第211話 気の張りすぎ
最南の都市から早馬で流れてきた情報は、ダンジョンではなく外でモンスターが確認されるようになったというものだった。そして更にその情報を詳しく知るため、一先ず迷宮都市最速であるレオンが南の都市へと派遣されることになった。
「いいなー、ツトムは。ブルックリンちゃんと会えて。俺なんて騎士から要件を伝えられただけだぜ?」
「代われるなら代わってくれ」
軽く愚痴りながら荷物を纏めているレオンに、努は心の底からそう言った。そんなレオンは王都でも既に複数の女性と関係を結んでいるらしく、ユニスがブチ切れているらしい。
「何でもいいので情報を持ち帰ってきてくださいね」
「任せとけーい」
レオンはモンスターが出現したという事の深刻さを感じさせない声で返事すると、群がってきたクランメンバー全員へ対応した後に旅立っていった。
レオンが一人で最南の都市へと向かう中、迷宮制覇隊を中心にスタンピードの対策が話された。まだ最南の都市でモンスターが確認されたという情報しかないが、今回は前例のない出来事が起きているスタンピードだ。
普通ならばスタンピードへの対応は王の指揮か、その下にある貴族が指揮を執ることになる。しかし今回のスタンピードは前例がなく、確実に予測しない事態が起こることは目に見えていた。そのため今回は迷宮制覇隊の長という立場で数百年スタンピードを経験してきた、ダークエルフのクリスティアに王が指揮権を委ねていた。
勿論貴族側の反発もあったが、今回のスタンピードについて責任が取れるような器量のあるものはもうほとんどいない。唯一カンチェルシア家が名乗り出たが、王とバーベンベルクに説得される形で引き下がった。
そしてカンチェルシア家を筆頭にした王都の貴族や音楽隊、迷宮都市を統治するバーベンベルク家に大手クランたちの代表者たちが一堂に会した。そんな者たちに囲まれる中、迷宮制覇隊のリーダーであるクリスティアは大きい地図を壁に広げて四隅を留めた。
「今の内に、ある程度の戦力を南へ集める。王都から一番近い都市のセントリア、そこにバーベンベルク家、小規模の音楽隊と騎士団の一部、それと二つのクランに待機してもらう。セントリアを補給地とし、そこからスタンピードの最前線へと向かう」
地図を指差しながら説明をしたクリスティアは、鋭い目で腕を組んでいる黒髪の男性に目を向けた。
「一つは紅魔団だ。ヴァイス。君の力が必要だ」
「……わかった」
単独探索者として名が知れていて、不死鳥の魂というユニークスキルを持つヴァイスは小声を返した。続いてクリスティアは目を細めて地図を見ている者に顔を向けた。
「もう一つは無限の輪だ。ツトム、君の働きには期待している」
「わかりました」
内心そんなことだろうと思っていた努は、周りの真面目な雰囲気を察して淡々とした口調で答えた。ここで嫌々受けたような態度をすれば、王都の騎士にでも叩き切られそうだった。
クリスティアは努から目を離すと、一同を見回しながら口を開く。
「この団体で南から出来るだけ情報を集め、スタンピードの勢いを削ぐ。恐らく他の騎士や音楽隊、金色の調べとアルドレットクロウにも交代で前線に出てもらうことになる。ただ、情報が十分に出揃うまでは強力なユニークスキルを持つヴァイスと、迷宮都市での防衛線で最も貢献した白魔導士のツトムを起用する。今回のスタンピードの規模は、前回のものより多いと仮定している。なので最初は生存を重視し、出来るだけ情報を持ち帰る。そしてスタンピードの規模を把握した後、適切な戦力を割り振る」
そう言ったクリスティアは切り揃えられた銀髪を揺らしながら、唐突に王都の貴族や騎士の目を覗き込むように見つめた。底の知れない深淵のような目を向けられた貴族は身体をびくつかせ、騎士たちは思わず臨戦態勢をとった。
「な、なんだ! その目は!」
「今回のスタンピードは、異例だ。だが前回のスタンピード以上のものだということだけは予測出来る。仲間内で争おうものなら、敗北は免れない。それを理解してほしい」
「な、なにを言うか! 探索者が!」
「…………」
「王都と迷宮都市の確執によって、既に防衛戦に不利益をもたらす出来事は起きている。見たところ、探索者に割り振られた備品の質が明らかに悪い。今はこれだけかもしれない。だがこれを見過ごしていれば、必ず作戦に綻びが生じる。この確執はスタンピードが本格化する前に、改善する必要がある」
そう言ってクリスティアが一歩前に出ると、貴族たちが思わず一歩下がる。そんな貴族の中で一人の女性だけは真面目な顔でクリスティアを見返していた。
「わかっているさ。これは王命だ。貴族や騎士、それに加えて探索者も王都を守る共同体だ。装備の差があるのなら是正させよう」
クリスティアに対して唯一怯えずに返したブルックリン・カンチェルシアは、後ろの貴族に振り返って笑顔を向けた。
「もし今度下手なことをしていたら僕が責任を持って殺すから、覚悟してね?」
「…………」
クリスティアとブルックリンにそう釘を刺された貴族たちは、無言で頷くほかなかった。そうして各団体の代表者を集めた作戦会議も終わり、一部の団体は王都より南にある都市、セントリアへと向かうことになった。
▽▽
「セントリアね、おっけー」
「おー、最前線っすね! 頑張るっす!」
努は重苦しい雰囲気でセントリアに向かうことをクランメンバーに伝えたが、皆はそこまで気にした様子もなくすぐに準備を始めた。そんな様子のクランメンバーを見て努は少し拍子抜けした後、貴族から支給し直される備品の受け取りに向かった。
「む、なら私も行こう」
「あぁ。ありがとう」
その時にガルムが手伝いを申し出てくれたので、努は彼と一緒に外へ出た。それから少しするとガルムは周囲を過敏に気にしている様子の努を見下ろした。
「少し気を張りすぎではないか? それでは疲れるだろう」
「……クランリーダーとして当然のことをしているだけだよ」
道中でガルムにそんなことを言われた努は、澄ました顔で言葉を返した。するとガルムは肩をすくめてため息をついた。
「何か怪しい奴がいれば私が気付く。それにダンジョン調査の時のようでは、集中も長く持たんぞ。少しはコリナを信用してやれ」
「……コリナ?」
「ダンジョン調査の時、ツトムはコリナにもプロテクとヘイストをかけていただろう? あの時は少しショックを受けていたようだったぞ」
「……そうか」
前回のスタンピードと違い、今回はヒーラーがもう一人いる。頭の中で勝手にコリナも支援回復対象に入れていた努は、気づかされたような顔で呟いた。そんな努にガルムも拍子抜けしたような顔をした。
「その様子だと、全て自分でやろうとしていたな。まったく。ツトムは自分の中で考えを完結させすぎなのだ」
「別に、そこまでは考えてないよ。でもやろうと思えばある程度は手が回るから、やっていただけだよ」
「ほう? ではツトムが一人で全て手を回そうとしていたことを、クランメンバー全員に報告しておこう。恐らくツトムは後悔することになるぞ」
「……やっぱり今のなしで。悪かったよ」
確かにエイミーなりアーミラなりが怒ることは目に見えていたので、努は素直に謝罪した。ガルムは腕を組んでよろしいと頷くと、責めるような目で見返した。
「私には、他のクランメンバーたちの心情が全てわかるわけではない。だがツトムに影響を受けて変わり、お前に付いていく者は多いだろう」
初期メンバーのエイミーは勿論、ガルムから見ると避けタンクを教えられたハンナや、龍化を一緒に鍛えてきたアーミラ、最近ではリーレイアもツトムに対してはよそよそしさが消えたように思えていた。それに他のクランメンバーたちも努の活躍を見てクランに加入した者しかいない。
「それに、私もシェルクラブを突破した時からツトムに付いていくと決めている。少なくとも私はお前に付いていくし、背中を任せられる。だからツトムも少しは私を頼れ」
「……わかってるよ」
前回のスタンピード時の黒竜戦を見た時から、ガルムが自分の実力を信用していることはわかりきっている。頼もしい顔でそう言い切ったガルムに、努は苦笑いしながらそう返した。
「それじゃ、備品を貰ったらみんなにも話してみるよ」
「そうするといい。王都に来てからのツトムは、気を張りすぎだ。正直私も話しかけづらかったからな」
「え、そうだったの?」
「時々、ツトムは何処か遠くにいるように思えてしまうのだ。……そのことについて詮索はしないがな」
少しだけ寂しそうな横顔で歩くガルムを見た努は、しかし何も言うことはなかった。
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