんだからね!!」

「…………」



 努はぐちぐちと文句を言ってくるアルマを無視しながら、紅魔団のクランメンバーたちに身振り手振りで確認を取った。すると既に黒杖については話し合っていたのか、セシリアや他のメンバーたちは各々苦笑いしながら頷いたりしていた。



「絶対返しなさいよ! というか、一言くらいは感謝の言葉があってもいいんじゃないかしら!」

「はいはい、ありがとうございます」

「……ったく、もう」



 ぶつぶつ文句を言いながら離れていくアルマから視線を離し、努はおよそ半年ぶりに手にした黒杖を見つめた。



「エイミー、ちょっと」

「んー?」

「鑑定お願い」



 そして手を広げて回転しながら遊んでいるエイミーに、改めて黒杖を鑑定させた。一番初めに鑑定した時よりエイミーの鑑定レベルが上がっているため、黒杖のより正確な性能が現れるだろう。エイミーは努の持っている黒杖を見つめてむむむと唸ると、パッと目を見開いた。



「え、この杖、他にも性能持ってたんだ」

「そうだよね。半年前に使って不思議に思ってたんだ」



 努はすっとぼけながらエイミーに鑑定内容を聞き、彼女に黒杖を向けてヘイストをかけた。黒杖には支援重複解放という能力が付いているので、音楽隊のバフに加えて能力を向上出来る。今も音楽隊の演奏は続いて支援は継続しているため、エイミーのAGIは二段階上昇していることになる。


 また一段と身体が軽くなったエイミーは、飛びながら楽しそうにくるくると回り始める。努は一先ず無限の輪の五人だけに支援を重複させていると、今度は金色の調べから一人の女性が努の下にやってきた。エイミーやアーミラへ恐縮したように頭を下げながらやってきた彼女は、緊張したように銀色の狐耳を畳みながら努に話しかけた。



「あ、あのー、すみません」

「……えーっと、ユニスの後輩さん?」

「そ、そうです。すみません。少し、お願いしてもいいでしょうか?」

「何かあったの?」

「……ユニス先輩を、励ましてあげてほしいんです」



 彼女の言葉を聞いた努は首を傾げた後、いやいやと手を振った。



「それはむしろ逆効果じゃないかな」

「た、確かに先輩はツトムさんのことをライバル視していて、普段の態度もあまりいいものではないです。でも、ツトムさんが映る神台を見る先輩の目は、まさに尊敬の眼差し、みたいな……だから! そんなツトムさんに励ましゃれればうまくいきゅます!」

「……取りあえず、落ち着け。それじゃあ、まずユニスやその他もろもろが落ち込んでる原因を聞こうか」



 慌ててしどろもどろとなって目に見えて汗ばみ始めた彼女に、努はそう言いながら話を聞く姿勢を示した。すると彼女は震えた手を胸に当てて妊婦のように深呼吸しながら話し始めた。


 どうやら努たちが来るまでは、レオンがオルビスに狙われるヒーラーをひたすら抱えて離脱させていたらしい。そして何度かヒーラーを庇って軽い攻撃を受けてしまい、あれほど追い込まれていたそうだ。


 その間四人ほどいるヒーラーたちはレオンに抱えられて逃げることしか出来ず、かといって回復スキルも全て軌道を読まれてオルビスに吸収されてしまう。足手纏いの無力感を突きつけられたヒーラーたちは、レオン以外の者たちを回復することしか出来なかったそうだ。


 ユニスの後輩から先ほどの戦闘のあらすじを聞いた努は、沈んでいる様子の彼女を腕を組んで見下ろした。そして励ますように黒杖で彼女の背中を押した後、先ほどから酷い顔をしているユニスに近寄った。



「おい、ユニス」

「……何なのです」



 レオンの足手纏いとなり、先ほどの醜態も合わさって野良狐のような目付きをしているユニス。そんな彼女に努は黒杖の先端を押し付けた。てっきり悪口でも言われると思っていたユニスは途端に目を丸くして、戸惑ったように身を引いた。



「な、何なのです?」

「お前にしか出来ないことがある。いいか――」



 バリアで何かを形作りながら努はユニスに作戦を持ちかけ、戸惑っていた彼女は次第に真剣な顔で聞き入り始める。そんなユニスを見て後輩の狐人は安心したような顔をしていて、エイミーはそんな彼女の肩をつついて励ましていた。



「こらー! ちょっと待てこらー!!」

「落ち着け」



 そして自分の託した黒杖をユニスにあっさりと渡した努を見て、アルマは文句を言いに行こうとしたところを仲間たちに止められていた。



 ▽▽



「どんだけ頑丈なんだ、よっと!」



 強靱なオルビスに打ち込みすぎて駄目になったロングソードを投げ捨て、代わりの武器をマジックバッグから出して再度突き込む。モンスターの反射神経を持つオルビスでさえ目で追うのがやっとな速さで攻撃してくるレオンをいなしながら、彼は民の集まる障壁付近に辿り着いていた。



「……オルビス、だな」



 以前と体型が随分と違うオルビスの姿を確認したブルックリン・カンチェルシアは、開戦前とは違い静かに呟く。障壁の中からオルビスを見るその目は、怒りとも似つかないものだった。それよりも目で全く追えないレオンの方が気になっているようで、ブルックリンは難しそうな顔をしている。


 そしてそのレオンは王都内のモンスター掃討によってほとんどいなくなっている探索者たちに、若干ショックを受けているようだ。今この場所には迷宮制覇隊、アルドレットクロウ合わせて十人程度しかいない。



「こいつ、滅茶苦茶頑丈なオーガみたいな奴だ! 攻撃受けるとタンクでもキツい! あとヒールは送るな! こいつ、吸収しにきやがる!」

「おや、ここまで集まっていますか」



 レオンの攻撃をその頑丈さとモンスター特有の反応速度でいなしながら、オルビスは障壁内に集まっている民たちを眺めている。そして首に手を当てながら、遠くにある黒い障壁にも目を向けていた。



「おっと」



 背後から飛んできた一本の矢を、オルビスは左手で掴む。だがまるで自分に食らい付くかのように手の中で唸っている矢に、オルビスは驚いた後にそれを握り潰した。



「王都内のモンスターはそろそろ討伐出来る頃合いだ。時間を稼げ」

「本当に厄介者揃いですね……」



 空中で指示を出しながら第二射を放ってくるクリスティアを見上げ、オルビスは巨大な手で地面の土を掴むと散弾のように周囲へばらまいた。その攻撃を既に知っていたレオンはすぐに範囲外へ逃げ、クリスティアはバリアで防いだ。



「そろそろか……」



 疲れたように空を見上げて首に手を当てているオルビスは、ごきごきと関節を鳴らしている。そしてレオンの攻撃を太い腕で防ぐと、地面を蹴り上げた。

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