第212話 ダークエルフとエルフ

 貴族から改めて移動手段の馬や備品を受け取った無限の輪は、翌日にセントリアへと向かうことになった。その前に努はクランメンバーたちに前回のダンジョン調査で自分の様子がおかしかったことについて、素直な気持ちを話した。


 クランリーダーとして一人でメンバーの危険に全て対処しようとしていたこと。そのことを告げた後に努はコリナを真っ直ぐと見据えた。



「コリナ、君をヒーラーとして見ていなかった。ごめん」

「い、いえ……私は大丈夫ですよぉ」



 頭を下げる努に対してコリナは恐縮したように身体を縮ませてあわあわとしていた。前回のスタンピードでバーベンベルク家の障壁が破壊されて誰もが絶望している中、努だけが動いて指示を出している姿はコリナも見ている。なので努の判断については何も口を出さずに従おうと思っていたため、謝られても困るだけだった。


 だがそんなコリナと対照的にアーミラは苛立ちを露わにして、下げられている努の頭を平手で何度も小突いた。



「てめぇに、守られるほど、俺は、やわじゃねぇんだよ、ボケが」

「ちょ、痛い痛い」

「ヒーラーとしての腕は認めていますが、純粋な力では私に勝てませんよね? 気負いすぎなのでは?」

「悪かったよ」



 アーミラとリーレイアの竜人二人組にも中々厳しいことを言われた努は、観念したように謝り倒した。



「まぁ、そんなことだろうとは思ったよ」

「し、師匠~!」



 そんな努にエイミーは呆れたように首を振った後、仕方なさそうな顔をしていた。ハンナはそんな思いを持ってくれていた努に感動した様子で目をうるうるとさせている。


 そんな調子で自分のスタンピードに対する心情をクランメンバーと共有した努は、少しだけ気は楽になっていた。自分一人で全て判断して実行しようとしていたことは、クランメンバー全員が共感してくれた。



「サクッと片付けて、みんなで迷宮都市に戻ろうね!」

「おーっす!」



 エイミーを中心に迷宮都市への帰還を誓い合ったクランメンバーを見て安心した。ただそれでも何処かクランメンバーを一線引いた目で見ている自分に気づき、努は自己嫌悪した。


 そして翌日からはすぐに馬へ跨がって、南の都市セントリアへと無限の輪は出立した。他にも王都の騎士団や音楽隊の一部、紅魔団も共にセントリアへと向かっていく。


 馬に乗って走りながらヴァイスと軽い世間話をしているガルムを横目に、努は持っている手綱と景色を交互に見ている。努は前回のスタンピード前に馬術は習っていたが、乗ること自体は久々だったので落ちないように集中していた。ただ支給された馬がきちんと教育されたもののおかげか、そこまで苦労することはなかった。


 他にも紅魔団のヒーラーであるセシリアがコリナと話していたり、アルマとリーレイアが喋っていることには関心があった。だが努が最も気になった組み合わせは、迷宮制覇隊のクランリーダーであるクリスティアとディニエルだった。


 二人は揃って並走しているのだが、特に何も喋らず黙っている。それが五分程度続いていたので、努は気になって声をかけた。



「二人は、元から知り合いなんですか?」



 そう努が声をかけると、クリスティアは少しだけ強張っていた顔を緩めた。



「……いや、違う。ただ長老からの手紙で、弓に愛された者が外に出たと聞いていた。一度だけ神台で様子を見たが、素晴らしかった」

「へー、ディニエルってエルフの間では有名だったんですか?」

「元々エルフという種族は、戦いに身を投じる者が少ない。それにほとんどは長老の築いてきた道に沿い、ポーション生成技術を学ぶ者が多い。里に残らず、戦闘を求めて外へ出るエルフというのは珍しい部類に入る」



 クリスティアの言葉にディニエルは少しだけムッとしたように眉を曲げた。



「親に家から追い出されただけなんだけど」

「長老から、君がのんびりした者だということは聞いている。……しかし、エルフの里も見ないうちに随分と変わったものだな」

「それでも貴方は大抵の年長者から嫌われているようだけど。森を捨てたクリスティアの話は何回も聞かされた」

「……そうか」



 その名を聞かされたクリスティアは珍しく無表情を解いて少しだけ眉を下げた。


 数百年前のエルフの里は、今よりも閉鎖的で人間を見下して隔絶していた。そして非常に珍しいダークエルフという戦闘の得意な種族に生まれたクリスティアは、その当時はエルフの里の護衛長を担っていた。元々弓にも愛されていたクリスティアは年長者をすぐに追い抜き、優秀な里の勇者として認められていた。


 ただある時にスタンピードの波がエルフの里にも通り過ぎ、その際に森へ迷い込んできた一人の人間をきっかけに、クリスティアは外へ出ることを決意した。しかし当時の里は森から外に出ることはほとんど許されず、それも戦闘能力に優れたダークエルフのクリスティアとなれば尚更認められなかった。


 それでもクリスティアは死んで森に還った人間のため、無理にでも外の世界へと旅立った。しかしクリスティアはそのことをきっかけにエルフの里から永久追放となり、森を捨てたダークエルフとして忌み嫌われていた。


 そんなクリスティアはディニエルにも何処か罪悪感があったせいか、先ほどから沈黙していた。ただ当の本人であるディニエルは彼女に対して特別な感情はないのか、いつも通りの気力皆無な顔をしていた。



「でも貴方のことは今の長老が認めている。それに私から見てもその判断は正しい。現にクリスティアが迷宮制覇隊を立ち上げてから、スタンピードでの被害は減った。それによって結果的にエルフの里も平和になった」

「……私が森を捨てたことは事実だ。その後エルフの里に不利益を生じさせただろう。あの時の長老は、エルフの長として正しかった」

「そんな昔のことは知らない。私は今の状況と結果を見て意見を言っているだけ」

「…………」



 そんなディニエルのにべもない言葉に、クリスティアは咄嗟に口元を手で覆って横を向いた。クリスティアの目はいつも凍てつく氷のように冷たいものだが、努から見るとその時の彼女は笑みを隠しているように見えた。



「話を聞く限りでは、僕もクリスティアさんは良い行いをしたと思いますけどね」

「……そうか。そう言ってくれるのならば、是非二人とも迷宮制覇隊に入ってもらいたいのだが」

「無理。面倒臭い」

「ごめんなさい。死にたくないです」

「……ディニエルは、そう言うと思っていた。君は自由に生きるといい。だがツトム。君こそ迷宮制覇隊に来るべきだ。その死にたくないという剥き出しの本能が、素晴らしい」



 前回のダンジョン調査の時にクリスティアは努を時折見ていたが、彼だけは常に死の恐怖を感じていたようだった。その感覚は神のダンジョンで死を何度も経験している探索者の中で、本当に稀少なものといえた。


 神のダンジョンを経験した探索者は、自分の命を顧みずに戦う傾向にある。だが外のダンジョンでその意識は不味い。特に多くの者を指揮するのなら尚更なのだが、神のダンジョンで何度も死を経験すれば誰でも命を失うことに慣れてしまうのだ。そのため神のダンジョンを探索している探索者は高いレベルによるステータスやスキルは強力だが、何分背中を預けることは難しい相手だ。


 しかし一度しか死を経験していない努はその分脅威に敏感なため、背中を預けるに値する。もし背中を預けていた者が死んだ場合、努への脅威も上がる。そのため努は背中を預けてきた仲間を必死になって有効的に活用し、最小限の被害で食い止めるだろう。神のダンジョンでは弱さとなる死への恐怖は、外のダンジョンにおいては強みとなる。



「この際だから、単刀直入に言おう。君は一体何が欲しい? 私にはそれが一切わからない。教えてくれ。何があれば迷宮制覇隊に入ってくれる?」



 迷宮制覇隊という団体は以前より規模は落ちたとはいえ、スタンピードの動きを探るために各都市へ情報員がいるほど大きなものだ。そして迷宮都市にもそういった者は複数いて、努のことは深く調べていた。しかし金も栄誉にも興味がなく、女にすらなびかない。男色なのではという疑いもかけられたが、そういったことでもなかった。


 クリスティアに真っ直ぐとした視線を向けられた努が気まずそうに口を一文字に閉じていると、ディニエルが考えるように軽く上を向いた。



「ツトムはいつも何処か胡散臭い。多分エルフみたいに欲が希薄」

「突然なんだよ」

「でも一つだけ本気になることがある。恐らくそれを抑えればツトムは迷宮制覇隊に入るんじゃない」

「ディニエル、それは何だ?」



 すかさず聞き返してきたクリスティアに、ディニエルは同情的な目をしながら答えた。



「神のダンジョン」

「……なに?」

「神のダンジョンについて話すときだけ、ツトムは年相応の顔をする。多分、神のダンジョンに関することが三大欲求より重要なんじゃない」



 神のダンジョンに関連することについて話す努は、ディニエルから見ても楽しそうだ。そのことはエイミーからも何度か聞いたことがあったので、ディニエルはそう答えた。



「今回のスタンピードも、ツトムは結果的に神のダンジョンの攻略に影響が出るからここにいるに過ぎない。貴方のように立派な信念をツトムは持ってない。ただ神のダンジョン脳なだけだよ」

「ディニエルさーん?」

「…………」



 その言葉を聞いて再び口元を手で覆ったクリスティアは、そんな二人を振り切るように馬を走らせた。遠ざかっていったクリスティアを見て、ディニエルは努へ振り向いた。



「ツトムが怒らせた。わたし知らない」

「いやいやいや、明らかにディニエルが原因でしょ。なんだよ、無理、面倒臭いって」

「ツトムも人のことは言えない。まぁ、欲にまみれてないのはいいけど」



 そう言い残してディニエルもかかとで馬の腹を軽く蹴り、速度を上げて去って行った。そんなディニエルを努は目を細めて見送った後にため息をついた。

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