第226話 両手に花?
「……何があったのだ?」
「反抗期とでも思っておけばいいよ」
いつもと違ってささくれた視線を努に向けているハンナを見て、ガルムは神妙な顔で問う。努は鼻で笑いながらそう言うと、それを聞いていたハンナはむずむずとした顔をした。
「ツ、ツトムは人の心がない冷たい奴っす」
「一体どうしたのだ、ハンナ」
「そもそも僕の名前を覚えていたことに少し驚いたよ」
「やっぱりツトムは人でなしっす!」
ぷりぷりと背伸びして怒っているハンナにガルムは若干困惑しながら事情を聞こうとしている中、努は王都に張られている障壁に手を当てて外を眺める。
「特に異常なしか」
「暇でしょうがねぇ。さっさと来いってんだ」
大剣の柄を掴んでいる手に顎を乗せて前屈みになっているアーミラは、文句を言いながら外を睨んでいる。
「そんなに暇なら龍化結びの練習でもすれば? ほら」
「……てめぇにはもうやらねぇ」
「なら他の人でもいいんじゃない。リーレイアとか」
「けっ、やなこった。おいハンナ。こっちこい」
不機嫌そうな目付きで睨み付けてきたアーミラは、ハンナを呼んで首をむんずと掴むと龍化結びの練習を始めた。首を掴まれてこそばゆそうにしているハンナを見ているリーレイアの顔は、中々恐ろしいことになっている。
すると白いフードを被った小さい者が、ずかずかと努の前に歩いてきた。服の後ろに金色の尻尾を覗かせている彼女は、努の顔を見ると露骨にため息をついた。
「……はぁ、少しは緊張感を持ったらどうなのです」
「誰だお前」
「ユニスなのです!!」
フードを取ってピンと立てた狐耳を露わにしたユニスは、キレ気味に叫んだ。その口調からしてユニスだろうなと思っていた努は、埃を除けるように手を払った。
「もうハンナでお腹いっぱいだから、わざわざ来なくていいよ」
「見たところ、ついにあのハンナにも愛想を尽かされたのですか。ようやくお前の本性が周知されてきたようなのです。この調子で全員に嫌われるといいのです」
「お前がレオンに愛想を尽かされる方が早いと思うけどね」
「はぁーー!?」
「随分と楽しそうですね。
突っかかってくるユニスをいなしていると、今度は青色のドレスを着たステファニーもやってきた。自身の周りに複数のスキルを浮かべているステファニーが来た途端にユニスは身構え、努も少しだけ身を引いた。
(何か、ずっと練習してるな)
努も暇な時にはスキルの練習はしているが、ここ最近ステファニーを見た記憶ではほとんどスキルを浮かべていた。それ自体は別にいいのだが、ステファニーからは以前より何処かおかしい雰囲気も感じるようになっていた。二十四時間ログインしていたクランメンバーのチャットから滲み出る狂気。それに自分を見る目も以前より薄ら寒さを感じさせるものとなっていた。
「けっ、性悪女も来やがったのです」
「女狐の粋がりは耳障りですね。ツトム様、二人でお話ししませんか?」
「お前のスキルの方が目障りなのです」
「これを目障りだと思うから、貴女は三流以下なのでしょうね」
今にも掴みかかりそうな顔で悪口の応酬を始めた二人に、努は少し引いた顔をしている。ユニスとステファニーが以前揉めていたことは知っていたが、言葉の殴り合いをするまでとは思っていなかったからだ。
だが身長差をものともせずに酷い顔で見上げているユニスと、そんな彼女を踏み殺しそうな顔をしているステファニー。殺気立っている二人を見て流石に努も止めに入った。
「ちょっと、二人とも少し落ち着いたら?」
「ツトム様がそう仰るのなら……」
するとステファニーはすぐに引いたが、ユニスは一層不快そうな顔をした。
「そもそも、誰のために私がこいつに怒ってると思ってるですか。こいつが……こいつがお団子ヘイストを馬鹿にしたからなのです。悔しくないのですか。お前も馬鹿にされてるのですよ?」
「……僕も馬鹿にされてる?」
「わからないのですか? 私が作ってお前が認めたものを、馬鹿にされているのですよ!? 簡単に許せることではないのです!」
「……まぁ、確かに認めてはいるけど」
ユニスの人格は別にして、バリアでヘイストを包んで溜めておくという技術だけは努も認めている。新しい技術を作ることは『ライブダンジョン!』でも最前線では重要で、その苦労は努も良く知っている。しかしそこまで怒ることかと努が腕を組んでいると、恐ろしいほど瞳孔が開いているステファニーも詰め寄ってきた。
「私がツトム様を馬鹿にするなど、有り得ません。私は少し褒められた程度で舞い上がっている三流のヒーラーが気に食わないだけです」
「……みたいだけど?」
「ツトム様、私が一番だと言って下さいましたよね? 私が一番なのですよね?」
「ちょ、痛い痛い」
思いっきり右手首を掴んできたステファニーの手を努は軽く叩く。するとユニスも聞き捨てならない顔で努の左手首を握った。
「それはどういうことなのです?」
「ツトム様は、私が一番だと言って下さいました。貴女など眼中にないのです。ツトム様から離れなさい、女狐」
「はぁー!? 私だってこんな奴眼中にないのです!」
(何なんだこいつら)
自分を間にまた言い合いを始めた二人に努はたじたじといった様子の顔をしている。そして話が平行線に進んでいく中で、異変が起きた。
「きゃっ」
「ぎゃー!? 何なのです!?」
突然地面が大きく揺れ、ユニスとステファニーは体勢を崩して努に寄りかかる。足元が揺れている中で二人を抱えて踏ん張れるほど努は鍛えていないので、三人仲良く地面に倒れ込む。するとユニスとステファニーは自分の胸元に手が置かれていることに気づいた。
「ツ、ツトム様……」
「ど、どさくさに紛れてどこ触ってやがるです! 変態!」
「……二人とも、自分の手元を見なよ」
顔を赤らめて
「なっ、ふざけるなクソ狐が!」
「お前こそ何なのです!!」
「いいからどけっての」
ばっちいものを触ったような反応をしている二人から抜け出た努は、マジックバッグから杖を取り出してすぐに立ち上がった。
「南西の方角、異常確認! 急激に地面が盛り上がっています!」
すると双眼鏡を持って見張りをしていた騎士が拡声器ごしに大きな声で異常を知らせる。努がその方角を見ると、確かに地面が異常に盛り上がっていた。
「二人とも、喧嘩は後にしてくれ。モンスターが来たよ」
未だに言い合いをしている二人の間に杖を割り込ませた努は、盛り上がっている地面を見据える。そこから真っ先に顔をだしたのは、巨大な亀の前足だった。
▽▽
地鳴りを起こしながら突然地中から顔を出して巨大な亀は、何もすることなく四足を地に付けて佇んでいる。だがその大亀が背負っている甲羅からは、幾多ものモンスターが溢れ出ていた。
(見かけだけで判断するなら、
その大亀は『ライブダンジョン!』のレイド戦で出現するモンスターである老骨亀と酷似していたが、背負っている甲羅の構造が違った。普通ならばあの甲羅は白い蒸気を発しているはずなのだが、王都前に現れた老骨亀の甲羅からはモンスターが出てきていた。
(モンスターをあそこに収納してるのか? ……そこまでスペースがあるようには見えないけど)
見かけは小さな
「各自魔道具の装填確認。閃光玉、打ち上げ準備。探索者は所定の位置で待機。騎士長、王と貴族にスタンピードが来たと知らせろ。他は部隊ごとに住民への避難喚起、誘導を頼む」
仮設のテントから顔を出したクリスティアは先ほどまで寝ていたことを微塵にも出さず、装備を着込みながら迷宮制覇隊や騎士たちに指示を出す。するとすぐに上空へ敵襲を知らせる閃光玉が打ち上がり、騎士たちは住民へ危険を知らせるために走り出す。
「ヘイスト。プロテク。皆、準備して」
この場にいるガルム、ハンナ、アーミラ、リーレイアに支援スキルをかけた努は、先ほどまで緩かった顔を引き締めた。ハンナと話し込んでいたガルムはすぐに背負っていた大盾を手に取って努の側に寄り、他の者たちもそれに付いてくる。
ユニスとステファニーも巨大なモンスターが出現したことを受けて、近くにいるクランメンバーたちと合流している。
そしてモンスター襲来を知らせる閃光玉を見た者たちは、王都の南へと集まり始める。老骨亀からは未だにモンスターが出続けて、障壁前に集結していた。
そしてその老骨亀の上には、二つの人影が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます