第208話 シェフを呼んでくれ

 迷宮都市から王都へは馬車で二日ほどかかり、必ず一度は野営を挟む。なので朝早くから夕方まで馬車の中で揺られていた努は、沈んでいく夕日を見ながら身体をほぐすように伸ばしていた。


 あれほどはしゃいでいたハンナが景色を見るのに飽きるほど馬車の中にいたが、流石に十一人もいると会話はあまり途切れなかったので退屈せずに済んだ。特にゼノはずっと喋っていたので、隣にいたダリルは生気を吸い取られたような顔をしている。


 野営の準備は主に騎士たちが行っていたが、力仕事はガルムやダリル。細かい作業はオーリやコリナが中心となって手伝っていた。基本的に王都の騎士たちもステータスやスキルの恩賜を受けるため、一度は神のダンジョンに潜っている。だが王都勤務のため、迷宮都市在住の探索者と比べるとそこまでレベルは高くない。


 なので高いステータスを持つガルムやダリルがどんどんと力仕事をこなしていく姿を、騎士たちは少し畏怖するような目で見ていた。そして別の馬車に乗っていた料理人も出てきて、巨大なマジックバッグから簡易的な調理場を作っていく。


 調理場の設営をオーリは手伝っていたが料理については特に手出しはせず、その作業風景をじっくりと見て感心しているようだった。コリナも食べることに加えて作ることも好きだったので、カンチェルシア家が派遣してきた料理人の腕には唸っていた。


 手際の良い料理人たちによってどんどんと料理が作られ、わざわざマジックバッグから出されたテーブルの上に並べられていく。やはりカンチェルシア家の騎士というだけあって、外でも温かい食事が食べられるように様々な備品や人材が備わっているようだ。


 そして無限の輪とカンチェルシア家の騎士や使用人たちが少し離れて食事をしていると、ゼノがスープの入ったお椀を持って突然立ち上がった。



「シェフ! この料理を作ったシェフは何処かね!?」

「……なんだ」

「シェフ! 貴方は以前王都の北で、店を開いてはいなかったかね? この澄んだスープは、懐かしい味がするのだ!」

「……五年前には、北で店は開いていた」

「やはりそうか! あそこには学園時代、世話になったのだ! 手頃な値段で、美味いものがたらふく食べられたからな!」

「私も、お前は知っている。騎士や士官への道を捨て、迷宮都市へ飛んだ奴だろう。話題になっていたからな」



 そんな料理人とゼノのやり取りを皮切りに、無限の輪と騎士たちは軽くではあるが会話をするようになった。ガルムやダリルは先ほどの仕事ぶりから騎士を中心に話しかけられ、オーリやコリナは使用人たちと色々話し込んでいる。


 そんな賑やかな夕食になってきた中、努も騎士の隊長である長身の男に声をかけられていた。



「貴方が、前回のスタンピードでバーベンベルク家に表彰された者か?」

「一応、そうですね」

「……そうか」



 努の噂は王都にも届いていたようだが、彼の成りを見た騎士隊長は疑うような目で見下ろした。確かに努の身体つきは使用人のオーリよりもほっそりとしていて、レベルもそこまで高くはない。そんな努がスタンピードの防衛に最も貢献したと言われても、騎士としてはピンと来ないのだろう。


 努はそんな騎士たちの視線をかいくぐりながら夕食を早めに食べ終えて天幕へ戻ると、吊り下げられている火の魔道ランプの光を頼りに本を読んでいるディニエルがいた。既に身体をお湯で濡らしたタオルで拭いて寝る準備を終えていた彼女は、もうヘアゴムも解いて金色の髪を下ろしていた。



「フラッシュ、バリア」



 本に夢中なのか努が入ってきても特に反応を示さないディニエルを横目に、努はフラッシュを唱えた。本来フラッシュは強烈な閃光を放って目を眩ますスキルであるが、込める精神力を最弱にすれば目に優しい丁度良い明るさに出来る。


 そして光を放つ球体をバリアで包んだ努は、火の魔道ランプの横に吊り下げた。すると先ほどより断然文字が読みやすくなったので、ディニエルは無言で親指を立てた。



「あっちの天幕にも付けてあげるから、そろそろ移動しようか」

「しょうがない」



 女性用の天幕にもフラッシュを設置してディニエルと別れた後、努は自分も身体を拭こうと畳まれていたタオルを手に持った。風呂に入れないというのは中々嫌なものだったが、こればっかりはしょうがない。


 一応組み立て式の風呂というものを努は持ってきていたが、組み立てることは面倒でお湯も準備に時間がかかる。なので一日程度は我慢しようと思っていたが、思いのほか不快だったので今から組み立ててしまおうか迷うほどだった。


 ただ組み立てているところをカンチェルシア家の騎士に見つかると気を遣わせると思い、努は泣く泣くお風呂設置を断念した。努は外に出てオーリが準備していたお湯を貰い、少し離れたところで軽く身体を拭いた。


 そして夕食の片付けも終えて軽く騎士たちと今後について打ち合わせた努は、男性用の天幕に入った。夜の見張りは騎士がやってくれるとのことだったので、今日はぐっすり寝られそうである。



「……どうやら南のダンジョンからモンスターが消えたということは、本当のようだな。モンスターの襲撃がないなど、この時期からして有り得ないからな」

「騎士たちから聞いたところ、ダンジョン内でも本当に一匹も見つからないようだぞ。ふーむ、どういうことなのだろうな」



 ガルムとゼノが騎士たちと話したことで手に入れた情報を元に推測している中、努は色々疲れていたので先に寝床へつくことにした。無限の輪に割り振られた寝床に行くと、先にダリルがすやすやと寝ていた。どうやら昼に延々と続くゼノの話に付き合っていたせいか、疲れていたようだ。


 たまに寝言のような上擦り声を上げながら黒い尻尾を動かしているダリルを少しの間見た後、努も欠伸を一つ漏らした後に布団の中に入って眠りについた。



 ▽▽



 翌日は朝早くから起きて天幕などを馬車にしまい、軽い朝食を食べてからすぐに王都へ向けて出発した。ディニエルやエイミーは朝早くから叩き起こされたせいか、馬車の中でもうつらうつらとしている様子である。



「そうそう。王都の城にな……」



 ゼノには寝起きという概念がないのか、朝から延々と喋っている。そんな彼を中心に馬車の中では会話がなされながら、王都へと向かっていく。


 そして昼になる頃には何事もなく王都へと到着した。ずらりと列が出来ている王都の検問所へと通されたが、カンチェルシア家の紋章を見せるだけですんなりと馬車は通された。



「うおーっ!! デカいっす!」



 馬車の窓に張り付いているハンナは王都で最も目立つ巨大な王城を見て、興奮したように翼をはためかせている。そして翼がはためいたことによる風でディニエルの読んでいた本のページが乱れ、その後ハンナは彼女にアイアンクローを決められていた。


 そんな騒がしい馬車は王都の中心へと進んでいき、少ししてカンチェルシア家の屋敷へと到着した。全員客間へと通されて各自部屋を割り振られ、その後は自由行動となった。


 ただ無限の輪の代表者一名はカンチェルシア家の当主と謁見することになったので、努はクランメンバーたちと一旦別れて騎士に付いていった。



「マジックバッグはこちらで預かる。それと身体検査も行わせてもらうぞ」

「どうぞ」



 流石に当主と謁見する際には装備も許されなかったので、努は装備を詰めてからマジックバッグを騎士に渡した。それから入念な身体検査を受けた後、努は煌びやかで目が痛くなるような内装の部屋で待つように言われた。



「ヒール」



 念のためスキルが使えるかどうか確認した努は、暇になったので机に置かれていた菓子に手を伸ばした。するといきなり部屋の扉が開いたので、思わず手を引っ込めた。そして部屋に入ってきた女性は、見覚えのある顔だった。



「ツトムか」

「……あー、どうも。お久しぶりです」



 迷宮制覇隊という外のダンジョンを中心に活動しているクランのリーダーであるクリスティアは、銀髪からはみ出ている長く尖った耳が特徴的な女性だ。努は飛ばすヒールの指導を行った際、金色の調べやアルドレットクロウの後に迷宮制覇隊にも軽く教えていた。


 彼女はディニエルと同じエルフに分類されるが、その種族の中でもポーションを作成する魔力が存在しないダークエルフである。だが魔力がない代わりに身体能力が長けており、弓の腕はディニエルに匹敵するほどだ。



「クリスティアさんは、どうしてここに?」

「カンチェルシア家の当主に、外のダンジョンについて報告をしてきた。ツトムは、ブルックリン・カンチェルシアに呼ばれて王都に?」

「まぁ、そんなところです」



 そう努が返すと、クリスティアは表情筋一つ動かさずに口を開く。



「彼女は収集家だ。バーベンベルク家が認めたツトムには、興味を持っている。気をつけた方がいい」

「……そうですか。ご忠告ありがとうございます」

「…………」



 すっと口元を手で押さえたクリスティアは、感情が読めない無機質な目で努を見返すだけだった。以前飛ばすヒールについて指導した時も努は思ったが、クリスティアはディニエル以上に何を考えているのかがわからない女性だった。


 そんな彼女とその後も王都について何気ない質問をして時間を潰していたが、相槌すら打たない時があるので正直喋りづらかった。ディニエルの不思議さを割り増しにして根暗にしたようなクリスティアと同じ部屋にいるというのは、中々に気まずい。


 そしてしばらくして騎士に呼ばれた努は若干安心したような顔をした後、カンチェルシア家の当主と謁見するために部屋を出た。

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