第231話 ヒーラーの呪縛

「行かせてよかったのですか?」

「あの様子じゃ、止まらなかったでしょ。それに王都側にも応援は必要だっただろうし」



 王都から爆発音が聞こえた途端に走り出してしまったハンナに対して、努はコリナ、ガルム、ダリル、ディニエルの四人を付いていかせた。その後クリスティアの報告で王都に多数のモンスターが出現したことは知らされたので、安定性のある人選で向かわせた判断で問題なかっただろう。



「またモンスターも湧いてくるだろうし、僕らはこっちを片づけなきゃね」

「……そうだね」



 ゼノは手入れされたきらびやかな銀盾を手に、金色の調べとヴァイスを抜いた紅魔団、計三十人ほどの探索者を相手に大立ち回りをしているオルビスを見据えた。オルビスの他にもオークやオーガなど二足歩行系のモンスターたちが参戦していて、アタッカー、タンク陣は肩で息をしている。そしてヒーラーたちはユニス、セシリアも含めて随分と酷い顔をしていた。


 モンスターたちはタンクがヘイトを取って統制しているようだが、オルビスだけは明らかにヒーラーを率先して狙おうとしている。しかし金色の加護ゴールドブレスによって薄い金色を纏っているレオンがそれを防いでいるようだ。そのおかげかまだ死人は出ていないようだが、ヒーラーを守りながらの戦いにレオンも疲弊している様子だった。


 そんなレオンとは対照的に息すら切らしていないオルビスは、鍛え上げられたオーガのような巨躯きょくに変貌していた。そしてその全身筋肉のような体付きには不釣り合いな大人しめの顔をしているオルビスは、援護に来た無限の輪の五人に余裕のある視線を向けた。



「おや、来ましたか。貴方があの透明化出来るモンスターと戦っているところは、遠目ながら見ていましたよ」

「メディック」



 話しかけてきたオルビスを無視して努はメディックを放ち、レオンに当てようとした。するとオルビスが地面を陥没させながら素早く動いてそのメディックに自ら当たろうとしたので、努はすぐに緑の気体を退かせた。



「なるほど。そういう感じか」



 ヒーラーが六人もいる割にはやけにレオンが疲弊していると思っていたが、どうやら迂闊にメディックは打たせて貰えないようだ。周りのアタッカー、タンクたちの疲弊具合はそれほどでもないが、中でもレオンが満身創痍に見える。恐らくレオンはオルビスと戦闘してから一度も回復スキルを貰えていないのだろう。


 努が後ろ手でクランメンバーたちに散開するよう知らせていると、オルビスは線のように細い目をしっかりと開いた。



「ははは、お見事でした。あのようなモンスターは文献でしか確認されていないはずなのですが、貴方はすぐに対応して見せました。随分とモンスターに詳しいようですね」

「そいつはどうもメディック」



 努は会話の途中で瞬時に撃つメディックを放ってレオンに着弾させる。緑の気体が過ぎ去った残滓をチラリと見たオルビスは、面白そうに眉を上げて指先を宙に回した。



「貴方のスキルは、随分と速いのですね。他の方と違い、回転をかけているからでしょうか? それに予備動作もないとは、中々に厄介ですね」

(そんなところまで見えるのか)



 撃つメディックの弾速を上げるために回転を加えていることを指摘された努は、内心驚きながら他にも飛ばすスキル、置くスキルなどでレオンの回復に入る。



「無駄ですよ」



 だが飛ばすスキルは容易に見切られて吸収され、レオンの足元に置こうとしてもそれを察知されて動かされる。更にオークよりも巨体のオーガなどのモンスターも入り乱れているため、中々回復スキルを飛ばすには勇気がいる戦場だ。ヒーラーが存在する対人戦に慣れている様子のオルビスに、努は面倒臭そうな顔をした。



「ゼノ、一応オルビスを引きつけてみて。エイミー、リーレイア、アーミラ、捕まらない範囲で攻撃。あとレオン! 回復するから僕を守れ!」



 努の叫びにレオンは胡乱げな目で何とか頷いて見せた。そしてゼノは銀盾を前に構え、他のアタッカーたちも各自武器を構える。



「コンバットォォ!! クライ!!」

「鬱陶しいですね」



 ゼノが放つ銀色のコンバットクライにも少しだけ目線が持って行かれる程度で、オルビスは踏みとどまる。その間に双剣を構えたエイミーが躍りかかったが、丸太のような太さの腕に刃は通らない。



「もー! マッチョ嫌い!」



 警備団取締役のブルーノと同じような体格のオルビスに、エイミーはにべもないことを叫びながら離脱する。その他にも金色の調べや紅魔団のアタッカー、タンクが次々と立ち向かうが、その巨大な腕と足から繰り出される拳や蹴りに難儀しているようだ。


 アタッカーたちも高レベルなので多少のVITは兼ね備えているが、それでも急所に受ければ重傷、最悪即死は免れない。流石に大手クランのアタッカー、タンクということもあって戦闘経験は豊富だが、それでもモンスターのようなタフネスに楽観視出来ないスピードを持ち合わせているオルビスには手をこまねいているようだ。更には他のモンスターもいつものように簡単には死んでくれない。



「まるでブルーノじゃん! どうするのあれ!」

「動きはそこまでじゃないから、何とか遠くから削るしかないんじゃない!!」

「でも攻撃クソいてぇぞ! ほんと!」

「オーガも何かいつもより手強いんだけど!」



 口々に文句を言いながら戦っている探索者を余所目に、努はヒーラーが固まっている場所に歩きながらレオンと戦っているオルビスの動きを瞬きすら忘れて観察している。確かに筋肉鎧マッスルボディというユニークスキルで有名なブルーノと、戦い方は似ていた。


 ゼノが腹に受けて吐いてしまうほど威力のある拳に、エイミーと同じくらいまである俊敏さ。更に複数人との対人戦にも慣れているようで、レオン以外は軽くあしらわれている状態だ。周りのオークやオーガもオルビスが首元に手を当てた途端に人間染みた動きをするため、恐らく指示を出しているのだろう。


 それにオルビスには音楽隊のバフもかかっているようで、ヒールも撃つスキル以外は自分から受けにくる。モンスターの配置もやらしく、誤射してしまう可能性が高い。少なくとも飛ばすヒールでレオンを回復させることは不可能だろう。


 努がオルビスとモンスターの挙動を観察しながらどう回復しようか考えていると、そんな彼の裾を小さい手が引いた。振り向くとそこには、目を赤く腫らしたユニスがいた。



「……あとは任せるのです」

「は?」



 そう言い残したユニスはいきなり走り出そうとしたので、努は不審に思いながら彼女の手をすぐに掴んだ。いきなり止められたことで体勢を崩して地面に顔をぶつけたユニスは、すぐに立ち上がった。



「何するのです!」

「いや、お前こそ何をするつもりだ?」

「……この状況で、私たちはレオンを回復出来ないのです。でも、お前なら出来るのです。だから私は、直接レオンを回復しにいくのです。あの、走るヒーラーみたいに」

「……馬鹿か。あれは真似してすぐに身につく技術じゃない。お前じゃ死ぬだけだ」



シルバービーストのヒーラーであるロレーナの技術は、一朝一夕で身につけたものではない。確かに狐人で探索者としての活動歴もそこそこのユニスにも走るヒーラーを出来る素質はあるだろうが、今すぐに出来るものではない。そのことを指摘するとユニスはぐしぐしと目元を擦った後に努を睨み付けた。



「うるさいのです!! お、お前には出来るかもしれないのですが……私には……私たちにはこれくらいしか出来ないのです! 命を張るくらい、わけないのです!」

「……これだから王子様クランは。レオンのことになると途端に視野が狭くなる」



 今まで散々回復スキルを吸収されて利用されたのか、ヒーラーたちは心が折れている様子だ。そんな中浮かんできたユニスの案は、彼女らにとっては妙案に思えたのだろう。レオンのためならばと決意に満ちた表情を浮かべている金色の調べのヒーラー四人に、努は大きなため息をつくとユニスの前に杖を突き出した。



「いいか、そもそも四人で行っても無駄死にするだけだよ。明らかに破綻してる作戦なんだから、紅魔団の意見でも取り入れろ。えーっと、セシリアさんだっけ。何か意見がありそうな顔してるけど」

「……レ、レオンはもう限界なのです! 話してる暇なんてないのです! お、お願いなのです! なんでもするから、少しでもレオンを回復させてほしいのです! お前が回復しないと、このままじゃ、レオンが死んじゃうのですぅぅ!」

「それじゃあ、さっさと回復させるよ」



 杖を投げ出して涙声ですがりついてくるユニスを取っ払った努は、レオンの方に杖を向けた。



(僕の撃つスキルならオルビスに盗られずに回復は出来る。でも……)



 自分の技術ならオルビスやモンスターを回復させず、レオンだけ回復出来る自信はあった。だが撃つスキルの回復量は低く、満身創痍な様子のレオンには恐らく足りない。このままでは回復しきる前に殺される可能性があった。



「ハイヒール、ハイヒール、ハイヒール」



 綺麗に戦っている時間はない。努はそう判断して白杖を大きく掲げてスキルを言い放つと、彼の前にハイヒールの大波が出現した。アーミラの龍化状態を解くために考案した、巨大範囲での回復スキル。


 そしてハイヒールの津波を努は敵味方問わず向かわせた。いきなり緑の本流が迫ってきたことにほとんどの者が怯んだが、その正体はハイヒールである。その津波に呑まれた者全ての怪我は治癒していく。努の津波ハイヒールに紅魔団のヒーラーは驚いていたが、それに便乗してレオンへと回復スキルを送ろうとしている。



「は、はあぁぁぁぁ!? 何やってやがるのです! あれじゃあ敵も回復してしまうのですよ!」

「いいんだよ、それで。レオンが死ぬよりかはマシでしょ?」

「え……」



 ポカポカと腰を叩いてくるユニスにそっけなく言った努は、津波メディックを準備している。


 確かに努のハイヒールによって、ここまでオルビスが負った傷は回復してしまった。これで振り出しに戻ってしまったわけだが、その代わりレオンもしっかりと回復出来ている。続いてメディックの大波も打ち出した努は声を張り上げた。



「タンク! モンスターのヘイトは入念に取ってくれ! ヒーラーが相当狙われるから! アタッカーはモンスターを中心に倒してくれ! オルビスはレオンに任せろ! レオン! 少しは元気になっただろう! 全力で僕を守れ!」



 いきなり全ての者を見境なく回復した努に、金色の調べのヒーラーたちはポカンとしている。タンクたちはモンスターの意識が自分から離れたことをすぐに悟り、改めてコンバットクライなどでヘイトを取っていく。



「面倒なことになりましたね」

「くっははは! サンキュー、ツトム! お望み通り、守ってやるぜ!」



 努や紅魔団のヒーラーに回復されたレオンは、瞬く間に三連撃をオルビスに与えながら笑っていた。ヒーラーを狙うオルビスに動きを強制されて疲れ切っていた身体は思うように動き、力が漲っている。そしてオルビス側も蓄積していた怪我や疲労が解消されたわけだが、お互いの力はそこまで離れてはいない。レオン側が苦しい戦いを強いられていることには変わりないが、それでも戦いにはなっている。



「モンスターたちはもう僕が全回復させた。誤射なんていくらでもしていいから、ヒーラーはレオンを中心に回復スキル使ってあげて。別に神のダンジョンと違って、この戦力だけで勝たなくていいんだ。時間が経てば援軍は来る。それまではとにかく仲間を生き残らせることだけを考えろ!」

「は、はい!」



 神のダンジョンを探索してきた探索者たちは、必ず五人PTでモンスターとの戦いに望む。通常階層ならば他のPTとの共闘も有り得るが、階層主の場合は五人PTのみで乗り越えなければならない。そのためPTが不利になってしまうモンスターへのスキル誤射を、ヒーラーは過度に恐れる傾向にあった。


 ただここではこの戦力で勝利する必要はない。紅魔団のヒーラーはそのことをわかっていたようだが、金色の調べはそれを全く理解していなかった。レオンの足を引っ張りたくないという気持ちが先行し、レオンのことになると視野を狭くしてしまう。だから努は金色の調べというクラン自体の評価は低かった。



「場所を変えましょうか」



 ヒーラーが誤射を気にせず回復スキルを撃つようになったところで、オルビスは黒いマフラーが巻かれている首元に手を当てた。すると空からワイバーンの群れが襲来し、探索者たちに向けて突撃してきた。



「ちっ、数が多いなオイ!」

「それでは」



 ワイバーンの群れに紛れてオルビスはクラウチングスタートの体勢を取った後、王都の方に向けて飛ぶように走り去っていった。その速度にレオンだけは追いついていたが、他の者たちは置いて行かれた。

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