第215話 モンスター軍団
ワイバーンが視界の悪い雲の中を移動してきたこと、これはまだクリスティアも見たことはある。だがワイバーンが背中にオークを乗せていることは、迷宮制覇隊を立ち上げた数百年前から今まで見たことがなかった。
よく見ればワイバーンには上に乗る者が安定出来るように
異例の事態を前にしてクリスティアは動揺したが、すぐに思考を切り替えてまずは一直線に下に降りる。そして追ってくるモンスターにエアブレイズを放とうとしたが、オークを乗せたワイバーンはクリスティアを迂回して下へ向かう。
「……なんか、こっちに来てない?」
「そのようだな」
次々と探索者のスキルで撃ち抜かれていくワイバーンたちは、そのほとんどが無限の輪と紅魔団を狙い付けているように見える。ガルムは努の疑問に頷くと、背負っていた大盾を構えた。
「ダリル、ゼノ、ハンナ、行くぞ」
「はい!」
「任せたまえよ」
「よーし! 行くっすよー!」
無限の輪のタンク四人は散開すると、各自違う色のコンバットクライを放った。ちなみにハンナはコンバットクライを青色に変えようとしているが出来ないので、今は朱色である。
人間であろうと強固な意志がなければ無視出来ないコンバットクライを受けたワイバーンは、すぐに方向転換してタンクの所へ向かっていく。ワイバーンにオークが騎乗しているというのは異例の出来事だが、強さ自体は劇的に上がるわけではない。なので努はタンクを回復出来る位置に馬を走らせようとした。
「うわっ」
だが空から雲で身を隠しての奇襲に加え、次は地面が大きく揺れた。その揺れに馬がパニックを起こし、探索者たちも動揺している。ただ幸い努は地震慣れしていたので、すぐにフライで飛んで地面から離れた。
「全員地面からフライで離れて!」
努は首からぶら下げていた拡声器で指示を出し、近くで体勢を崩していたアーミラに肩を貸して空へ飛ぶ補助をする。フライで空中へ上がった後にアーミラから忌々しげな視線がよこされたが、努は他の者たちの安否を把握することの方を優先した。
乱戦の起きる中で無限の輪のクランメンバーが何処で戦っているかを瞬時に把握した努は、一先ずワイバーンオークと戦っているタンク四人を回復出来る場所へ向かうことにした。
そしてその場から離脱した直後、地面が内部から爆発したように土を巻き上げる。その空いた地面の中から顔を出したのは、サンドワームというミミズのような見た目のモンスターだった。
ガバリとその口を開ければ人間一人くらいならば丸呑みにしてしまうくらいの大きさはあるサンドワームは、他の地面からも次々と飛び出している。幸い無限の輪ではその餌食になった者はいなかったが、紅魔団と迷宮制覇隊では丸呑みにされてしまった者がいた。
「アルマ!」
セシリアに肩を貸していたヴァイスの焦った声からして、恐らくアルマが丸呑みにされてしまったのだろう。努は無限の輪の安否を確認した直後にヴァイスの近くへ向かう。
「地面に潜られる前にサンドワームを足止めしろ。一番、北西。二番、南東。三番、北。サンドワームに呑まれた探索者を救え。他は足止めに務めよ」
サンドワームには柔らかい土を削る歯しか存在しないため、地面に深く潜られさえしなければ丸呑みにされた者でも救出することは出来る。クリスティアの指示で探索者たちはサンドワームに剣を浅く突き刺して足止めし、迷宮制覇隊は丸呑みにされた探索者たちがいる方角へ迅速に向かう。
努もアルマを飲み込んだサンドワームの前に到着したので、大剣を掲げて飛び出したアーミラに注意する。
「中に人がいるから、纏めてぶった切らないようにね!」
「そんくらい、わかってらぁ!」
アーミラは努の指示に大きい声を返し、腹の中で人が暴れているサンドワームに大剣を平面にして叩き込む。その打撃を受けたサンドワームはのたうつように体をくねらせ、地表に上がった魚のように暴れ始めた。ついでに腹の中で暴れていた人も痛そうな動作をしている。
その隙に迷宮制覇隊の部隊長が太い槍を投擲し、それはサンドワームの頭部に見事突き刺さった。部隊長は飛び上がってサンドワームに刺さった槍を持つと、その勢いのまま地面へ目打ちするように突き刺した。
すぐに部隊の者が小回りの利くナイフで手術するようにサンドワームの腹を切開すると、でろでろの液体にまみれたアルマがえづきながら顔を出した。
「さいあく……」
身体全体サンドワームの体液まみれになったアルマは、動く度にぐっしゃぐっしゃと音が鳴っている。その姿には努も同情を禁じ得なかったが、サンドワームの他にも空いた穴からモンスターが湧き出てくるのを見てすぐに切り替えた。
他の所でもサンドワームの足止めと救出に成功していたようで、幸いにも犠牲者は出ていない。助けられた者たちはアルマ同様体液まみれだが、もし地面深くに逃げられでもしたらあとは身動きの取れないままじっくり消化されるのみだ。体液まみれで済んだだけでも救いである。
「総員、セントリアへ撤退。スタンピードの様子がおかしい。この情報を持ち帰る」
空からの奇襲へ合わせたように地面からも奇襲。更には遠くに見えていたスタンピードも王都側から一斉に方向転換し、こちらへと近づいてきている。ただの群れでないモンスターの動きを見てクリスティアはすぐに撤退宣言をした。
「理由はわからないが、モンスターたちは紅魔団と無限の輪の者たちを集中的に狙っているように見える。音楽隊は馬車に乗り、二つのクランを中心に最大限の支援を」
その指示を聞いた音楽隊の指揮者はすぐに指揮棒を動かし、紅魔団と無限の輪がいる方向に音楽を集中させる。
「迷宮制覇隊は音楽隊の輸送後、援護しろ。紅魔団はヴァイスを中心に地表から出る虫系のモンスターを、無限の輪は空から来るモンスターを処理せよ。ただし無理はするな。これは撤退戦である」
クリスティアの指示にいち早く反応したヴァイスは真っ赤に染まった双剣を両手に、割れた地面から湧き出る虫系のモンスターの群れに突っ込んだ。
そしてヴァイスは次々と双剣でモンスターを切り伏せていたが、地面から這い出てきた
「
しかしヴァイスの身体に噛みついていた蜘蛛系のモンスターたちは、一瞬で燃え上がって炭と化した。そして身体の至る所にあった噛み痕はすぐに治癒し、モンスターに囲まれる中で彼は真紅の双剣を振るう。
「メテオストリーム」
そして粘液まみれのアルマも静かな怒りを内に秘めながら、セシリアから借りた黒杖を手に地上のモンスターを瞬く間に殲滅していく。他の近接系アタッカーもヴァイスが開けた穴に続き、モンスターをばったばったと薙ぎ倒していった。
「過労死しそう」
「はい、メディック」
そして空から迫るモンスターの群れを相手にしていたディニエルは、そんなことを言いながら淡々と矢を放っていた。その隣にいる努はタンクたちを回復しながら、狙撃の観測者のようにディニエルの側にいた。
「ツトム、絶対集中して狙われてる。あっち行って」
今のところ探索者だけがモンスターに狙われているという推測は、迷宮制覇隊や音楽隊がほとんど狙われていないことからして合っているだろう。だがその中でも努を狙うモンスターは明らかに多く、ディニエルは疫病神を見るような目をしていた。
「エアブレイズ。何で僕たちだけ狙われてるんだろうね。ヒール。今回のスタンピードで指揮官的なモンスターがいるにしても、目的がわからない」
「ワイバーンも明らかに普通じゃない。矢を避けてくる。オークも防いでくる。面倒臭い」
ディニエルはそう言いながらもワイバーンが避ける方向を予測し、矢を二本放つ。カカッと小気味良い音の後に、ワイバーンのくぐもった叫び声が響く。もう一本の矢を盾で防ごうとしたオークは、そのまま左手ごと持って行かれて落ちた。
そしてモンスターの間を縫うようにして逃げていく馬と共に、
「任せたよ。ガルム」
「あぁ、任せろ」
正直に言えば、努はクランメンバーたちに危険を犯して欲しくはない。だがみんなの能力を考えて最善の行動をする場合は、そういった選択もしなければならない。
努はその内心とは裏腹に
努はあの火竜や暴食龍に対面した時ですら、全く怯えることのない態度で最善の指示を出してくれた。そんな努に殿を務めろと言われたガルムは、むしろ誇らしそうな顔をしていた。そしてそんなガルムを、ダリルは少しだけ羨ましそうな目で見ていた。
「龍化」
「双波斬!」
殿を務めるガルムとヴァイスがモンスターを引きつけている間に、アタッカーたちはどんどんと攻撃を放っていく。次々とモンスターの屍が積み上がっていく中、緑の気体が山なりに飛んで殿の二人に着弾する。
「メディック、ヒール」
ヒーラーである努も自分と仲間を守るために全力で支援回復を行い、モンスターの殲滅に貢献していく。地と空からの挟撃にはまだ手を焼かされているが、それでも十分な速度で撤退することが出来ている。
そして音楽隊が馬車に乗って安全圏まで離脱し、迷宮制覇隊がモンスターに狙われている二つのクランへ援護しに向かう。迷宮制覇隊が加わったことによって、最後尾以外は大分楽になった。
「もう足止めはいい! とにかく逃げろ! スタンピードが来るぞっ!」
「言われなくても逃げるわ!」
次々と地面はひび割れ、空からは雨のようにワイバーンが降ってくる。その後ろからは大波のようなモンスターの大群、スタンピードが迫っていた。迷宮制覇隊と紅魔団のクランメンバーは同時に身を翻し、フライで飛びながら適当な馬を見つけて乗り込んだ。
そして念のためウンディーネと契約した努は彼女に身を守ってもらいながら、殿を務めていたガルムへと近寄った。その努の後ろには紅魔団のヒーラーであるセシリアも付いてきている。
「ガルム、撤退だ。行くよ」
「む、そうか」
「ヴァイス、相変わらず無茶苦茶して……。ほら、撤退です」
「……わかった」
そうして四人も音楽隊や迷宮制覇隊の援護を受けながら、殿から退いた。その後はとにかく馬を走らせ、セントリアへと前線部隊は撤退を余儀なくされた。
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