第213話 勇敢な白魔導士

 スタンピードの前線へ向かう団体は、物資を積んだ馬車を連れながら一日かけてセントリアに到着した。その後はセントリアで半日休息を取った後、クリスティアが全体に指示を出す。そして迷宮制覇隊、紅魔団、無限の輪、音楽隊の一部が前線へと出て、セントリアにはバーベンベルク家と騎士が在駐することになった。


 ただ前線に出る目的はあくまで情報収集で、基本はセントリアでバーベンベルク家の障壁内で戦うことになる。やはり一つの拠点でモンスターを迎え撃った方が効率がいいため、前線は生存重視で立ち回ることとなる。



「それじゃあ、ヴァイスさん。よろしくお願いします」

「…………」



 軽い調子で挨拶をしてきた努に対して、黒髪を長く伸ばしているヴァイスは沈黙する。だがそれは努を無視しているわけではなく、不意に他人から声をかけられることに慣れていないだけだ。紅魔団のクランメンバーに対しては多少喋れるようになったものの、まだ他の者に対しては難しい。


 大抵の者はこの沈黙に耐えきれず立ち去っていくのだが、努は気まずそうに頬を掻きながら返答を待っていた。それから少しして回復したヴァイスは、内心で一呼吸置いた後に答える。



「……あぁ。よろしく頼む」

「はい。お互い不味そうな時は助け合う感じでお願いしますね」

「あぁ」

「あ、でもヴァイスさんって確かユニークスキルで自動回復出来るんですよね? そもそも回復はいるんですか?」

「そこまで、必要はない。……たとえ腕一本なくなろうが、再生する」

「へー、凄いですね! それならヴァイスさんには支援だけでいいですね。あ、でも疲れはしますよね?」

「あぁ」

「ならもし一緒に戦闘する時になった時は、回復の代わりにメディック厚めで立ち回った方がいいですね。あとは……」

「…………」



 腕一本再生するような男を前にしても笑顔でそう提案してくる努に、ヴァイスは困惑しながらも何とか言葉を返した。その後も努はヴァイスのユニークスキルである不死鳥の魂フェニックスソウルについて聞くと、満足したのか立ち去っていった。



(……不思議な男だ)



 普通の者ならば自分の異常さを恐れ、何処か引いたような顔になる。だが努はどうやら自分もただ一人のアタッカーとしか見ていないようだった。それに努からは何処か自分と似た雰囲気を感じていた。


 努は対人恐怖症ではないだろうが、孤独であるということをヴァイスは感じていた。だが一見すると努は仲間に囲まれているし、恐らく一人ではモンスターを一体倒すことにすら苦労するだろう。なので孤独には見えないし、そんな力もないように思える。


 だがしかし、前回のスタンピードで努が一人で戦う力があることをヴァイスは見せつけられた。


 バーベンベルク家の障壁すら打ち破った、暴食龍と名付けられたモンスター。あの場にいる誰もが暴食龍を恐れ、勝てないと瞬時に悟った。だが一番初めに暴食龍へ立ち向かったのは、努だった。



(白魔道士が一番勇敢だとは、思いもしない)



 特に黒杖を使っていた時の努は、自分一人だけでヒーラーをこなそうとしていた。しかも黒杖があるとはいえ、あの状況でそれがこなせていたことにヴァイスは驚いていた。一人で全て受け持っていた努はヴァイスの目から見ると、過去の自分と重なっていた。



「よ、よろろろしく、お願いするっす」



 最初はアルマのことで迷惑をかけたことへの申し訳なさだけだったが、スタンピードを経てからヴァイスは努の人となりについて少し気になっていた。それにあのガルムがついていく者ということも気になる。



「あ、あのー……」



 ガルムもどちらかといえば孤独の道を行く者だった。タンク職が次々と最前線から退く中、彼だけは意地を通し続けた。狂犬の名に違わぬ性格だったはずだ。それが何故あぁも丸くなったのか。



「…………」



 そんなことを考え込んでいたヴァイスは、鳥人の小さな少女が泣きそう目で自分を見上げていたことに今更気づいた。



「…………」

「ご、ごめんなさいっすぅぅぅぅ!」



 思わずヴァイスが見下ろすと、青髪の少女は逃げるように走り去っていった。そんな経緯いきさつを見守っていた努にヴァイスが謝罪するように頭を下げると、彼は微笑して頷いた後にハンナを追いかけていった。


 他にもギルド長の娘にエルフの弓術士、迷宮都市のアイドルなど無限の輪には中々個性的な者が多い。そんな者たちともヴァイスは精一杯の目礼を返していく。


 そして藍色の犬耳と尻尾が特徴的な長身の男は、ヴァイスがユニークスキルを手にする前からの旧友である。だがそんな彼が自分を見る目は、何処か小馬鹿にしたようなものだった。



「ふん、随分と気取るようになったな」

「うるさい、馬鹿」

「格好だけつけたがるお前は滑稽だがな」

「……お前こそ、昔と比べると随分大人しくなった。まるでツトムの飼い犬だ」

「……うるさい、馬鹿が」



 恐らくヴァイスと対等な立場で話しているのは、彼を同じPTメンバーだと認識している努と、旧友であるガルムだけだった。そして痛いところを突かれたのか何も言い返せずに立ち去っていったガルムを、ヴァイスは少しポカンとした後に不気味な笑顔で見送った。


 するとヴァイスはいきなり背中の肉を摘ままれた。振り返ると、そこにはクランメンバーたちがいた。



「ツトムさんとガルムさんとは、よーく喋れますよね」

「そうねー。私たちとだってあんな楽しそうに話さないけどねー」

「……すまん」



 紅魔団のヒーラーであるセシリアとアタッカーのアルマが頬を膨らませているのを見て、ヴァイスはよくわからなかったが取りあえず謝罪した。だがそんなヴァイスの心情を二人はもう理解していたのか、更に不機嫌そうな顔になった。


 努とガルムがヴァイスと対等に話しているということは、紅魔団のクランメンバーたちも理解していた。だがそれは今までとんでもない功績を上げてきた努と、旧友であることに加えて狂犬として名の知れているガルムだからこそ出来ることだということも、理解していた。



「まぁ、俺らも頑張るしかねぇだろ。ひがんでてもしょうがねぇ」

「そーですねー」

「ガキか、お前ら。大人げねぇな」

「…………」



 クランメンバーたちを見て困ったように視線を右往左往しているヴァイスを見て、セシリアとアルマは悪戯の成功した子供のような顔をしている。そんな二人にクランメンバーの男は腰に手を当ててやれやれといった表情をしていた。



 ▽▽



 そうして互いのクランが軽い打ち合わせをしながら前線に行く準備をしていると、丁度一番遠い南の都市へ情報収集に向かっていたレオンがセントリアへと着いた。



「何か新しい情報はあったか?」

「いや、特にないな。モンスターの数も種類も、いつも通りのスタンピードだったぜ」



 スタンピードの現場を実際に見てきたレオンは、クリスティアに情報を伝達していく。だがレオンが言うには前回より規模は大きいとはいえ、それでも以前のスタンピードとそこまで変わらないそうだった。



「ただ、モンスターが都市を通過するのは随分と早かったぜ。事前に人も物も避難させてたとはいえ、都市にモンスターが一匹も残らなかった。それだけ少し妙に思ったな」



 バーベンベルク家の障壁が破られるほどのモンスターが前回のスタンピードで出現したことを受けて、王都も南の民たちには事前に北へ避難するよう勧告している。


 その影響で現在南側の都市人口は半分以下となっているが、それでも残った民は一定数存在する。そしてモンスターに襲われる民は出てくるはずなのだが、驚くことに犠牲者は一人も出なかった。


 クリスティアはレオンの言葉を吟味した後、長い杖を掲げて赤色のフラッシュを上空に打ち上げた。それは前線へと向かう合図であり、早速迷宮制覇隊のクランメンバーたちが行動を開始する。



「そうか。貴重な情報、感謝する。レオン、引き続き情報収集を頼む」

「へーい」



 そう言われるとレオンは数分休憩した後、また自分の足で南の都市へと走って行った。文句一つ言わずに動いたレオンを横目に、クリスティアも長物の杖を手にして早足で拠点へと急ぐ。そしてすぐに指示を出した。



「レオンへの情報を受け取った。特に報告するような情報はないが、こちらも一度出撃する。バーベンベルクはセントリアの障壁を今のうちに準備。騎士は民間人への対処。特に南から避難してきた民には、適切な対処をするように。恐慌が伝染して暴動を起こされては作戦に支障が出る」

うけたまわった」

「はっ! 了解しました!」



 バーベンベルク家当主は既に障壁の準備を始めているようで、無色の大魔石を一カ所に集めている。騎士団長もすぐに部下へと情報を伝達し、迅速に行動を開始していく。



「ヴァイス、ツトム。出撃だ。クランメンバーへと伝えてくれ。音楽隊も一部借りる」

「……わかった」

「了解ですー」



 ヴァイスと努は返事をしてすぐに動き、音楽隊の指揮者である老人も無言で頷いた。

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