第223話 オルビスの襲撃
左腕が完治したレオンはすぐに王都の状況を確認しに向かい、迷宮制覇隊の一部と紅魔団はセントリア近くにある都市の安全確保に向かおうとしていた。
無限の輪にも要請はあったが、クリスティアから断ってもいいとも言われたので努はセントリアの防衛に回してもらうように頼んだ。そして当日の朝にそのことをクランメンバーに伝えると、ハンナは小さく首を傾げた。
「あたしたちは行かないっすか?」
「別に必要なさそうだしね。モンスターが都市に滞在してるとは限らないし」
「……そうっすか」
ハンナは内心納得がいっていないのかむずむずとした顔をしていたが、朝食のポーチドエッグと共に飲み込んだようだ。だが朝食後に迷宮制覇隊と紅魔団がセントリアを出発するところをそわそわとした様子で見ているところからして、わかりやすいなと努は思った。
「こっそり付いていくとか考えてるんじゃないだろうな」
「!!」
「いや、何だその顔」
まるで内心を全て見透かされたような顔をしているハンナに、努は渋い顔を返す。
「師匠! なんでわかったっすか!?」
「誰でもわかるわ。あまり妙なことは考えないようにね」
「そうですよ。ハンナは本能で動きすぎです。少しは考えて行動して下さい」
「…………」
「うぐぐぐぐ。ノームちゃんを出すのは卑怯っすよ……」
朝食を一緒に食べていたノームを抱えて割り込んできたリーレイアの言葉に、ハンナは苦しそうに唸っている。純粋無垢な視線を向けてくるノームにハンナは弱いようだ。
「ハンナは魔流の拳が一軍への近道と勘違いしているようですが、それはただの遠回りです。何故今ある技術を磨かないのですか」
「だ、だってメルチョー爺ちゃんが……」
「メルチョーさんのせいにしない」
「う、ぐぐぐぐぐ」
その後も神のダンジョンでの立ち回りも含めてリーレイアに説教されている彼女に、努は追い打ちをかけることはなかった。
(一応他の人には声をかけるとして、ハンナだけはしっかり見張っとかないとな……)
今回はセントリアや他の都市の人々のために自分や仲間がリスクを背負うことを嫌い、努は都市奪還には行く選択をしなかった。その選択をガルムやダリル、ゼノやコリナ辺りも気にしているだろうが、それでも突発的に行動するような者たちではない。説明をすれば理解は示してくれるだろう。
だがハンナに関しては何かと衝動的なため、誰かを助けようと突然動いて消えてしまうことも有り得る。なので努は取りあえずハンナからは目を離さないようにしていて、ディニエルなどにも見張りを依頼していた。
そしてそれからセントリアでは特に何も起こらず一日経つと、レオンが王都から帰ってきた。だが今のところ王都には特に異常はなく、平和そのものだそうだった。そして迷宮制覇隊と紅魔団もがら空きだった都市の安全を確保し、南から避難してきた者をそこへ隔離した。
当然隔離される側からは反発もありはしたが、元々王都から発令されていた避難勧告に応じなかった者たちだ。迷宮制覇隊を中心に半ば脅すような形で、避難民たちは障壁の張られた南の都市に隔離されることになった。
その際に努はバーベンベルク家当主と二人きりになる機会があったので、努は一つ気になっていたことを聞いた。
「オルビスという人は、どういった印象でした?」
既にオルビスという人物についての資料は受け取っているが、直接会ったことがあるバーベンベルク家当主に印象は聞いておきたかった。努に尋ねられた彼は難しそうな顔で顎に手を当てる。
「……私は三度、オルビスと会ったことがある。巧みな芸術家として大成した後に謁見した時と、モンスター保護会の副会長という立場になった時、そしてオルビス教皇として神のダンジョンについて抗議を受けた時。その全てを通して感じた印象だが、オルビスは穏やかだ」
「……穏やかですか」
「モンスター保護会の中には過激な思想を持つ者もいたが、オルビスはその思想に染まったようには見えなかった。そして妻が犯罪クランの凶刃に倒れた時も、過激なモンスター保護会の役員たちを宥めたほどだ」
「クリスティアさんも言ってましたけど、私怨ではないんですかね」
神のダンジョンが出現した初期ではスキルやステータスで得た力で犯罪を行う探索者が多発していた。そしてモンスター保護会の会長として様々な所へ抗議していたオルビスの妻は、モンスターを狩る探索者から疎まれていた。そして最後には犯罪クランに目を付けられて殺されていたので、努は今回のことはその復讐なのかと思っていた。
「勢いを増していた犯罪クランは、その後警備団を中心に次々潰されて全員処刑された。私怨ならばその時に動いていただろう。オルビスにはその力もあった。だがそれをせず、彼は有志を集めて宗教団体を作り上げた。それが神のダンジョンへ誰でも入れる現状を変えることを理念にした、オルビス教だ」
神の寵愛、つまりはユニークスキルを持つ者以外は神のダンジョンに入れないように規制するべきだという主張が元で立ち上がったオルビス教は、主に犯罪クランで被害を受けた者を中心に構成された団体だった。
それからはスタンピードが日に日に激化していることを神の怒りと称したり、探索者から犯罪者が出る度に神のダンジョンを規制する主張を発信し続けていた。そして前回のスタンピードでは遂に神の裁きが下ったと主張したオルビス教は、それをきっかけに多くの信徒を増やしていた。
「前回のスタンピードから注視する程度の規模にはなっていたが、まだオルビス教はそこまで過激な団体ではなかった。だが、前回の襲撃でオルビス教に属していた少女がおぞましい姿となって現れた。オルビスの狙いは、恐らく神のダンジョンの規制だろうが……私としては不気味だ。それ以外の考えがあるやもしれん」
「なるほど。ちなみに、何か変なところはありませんでしたか? よくわからない単語を話したりだとか……」
「元々は芸術家だ、変わった感性は持っていただろう。だがそういったことは、私と話している時はなかった」
「そうですか……」
努は副ギルド長を日本人だと疑って日本特有の単語などを話し、神台でもそういった単語をたまに交ぜて自分と同じ者がいないか確認してきた。そんな努は少しだけ残念そうに肩を落とした。
そして避難民を南の都市へ隔離した後、魔石に余裕があるうちに迷宮制覇隊や紅魔団と共に、努たちも一度王都へ帰還することとなった。
▽▽
王都にある巨大な屋敷の一室では、大量の魔力が循環している。その中央で魔石に魔力を充填していたブルックリン・カンチェルシアは、気の使う作業を終えて一息ついていた。
貴族が魔法を行使するために必要である魔力は、基本的に魔石から引き出して使用する。そのため貴族はネックレスや指輪など、様々な貴金属に魔石をはめ込んで身につけている。ブルックリンも耳に付けている小さなピアスや、ポケットに入っている質の良い魔石など、シンプルな物を好んで身につけていた。
そして魔石に最大限の魔力を充填する技術は、貴族の力量を表すに等しい。既に数百もの大小ある魔石に最大限の魔力を込め終えたブルックリンは、手元にあった呼び鈴を鳴らして従者を呼んだ。
「お茶と茶菓子を頼むよ」
「畏まりました」
毎日の仕事である魔力充填を終えると、ブルックリンはいつも一人でのお茶会を楽しむ。もう既に準備されている様々な種類の茶葉に、温められたポットに入ったお湯。それとこの時間に合わせて焼かれた茶菓子を乗せた皿が部屋に運ばれてくる。
そんないつも通りの午後過ぎ。ブルックリンは王座のような椅子にもたれかかって足を組み、お茶の匂いを堪能するようにしばし目を閉じる。だがそんな空気を壊すように、息を切らした従者が部屋に現れた。
そんな従者をブルックリンは不快そうに見下した。だが思わぬ客人の来訪を告げる言葉に、ブルックリンの目は疑るようなものに変わった。
「もう一度正確に言ってくれるかな」
「は、はい。オルビス教皇と名乗る人物がこの屋敷に訪ねてきており、ブルックリン様との面会を希望しています。その服装と風貌、どちらもオルビス教皇と一致しており、今のところ騎士たちで囲んでいますが……」
オルビス教が今回のスタンピードに関係があるということは、既に王都へ来たレオンによって報告されている。なのでその張本人がこの屋敷に訪ねてきたということに、ブルックリンは多少なりとも驚いていた。
ブルックリンは目線でお茶を入れていた従者を下がらせると、先ほど充填したばかりの魔石がはめ込まれた指輪を手に取った。
「ふーん。いいよ。それなら僕が直々に出ようじゃないか」
「探索者たちへ報告は……」
「しなくていいよ。オルビス教皇と名乗った者が偽物でも本物でも、どちらにせよ僕が始末するから」
すらりとした足を組んで座っていたブルックリンは、気怠げに立ち上がると早歩きで部屋を出た。それを慌てて追いかける従者と共に、ブルックリンは指に指輪をはめていく。そして屋敷の二階から外を見下ろし、ざわつく騎士たちの中央に位置している男を見下ろした。
「おぉ、まさか直々にお会いして下さるとは思いませんでした。私のことはご存知でいらっしゃいますよね?」
「オルビス教皇。貴様が今回のスタンピードに関わっていることは既に聞き及んでいる」
「ははは、なら話は早い。貴女に一つ提案をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいだろう。では付いてこい」
既に自身の周りを障壁で囲んでいるブルックリンは、オルビスを囲んでいる騎士を下がらせた。別に騎士などいくら死んでも構わないが、無駄死にさせるほど余ってもいない。オルビスから微かに感じる魔力の
屋敷の内部には既に障壁が張り巡らせてある。のこのこと付いてくるオルビスを、ブルックリンはある一室に案内した。
(もはや芸術だね)
少しでも魔力を感じられる者なら圧倒されてしまうほど、その部屋には高密度な障壁が存在していた。それは時間をかけて迷宮都市に張り巡らせたバーベンベルク家の障壁に匹敵するものであり、しかもブルックリンはそれを一人で組み上げた。
迷宮都市の障壁はバーベンベルク家当主が主に障壁を作り、長男長女も補助する形で組み上げている。三人の魔力を編み込んで作られた障壁は暴食龍の攻撃すら無効化出来るものだったが、強度だけで言えばブルックリンはそれを一人で行える。膨大な魔力は必要とするが、組み上げる時間もカンチェルシア家の方が少ない。
そんな障壁の存在する一室にオルビスが踏み入れた瞬間、ブルックリンは彼を囲った。この部屋は障壁が囲っているため、異様に綺麗で埃一つない。過去に流れた多くの血を感じさせないその部屋は、革命軍の処刑に使われた一室だった。
「さて、では提案というものを聞こうじゃないか」
「はい。私が今回のスタンピードを操っていることは、既にご存知だと思います。そして私の最終的な目的は、神のダンジョンの規制です。今の状況は、あまりにも悪い。そうは思いませんか?」
下等生物でも見るような目付きのブルックリンに対して、オルビスは穏やかな口調でそう言った。
「簡単に強い力を得られる現状では、その力を持て余す者ばかり。それも今では恐ろしいほどに神のダンジョンの攻略は進み、全体のレベルも上がってきました。神のダンジョンで力を得ることは、とても容易い。普通の騎士が行う厳しい訓練や、貴方たち貴族が行っている鍛錬とは比べものにならないでしょう」
「それで?」
「このままではいずれ、過去の過ちを繰り返します。だからこそ、神のダンジョンは今すぐにでも規制しなければならない。ブルックリン・カンチェルシア。貴女には私と共に立ち上がって頂きたいのです」
そう言ってオルビスは手を差し向ける。ブルックリンは差し出された手を見下ろした後、くだらなそうにため息をついた。
「それが最後の言葉か?」
「ははは、すぐ受け入れてはくれませんか」
「下らん。興味も失せた」
ブルックリンは自身の指輪を眺めた後、横目を向ける。その途端にオルビスの周りを囲っていた障壁が刺々しく変形した。
「幸運だな。私にここまでの口を利いて、瀕死で済むんだ」
「カンチェルシア家には、障壁魔法を利用した処刑部屋があると聞いていました。そこには最高傑作であるブルックリン作の障壁があるともね。ここがそうですか?」
「あぁ、そうさ。ここでお前はその下らない一生を終えるのさ」
「それはどうでしょうか」
オルビスは右手で刺々しい障壁に触れる。するとその障壁は熱されたガラスのように溶け始め、最後には焦げたように黒ずんだ。腐敗したような液体は地面に落ちると、下に張られていた障壁も音を立てて溶け始める。
「これを壊せば、少しは力の証明になるでしょうか?」
「……ふん。たかだか一枚割った程度で、調子に乗るな。貴様は既に数千枚の障壁に囲まれている。逃げ場はない」
「暴食龍、と名付けられたモンスターはご存知でしょうか?」
ブルックリンの言葉を無視してオルビスは礼服に仕込んでいたマジックバッグを降ろすと、その中から巨大な臓器のような物を地面にべしゃりと転がした。形状としては心臓に似ているそれは、魔袋と言われる器官だった。
「迷宮都市に被害をもたらしたモンスターなのですが、これはその時の攻撃を再現した兵器と言えるでしょう」
その器官から発している膨大な魔力を察知したブルックリンはすぐに障壁で押し潰そうとしたが、いつの間にかオークのような野生染みた太い腕に切り替わっていたオルビスの手で、障壁の圧迫は防がれる。
「これを作るのには非常に苦労したので、事前に潰すようなことは控えて下さい。バーベンベルク家はキチンと受け止めてくれましたよ?」
「ふ、ざけるなよ。何だその馬鹿げた魔力は。有り得ない」
「おやおや、顔色がよろしくないですね。ですがもう爆発してしまいますよ」
「貴様も、死ぬぞ」
「私のことはご心配なさらず、ご自分のことを考えた方がよろしいかと。確かバーベンベルク家は障壁を一カ所に集めて受け止めていましたので、貴女もそうした方がよろしいのでは?」
今まで感じたことのない魔力の量にブルックリンは必死になって魔袋を潰そうとするが、オルビスの力はその圧迫をはね除けるまで強かった。潰せないと悟ったブルックリンはこの部屋の障壁を総動員して自身を守った。
「それでは、またお会いしましょう」
そして魔袋内にあった大量の魔力が放出され、ブルックリンの屋敷に激震が走った。
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