第234話 神の寵愛

 オルビスの見上げた空からは、攫い鳥というモンスターが群れを成して迫ってきていた。成人男性を掴んでもまだ余裕のある大きな両足と、それを持ち上げる強靱な翼。そんな力のある体を持っている割に攫い鳥というモンスターは狡猾で、獲物を空中から落として殺すことで有名だ。


 風を切りながら滑空している攫い鳥の群れはゴブリンやオークなどをその足に掴んでいて、次々とオルビスの下へ向かってくる。クリスティアや他の黒魔道士などが空中の攫い鳥を倒していくが、全ては倒せず地面にモンスターが降り立ってきた。だが遠くに控えている多くのモンスターたちは、まだ動く気配がない。



「オルビスは私とレオンで押さえる。他の者はモンスターを殲滅せよ」

「もうちっと、楽したいもんだぜ!」

「無駄な動きが多いからだ。周りに配慮するな。目の前の敵に集中しろ」

「……んなこと言ってもなぁ」



 クリスティアの淡泊な指摘にレオンはそうぼやきながら、巨大な体つきをしているオルビスを見つめる。


 人間と同じ思考能力を持つオルビスはモンスターのようにヘイトという概念で動かず、いつ誰を攻撃しに向かうかわからない。オルビスの攻撃をまともに受けられる者はタンクくらいで、ヒーラーは即死、アタッカーはクリティカル判定を避けても重傷を負うほどだ。オルビス自体の動きもヒーラーのステータスでは反応するのも難しく、アタッカーかタンクが守らなければいけない。


 そしてAGIがSに到達しているレオンならば、オルビスに狙われた者たちを確実に救うことは出来る。なのでレオンは誰彼構わず助けようとしていたが、オルビスはそれを見越して動いていたため厳しい戦いを強いられていた。


 未だに周りの探索者を気にかけて動きが散漫になっているレオンに向けて、クリスティアは緑の矢を放った。動きを先読みしたその矢は、レオンの背中に深々と突き刺さる。



「おいぃぃぃ!? ……あれ、痛くねぇ」

「ヒールだ」



 努の撃つスキルを参考にした矢形のヒールをレオンに放ったクリスティアは、オルビスに対しては鉄の矢を放つ。数百年の戦闘経験による予測に、暴食龍で作られた弓の底知れぬ威力。八十レベルのタンクよりも頑丈な身体にすら食い込んでくる矢の応酬に、オルビスは付与されていたフライで空へ飛んだ。



「神の寵愛を受けていないにもかかわらず、よくもそこまで辿り着いたものです」

「神の寵愛……?」



 遠くから向かってくるオルビスの声をその長い耳で聞き取ったクリスティアは、指が裂けそうなほど硬い弦を引き絞る。スキルを使用していないとは思えないほど迫力の垣間見えるその矢は、クリスティアが手を離したと同時にオルビスの肩を射抜いた。



「落ちな」



 空中ではその強靱な筋肉も活かせないため、オルビスはそこまで速く動けない。肩に食い込む矢に怯んだオルビスに対してレオンが上空から蹴落とすように剣で突いていき、一緒に地へ落ちていく。数百キロあるオルビスが上空から地面に叩き付けられ、辺りに衝撃が舞った。



「っち」



 地面に叩き付けられてもピンピンしているオルビスの大きい腕での薙ぎ払い。それを避けた先の地面からも鋭い爪が突き出てきて、レオンは体勢を捻りながら空中へ逃げた。だがその先にも攫い鳥が狙いを付けていたので、持ち前の速さで大きく離れる。



「うわっ」

「ちっくしょー! 戦いにくいなホント!」


 だがレオンが大きく離れればオルビスは他の者へすぐに狙いを変えるため、彼はすぐに接近せざるを得ない。オルビスとモンスターから同時に狙われて危うく攻撃に当たりかけたアタッカーをレオンは無理矢理引っ張り、まるで手品のように移動させた。


 そしてレオンが人を助けることをオルビスは知っていて、それを前提に立ち回っているため苦戦を強いられていた。



「死人なしで乗り越える考えを捨てれば、勝機は見えるのだが」

「誰も死なないに越したこたぁねーだろ!」

「…………」



 持ち前の速さが逃げでしか活かせていないレオンの様子を見たクリスティアは、一先ずオルビスをここで倒すことを諦めた。それからはオルビスの動きの先へ牽制するように矢を放ち、思い通りに動かさないことに務めた。


 時間を稼いでいれば王都内に向かった百名近くの探索者に、紅魔団、無限の輪、金色の調べのクランメンバーたちもここに辿り着く。それまで時間を稼ぐ考えにクリスティアは切り替えた。


 相手がそこまで深く追ってこなくなり楽になったオルビスは、改めて障壁内からこちらを食い入るように見ている王都の住民を見据えた。周りへ無造作に転がっている数千はあるモンスターの死体。空から追加で降ってきているモンスターたちも探索者たちによって狩られ、死体は積み上がっていく。


 そしてオルビスは首のマフラーに手を当てた後、黒い障壁の中に閉じ込められているミナの方も確認するように目を向けた。その後王城を見つめ、飛んできた矢を腕で振るい落とす。



「始めましょうか」



 そうオルビスが呟くと、遠くで待機していた数千は下らないモンスターたちが一斉に動き始めた。それと同時に、その場へ複数の探索者が追いついた。



 ▽▽



(嫌な感じだ)



 唐突に動き出した背後のとてつもない数いるモンスターの軍勢。それにオルビスが中心の戦場もモンスターの数が多すぎてヘイトを統制出来ていないため、努はすぐにゼノに声をかける。



「ゼノ、リーレイア。オルビスのところへ向かって時間稼いで。エイミーとアーミラは僕と一緒に」

「任せたまえ。リーレイア君! 行くぞっ!!」

「……はぁ。わかりましたよ」



 ゼノは明るくリーレイアに声をかけ、彼女は少し嫌そうにしながら駆けていった。努はそんな二人を少し追いながら後ろの紅魔団と金色の調べに視線を向ける。



「他はクリスティアの指示に従って動いて下さい」

「あぁ、モンスターは任せとけ」

「期待してまーす」



 紅魔団のムキムキアタッカーに軽く返した努は、金色の調べの中にいるユニスに声をかけた。



「紅魔団と金色の調べが入れば多少レオンに余裕が出る。レオンが自由に動けるようになったらユニスは僕のところに来て」

「わかったのです」



 ユニスは目元にある涙痕をぐしぐしと拭きながら狐耳を立て、素直に返事をする。そんなユニスを確認した後に努は黒杖を持って空に上がると、まずレオンに撃つメディックを連射した。



「うおっ」



 背中にメディックを受けたレオンは思いのほか回復されたことに驚きの声を上げた。今の努は黒杖によって回復力が大きく上昇しているため、撃つメディックでも十分に体力を回復させることが出来る。


 続いて他の者たちに飛ばしたヒールはまるで生物のようにうねりながらモンスターを避け、探索者たちに次々と当たって回復していく。ヘイトについては数十人いるタンクが持ってくれるため、努はモンスターに狙われることなく回復が出来る。



「……気持ち悪ぃ」



 その後ろに付いてきていたアーミラは、努から放たれるスキルの数々の最後を見届けて思わずそう呟いた。今現在ここにいる探索者は、先ほど一緒に到着した紅魔団と金色の調べを合わせて四十人前後。更にモンスターは数百匹存在し、戦場は混沌としている。


 だが努の様々な形状のスキルは探索者たちに寸分狂わず当たり、モンスターへ誤射することもない。普段から神台などでもアーミラは努がヒーラーをしているところを見ているが、それはあくまで五人PTの範囲内だ。


 だが今は四十人前後のPTといっていい状況。そんな中でもまるで自意識を持ち、モンスターを避けているような挙動をしているスキルにアーミラは凄いと思う前に気持ち悪いという感想が漏れ出た。



「聞こえてるぞ」



 そんなアーミラの呟きにそう返した努は、オルビスの下へ辿り着いたゼノとリーレイアにプロテクとヘイストと付与する。今も音楽隊の音楽は途切れることなく鳴り響いているので、探索者たちは全員能力値が一段階上昇しているため努が支援をかける必要はない。だが黒杖には支援重複というものが付与されているため、努の支援は音楽隊の支援と重ねることが出来る。


 ヒールやメディックに合わせて黄土色のプロテクと青色のヘイストまで努から飛び、その目標に合わせて操作されながら飛んでいく。後ろのエイミーはそんなスキルの数々をニコニコしながら目で追っている。



「……面倒ですねぇ」



 空から派手な支援回復を披露している努には、オルビスも気を取られる。唯一ヘイトの概念で動かないオルビスならば、大きい規模で支援回復をしている努を潰したい感情に駆られるのは必然だ。しかしクリスティアはそのことをよくわかっているようで、努に気を取られているオルビスに対して無視出来ない威力の矢を放ち続けている。


 そして努に気を取られたおかげか、レオンに少し余裕が出来るようになっていた。探索者たちも数が増えたことによってモンスターの動きを統制出来るようになり、オルビスからもある程度の距離を取ったおかげでレオンが人を助けることによって隙を生み出すことも少なくなった。



「ツトム!」



 そんなレオンの様子を見たユニスは、努に声をかけながら近づいてくる。すると努は一度地上に降り、地面に黒杖の先を軽く突き刺した。

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