第225話 リーレイアの焚き付け

「オルビス教は、必ず潰す」



 魔石の溜まった魔袋の驚異的な爆発は処刑部屋の中で完結したが、その中にいたブルックリン・カンチェルシアは衝撃を防ぎきれずに身体の至る所を骨折していた。その後白魔道士によって数日で回復したブルックリンは、今回襲撃してきたオルビス、そしてオルビス教を潰すことを宣言した。


 自身が作成した最高傑作である障壁を壊してきたオルビスを、彼女は探索者たちよりも危険だと判断した。そのため今回に限ってはバーベンベルク家が王都に障壁を張るのも賛成し、探索者たちに対しても自ら出向いて話をするようになった。



「最近、ブルックリンちゃん良い感じだな!」

「……まぁ、痛い目にあってから変わりはしましたね」



 見た目がルークのように中性的でも好意を示しているレオンに、努は呆れたような顔をしながら答える。事実カンチェルシア家がここまで探索者へ協力的になったことは、努からしてもありがたい話ではある。


 貴族の事実上頂点であるカンチェルシア家が協力してくれれば、他の貴族も協力してくれる。口上では協力と言っていた今までとは違い、共通の敵を協力して倒すという一体感を感じられるようになっていた。


 今まで貴族が独占的だった魔石も話し合いの元でアルドレットクロウへ融通されるようになり、王都を守る障壁の配置もクリスティアやバーベンベルク家と協議して決めているようである。



(まぁ、相変わらずオルビスの目的はわからずじまいだけど)



 直接相対したブルックリンから聞くに、オルビスは目的を神のダンジョンの規制と話していたらしい。そして探索者嫌いで有名なブルックリンを勧誘したまではわかるのだが、わざわざ作るのに苦労したという暴食龍の魔袋を使ったことが努は解せなかった。


 そもそも勧誘するのならわざわざ人目につかず、誰からも察知されない状況で提案することが普通だ。だがオルビスはわざわざ人目につく場所に現れ、しかも勧誘しようとしたブルックリンに重傷を負わせた。それではむしろ敵対心を煽るだけだ。


 それと先に最も栄えていて周りの都市を動かせる王都を落とす目的はわかるのだが、それでもミナやオルビスの襲撃はあまりにも一直線すぎる。地中や空からの奇襲や、モンスターの体内にある魔石を利用出来ないよう工作するなど、そういった小細工は出来るくせに肝心の襲撃がお粗末だ。


 ミナは単身でレオンを捕縛しようとしてあっさりと失敗し、スタンピード側の利点だったオルビス教という正体をバラした。オルビスは暴食龍の魔袋を使い、その強力な兵器の存在をバラした。ミナについてはその見かけから幼稚で説明がつくが、オルビスについてはそう断言出来ない。



(戦力を相手に知らせて王都で警戒させて、その内に迷宮都市を落とすって手もあるけど……結局王都を落とさなきゃ囲まれて終わりだ)



 王都から発令される王命にはほとんどの都市が従うため、まずは王を排除しなければジリ貧になる。努にはあまりパッとイメージが湧かないが、それほどの実権を王は握っている。



(メルチョーさんと、迷宮制覇隊の副隊長が行方不明なのは気になるけど……それでも十分勝てる戦力はある。あとはあっちがどう攻めてくるかが問題なだけだ)



 レオンによる高速の情報伝達に、ルークの召喚。ヴァイスの武勇にクリスティアの指示能力。貴族も一致団結しつつあり、音楽隊や騎士も控えている。そして百名を越える高レベル探索者がいれば、並大抵のモンスターには負けない。



「なに考え込んでんだ?」

「あー、メルチョーさんは大丈夫かなと」

「確かに見つからなかったけど、平気だろ。あの爺さんが死んでるなんて想像できねぇし」

「まぁ、ですよね」



 冬将軍ですら一人で倒したメルチョーがモンスターにやられる姿は努にも想像出来なかったので、全く心配した様子のないレオンにそう返す。するとレオンは途端に下卑た笑みを浮かべた。



「あ、そういや明日エイミーちゃんがまた演奏会に参加するんだろ? 前見られなかったし、俺も近くまで見に行くぜ!」

「レオンは入場禁止ですよ」

「おーい!? 何でだ!?」

「顔が犯罪者にしか見えないからだよ。女騎士でもう満足してくれ」



 レオンが治療中の時にベッドのシーツが妙にぐっしょりしていたところを発見していた努は、ほとほと呆れたような顔をした。そう言われてギクッとした様子のレオンを置いて、努は今日外の見張り番だったので自室に帰って外出する準備をした。


 エイミーはレオンの言う通り明日に控えている演奏会の準備をしていて、コリナ、ダリル、ゼノ、ディニエルは彼女の側についている。努としてもエイミーがそういった方面で活躍する者だとわかっていたので、襲撃があるまでは好きにやらせる方針である。


 既に外の障壁の見張りにガルムやアーミラは向かっていたので、努も宿屋に残っているリーレイアとハンナと共に外壁へ向かう。そしてある程度準備が整うと、自室の扉が控えめに叩かれた。



「師匠」



 腰のホルダーにポーション瓶を取り付けていると、ハンナが扉の隙間から顔を覗かせていた。何だかいつもより元気のないハンナを努は不思議そうに見ていると、その後ろからリーレイアも顔を出した。



「準備はもう出来ているようですね」

「あぁ、うん」

「ハンナがツトムと何やら二人で話がしたいそうです。ただ私には大体予想がつくので、ここに残って話を聞きますね」

「なんでっすか!?」

「いいから早く話してしまいなさい。一蹴されるのが目に見えているのですから」



 そう言いながら部屋に入って備え付けの椅子に座ったリーレイアは、話の先を促すように首をしゃくった。ハンナはもやもやとした顔をしたがすぐに努の顔を見据え、当人の彼は少し身構えた。



「それで、話ってなに?」

「……師匠。あたし、この前師匠が指揮者の人と話してたこと、聞いちゃったっす」



 ハンナは青い翼を萎ませながらぽつりぽつりと話していく。



「師匠、どうでもいいって、嘘っすよね?」

「……えーっと、もう少し詳しく言ってくれるかな」

「だから、みんなのことがどうでもいいってことっすよ! 師匠言ってたっす! みんなどうなろうと構わないって!」



 威嚇するように翼を広げて語気を荒げたハンナに、努はよくわからないような顔をした。そしてハンナが何か勘違いしていると思い、言葉を選んで話し出す。



「みんながどうでもいいとは言ってないよ。クランメンバーのことは大事に思ってるし、クランリーダーとしての責任もある。それに出来るなら他のクランの人たちも無事にこのスタンピードを乗り越えられたらなとは思ってるよ」

「え?」

「ただ、王都や他の都市の人たちは優先順位が低いだけだ。その人たちのために危険は冒さない」



 出鼻をくじかれて釘を刺されるように言われたハンナは、少しおろおろとした。だがそれでも最後の努の言葉にはムッとした顔をした。



「……だって、師匠は凄い人っす! 師匠ならちょっと頑張れば、もっといっぱい人を助けられるはずっす! なんで頑張らないっすか! 神のダンジョンの時より、ずっとやる気がないように見えるっす!」

「そういう心構えがあるなら、僕は迷宮制覇隊にでも入ってるよ。顔も知らない他人なんて僕は一切興味がないし、助けるつもりもない」

「どうしてっ……! なんで師匠はそんなに冷たいっすか!? 困ってる人を見捨てるなんて、それも死ぬかもしれないっすよ!?」

「……どうしてもなにも、ハンナの気持ちは軽すぎるんだよ」



 必死そうに問いかけてくるハンナの言葉は、努からして見れば随分と軽い。そのことを指摘されたハンナは困惑したような顔になった。



「どういうことっすか?」

「迷宮都市にいた時、ハンナが北の復興作業を手伝っていたことは知ってる。それに困っている人には手を貸すってことも、少しは見てきたからある程度はわかる。だけど、それを今まで他人に押しつけたことはなかったよね」



 ハンナは自分と違って純粋で優しく、良い人アピールするためだけの偽善で行動していたわけでもない。そのことは努もわかってはいたが、王都に来てからのハンナは明らかに変わっていた。より一層人の手助けをするようになり、何処か周りにも正義感を吹聴するようになった。



「大方迷宮制覇隊とかが人を助けているのを見て、影響を受けたんでしょ。別に影響を受けること自体は悪くないけど、他人にそれを押し付けるのは良くないんじゃない? それもハンナは今までスタンピードについて行動していたわけでもないんだし」

「う……」

「数百年スタンピードから人類を守るために活動していたクリスティアさんに意見されるならわかるけど、ハンナにそんなことを言われてもね。ただの一時的な感情で生まれた言葉だろうし、軽くて何も響かないよ」

「もう、いいっすよ! なら師匠はそうするといいっす! でもあたしは一人でも救ってあげたいっす! ……師匠がだめだって言うなら、クランだって、ちゃんと抜けるっす」

「いや、別に抜けろとは言わないよ。ハンナが何を人助けだと思っているかは知らないけど、個人的にやるなら好きにするといい。よく事前に考えて僕に伝えてくれたね。ありがとう」

「……え?」



 何だか思ったことと違う反応を返されたハンナは、目を丸くしてリーレイアを見やった。そんなハンナを観察しながらひょこんと跳ねた青髪を潰すようにポンポンと撫でた努は、少し屈んで言い聞かすように視線を合わせた。



「ただ、今は危険な状況だから僕の目が届くところでやってくれると助かる。万が一があると困るからね」

「……お、おっす?」

「わかればよろしい」

「…………」



 そう言われて頭から手を離されたハンナは、自身の跳ねた青髪を押さえた。だがその後ぶんぶんと頭を振ると、逃げるように部屋の扉へ手をかけた。



「出て行くのはいいけど、ちゃんと外で待ってるんだよ。単独行動は控えてね」

「わ、わかってるっす!」



 反抗期の子供のような態度のハンナが出て行って足音が遠ざかると、努は穏やかな顔を引っ込めて座っていたリーレイアをじろりと睨んだ。



「一体誰に悪知恵を吹き込まれたんだろうね。ハンナは」

「……何のことでしょうか」



 澄ました顔をしてすっとぼけているリーレイアに努は大きくため息をつくと、床に落ちていたハンナの青い羽根を手に取って回した。



「僕がハンナにクラン脱退を勧めると思ったのか? お前とハンナとじゃ話が違うだろ。……はぁー、本当にタチが悪いな」

「……別に、私はただ真実を口にしたまでです。ツトムの意に反することすると、クラン脱退を余儀なくされる可能性があると」

「それを根に持つなら僕に直接言えよ」

「別に、根には持ってませんよ。ただ理想論ばかり語るハンナに苛立っただけです」



 確かに最近のハンナは迷宮制覇隊に影響されたせいか、妙な正義感に目覚めている節があった。ただそれは騎士の家系で育ったリーレイアからすれば、とんだ偽善に見えたのかもしれない。現にハンナは迷宮制覇隊のように身を粉にして働いているわけではなかった。


 おおよその流れに見当がついた努は再び大きなため息をついたが、それほど怒っているわけでもなかった。今回リーレイアがハンナを焚きつけたことについては問題である。だがハンナが自分で考えて事前に伝える行動を取ったのは良いことで、今の雰囲気からしてそこまで悪い方向には転がらない感じがしていた。



「……はぁー。ならいいや。今回はハンナが物事を考えるきっかけ作りだって思うことにするよ。ただ、今度誰かを焚きつけるような真似をしたら許さないからね」

「……わかりました」

「頼むよ。この調子で行けば一軍も夢じゃないんだから、あまり変なことはしないでくれ」

「それは本当ですか!?」



 一軍という言葉を聞いて目の色を変えてきたリーレイアを宥めながら、努は外に行く準備を終えて宿屋を出た。ちなみにハンナは宿屋のロビーでしっかりと待っていた。

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