第229話 猫耳のないエイミー

「コリナ。首」

「え?」

「首貸せ、首」



 何やらアーミラに手招きで呼び出されているコリナを横目に、努は突如姿を現したと聞かされた大蛇へと目を向ける。全身にうごめく土色の迷彩模様が浮かんでいるその大蛇には見覚えがあった。


 変幻自在の迷彩と錯覚を利用して周囲の景色に溶け込むことが出来る、ドウショクという大蛇。『ライブダンジョン!』でも見覚えのあるモンスターなのだが、努は疑問に思っていることがあった。



(ゲームならわかるけど、ここで透明になることって出来るのかな)



『ライブダンジョン!』ではドウショクにいくら傷を付けようともほとんど透明で、迷彩で姿を隠す設定上おかしくないかと突っ込まれていた。だがここでドウショクの迷彩に傷を付けたり、もしくは何か色の付いた物を体に付けたらどうなるのか努は気になっていた。


 それにドウショクが放つ特定の攻撃には相手を透明にする力があり、それがここでも起こりえるのかが疑問でもある。『ライブダンジョン!』では透明になることがデメリットとなるギミックがある場所で戦わされ、運営の嫌がらせとして名高いモンスターであった。



(もし透明化出来るんだったら……不味いよな)



 ゲームのように都合の良い透明化が出来るかはまだ不明であるが、もしドウショクによって他のモンスターが透明化されてしまうとスタンピード殲滅に支障が出かねない。早急に対策する必要があるモンスターだ。



「エアブレイド」



 努は小声で最弱に設定したエアブレイドを辺りに飛ばし、既に透明化しているモンスターが潜んでいないかを確認する。そしてこの辺りにはまだいないことを確認した努は、龍化結びを行って首筋に少し赤の鱗が出てきたコリナを一瞥いちべつした。



「ありがとう」

「これでてめーも戦えんだろ。その分働けよ」

「わかってますよぉ!」



 仲睦なかむつまじい様子を見て結構なことだと思いながら、努は迷宮制覇隊の者たちに周囲を警戒するように呼びかける。そして大蛇については無限の輪だけで相手にすると伝えた。



「コンバットクライ」



 努の言葉を受けて迅速に引いていく迷宮制覇隊のタンク職たちに変わってガルムがドウショクのヘイトを受け持ち、ダリル、ゼノも続く。するとそれを見計らったかのようにドウショクは身をもたげて、天へ昇るように体を揺らめかせた。



「全員離れて! コリナ。祈りの準備。リーレイア。シルフを僕に」

「は、はいぃ」

契約コントラクト――シルフ」

「逃げろー!」



 透明化の攻撃が来ると察知した努はすぐに全員を待避させ、コリナに祈りの準備をさせる。そして努がエイミーに頭上を飛び越されると同時に、ドウショクは口から真っ白な霧のようなものを地面へ放った。



「シルフ、霧を出来るだけ上に吹き飛ばして」

「♪」



 小さい妖精のような見た目のシルフが指をくるりと回すと、その可愛らしい動作とは裏腹に強風が吹きすさんだ。その風で大半の白い霧は晴れたが、足元に滑り込んできたそれは効果を現した。



「あ、あああああぁぁ!! 足が! ツトムさぁん! 足が!」

「落ち着け。というか僕だけじゃなくて、皆なくなってるよ」

「ええええぇぇ!?」



 足元に這う霧の影響で努の足首から先が透明になり、ダリルはお化けでも見たように騒いでいる。そんなダリルを落ち着かせた努は、顔から段々と消えていくドウショクを指差して迷宮制覇隊の者に声をかけた。



「別に足がなくなったわけじゃない。皆、感覚はあるよね?」

「あ、あぁ」

「多分見えなくなっただけだ。それとあの大蛇同様、透明になっているモンスターが存在する可能性が高い。貴方はこのことをクリスティアに伝えて下さい。もしかしたらその透明化したモンスターが現れるかもしれないので、十人ほどここに残して下さい」

「……了解した!」



 異様な状況に対して動じた様子を見せない努の指示に迷宮制覇隊の者は頷くと、そのことを仲間に知らせてからすぐにクリスティアへと報告に向かう。そして透明化したモンスターが潜んでいるかもしれないと言われた迷宮制覇隊の者たちは、すぐに辺りを警戒し始める。



「ゼノ、エンバーオーラをあの蛇に付けておいて。いつも通り派手に頼むよ」

「……なるほど! 任された! エンバー、オーラ!!」



 ゼノはすぐに努の意図を察すると、透明化しかけているドウショクに向けてポージング付きのエンバーオーラを放った。いつにも増して銀色に輝いているエンバーオーラは、ドウショクの体を光り輝かせる。随分と自己主張の激しくなったドウショクに、努は思わず苦笑いした。



「コリナ、もし誰かが完全に透明になってしまったら、僕には回復が難しくなる。その時は回復頼むね」

「はい!」

「メディック。……治せないか」



 透明化がメディックで治せないことは予想が付いていたが、一応試した努は自身の消えた足を見ているアタッカー陣に向けて切り替えるように手を叩いた。



「ほら、アタッカーたち。出番だよ。あの白い息にだけは気をつけて動くように。後はいつも通りでいい。頼んだよ」

「はっ、さっさとぶっ殺してやるよ」



 大剣を蹴り上げて重厚な音を立たせながら肩へ持ち上げたアーミラを筆頭に、他のアタッカー陣も銀色に輝くドウショクに向かい始める。努は周囲に透明化したモンスターがいないか警戒しながら、背後に王城がそびえ立つ王都を見据える。



(……モンスターが王都に入りこんでそうだけど、大丈夫かな)



 ドウショクの特性については、オルビスも把握しているはずだ。『ライブダンジョン!』の設定通りならば透明化出来る時間は少ないにせよ、王都内部に透明化させたモンスターを侵入させることは容易い。



「パワー、スラッシュ!」

「岩割刃」

「サラマンダーブレス」



 ドウショクの戦闘能力自体はそこまで高くないため、無限の輪だけでも対処出来る相手ではある。だがドウショクは『ライブダンジョン!』でも他のモンスターと組み合わせたり、ステージのギミック込みで厄介なモンスターとされていた。恐らく透明化が切れてドウショクは姿を現したのだろうが、それでも地中にでも潜ませていれば隠せたはずだ。


 何故オルビスがここまで正面切って戦いに来ているのかが、努にはわからない。探索者たちの強さについては、迷宮都市にいたオルビスも十分理解しているはずだ。いくら多数のモンスターをぶつけたところで、探索者たちにとってそれは日常だ。火竜ですら少し手強い程度の敵でしかないため、いくら兵士的にモンスターが動かせるといっても脅威にはなり得ない。


 気づけば老骨亀も機動性を増したマウントゴーレムによって一方的な戦いを強いられていて、他の大型モンスターなども既に狩られている。数百人の探索者が協力すればたとえ暴食龍並のモンスターが出たとしても、容易に狩れる対象となる。探索者は死を恐れずに戦えるため、たとえ数百倍の数のモンスターと相対しても士気は下がらない。



(勝つことが目的じゃない……)



 オルビス側の気持ちになって努は様々なことを考えていたが、これまでの行動を見るに勝つための行動は起こしていない。もし勝つためならばもっとえげつない手段で人間側を攻め、探索者とも真っ向から勝負しないだろう。


 とはいえオルビス側から考えてみると、元々の状況が最悪だ。恐らくまともな意識を持った味方はミナしかおらず、モンスターもヘイト系のスキルに釣られてしまう。それに強力な魔法が使える貴族に、神のダンジョンや迷宮制覇隊の探索者。他にも王都を守るために厳しい訓練を潜り抜けてきた騎士、兵士など、多くのモンスターを使えると仮定しても王都側の戦力が強すぎる。これを崩すには相当苦労するし、その苦労を努は想像したくもない。



「ストリームアロー」



 努が戦闘状況を見ながら考え事をしていると、ドウショクの動きを先読みしてディニエルが上空に矢を放った。そして空へ一直線に光が差した後、大量の矢がドウショクを押し潰すように降り注いだ。



「みんな、一旦離れて! シルフ!」

「♪」



 ドウショクが体を震わせたので努がそう呼びかけると、再び透明化する白い息が吐き出された。シルフが起こす風で大半は吹き飛ばしているので問題はないが、中には所々透明化してしまった者がいた。



「エイミー……耳が」

「え?」

「よかった、ある」



 エイミーの白い猫耳が消えてしまったことにディニエルはショックを受けたような顔をしていたが、そこにあるとわかると安心したのか攻撃を再開した。ドウショクの透明化という特性は厄介だが、エンバーオーラでの対策が出来れば本体はそこまで強くない。



「死ねぇぇ!!」



 特に龍化したアーミラの暴虐じみた大剣での攻撃はドウショクと相性が良く、もう死に体となっている。ただ既に迷彩柄の皮は斬れて赤い血が地面に広がっているにもかかわらずドウショクは透明で、努は少し納得出来ないような顔をしていた。どうやらゲーム通り、スキル以外で透明化を暴くことは無理らしい。



「こんなもんかよ。弱っちいな」

(お前はよくやったよ、ドウショク)



 そして遂に透明化も解けて地面に倒れて動かなくなったドウショクに、アーミラは物足りない様子で血の付いた大剣を振るった。エイミー、ディニエル、アーミラ、リーレイア、ハンナから一方的にボコボコにされていたドウショクに、『ライブダンジョン!』でのうざったさを知っていた努は内心同情的だった。



「よし、それじゃあ金色の調べの援護に行こうか」

「少しは手応えのある奴だといいんだがな! おい!」

「油断するなよ」

「けっ、問題ねぇよ。この程度」



 息巻きながら近づいてくるアーミラに努は目を細めて忠告すると、迷宮制覇隊の者に付いていって金色の調べの下に向かった。

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