第227話 探索者の脅威

「障壁に異常は?」

「問題ない」

「ならいい」



 ブルックリン・カンチェルシアとバーベンベルク家の当主は、自身を障壁で覆って宙に浮かせて飛びながら王都の南へと向かっている。お互いの距離感はあまり近くないが、それでも二人は共に行動していた。


 以前ブルックリンはバーベンベルク家当主にワイングラスを投げつけて覚悟しておけとまで言いのけていたが、オルビス襲撃後はあっさりとその言葉を撤回して謝罪した後に協力を持ちかけてきた。


 バーベンベルク家としても王都を守る責務があるため、ブルックリン・カンチェルシアの謝罪をすぐに受け入れた。だがカンチェルシア家から王都に障壁を張ることを提案までされ、バーベンベルク家当主は驚いていた。


 代々一つの家で王都の安全を守ってきたカンチェルシア、その功績は家の誇りだ。一つの家で王都の守り全てを受け持ち、どんなに大量のモンスターが来ようともそれをはね除けてきた。王都に張り巡らされている障壁は当主のブルックリンだけでなく、他の家族も構築に参加していてその耐久性には自信を持っている。


 だがその誇りと歴史をブルックリンは容易く捨て、バーベンベルク家にも王都に障壁を張ることを提案してきた。


 その提案をするに至るまで、ブルックリンがカンチェルシア家から糾弾を受けたことは想像に容易い。バーベンベルク家当主も神のダンジョンが出てからは探索者へ協力することを提案したが、父や母から兄弟に至るまで反対されてバーベンベルク家の恥さらしだと叫ばれた。それでも彼は時間をかけて説得し、何とか納得させて今の形にしたのだ。


 なので彼女も筋を通してカンチェルシア家の者たちを説得したのだろう。民に対しては非情なブルックリンも、同じ貴族に対しては一定の尊敬を持っている。そしてカンチェルシア家の黒歴史になる覚悟を一心に背負い、今まで代々王都を守ってきたカンチェルシア家の歴史ある障壁を、バーベンベルク家が補填する提案を申し込んでいた。


 バーベンベルク家、カンチェルシア家の両方が既に障壁を破られている。なのでその両家が力を合わせなければ王都は守れないとブルックリンは判断したのだろう。ブルックリンと同様のことを考えて王や他の貴族にカンチェルシア家との協力について根回しをしていた彼の苦労は、思わぬ形で徒労に終わった。


 同じ障壁魔法を使う家として、何処か確執のあったバーベンベルク家とカンチェルシア家。そんな二大貴族が協力することは他の貴族からも歓迎され、最強の守りだともてはやされていた。更に探索者との確執も薄くなり、団体に一体感が出始めていた。


 そして既にここからでも見える巨大なモンスターである老骨亀を見据えているブルックリンは、凛々しい顔を歪めていた。



「あの大きさは、手こずりそうだな」

「幸い、大きなモンスターと戦闘経験のある探索者が多い。障壁さえ持てば問題ないだろう」

「……大きなモンスター、マウントゴーレムだったか。あれほどの大きさなのか?」

「正確な大きさは、私も直接見ていないからわからない。だが神台で見た限りではあれに負けず劣らない大きさだ。アルドレットクロウの召喚士がマウントゴーレムを召喚する、その時に比較するといい」

「召喚士……ルークか」



 子供のような見かけをしているが唯一礼儀はなっていた男を思い出したブルックリンは、嫌そうな顔を隠さなかった。今までは魔法の力に媚びへつらっていた癖に、新たな力を得た途端に革命を起こした探索者は心底嫌いだ。なので探索者の力など借りたくもなかった。


 だが最高傑作である処刑部屋さえ破壊出来るほどの力を持ち、自分に重傷を負わせて貴族としての誇りを辱めたオルビスを殺すには、探索者の力が不可欠だということは彼女自身わかっていた。だからこそブルックリンは今までの口上だけの協力は止め、探索者へ真摯しんしに向き合って話し合いをしていた。



「あれだけの魔石を融通してやったんだ。少しは成果を残して貰わなければ困る」

「前回のスタンピードでは、彼の召喚がなければ危うかった。預けた魔石分以上の戦力になるだろう」

「魔石の価値以上の期待はしないさ。ただ礼儀はなっていたから、融通してやったまでのこと」



 バーベンベルク家が認めていた努と迷宮制覇隊のクリスティアとは初めから話していたが、オルビス襲撃後ブルックリンはヴァイス、レオン、ルークとも直接顔を合わせて話し合っていた。


 ただヴァイスはほとんど言葉を発さず、レオンは真っ先に甘ったるい言葉で口説いてきた。ブルックリンはそんな二人を内心で殺してやろうかと思ったが、その中で唯一まともな話が出来たのはルークだったので、彼のことはよく覚えていた。



「……探索者たちも、カンチェルシア家の協力的な行動には好意的だ。当主の君が直接顔を合わせて話したことが、大きかったのだろう。探索者たちは義理と人情を通す者が多い」

「犯罪者集団を出しておいて、何が義理と人情だよ。ただ前線に行っていた騎士から聞いた限り、少しは戦力になるようだから利用しているだけだ。傭兵の方がまだ信用出来るけどね」



 ブルックリンは小馬鹿にするように肩をすくめると、老骨亀のいない方向を睨む。



「それにあの爺さんは到着が遅れているみたいだけど、肝心な時に役立たずとは。あんな狂った技術を使う奴は、これを機に死んでくれると助かるのだけれど」

「何か敵の妨害を受けているのだろう。だが、戦力的には問題ない。王都を守るために、君は全てを利用すればいい」

「言われずとも、そうするさ」



 忌々しげな顔をしながらブルックリンは目を逸らすと、彼を追い越して南へと向かう。そんな彼女にバーベンベルク家当主は安心したような顔をした後、その背中を追いかけていった。


 そして探索者や騎士、音楽隊などが集結している場所へ到着すると、老骨亀の上に見える二つの人影を見据えた。



「オルビスッ……!」

「あれか」



 ブルックリンは激情を露わにしながら老骨亀の上に立つオルビスを睨んでいて、バーベンベルク家当主はその隣にいるミナを無表情で見ていた。包帯で体中をぐるぐる巻きにしている彼女は、まるでミイラのようだった。



「バーベンベルク、カンチェルシア。相手は何か準備をしている。恐らく、障壁を割るためだろう。なので数十人程度の部隊を組んでこちらから出る。その時は一部障壁の解除を頼む」

「了解した」



 両者の到着に気づいたクリスティアはすぐに二人へ指示を出すと、バーベンベルク家当主はユニークスキル持ちの者たちが集まっているところを見た。他にも魔道兵器の装填確認をしている騎士や迷宮制覇隊を見ていると、背後から壮大な演奏が始まった。


 様々な楽器を持った吟遊詩人で構成された音楽隊の演奏が始まり、それに組み込まれたスキルによってこの場にいる全ての能力値が上昇する。そしてその曲は探索者たちにとってはスタンピード戦を知らせるものでもあり、自然と士気が高まっていく。



召喚サモン――マウントゴーレム」



 探索者たちが戦闘の準備をしている中、アルドレットクロウの召喚士たちも大量の魔石を使って召喚を始めた。ルークが自分の背と同じくらいある大きな杖を掲げると、地面に配列された魔石から粒子が上がる。そして少しすると、マウントゴーレムの頭が地面からにょきりと生え出た。


 それからはその巨体が動くことで周りに被害が及ばないよう、ルークはゆっくりとマウントゴーレムを立ち上がらせた。神話に出てくるモンスターと言われれば信じてしまうような、あまりにも現実離れしたその大きさ。そんなマウントゴーレムを目の当たりにして迷宮制覇隊は感心したように嘆声をつき、騎士たちは思わず腰を抜かしていた。


 そして初めて実物のマウントゴーレムを見たブルックリンも、驚いたような顔をしていた。



「……あんなものと、探索者は戦っているのか?」

「君が直接話したクランリーダーたちは、全員マウントゴーレムと戦っている。そして五人という少数でマウントゴーレムを下し、先の階層へ進んだ」

「…………」



 マウントゴーレムは老骨亀の体長には及ばないものの、正面切って戦えるほどの大きさはあった。そしてマウントゴーレムの肩に乗ってはしゃいでいる様子のルークを見て、ブルックリンは寒気を覚えたように身震いした。


 迷宮都市の情報はブルックリンも随時入手していて、マウントゴーレムや冬将軍の存在も知っていた。だが実際にマウントゴーレムを目にしたブルックリンは、圧倒されたと言わざるを得ない。百聞は一見にしかずとはまさにこのことだった。



「前線部隊がそろそろ纏まりつつある。ブルックリン、貴女には障壁の補填を任せる。私は探索者たちを補助する」

「……わかった」



 マウントゴーレムに圧倒されていたブルックリンはそう返すと、疑るような目で外に出る準備をしている探索者を見つめた。

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