第214話 そぉぉぉはざぁぁん!!

 セントリアからスタンピードの前線へ向かった団体は、紅魔団、無限の輪、迷宮制覇隊、音楽隊の一部、総勢百名に届くほどの規模だ。その中には料理人や雑務をこなす者などの非戦闘員も含まれているが、それらは迷宮制覇隊から出ている。


 ただ迷宮制覇隊はダンジョン遠征を幾度となくこなしてきただけあって、料理人だろうと戦える者しか存在しない。そして今も馬の世話をしている非戦闘員の男性は、隣にいるオーリと話していた。



「……元々は、あのバーベンベルク家の使用人だったのか?」

「はい」

「そりゃあまた……道理でおかしいわけだ。何で使用人が馬糞の処理に詳しいんだ?」

「バーベンベルク家に代々使えてきた、先代たちの教えです」



 非戦闘員の男は平気な顔で馬糞を纏めて処理しているオーリを見て、乾いた笑みを浮かべた。馬の世話は勿論のこと、馬糞を堆肥たいひとして利用するための処理まで知っているオーリには彼も頭が上がらなかった。


 基本的に迷宮都市のクランは遠征に出ないため、そこの使用人はルーチンワークしかこなせない者がほとんどだ。なので非戦闘員の者たちは手伝いを申し出てきたオーリを突っぱねたのだが、彼女は誰も率先してやろうとはしていない汚れ仕事から手を付け始めた。それから段階を踏んで今は馬の世話をするまでになっていた。


 オーリの立ち振る舞いは使用人の域を出ないものだったが、彼女はその分自分の仕事に特化していた。


 確かに迷宮制覇隊の非戦闘員のように戦闘まではこなせないだろう。だがオーリの基礎体力は高いので外の行軍にも根を上げないし、外だからこそ発生する汚れ仕事も眉一つ動かさずにこなす。教養も身についていて、事務仕事も軽々とこなせる。戦闘をこなせない分、様々な雑務を機械のように素早く正確にこなす者だった。



「汚れ仕事は任せて下さい」

「……あんたをここに置いとくのは勿体ないと、隊長には進言しておくよ」



 異例のスタンピードの最前線という過酷な状況の中でも明るい笑顔を浮かべているオーリに、非戦闘員の男は馬の顔を撫でながらそう言った。


 オーリが誰の管轄でもない汚れ仕事を率先して行って自身の立場を作っていく中、前線組はどんどんと南下していき、途中レオンからの情報を聞きながら進んでいく。そして遂にスタンピードの波が見えるほどの位置にまで到達した。


 曇り空の下に見えるスタンピードの規模はやはり前回より多いが、特筆するようなモンスターは見受けられない。ゴブリンを筆頭にした雑魚モンスターが群れを成して歩いている。


 クリスティアはそんなスタンピードを望遠鏡で眺めた後、すぐに後ろの団体に指示を出した。



「音楽隊は演奏を始めろ。後衛は削れるだけ削れ。他は待機」



 その指示を受けて無限の輪からはディニエルとリーレイアが前に出る。すると何故かエイミーもドヤ顔で前に出ていったので、努はおいおいといった顔をした。



「何でエイミーが前に出てるんだよ」

「ふっふっふ。後衛は削れるだけ削れって指示が出たでしょ?」

「いや、双波斬あそこまで飛ばないでしょ。届いたとしてもそよ風程度だよ」



 双剣士が初めの方に覚える双波斬という唯一の遠距離攻撃スキルは、距離が空くほど威力は減退する。乱舞のエイミーと言われるだけあって双波斬の扱いは一番長けている彼女だからこそ、有効範囲は把握しているはずだ。



「リーレイアちゃん! お願い!」

契約コントラクト――シルフ」



 エイミーの呼びかけへ答えるようにリーレイアの緑髪が舞い上がり、風の精霊である妖精のような見た目のシルフが現れた。そしてシルフはエイミーの頭に乗っかり、操縦するように癖のある白髪を握った。



「……エイミーはシルフと相性がいいの?」

「はい。私と同程度には」

「へー、以前から試してたの?」

「はい。エイミーはシルフと相性が良いみたいなので、契約しながらの立ち回りは練習してあります」



 シルフと指先でハイタッチしているエイミーを横目に、リーレイアもサラマンダーと契約している。



「ただ、他の精霊とはあまり相性が良くなかったです。特にウンディーネはエイミーのことが嫌いなようで、戦闘にまで発展しましたから」

「おいおい、怖いな」

「ウンディーネは元々女性と相性が悪いですし、嫉妬深いですからね。ちやほやされているエイミーが気に入らなかったのでしょう」



 澄まし顔でそう言ったリーレイアは、サラマンダーに指示を出してスタンピードに向けて攻撃を開始する。ディニエルも弓矢を撃ち始めたところで、エイミーも慌てた様子でシルフに声をかける。



「出遅れちゃった! シルフちゃん! 最初から全開で行くよ!」



 その声にビシッと敬礼を返したシルフは、エイミーの頭にある猫耳の間に収まった。そしてエイミーが双剣を抜くと、その刃に渦巻く風が宿った。するとエイミーは周りを巻き込まないように配慮したのか、少し走って距離を取った。



「まだまだ! もっと溜めるよ!」



 その声と呼応するように双剣に付与されていく風を受けて、努は目を細める。その風が強まるにつれて、リーレイアの膝がぷるぷると震え始める。


 そして双剣を重ねて十字の形にしたエイミーは、しっかりと地面を踏みしめて言い放った。



「行くよ! そぉぉぉはざぁぁん!!」

「♪」



 普段のものと比べて何十倍にも巨大になった双波斬は、十字の形のまま放たれた。地面すら易々と削りながらモンスターの群れへと向かっていく双波斬は、シルフのおかげで威力を落とすことはない。そして双波斬はモンスターの群れに届き、竜巻に飛ばされるようにゴブリンたちが吹き飛んでいった。



「ぐえっ」



 ただそんな双波斬を放った反動も大きかったのか、エイミーは綺麗に空中で一回転した後に地面へ落ちた。その柔軟な身体と受け身で怪我はしなかったが、若干苦しそうな声が漏れた。


 だが一級の黒魔道士が放つスキルと変わらないような威力のあった双波斬に、後ろで見ていた団体からも驚いたような声が上がる。双剣士があれほどの遠距離攻撃が出来るとは思っていなかったのだろう。



「どーだ! ツトム!」

「♪」



 地面から飛び起きてシルフと一緒にVサインしているエイミーに、努はやる気のない拍手を送った。その後に精神力を一気に持って行かれ、思わず膝へ手を当ててえづいているリーレイアを指差した。



「威力は申し分ないけど、燃費が悪すぎるよ」

「そ、それは~まぁ、うん! ごめんね、リーレイアちゃん!」

「少しは加減して下さい……」



 精霊の力の源はリーレイアの精神力なので、使用すれば彼女に負担がかかる。ただその兼ね合いをもう少し調整すれば使い物にはなるだろう。軽く舌を出して謝っているエイミーを下がらせた努は、馬に乗った後にスタンピードを眺める。


 今回のモンスターは前回のスタンピードのように数が減っていることはないし、背後に怯えるような動作もしていないように見える。何てことのないただの群れだ。この調子ならば恐らく王都で容易に跳ね返せるだろう。



(暴食龍さえ出なかったら、安心出来てんだけどな)



 暴食龍が出現した原因は、神のダンジョンが出現したことによって外のダンジョンのモンスターが間引きされずに魔力が溜まってしまったことだという説が有力である。その説が正しいのならば、長らく放置されていた南のダンジョンからも暴食龍に匹敵するモンスターが出る可能性は高い。


 そのことは前回スタンピードを経験した者たちは全員わかっているのか、遠くからモンスターを攻撃するだけのボーナスタイムであっても油断はしていないようだった。東西南北への警戒は怠らず、スタンピードからは十分距離も取っている。


 フライを使って上空にいるクリスティアも指揮することには慣れているのか、彼女の指示で団体がまるで一つの生き物のように動いている。彼女の指揮下であれば団体戦に慣れない者でも十分な力を発揮することが出来るだろう。


 そんな状態だからこそ、無限の輪ではガルム、エイミー、ディニエルやダリルなど、人間よりも聴覚が鋭い者たちが微かな異常を察知した。そんな中、ハンナは感覚的に何か来ることを察知していた。



「なんか、ぞわぞわしないっすか?」

「……よく気づいた。よしよし」

「な、なんっすか。急に」

「ハンナは馬鹿だけど、感覚はそこそこいい」

「……それって馬鹿にしてるっすよね!?」



 ディニエルの言葉を自分の頭の中でよくかみ砕いた後にそんな結論に至ったハンナは、緩めていた顔を途端に変えた。そんな視線をディニエルは無視すると、遠距離用の大きな矢を弓に番えて放った。


 そして紅魔団のヴァイスや迷宮制覇隊のクリスティアも異常に気づいているようで、一様に曇った空を見上げていた。



「イーグルアイ」



 ディニエルが先ほど放った矢に視線を移すと、既に何かへ刺さっていた。そして蝙蝠こうもりのような翼を視界に捉えたディニエルは、ワイバーンの群れが空から向かってきていることを告げた。



「総員、撤退準備。後衛はポーションで精神力を回復し、空から来るワイバーンに備えよ」



 すぐに上空からクリスティアの指示が来たので、努はすぐに馬から下りてマジックバッグから青ポーションを出し、ディニエル、リーレイア、エイミーに渡していく。



「……ワイバーンって雲の中飛ばないよね?」

「好んでは入らない」



 雲の中では周りの状況が見えなくなるため、空を飛ぶモンスターは基本的に入らない。もし入るとするならば、視界が遮られる状況でも構わない緊急時くらいだろう。



「だけど、何かに追われているようではなかった。雲であまり見えなかったけど、ワイバーンは多分落ち着いてた。追われていたらもっとうるさい」



 ディニエルはエイミーから受け取った飲みかけの青ポーションを口にすると、少しだけスッキリしたような顔をした。森の薬屋で作られたエルフの長老作の青ポーションなので、飲み心地がいいのだろう。



「……嫌な予感がするね」

「同感」



 ディニエルはそう言うと馬に乗りながら矢を番え、雲の中へ次々と放っていく。既に準備を完了した者たちも順次空へ向けてスキルを放つ。


 そして前線団体が撤退しながら本格的な迎撃準備を整えた頃、厚い雲の中からモンスターが飛び出てきた。



「……何だ、あれは」



 最も空に近いクリスティアから、拡声器ごしの声が辺りに響く。雲から飛び出してきたモンスターは、ディニエルの情報通りワイバーンだった。


 だがそのワイバーンの上には、緑色の肌をしたオークが一匹跨がっていた。左手に盾、右手に槍を持ったオークを乗せたワイバーンは、一直線にクリスティアへと迫った。

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