第232話 先走り

「建物は出来るだけ壊すな! 魔法系スキルは出来る限り控えろ!」

「んなこと言ってる場合か!? 人命優先だろうが!」

「命が助かっても資産がなくなったら野垂れ死ぬわ! お前が保障してくれるのか!?」



 王都内に出現したモンスターたちはブルックリンの障壁にびっしりと張り付いていたようで、その数の多さを活かして民たちを南へと追い込んでいる。そしてアルドレットクロウ、迷宮制覇隊の探索者たちは王都内のモンスター掃討を開始していた。


 しかし都市戦に慣れていない探索者は周りに損害を出さないように戦うことに慣れておらず、苦戦を強いられていた。モンスター自体には勝てるので掃討は順調であったが、周りの被害が問題となっている。



「うぅ……」



 そんな中、クリスティアや努の指示を待たずに飛び出してしまったハンナは胃が痛そうな顔をしていた。勝手に飛び出してしまったことを今更になって後悔している様子のハンナに、ディニエルは面倒臭そうな目を向けた。



「そんなに後悔するなら初めからやらなければいいのに」

「……身体が勝手に動いちゃったから、仕方ないっす」

「その頭は飾りなの?」

「うぅぅ、うるさいっす! しょうがないことなんっす!!」

「まぁまぁ、落ち着いて下さい」



 王都の中心に向かいながら青翼をばさつかせているハンナを宥めたダリルは、時折コンバットクライを放ってモンスターがいないか確認している。ハンナは落ち着くように深呼吸した後、キッとした目で前を見た。



「でも……多分王都へ行くって言っても師匠は許可くれなかったっす」

「だろうね」

「……ディニエルは、師匠のことおかしいって思わないっすか? 師匠は……他人に冷たすぎるっすよ。いや、それだけじゃないっす。なんかこう……よくわからない人じゃないっすか。あたしが生きてきた中で、あんな人初めてっすよ」

「そのわからないのがいいのに」

「ディニエルに聞いたあたしが馬鹿だったっす」

「馬鹿って自覚あったんだ」



 ディニエルの淀みない返しにぐぬぬと唇を噛んだハンナは、助けを求めるようにダリルとガルムの方に振り向いた。



「ダリルやガルムさんだって、そう思わないっすか? 師匠、なんかおかしいっす。だって、よくわかんないっすけど……」

「……少し変わった人だなとは思いますよ。僕も」



 ガルムのことを少し気にかけながら口にするダリルは、厳しい視線が飛んでこないとわかると話を続けた。



「ツトムさんって、多分神のダンジョン以外のことを捨てているんですよね。だから神のダンジョンに関係ない人たちは、切り捨てられるんだと思います。逆に神のダンジョンに関係している人とは、良くも悪くも付き合いがいいですよね」

「そう! それが言いたかったっす!」

「でも別にツトムさんは、好きで捨てているわけじゃないと思うよ。前回のスタンピードが終わった後、死んだ人たちを見て本当に悲しそうな顔をしていたから……」

「それは、私も見ていましたよぉ。根っからの冷たい人なら、あんな顔はしないです」



 ガルムからの推薦で初めの方に無限の輪へ加入が決まっていたダリルは、スタンピードの際にもクランリーダーである努のことはよく見ていた。だからこそ死人を見る努の表情もダリルはしっかりと目撃していたし、その時怪我人の看護をしていたコリナもそれに同意した。



「……確かにハンナさんの言う通り、ツトムさんは少し変わってるなとは思うし、他人にも冷たく見えるよ。でもツトムさんは表面に出さないだけで、優しい人だ。だからガルムさんも付いていく人なんだなって僕は思ったし、僕も付いていきたいって思ったんだ」

「た、確かに、それはそうだと思うっす。でも……」



 ハンナはダリルの言い分に納得したような顔をしたが、その後苦しそうに顔を歪めた。そして何とか言葉をひねり出そうとうんうん唸った後、パッと顔を上げた。



「……で、でも、師匠、多分あたしとも割り切って付き合ってるっすよ! あたし馬鹿だから、いっぱい迷惑かけたっす……。もし他に避けタンクが出来る子が出てきて、頭が良かったら、あたし、きっと切り捨てられるっす!」



 ダリルの言葉で自分の内にあった不安の原因に気づかされたハンナは、思いの丈をようやく言語化して口にした。


 クランハウスでの共同生活で努がどのような人物かは、ハンナも感覚的にわかっていた。努は神のダンジョン攻略に必要のない人材は、何の感情もなく切り捨てられる者だということ。それを本能的に察知したからこそハンナは自分に避けタンク以外の価値をつけようと、習得困難な魔流の拳の練習を始めたのだ。


 だが魔流の拳がほんの少し使える境地に至ってメルチョーからは絶賛されても、努の反応は鈍かった。それに努はハンナと違って感情を表に出さず、好きに行動するよう彼女に言っていた。その遠くから見守るような姿勢は、余計ハンナの不安を煽っていた。そしてリーレイアからの言葉が決定打となり、ハンナはその不安もあって民を切り捨てる努に反発した。


 民を切り捨てる努に対して怒りを覚えたというのは事実だが、それはきっかけに過ぎない。そのきっかけと共に今まで抱えていた不安が爆発した結果、ハンナは努に反発するように身を切ってまで人助けをするようになっていた。


 ただそんなハンナの叫びに、ガルムとダリルは仲良く首を傾げていた。そしてハンナの言葉を聞き逃さないように垂れ耳を少しだけ上向かせていたダリルは、不思議そうな顔をしている。



「いやいや、それはないですよ。ね? ガルムさん」

「……ツトムはハンナを高く評価しているだろう。何をそんなに焦っているのだ」

「え!?」



 凍り付いたように身を固めたハンナに、ガルムは一つため息をついた。



「ただ、ツトムはそれを口にはしないだろうがな。それでハンナが安心して努力をしなくなれば、神のダンジョン攻略にも影響が出る」

「……ほんとに、師匠は神のダンジョンのことしか考えてないっすか?」

「ハンナの気持ちも、わからんではない。私が一番付き合いは長いが、ツトムは秘密主義なところがあるからな。たまによくわからないことをするし、それで不安に思うこともある。だがツトムの行動には迷いがないし、付いていけば間違いなく上手くいく」



 そんな言葉の途中で何かに気づいたような顔をしたガルムは、少し後ろめたそうな顔をした。



「……勿論、ダリルの言った通り、ツトムが優しいことは理解しているぞ。でなければ私も付いていかない」

「なんか嘘っぽい」

「……本当だぞ」

「焦ってるところが嘘っぽい」

「本当だ!」



 ディニエルと言い合いを始めたガルムを、ハンナは丸々とした目で見つめている。するとダリルは励ますようにハンナの肩を軽く叩いて笑顔を向けた。



「勝手にここまで来ちゃったことは、後で一緒に謝ろう。でも謝ればツトムさんはきっと許してくれるよ。ツトムさんだって好きで切り捨てているわけじゃないし、もしハンナさんを切り捨てたなら僕たちを付いていかせなかっただろうし。だから大丈夫です」

「……うん」

「大丈夫ですよぉ! 私も一緒に謝ります! 多分ツトムさんは私にヒーラーじゃないって言ったことに後ろめたさを感じているでしょうから、そこで押せば大丈夫です! ですから今は、みんなの救出を急ぎましょう!」

「ははは……」



 中々あくどい思考で押そうとしているコリナにダリルは苦笑いしながら、泣きそうな顔をしているハンナを励ました。そして移動しながら言い合いをしているガルムとディニエルを宥めた後、王都内に残ったモンスターの捜索や怪我人の救護を続けた。



 ▽▽



「面倒だな……」



 手足を潰したミナを背負っていたヴァイスは、いつの間にか障壁付近に集まっている民たちを見てそう呟く。クリスティアからの報告で王都内からモンスターが出現したことは知っていたが、ここまで民たちが集まっているとは思っていなかった。


 背負っているミナは見かけだけならば少女のため、民たちに見つかると面倒なことになる。ただミナを拘束するにはカンチェルシアかバーベンベルクの障壁は必須で、そのためには必然的に民の近くへ行かなければならない。


 ヴァイスは一先ず自分の着ていた黒のローブでミナを包んで隠し、空中で指示を出しているクリスティアの下ヘと向かった。



「ヴァイス、それは……」

「オルビス教の、小さい方だ。一応生かしたまま捕らえた。貴族に拘束させる予定だったが、人の目に晒すのは不味い見かけをしている。殺した方がいいか?」

「……いや、情報が惜しい。よく捕らえてくれた。こちらでバーベンベルクを呼ぶ。ヴァイスは拘束が完了するまで待機してくれ」

「あぁ」



 神のダンジョンが出来る前から名の知れていたヴァイスは、王都の民たちも知っている者が多い。遠目ながらヴァイスを見て少しざわついている民たちに、彼は無表情を貫いている。


 少しすると障壁の中からバーベンベルク家当主が出てきて、黒いローブに包まれているミナの周りに障壁を何重にも張り始める。バーベンベルク家の障壁は感覚共有というデメリットがある分、多様な機能を付与することが出来る。そのため障壁に色をつけることもバーベンベルク家ならば容易いことで、ミナを隠すにはうってつけだ。



「見張りがいるだろう。俺が受け持つ」

「すまないな……」

「構わない。だが、外が危ういのなら殺してから俺が出る。クリスティア、構わないな」

「その時は頼む」



 既にバーベンベルク家当主の障壁がミナに破られている以上、ただ閉じ込めておくわけにもいかない。だがミナに対してはとても相性のいいヴァイスならば、目を覚ました後に暴れられても容易に押さえることが出来る。そのためヴァイスもミナと同じ障壁内へ入って見張ることになった。



「もし危うくなったのなら殺しても構わん」

「あぁ」



 そうクリスティアに言われたヴァイスは、ミナと一緒に障壁の中へと入った。戦闘出来るよう広めに作られた真っ黒な障壁の中は、外の音が少し籠もって聞こえている。そして完全に障壁が閉じる前に、ヴァイスは雷魔石を利用した魔道具で明かりを付けた。


 そして完全に障壁が閉じて夜のような暗さになると、すぐに黒いローブを被せたミナがもぞもぞと蠢き始めた。



「やめてよ、もう動かないから、叩かないで」

「…………」



 すぐに戦槌を持って立ち上がろうとしたヴァイスを牽制するような言葉に、彼は浮かせた腰を下ろした。するとミナは息継ぎでもするように黒いローブから顔だけを出した。



「つかまっちゃったんだね。わたし」

「…………」

「わたし、これからどうなると思う?」

「…………」

「みんな、無視する。きらい」



 ヴァイスは通常時に戻った戦槌をごとりと地面に置くと、ミナは黒いローブに顔を埋めた。恐らく泣いているであろうミナに対して、ヴァイスは全く声をかけることなく座ったままだ。


 手慰みに武器の点検を始めたヴァイスの、ロングソードやクロスボウなどを弄る音だけが障壁内に響く。それから少しすると、障壁の外から轟音が鳴り響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る