第209話 カンチェルシア家の誘い
ブルックリン・カンチェルシアと謁見する際、努は騎士からいくつか忠告を受けた。
何を問いかけられても言葉を発さず、顔を上げないこと。その体勢のまま動かないこと。言葉遣いなども注意を受けたが、中でもその二つは厳守するように言われた。
一般的な貴族にとって神のダンジョンで得られるステータスやスキルという力は、何の媒体も介さずに使用出来るため恐ろしいものだ。魔法ならば魔石を持たせなければ行使出来ないし、一人相手ならばどのような猛者でも騎士たちが囲めば容易に捕縛出来る。
だが神のダンジョンの探索者はステータス値によって驚異的な身体能力を宿し、スキルというものは言葉を口にするだけで行使出来るので貴族は探索者を恐れている。ただ今回の謁見は相手がカンチェルシア家なだけあってか、本来ある口封じの
そして努はぞろぞろとやってきた騎士に囲まれながら、ブルックリン・カンチェルシアの待つ部屋へと通された。厳しい目付きで一挙一動を見張ってくる騎士たちに努はうんざりとしながら、王座のような高い位置にある椅子に座っている者を遠目で見た。
ブルックリン・カンチェルシアが女性であることは、バーベンベルク家の当主から知らされていた。だが事前に女性と言われなければ判断がつかないほど、ブルックリンは中性的な顔と出で立ちをしていた。
服装は長袖のローブと動きやすそうな藍色のズボンを着込んでいて、一見すると貴族のようには見えない。髪もショートカットの黒髪で、別段女性らしい髪型ではない。
(本当に男っぽいな。それで男扱いされたら怒るとか、どういうことなんだよ)
バーベンベルク家の当主からブルックリンと接する時に注意することは聞かされていたが、特に言われたのは彼女を男として扱わないことだった。恐らく代々伝わるカンチェルシア家で異例の女当主ということが関係しているらしいが、詳しいことはバーベンベルク家でもわからなかったらしい。
爽やかな騎士のような見た目のブルックリンを見て努は胡散臭く思っていると、前を歩いていた騎士が立ち止まって振り返った。
「そこで止まれ。頭を下げろ」
騎士にそう命令された努は内心毒づきながら、淡々と片膝をついて頭を下げた。そして騎士二人が左右に陣取ると、ブルックリンが席から立ち上がった。そのまま高価そうな革靴をかつかつと鳴らしながら近づいてきて、努の目の前へとやってくる。
「ぐあっ」
すると突然努の左右に陣取っていた騎士が勢い良く吹き飛ばされた。努が思わず振り向くと、騎士二人は壁へ張り付けにされたような格好になっていた。
努が前を見ると、不愉快そうに眉へしわを寄せたブルックリンはその手に無色の魔石を持っていた。その石が発光していることから、彼女が何らかの魔法を行使していることがわかる。
カンチェルシア家は迷宮都市を統治しているバーベンベルク家同様、強力な障壁魔法を使う貴族として有名である。先ほど吹き飛ばされた騎士二人はブルックリンの障壁魔法によって挟まれ、動けなくされていた。
「余計な気を回すなと、僕は言ったはずだけど?」
「ブ、ブルックリン様!」
「死になさい」
何か言おうとした騎士の言葉を聞かずにブルックリンは手を握ると、じわじわと障壁が狭まり始めた。そして障壁内にいる騎士の身体もどんどんと縮こまり、嫌な音が辺りに響いた。
「たすけてぇぇ!!」
「ブルックリンさまぁぁ!!」
そんな叫び声が上がる中、障壁は無慈悲にも折り畳まれる。その度に無理矢理騎士の身体も折り畳まれ、背筋がぞわぞわとするような音が部屋に響いた。
そして最後にはスクラップを纏めたような形のモノとなり、障壁内は赤い液体で染まって何も見えなくなった。
「僕はツトムと少し話しますから、全員席を外すように。もし邪魔をしたら、こうなるよ?」
「……畏まりました」
そしてブルックリンが手を振りかざすと、人だったモノは騎士たちの手元へと預けられた。障壁によって中身は出ていないが、真っ赤に染まった四角の障壁を受け取った騎士たちは青い顔で部屋を出て行った。
広い部屋の中にはブルックリンと努だけが残った。騎士たちが出て行ったところを見送った努は、ゆっくりとブルックリンへ振り返った。
「僕の騎士が失礼をしたね。貴方の噂はかねがね聞いているよ。あの無愛想なバーベンベルクに、表彰された男だとね」
「…………」
ブルックリンは先ほどの惨状がなかったかのように晴れやかな顔でそう言うが、努の顔色は優れない。すると彼女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「本当は僕が直接会いに行く予定だったのだけれど、何分動きにくい身でね。わざわざこの部屋に来てもらったわけだけれど、本当に僕の騎士が失礼なことをした。バーベンベルク家を迎え入れるつもりで対応をしろと命令しておいたのだけれど、全く」
「…………」
「あれ、興が冷めたかな? ふふふっ。僕にそんな目を向けてくる人なんて、随分と久々に見たなぁ。流石、バーベンベルク家が認めただけはあるかな?」
警戒するような目で瞬時に視線を巡らせた努を見て、ブルックリンは何処か楽しそうに目を輝かせていた。少しの間張り詰めた空気が流れたが、彼女は突然身を翻して歩き出した。
「ならまた、改めてお誘いするよ。今度は失礼のないようにするから、付き合ってね?」
そう楽しげに言って退室していったブルックリンを、努は目で追った。そして彼女が部屋を出て行ったことを確認すると、息を吐いてその場に座り込んだ。
(頭おかしいな……)
ブルックリンは何か勘違いしていたようだが、努はいきなり二人の騎士をむごたらしく殺した彼女を恐れていただけだった。
事前にバーベンベルク家からカンチェルシアの恐ろしさは伝えられていたし、ある程度覚悟してこの場に来た。だが障壁の中で圧死していった二人に、人を殺しておいて平気な顔をしていたブルックリン。それに何も言わず死体を持ち帰っていった騎士、その狂気的な状況に努は呑まれてしまっていた。
ただ爛れ古龍、暴食龍などの圧倒的な力を持つモンスターと対面した経験があっただけに、努は強者と対面すること自体には慣れていた。なのでブルックリンからは努が臆しているように見えていなかった。
(バーベンベルク、聖人だったよ)
異例のスタンピードで障壁が破られた後、バーベンベルク家は民に対してきっちりと謝罪していた。だがもし迷宮都市を統治していた貴族がカンチェルシア家だと考えるだけで、ぞっとしてしまう。恐らく血染まりの障壁がいくつも出来ていただろう。
努はそんなことを思いながらおもむろに立ち上がると、周りを警戒しつつ自分の割り振られた部屋へと帰っていった。
▽▽
ブルックリン・カンチェルシアの第一印象は最悪であったが、あんな手紙を寄越してきた割にはそこまで敵対的でないことはわかった。ただ実際に平然と人を殺すような貴族であることも知ったので、努は取りあえずクランメンバーを部屋に集めた。
そしてブルックリン・カンチェルシアの異常性を話し、あまり目立つ行動は控えるように言っておいた。
「まぁ、ツトムが一番目立ってるから心配はないだろうけどね」
「がんばれ」
「……出来るだけ誰かと一緒にいることにはするよ。二人とも、守ってくれ」
「もち!」
「めんどう」
「頼むよ」
最後に嫌な顔をして返事をしたディニエルに対して、努は肩を落としながらそう返した。
そしてカンチェルシア家の屋敷で一日を過ごした後、迷宮都市から呼び出された大手クランは改めて広間へと呼び出された。
「揃ったようだな。では、現状の説明を始める」
無限の輪、アルドレットクロウ、紅魔団、金色の調べ、そして迷宮制覇隊が集まる中で、カンチェルシア家の騎士が現状のダンジョンについて説明をしていった。
今現在、王都の周りにあるダンジョン内にはモンスターが一切確認されていない。これは歴史を見ても確認されていないことであり、明らかな異常事態である。
この原因については、やはり神のダンジョン出現によってモンスターの間引きが成されなかったということが原因だと考えられている。
安価な魔道具の開発からもう百年は経ち、今では一般の家庭でも魔石を多く使う時代になっている。なので魔石は常に一定の需要があったので、神のダンジョンが出るまでは魔石を体内に宿すモンスターはどんどんと狩られてきた。
しかし神のダンジョンで一定の質が担保された魔石が出るようになってからは、わざわざ外のダンジョンで血生臭いことをしてモンスターから魔石をほじくり返す作業をする探索者はいなくなった。
今までは魔石の需要によって外のダンジョンのモンスターは必然的に間引かれていたが、神のダンジョンが出来てからは一切狩られなくなった。そういった事態は今までの歴史からもなく、そのためこのような異常事態に陥ったのではと推測されている。
「君たちには明日から再度ダンジョンの調査を依頼したい」
カンチェルシア家の騎士団や迷宮制覇隊が既に調査を進めているが、まだこれといった成果は出ていない。なので今回迷宮都市の中でも上位に入る探索者を連れてきて、調査を進めていくということが王都側の狙いだった。
(何が出るかね……)
ダンジョンからモンスターがいなくなっている、という事態については努にも思い当たる節はない。ただ『ライブダンジョン!』に出ているモンスターのことならばわかるので、努は今回どんなモンスターが現れるか頭の中で予測はしていた。
そして現状の説明とこれからの打ち合わせを終え、無限の輪も明日から外のダンジョンの調査に協力することになった。
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