五章

第207話 王都に向けて

 その翌日、努は朝から汗を流しながら走り込みをした後、新聞を読んでいた。最近はスタンピード関連の話題ばかりだったが、今日も飽きずにその記事で溢れている。


 どうやら王都からの召集は無限の輪だけでなく、他の大手クランも受けているようだ。アルドレットクロウ、金色の調べ、紅魔団もそろそろ王都に向けて発つらしい。


 それから昨日渡したカンチェルシア家からの手紙について話したいと連絡が来ていたので、新聞を読み終わった努はバーベンベルク家の屋敷へ向かった。そしてバーベンベルク家の当主、長男、長女とこれからのことを話し合っていた。



「召集には応じた方がいい。もしも拒否したのならカンチェルシアは、意地でも君を連れ出そうとするだろう。カンチェルシア家の当主は、欲しいものを手に入れるためには何だってする者だ」

「……そうですか。では、そうします」



 貴族事情に詳しいバーベンベルク家の当主からも王都召集に応じた方が良いと言われ、努は苦い顔で渋々了承した。ただカンチェルシア家にわざわざ名指しで呼び出されるということは、大変名誉なことである。そんな呼び出しにすら苦い顔をしている努に、バーベンベルク家の長男は渋い顔をして説教をし始めた。



「カンチェルシア家からの申し出だぞ? 何故そんな顔をしている」

「すみません」

「…………」



 ただ頭を下げて謝ってきた努に、バーベンベルク家の長男は煮え切らないような顔をしてそっぽを向いた。それから少しして屋敷から立ち去った努は、真っ直ぐにクランハウスへ帰った。



「というわけで、明日から王都に行くことになったよ」



 そして努はカンチェルシア家から王都に呼ばれたことをクランメンバーへ伝えた。前もってスタンピード関連で王都に向かうかもしれないとは言っていたが、カンチェルシア家という言葉にディニエル以外は皆一様に驚いていた。


 特に王都出身のゼノとリーレイアが一番反応を示し、手紙の紋章を見ると本当に驚いていた様子だった。村出身のハンナでもカンチェルシア家のことは知っていたようで、お祭り騒ぎしていた。



「王都に行きたくないって人はいるかな?」

「はい」

「ディニちゃん? 駄目だよ?」



 努の言葉にすぐディニエルが手を挙げたが、エイミーに無理矢理下げさせられていた。



「僕も行きたくないな」

「……ふざけているのか?」



 そして努も自己主張するように全力で手を挙げたが、ガルムに無理矢理下げさせられていた。その他には特にいなかったので、努はげんなりした顔で各自準備をしておくように伝えた。



「おぉー! 王都っすか! あたし初めてっす!」

「わたし二回目ー。コリナちゃんは?」

「わ、私も最近は全然いってないですぅ」

「お城、すっごいでっかいんだよねー」

「おぉー! すごいっすね! すごいっすね!」



 王都にそこまで行った経験のないハンナとエイミーは、楽しみなのか盛り上がっている。そして王都出身であるコリナは若干気まずそうに目を逸らしていた。



「ガルムは行ったことあるの?」

「三度、ギルドの仕事で行ったことはある。この中だと、確かゼノとリーレイアは王都出身だろう?」

「あ! じゃあリーレイア! 王都のこと、教えてほしいっす!」

「は、はぁ……」



 そうガルムが言うとハンナは目を輝かせてリーレイアの腕を引っ張った。おとぎ話をねだる子供のようなハンナに、リーレイア困惑しながらも王都のことを聞かせていた。


 そんな様子を生暖かい目で見ていた努は、ふと口にした。



「そういえば僕も行ったことないんですよね、王都」

「あ、僕もですよ。お揃いですね」



 ガルムの後ろからさっと顔を出して安心したような笑顔を向けてきたダリルに、努は何だか嫌そうな顔をした。



「お揃いって、なんか表現が気持ち悪いな」

「えぇ!? そんなことないですよ?」

「そんなことあるって」

「ないですよ!? ないですよね!?」



 周りに同意を求めるように声を上げたダリルを、ソファーにどっかりと寄りかかっていたアーミラは軽蔑するような目で見上げた。



「お前は女々しいんだよ。気色悪い」

「えぇ……」

「お前見てると、泣かしたくなるわ」

「ツトムさん……。最近いつもこうなんですよ? アーミラさんは」

「うるせぇ」



 そんなやり取りをしているアーミラとダリルを努は何とも言えない目で見ていると、二人の後ろからゼノが出てきて肩に手をかけた。



「二人とも、落ち着きたまえよ。今からこのゼノが! 王都について詳しく説明してあげるのだからな!」

「すっこんでろ。キザ野郎が」

「まず王都とはな……」



 そう言って王都について解説し始めたゼノから、アーミラは耳を塞いで遠くへ離れていった。ダリルはその話に興味があるのか、嬉しそうに垂れた犬耳をひょこひょこと動かしている。


 努も最初の方は聞いていたが途中からゼノの自慢話になってきたので、離脱してオーリのところに行って王都へ向かう準備について話した。ただオーリは事前に準備していたのか、既に全員の荷物を纏めているようだった。



「私も付いていこうと思いますが、よろしいですか?」

「……いや、迷宮都市にいた方が安全だと思いますけど?」

「自分の身くらいならば守れますし、皆さんの帰りをただ待つのは歯痒いです。それに十人での行動となると、雑用の係は必須です。私におまかせ下さい」

「……今回のスタンピードは、大分雲行きが怪しいですよ?」

「ならば、ツトムさんには一層頑張ってもらわねばなりませんね。最善の状態で戦えるよう、私も側で雑務をこなします」



 そう笑顔で言いのけたオーリに、努は観念したような顔をした。そうして無限の輪は翌日王都に向かうため、準備を進めていった。



 ▽▽



「い、いってらっしゃいませ~」



 クランハウスを見習いの者に任せ、無限の輪は全員で迷宮都市の門へと向かう。大体の者たちはいつものように元気だが、その中の二人は大分テンションが低かった。



「だらだらしたい」

「ダンジョン潜りたい」



 ディニエルと努だけは牢獄に向かう罪人のような足取りだった。ディニエルは相変わらずだが努がここまでやる気を見せないことは珍しく、ガルムとエイミー以外の者たちは意外そうな顔をしていた。



「帰ろ、ツトム」

「そうだね」

「ちょっとちょっと!?」

「冗談だよ」



 冗談とは思えないほど真面目なトーンでディニエルと喋っていた努は、面倒臭そうにため息をついた。そんな調子で迷宮都市の外に行くと、馬鹿みたいに大きくて豪勢な馬車が待機していた。そして厳しい目付きをしたカンチェルシア家の紋章が入った甲冑を着ている騎士に案内を受け、無限の輪一行は馬車へと迎え入れられた。



「あたし窓側でいいっすか!?」

「いいよ」

「ありがとうっす!」



 きらきらとした目で尋ねてきたハンナに努が返すと、彼女は大喜びで広々とした馬車の中へ入っていった。他の者たちも適当にぞろぞろと上がり込むと、すぐに馬車は王都へと向かって出発した。


 すると努の隣に座っていたエイミーは、御者台で馬の手綱を握っている騎士を見た後に顔を寄せた。



「歓迎はされてないみたいだね」

「そうみたいだね」



 カンチェルシア家の騎士たちが向けてくる視線は、決して歓迎するようなものではない。だが今回は半年前に迷宮都市を襲った異例なスタンピードに加え、南のダンジョンからモンスターが消えていくなどの不可解な現象も起こっている。なので念のため迷宮都市にも声をかけているわけだが、内心は納得していないのだろう。



(面倒なことにならないといいけど)



 努はそんなことを思いながら、クランメンバーを見回す。ハンナは馬車の窓から楽しそうに景色を眺めながら、背中の羽をぱたぱたとさせている。アーミラはクリーム色の髪をくしでとかしているコリナと、王都について話し込んでいるようだ。リーレイアは暇そうに足を組んでいるが、二人の会話はちゃっかりと聞いている。


 ゼノは鳥が鳴くように矢継ぎ早と喋っていて、それをガルムとダリルは興味ありげに聞いていた。ディニエルは一人腕を組んでうつらうつらと眠りかけている。そして隣に座っているエイミーは努と目が合うと、不思議そうに目を丸くしながら見上げてきた。



「どうしたの?」



 出来るのなら、クランメンバーを王都へ連れ出したくはなかった。まだ規模も不明であるスタンピードの防衛戦に、クランメンバーを連れて行くなどしたくはない。だが表立ってカンチェルシア家に逆らってしまえば、結果的にクランメンバーも危うくなる。バーベンベルク家の後ろ盾があっても、それは変わらないだろう。



「何でもないよ」

「わわっ」



 そう言ってエイミーの頭をぽんぽんと撫でると、彼女は恥ずかしがるように下を向いた。


 クランメンバーは誰一人死なせず、クランハウスへ帰る。そのためならば、顔も知らない人間などいくら犠牲になっても構わない。努はそう心に誓いながら、流れていく景色を眺めていた。

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