第217話 龍化結び

「スタンピードを指揮するモンスターは、迷宮都市に関連しているか」

「どう思う?」

「先ほど見たモンスターの動きからして、その推測は正しいだろう」



 先ほど結論に至った推測をガルムに話すと、彼は窺うように犬耳を立てながら頷く。



「ふっ、てっきり私の魅力に惹かれて集まってきたのだと思ったのかと」

「それで、僕はスタンピードを指揮するモンスターに、迷宮都市の人が関係してると思うんだ」

「ほう? それは中々、物騒な推測だね」



 努が話している途中に割り込んできたゼノは、ふざけた空気を少しだけ抑えて顎に手を当てた。ただその動作も何処か演劇臭さがあり、ガルムは白い目で見ていた。



「外のダンジョンの間引きが機能しなくなってから、暴食龍みたいなおかしいモンスターが生まれたっていうのが一般的な見解だよね?」

「うぅむ。他にも諸説あるが、一番有力なものはそうだ。……モンスターはダンジョン内の魔力溜まりから、魔石を体に宿して生まれる。だが神のダンジョンが出来てから間引きが行われなくなり、その魔力溜まりがより濃密になってしまった。その結果暴食龍が出現したという説が、先ほどツトム君が言っていたことだ」

「……わざわざ解説せずとも、そのくらいわかる」

「これは失礼」



 白い目で見てきていたガルムは話がわからず困っていたのかと勘違いしていたゼノは、殴りたくなるようなアヒル口をしながら考えた後に疑問を投げかけた。



「だが、ダンジョンから知性のあるモンスターが生まれたとしても不思議ではないだろう? 迷宮都市に潜り込むために人の容姿が必要であることは同意するが、人が関わっているというのは解せないね」

「そうだね、もしかしたら人に化けられるモンスターなのかもしれない。……でも、それだと僕が狙われた理由が尚更わからないんだよね」

「そのモンスターは、バーベンベルク家から表彰されたツトムを見たのではないか? ……その時から迷宮都市に入り込んでいたと考えると、ゾッとしてしまうがね」



 肩を竦めるゼノに少しだけ不機嫌そうな顔をしているガルムの前で、努はうーんと頭を捻る。努はモンスター情報を『ライブダンジョン!』準拠で考えているため、人間に化けられるモンスターというものは今のところ考慮していない。そもそもこの世界独自のモンスターだとすれば、努には予測が立てられない。



「だけどダンジョンから生まれたモンスターにしては、思考が柔軟すぎると思うんだよね。知性があるといっても、生まれてまもないモンスターが司令塔感丸出しのクリスティアを無視して僕を狙うのは、ちょっとおかしくない?」

「それはツトムの恐ろしさを、モンスターが感じ取ったのだろう」

「ガルム。僕は自分の弱さには自信がある」

「……胸を張るところか?」



 どんと胸を張ってそう言い放った努に、ガルムは薄目で責めるような視線を向けた。



「王都に来た僕を見る人たちは、みんな弱そうだなコイツって顔しかしなかったしね。事実そうだよ。それに迷宮都市での評価も今はステファニーと同格だし、暴食龍も黒杖での回復以外は特に何もしてない。クリスティアと比較すれば、どちらを狙うかは明白じゃない? それもあんな無防備で孤立した司令塔なんて、普通は狙わない理由がない」



 先ほどの戦闘でクリスティアは誰も護衛を付けずに一人空に立ち、指揮を執っていた。ただ彼女は白魔道士ではあるが、ダークエルフの身体能力に加えて弓の腕がディニエル以上である。なのでクリスティアは自分が狙われた方がむしろ効率が良いため、あのような隙だらけに見える孤立状態になっていた。


 そんなクリスティアを無視してわざわざ自分を狙う価値があるとは、努には思えなかった。『ライブダンジョン!』で知性のあるモンスターは総じてプライドが高いため、クリスティアには間違いなく食いつく。この世界独自のモンスターだとしても、クリスティアを狙わない理由がわからない。



「だから僕は人の意思があると思う。迷宮都市を視察したモンスターでも、迷宮制覇隊を狙わない理由がないしね」

「うぅむ。私は、モンスターを統治する王のようなものだと仮定する。そしてそれに隷属する、情報を持ち帰れるモンスターがいるのだろう。そのモンスターは迷宮都市に潜伏し、ツトム君の活躍を大袈裟に報告したのではないか? 迷宮制覇隊はあまり迷宮都市に在駐していなかったから、あの場では紅魔団と無限の輪を狙った、といったところか?」

「私はツトムを信じる」

「はっはっは。早くも二対一か」

「知性のあるモンスターが複数いたら、正直このスタンピード勝てる気しないんだけど……」

「カンチェルシア家とバーベンベルク家の協力があるし、他の大手クランもいる。今回は王都も力を入れているし、そこは心配せずともいいだろう」

「あ、こんなところにいやがった」



 先ほどの戦闘を踏まえてモンスターの予想をあーだこーだ三人で話していると、捜し物を見つけたかのような声が背後から聞こえた。


 赤い革鎧を脱いでラフな格好をしているアーミラはそのままどすどすと足音を立てて近づくと、努の顔を見て首を外の方へ揺すった。



「ツトム。話がある。面貸せよ」

「ん? あぁ、わかった」



 ずぼらなアーミラが用件を言わずに自分を呼び出すことは珍しかったが、リーレイア関連の話かと思った努はすぐに応じて立ち上がった。



「あ、ゼノ。悪いけどクランメンバーたちにもこのことは話しておいてくれる? あと、まだ推測の域を出ないから口外はしないようにね」

「わかった。では私の味方を増やしておこう」

「ツトムの推測の方が正しいのだ」

「君の信仰心は中々のものだね……」



 絶対に譲る気のないガルムを見てゼノは嘆かわしそうに首を振り、二人は軽く言い合いをしながら宿屋のロビーから離れていく。そして努もずんずんと宿屋の自室へ進んでいくアーミラへと付いていった。



 ▽▽



「で、話って?」

「まぁ、座れや」

「座るところがないけど?」



 今日取った宿屋の一室が既に散らかっていることに努がうんざりとした様子で尋ねると、ベッドに座っているアーミラは乱暴に自分の隣を叩いた。努が散らかっている衣類や新聞を足でどけて床に座ると、彼女は軽く舌打ちした。



「明日にはくたばってるかもしれねぇんだ。新兵のまま死ぬ前に、ここで可愛がってやろうと思ったのによ」

「……確かに、それは一理あるかもね」



 迷宮都市を出てから努は死の意識をしているので、死ぬ前にやることをやっておいた方がいいとは素直に思った。ただ努はその考えに同意しただけで、今ここでアーミラとどうこうすることは思っていない。



「……は?」



 だが当人のアーミラは努のしみじみとした返しに驚いたようで、いじめられっ子に反撃されたような顔で固まっていた。そして努と目が合うと猛獣を前にしたように慌ててばたばたとした。手に取った毛布を大盾のように構え、その後ろから窺うように努を見下ろす。



「ほ、本当に、やる……のか?」

「いや、何もしないけど」

「は……?」

「それで、用件はなに? リーレイアのこと?」



 脳天気な顔で見当違いなことを言われたアーミラは、殺気に近いものを出しながらぶつぶつと小さい言葉を口にする。そして忌々しそうな顔で努を睨み付け、握っていた毛布を放った。



「あいつのことなんざ、どうでもいいんだよ。用件は、俺の龍化についてだ」

「龍化?」

「そのためにまずは、こっちにこい」



 するとアーミラは再度ベッドを叩いて努を招く。龍化と言われた途端に努はすんなりとベッドへ座り、彼女は少しだけ身を引いて距離を取った。そして何処か納得のいかなそうな顔で、前のめりに話を聞く姿勢になった努を見つめた。



「ユニークスキルは、それから派生して他のスキルを覚えることがあるのは知ってるな?」

「あぁ、うん。何となくだけど知ってる」



 先ほどの戦闘でヴァイスは不死鳥の炎フェニックスフレイムという聖属性付きのスキルを放っていた。それは不死鳥の魂フェニックスソウルというスキルから派生して生まれたものである。


 他にも警備団取締役のブルーノが筋肉鎧マッスルボディからの派生で、筋肉走行マッスルダッシュ筋肉拳マッスルパンチなどが使える。ただその派生は最初に得たユニークスキルを使い込まなければ習得出来ない。



「俺も、最近龍化の派生が使えるようになった」

「へー! 凄いじゃん。王都に来てから?」

「いや、てめぇが八十階層を突破した少し後だ」

「ふーん? なら早く言ってくれればよかったのに」

「コリナで試してたんだよ。それに、お前に対して出来るかもわかんねぇんだ。あんまり期待するんじゃねぇぞ」

「わかったよ。それで、僕は何をすればいいの?」

「俺の近くにいればいい。後ろ向いてろ。……じ、じっとしとけよ。絶対動くんじゃねぇぞ」

「わかったわかった」



 先ほどの動揺がまだ落ち着かないのかアーミラは珍しくしおらしい声で念押しし、努に後ろを向かせた。そして急くような声で促す努にアーミラは口をもにょつかせた後、爪先で自分の首筋にある赤い鱗を掻いて一枚剥がした。


 コリナに試した際は基本的に首だったので、アーミラは努の後ろ髪を左手で少し持ち上げた。だが努のほっそりとした首とうなじを目に入れると、彼女はごくりと生唾を飲んだ。


 首は駄目だと察したアーミラは次に背中を見たが、服の中に手を入れるということを考えただけで顔が熱くなった。



(ちくしょう、こいつが変なこと言いやがるから……)



 少し息の荒くなってきたアーミラはぶんぶんと首を振った後、勢いに任せて努の右手を掴んだ。そして自分の鱗を努の手の甲に押し込み、ステータスカードに新しく現れたスキル名を口にする。



「龍化結び」



 すると努の手の甲にあった赤鱗が薄く輝き始めた。両手で包むように努の右手を握っているアーミラは、どんどんと消費される精神力を感じながらまだ離さない。そして努は何だか内から力が湧いてくるような感覚を味わった。



「龍化結びか。これはどういったスキルなの?」

「……まだ詳しいことはわからねぇ。でも多分、龍化と同じ効果を他人に付与出来るみたいだ」

「へー、てことはLUK以外一段階上昇するの? つっよ」

「いや、今は多分半段階しか上がってねぇ。それに、精神力も気持ちわりぃくらい持ってかれる。もっと使い慣れなきゃ、実戦じゃ使えねぇ」



 普段の龍化より大幅に精神力を消費したアーミラは、どっと疲れたような顔で答える。随分と強い力で手を握られていた努はやんわりとアーミラの手をどかし、空へかざすように自分の手の甲を見た。そこには赤い鱗が一枚引っ付いている。



「おー、これで僕も神竜人かな?」

「……んなわけねぇだろ。龍化結びが解ければそれも取れる」

「へー、ちなみにこれは鱗を付けないと駄目なの? あと、剥がす時痛くないの?」

「あぁ。身体の一部がいる。鱗は、別に数枚くらいなら問題ねぇよ。古い鱗なら感覚ねぇし、爪切るみたいなもんだ」

「あー、そういう仕組みなんだ。これって。それなら問題ないか」



 努はアーミラの首筋を覗き込んでぽっかりと空いている鱗を興味深そうに見ている。急に接近してきた努にアーミラは動揺して耳まで赤くなった。



「見る限り、大分消耗もするみたいだね。それに手が凄い熱かったし、大丈夫? うわ、まだ相当熱いじゃん」

「~~~ッ!!」



 努がアーミラの手を握ると、彼女は言葉にならない叫びを上げた。そして手を振り払うと目を見開いた。



「はぁ!? 大丈夫!!」

「いや、どうしたいきなり。……でも龍化みたいに鍛えていけば上手く使えるようになるだろうし、いいスキルだ。よく習得してくれたね。これを使えるようになれば立ち回りも大分幅が出る」

「う、うるせぇ! もう出てけ! 用件は終わった!」

「へ? いや、まだ龍化結びについて色々聞きたいんだけど」

「これから俺は用事があるんだよ! 忙しいんだ! 帰れ帰れ!!」



 努はまだまだ龍化結びの検証がしたかったのだが、アーミラに無理矢理部屋を追い出されてしまった。ただアーミラは龍化結びで大分消耗した様子を見せていたので、努は休憩したいのだと思って素直に引き下がった。

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