第230話 モンスターの侵入
今回のスタンピードを操っている者のうち、小さい方を抑えろとクリスティアに指示を受けた紅魔団は、その二人が乗っている老骨亀目掛けて一直線に向かっていた。
その道中には視界を埋め尽くすほどのモンスターが陣取っていたが、ルークが召喚したマウントゴーレムによって蹴散らされている。それに黒杖を持ったアルマを筆頭とした高レベル黒魔道士たちの一斉攻撃で、辺りにいるモンスターたちは一網打尽にされていた。
「さっきの凄かったわね!! すっごい気持ち良かった! モンスターたちがばばばばって!」
「…………」
先ほど黒魔道士たちが行ったスキルでの一斉射撃を恍惚とした表情で話しているアルマを横目に、ヴァイスはフライで飛びながら老骨亀へ向かっている。そんなヴァイスの隣に近距離アタッカーの筋骨隆々とした男が近づいた。
「ちっとばかし、上手く行きすぎだよなぁ」
「……そう、だな」
確かに先ほど行った黒魔道士たちのスキルを使った面での攻撃は逃げる隙間がなく、モンスターたちは為す術なく焼かれ、頭上から降る隕石に潰されていった。普段のスタンピードなら疑問に思わない光景だが、今回はモンスターを操れるオルビス教が存在すると聞かされている。
だが人が指揮を執っているにしてはモンスターの配置が単調すぎる。最初に上下からの奇襲を受けているだけに、ヴァイスは簡単にやられていくモンスターに疑問を禁じ得なかった。探索者を相手に正面から挑むことが愚策だということは、迷宮都市にいたのならわかるはずだ。にもかかわらず正面から敢えて挑んできた理由。
(……剣を交えれば、少しはわかるか)
そんなことをヴァイスは思いながら、赤みを増したマウントゴーレムから一方的に殴られている老骨亀を見据える。するとその頭上から一つの影が飛び降り、こちらに向かってくるのが見えた。
「各自散開。アルマ、迎撃を頼む」
戦闘のこととなると流暢に喋り出すヴァイスにアルマは苦笑いした後、人影に向けて炎系スキルであるファイヤーランスを放つ。だがその人影は空中であるにもかかわらず、蝶のようにひらりと炎槍を避けた。
「あっ、あなたしってるよ。ヴァイスでしょ!」
「…………」
顔や手足に至るまで包帯でぐるぐる巻きにしているミナは、地面に降り立つと同時に明るい声でヴァイスに話しかける。そして包帯をビリビリと破いて傷一つない愛嬌がある顔を覗かせると、紅魔団のクランメンバーたちは一様に驚いたような顔をした。
「本当に人間なのね……」
「餓鬼っていうのも本当だったんだな」
「見かけに惑わされるな。不意打ちとはいえレオンが片腕を失った相手だ。皆は援護を頼む」
ヴァイスはそう言って一振りの戦槌を右手に持つと、それは瞬時に赤く染まった。そして不死鳥の魂の影響で真っ赤に染まった戦槌を迷うことなくミナの頭部目掛けて振った。
「ねぇ、こたえてよ」
「…………」
すると瞬時にミナの背中から複数の節足が生えてその戦槌を絡め取るように受け止め、彼女はそう問いかける。だがヴァイスは何も言うこともなく、赤に染まった戦槌を横に振って節足を振り払った。
「化け物……」
「え?」
異様な姿を見て思わずアルマがそう呟くと、ミナは真横に首をぐりんと動かして彼女を見つめた。そして背中の節足を地面に突き刺してアルマの方へ進もうとしたが、そんなミナの腹部を紅蓮に染まる戦槌が捉えた。
腹部をねじり上げるように戦槌を捻り、そのまま地面へと叩き付ける。息に詰まって金魚のように口をぱくつかせているミナの顔面をヴァイスは足で踏みつけると、後ろ腰にあるマジックバッグから左手でショートソードを取り出す。
「いたいいたいいたいぃぃ!!」
「…………」
ヴァイスはミナの腹部に赤のショートソードを突き刺そうとしたが、まるで鋼鉄でも刺そうとしたような感覚と共に弾かれた。斬撃が効かないと改めて確認したヴァイスは戦槌でもう一撃加えようとしたが、足元から強烈な力を感じたので引いた。
変色した黒い手でヴァイスを押しのけたミナは、背中から生える節足を地面に突き刺してその小さい身体を浮かせる。
「おにいさん、ひどっ!? ごぼべっ!?」
そしてまた喋り出そうとしたミナの口に、赤く変色した矢が次々と飛来する。無表情でクロスボウから矢を放っているヴァイスは、顔に手を当てて怯んでいるミナにまた戦槌を持って襲いかかる。
今度は両手でしっかり持ち手を握り締め、全力でミナの甲殻を割りにかかる。甲殻の硬い相手はシェルクラブで慣れているため、ヴァイスも手慣れたものだ。不死鳥の魂が付与された戦槌は唸りを上げ、ミナの右手にある黒い甲殻にヒビを入れた。
炎系統に弱く、更に硬質な甲殻も強烈な打撃とは相性が悪い。まさにミナの天敵とも言えるヴァイスの容赦ない一撃に、彼女は金切り声を上げて涙ぐんだ顔を向ける。するといきなりヴァイスに背を向けて走り出した。
「それっ、いたいから、やめてよぉ!!」
(……まるでただの子供だな)
ヴァイスはそう思いながらも戦槌を手に持ち、戦闘の意思が見えないミナを追いかける。まるで殺人鬼から逃げるようにミナは錯乱していて、紅魔団のクランメンバーたちも戸惑っているようだ。
「たすけてぇ! この人の方が、ばけものじゃん! わたしよりずっとばけものだよ! わたしはお母さんを助けたいだけなのに! もう、やめてよ!」
「ヴァ、ヴァイス? この子、降参しているみたいだけど……」
「…………」
ミナの泣き喚いている姿を見て問いかけてくるセシリアに、ヴァイスは戦槌を手に持ちながら沈黙を貫く。確かにミナからは戦闘の意思が感じられない。だがヴァイスはモンスターに仲間を全員殺された過去があるため、弱っている様子のミナに対しても非情だった。
「モンスターは、人が降参すれば見逃してくれるのか?」
「え……」
「それが答えだ」
ヴァイスはそう告げると、呆けた表情をしているミナの顔に戦槌を叩き付けた。そして仰向けに倒れたミナの手足に戦槌を何度も振り下ろし、原型がなくなるまで叩き潰した。戦槌が鋼鉄を打つような音と同時、反射するようにミナの身体が跳ねる。次第に悲鳴も消え、身体も跳ねなくなる。
虫のモンスターへきっちり止めを刺すように手足を潰したヴァイスは、赤色と緑色の混じった体液が付着していた頬を袖で拭った。
「……これでも生かしてある。これを殺すかは、クリスティアに判断を委ねることにする」
「か、回復しておく?」
「いや、回復はするな。最悪死んでも構わない。俺はこれをクリスティアに届ける。お前たちは金色の調べの援護に向かってくれ」
もはやダルマのように手足のないミナを乱暴に背負ったヴァイスは、クランメンバーたちにそう指示する。するとヴァイスの背後にある王都から、大きな爆発音のようなものが響いた。
▽▽
王都では多くの人々が南から離れ、非日常を見ないように日常を演じていた。中には南へ向かってスタンピードの様子を見に行こうとする者もいたが、迷宮都市の時と違い今回は少数だった。
カンチェルシア家、バーベンベルク家の障壁が破壊されたことで民たちの不安は掻き立てられ、それどころではない様子である。王が直々に顔を出して民たちに声明を発表することで何とか平静を保てているものの、外に出歩く者はほとんどいない。
「最近嫌なこと続きで参ったもんだな」
「で、でも大丈夫だろ。あの二家が協力してるんだ」
「まぁ、そうだけどよ……」
いつもより人通りの寂しくなった街道を見て、屋台を切り盛りしている者たちは不安を募らせている。普段よりめっきり売れなくなった屋台料理の焼ける音だけが、何処かむなしく響き渡っている。
「え」
そして世間話をしていた男のうちの一人が、目を見開いて動かなくなった。周りの男たちがそんな彼を見て不思議そうな顔をする。その直後、不意に一人の男が宙に浮かんだ。
「う、わぁぁぁ!! なんだこりゃぁぁ!?」
その目を見ると身体が石化してしまうモンスターとして知られている、
その他にもグリフォン、ワイバーンなど様々な翼類型のモンスターが突如として街中に現れ、一帯はパニックとなっていた。
家の窓を狙って壊し、中にいる虫でも狙っているかのような動作をしているグリフォンに、地上には二足歩行の装備を固めたオークたちが列を組んで民を追い立てるように走っている。キャミシルというムカデのような形をしたモンスターは建物を宿り木代わりにして巻き付き、石の建物は耐えきれずに崩壊した。
王都内の建物が崩壊する音が辺りに響き、モンスターの咆哮が
王都内で平和に暮らしていた者たちは、初めて見るモンスターに恐れおののいて正常な判断が出来ていない。なので人を建物から追い立てるように窓や扉から顔を覗かせ、手を出さないモンスターの挙動には気づかなかった。崩壊した建物も建設途中の無人であり、多少の怪我人は出ているが死人が出るほどのものではない。
だが牙を剥いて自分たちを追いかけてくるモンスターたちの脅威に、民たちは怯えて逃げるしかなかった。モンスターのいない方向、南へとただひたすらに逃げていく。
「モンスター……!」
そして最南の障壁付近まで辿り着いた者が出始めた頃に、王都内部の異変を感じていた貴族たちが民たちを追いかけているモンスターを発見する。そして魔法を行使しようとした時、迷宮制覇隊のタンクたちが前に出た。
「コンバットクライ」
「ちっ、こんな数、どこに潜んでやがったんだ!」
民たちを追いかけていたモンスターたちのヘイトを取り、タンクたちは民に被害がいかないように各自散開する。だがモンスターの数が多く、あぶれたモンスターはまだ民たちを追いかけていた。
そして息も絶え絶えの様子で走ってきた民たちの前へ、自身の障壁で空中に浮かんでいるブルックリンが出た。そして狂乱したように民たちを追いかけているコカトリスに手を向けた時。
「フレイムキーック!!」
その背後から青い翼を持った鳥人の少女が、今にも子供に食い掛かろうとしていたコカトリスの鳥頭を蹴り飛ばした。
「もう大丈夫っすよ!」
ひょっこりと跳ねている青髪が特徴的な彼女は、すぐに子供をお姫様抱っこしてその場から離脱する。その後ろからも大砲と見間違うほどの威力で放たれる矢が的確にモンスターの急所を吹き飛ばし、大きな身体つきをした藍色と黒色の犬人二人がウォーリアーハウルを使って周囲のモンスターを引きつける。
「よっ、と」
「ハ、ハンナさん! 無茶しないで下さいぃ!」
「あ、この子軽く怪我してるっぽいから、回復お願いするっす!」
その後ろでは黒い修道服を着ている祈祷師の女性が手を組み、ハンナが抱えてきた子供に対して治癒の願いを使用している。
「お、お母さんがまだ……」
「大丈夫っす! あたしが助けにいくっす!」
子供の声にハンナはすぐに答えると、背中の翼を力強く振るってモンスターたちの方へと向かっていく。そんな無限の輪の五人の他にも迷宮制覇隊やアルドレットクロウの者たちを中心に続々と到着し、王都内部から現れたモンスターたちを民から遠ざけていく。
「皆さん、障壁内へ!」
迷宮制覇隊の者たちがモンスターから逃げてきた民たちを、カンチェルシア、バーベンベルクが新たに作った障壁の中へ誘導していく。民たちはばったばったとモンスターたちを殲滅していく探索者たちを見て、一様に驚いたような顔をしていた。
「凄いな。まるでモンスターが相手になっていないじゃないか」
「見て! あっち、モンスター同士が戦ってる!」
「なんて死体の数だ……! 万は越えてるぞ!」
障壁内で探索者たちの戦いを見ることしか出来ない民たちは先ほど命からがらモンスターから逃げ切った興奮もあるのか、目を見張ってその戦いぶりを見ている。
「…………」
そんな探索者たちの戦いぶりと民の様子を、ブルックリンは無表情で見ながら淡々と障壁を構築している。バーベンベルク家当主もブルックリンの素早い障壁構築に内心舌を巻きながら、外で戦っているマウントゴーレムに障壁を張って援護していた。
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