第206話 ブルックリン・カンチェルシアからの手紙

 オーリに呼ばれて二階の自室に向かうと、彼女は手に持っていた手紙を机に置いた。



「その手紙は?」

「ブルックリン・カンチェルシア様から、ツトムさんへ宛てたものです」

「ブルックリン……なんです?」

「ブルックリン・カンチェルシア様からです。……よければ説明致しましょうか?」

「お願いできますか。僕はその人を知らないので」



 そんな努の言葉にオーリは信じられないといった顔をしたが、すぐに表情を戻して説明を始めた。



「ブルックリン・カンチェルシア様は、長く血の継承が続いている貴族の中でも、最古と呼ばれている血族であるカンチェルシア家、その当主です。この迷宮都市を統括しているバーベンベルク家同様に、高度な障壁魔法を扱うことで有名です。その腕はバーベンベルク家に並ぶと言われ、王都の守護を王に任されているお方です」

「そうなんですか」

「……封は開けておりませんので、ツトムさんがお開け下さい」

「嫌な予感しかしませんけどね」



 持つ手が震えているオーリから手紙を受け取った努は、そんなことを言いながら封を開けた。その内容は簡素なものだった。



「うわ、怖いなー」



 達筆な字でつらつらと丁寧な言葉が書いてあるが、内容を要約するとこうだ。王都への召集を断るなんて有り得ない。二日後に使者を出すから王都召集に応じろ。


 バーベンベルク家を通して伝えられた王都への召集を断られたのが気に障ったのか、そのことについて毒づいていることが文面からも目に取れる。一緒に入っていた魔石も質は物凄く良いが、怒りでも表しているのか赤いものばかりである。


 努は魔石を回収してその手紙を丁寧に折り畳むと、手裏剣でも飛ばすようにゴミ箱へと投げた。やはり貴族が送ってくるだけあって紙の質がいいのか、それはすとんと入った。



「…………」



 オーリはそんな努の行動を見て息をするのも忘れているような顔をした後、そろそろとゴミ箱に近づいて手紙を拾い上げた。



「……あの、お返事の方はどうされますか?」

「明日バーベンベルク家に行って報告はしてきますよ」

「そ、そうですか……。では、そのように」



 カンチェルシア家からの手紙をゴミ箱へと投げた努を、オーリは怖がるような目で見ながら退室していった。そんなオーリを見送った努は、大きくため息をついた。



(面倒だな)



 ここまで王都側が動いてくるとなると、努も迷宮都市に引きこもるだけにはいかなくなる。それにもし王都がスタンピードによって本当に崩壊してしまった場合、迷宮都市にも影響してくることは間違いない。なので王都への召集に応じて最善を尽くすことが、一番無難な選択であることはわかっていた。


 しかし努はこの世界の人々のために自分の命を張りたくない。前回はエイミーやガルム、カミーユや森の薬屋のお婆さんのために戦っただけだ。一度流れ弾が当たっただけで死ぬようなところで支援回復など、努はしたくもない。


 だが王都の守護を担っているカンチェルシア家という貴族まで出張ってきたからには、召集に応じるべきだろう。しかし努は顔も知らない王都の者が何人死のうが心底どうでもいいので、げんなりとした顔で椅子に寄りかかっていた。


 そして今後の展開を一人であーだーこーだ考えていた努は、ふと思った。



(取りあえず、風呂に入るか)



 一先ず思考放棄した努は自室を出て、そこそこ長い廊下を歩いて二階にある男性用の風呂場へと向かった。この時間ならガルムもダリルも入っていないので、一番だろう。



「やっほ!」

「……何やってるんですか?」

「日々、鍛錬っすよ! 師匠!」

「そーだよ! ツトム!」



 途中片足立ちのままホップステップジャンプして寄ってきたエイミーとハンナは、どうやら訓練をしているらしい。何の訓練かは知らないが、二人は片足立ちのまま拳法家のようなポージングをしていた。


 そのままけんけんで部屋に走っていった二人を見送った努は、着替え場の扉に手をかけた。そして開ける前に、もう誰かが入っていることに気がついた。努はそーっと扉を開けた後、露骨にため息を吐いた。



(アーミラか……)



 着替え場の籠に入っている下着を見てそう判断した努は、不機嫌そうな顔で外へ出た。元々は犬人であるガルムやダリルの抜け毛を嫌って努は一番に入るようにしていただけだが、最近何かと一番風呂を逃すことが多い。


 たまにクランハウスへ泊まるゼノに取られることは、許せる。ガルムやダリルが先に入っていることも、その時に努が出遅れているだけなので別にいい。だがアーミラやディニエルは下の階に降りるのを面倒くさがって二階の風呂場を使うことがあり、その二人に一番を取られることは理不尽を感じざるを得なかった。


 そもそも一階に女性用の風呂場があり、そちらの方が設備も充実している。風呂好きのハンナが大絶賛するほどで、他の女性クランメンバーからも評判が良い。にも関わらずただ面倒臭いという理由で二階の、しかも一番風呂を奪っていくアーミラとディニエルに努は結構不満を溜めていた。ついでにダリルも色々と溜めている。


 ただアーミラに注意すると一緒に入るかと誘ってくる始末だし、ディニエルはそもそも聞く気がない。それでも最近はオーリの活躍で二人の使用頻度は減ってきているのだが、今日一番風呂を取られた努はふてくされたように階段を降りてリビングのソファーに背を預けた。



 ▽▽



 翌日の朝。努はバーベンベルク家の屋敷に向かって、カンチェルシア家からの手紙を渡して概要を話しておいた。その手紙にある紋章を見て戸惑っている門番を置いて、努はギルドへと足を進めた。


 そして昨日の約束通り、ダリル、ハンナ、アーミラ、リーレイアとPTを組んでダンジョンへと潜った。ただ今回は実力を見るだけなので、氷魔石による金策も兼ねて七十四階層へ潜ることとなった。



「で、フレイムアタックは魔流の拳ってことでいいんだよね?」

「フレイムアタックはフレイムアタックっす!」

「はいはい。それで、何であんな自爆行為になったわけ?」



 ハンナが炎の大魔石を抱えていたことからして、魔流の拳であることは間違いないだろう。その威力はメルチョーほどではないが、それでも凄まじい爆発を見せていた。なので実用性は十分あるだろう。



「うーん。なんていうか、魔流の拳は魔石に傷を付けて、そこから魔力を貰う? らしいっす」

「……それで?」



 メルチョーに教えて貰っているにもかかわらず何処か要領を得ないハンナに、努は突っ込みかけたが話を続けさせた。



「それで、その魔力を上手いこと手とか足に集中させるっすけど、それがあたしは出来なかったっす。だから、全身に魔力を巡らせたっす! そうしたら上手く放てるようにはなったっす!」

「その代わりに死ぬと?」

「そういうことっす!」



 ハンナは背中の青い翼を大きく広げ、サムズアップした。死ぬことに対して恐怖をまるで感じていない様子のハンナに、努は大きくため息をついた。



「それじゃあ、今から実際に見せるっす!」

「見せなくていいよ。もう神台で見たからね」

「神台越しと実際に見るとじゃ、迫力が違うっすよ!」

「いや、いいから」



 写真家のようなことを力説しながら近づいてくるハンナの頭を押さえて近づかせないようにした努は、リーレイアへと振り向いた。



「リーレイアは、アーミラにシルフと契約させてるんだっけ?」

「はい。それにツトムさんも精霊とは相性が良いので、お役に立てるかと」

「まぁ、そうだね」



 ハンナ同様ぐいぐいと自分を押してくるリーレイアに、努は苦笑いしながら答える。ただこれから挑む光と闇階層では、精霊魔法を使えるリーレイアは活躍出来る可能性が高い。九十階層主に挑む際にも、精霊魔法が上手く刺さるだろう。


 それに努も神に連れて来られたせいか、精霊との相性が抜群に良い。各ステータス値の上昇に加え、リーレイアの精神力を消費するが精霊魔法も使える。特に精神力を上げるウンディーネはヒーラーにとってありがたく、その粘体を駆使して自動的にモンスターの攻撃を吸収してくれる。


 サラマンダーもサブアタッカーをする際には役立つし、シルフもサブタンクをこなす時に役立つ。ノームは能力上昇的にはいらないが、土人形という実体を出せるので第六のPTメンバーとして使い道はあるかもしれない。


 なのでリーレイアを一軍にすることは十分に考えられる。やはり努自身が精霊との相性が良いということが、大きな要因だ。それがなくともリーレイア自身精霊魔法が使えるので、第一候補には挙がるだろう。



「……はっ。俺はもっと、単純に行くぜ」



 そんな二人に対してアーミラは大剣を見せつけるように掲げると、雪に潜んでいた雪狼を叩き斬った。それを皮切りにモンスターとの戦闘が始まる。



「龍化。パワー、スラッシュ!!」



 龍化したアーミラは背中から生えた翼を解放するようにはためかせ、勢い良く大剣を振るった。その衝撃で地面の雪を吹き飛ばし、その下からわらわらと雪狼が現れる。そして襲いかかってきた雪狼を、アーミラはばったばったとなぎ倒していく。


 以前のアーミラはスキルを使う時はパワースラッシュ一辺倒だったが、他のアタッカーを見るようになってから変わった。そして今自分が使えるスキルを一通り使い込んだ後、またパワースラッシュへと戻ってきた。


 一見無駄な回り道に見えるだろうが、それは違う。以前はその一本しか選択肢がなかったが、今のアーミラにはスキルを使い込んだおかげで複数の選択肢が存在している。それはアーミラの戦闘に柔軟さを与え、一直線だった以前の立ち回りより遙かに成長していた。


 それに前までは制御出来なかった龍化も、今ではカミーユと同等までになっている。翼もしっかりとしたものが生え、ブレスも火竜のように放つことが出来るようになった。


 前回二軍に落ちてから、アーミラの自信は木っ端微塵に砕かれた。それからアーミラは以前に増して努力をするようになり、ユニークスキルである龍化も相まって良いアタッカーとなってきている。



(あとは連携を詰めれば、文句なしだろうな)



 龍化をしていても知性の見える目でモンスターと戦っているアーミラを見て、努は素直にそう思った。めきめきと成長してくるアーミラを努は好ましく思っているし、カミーユの娘ということを抜きにしてもクランに必要な人材として見ている。



「コンバットクライ!」



 ダリルもマウントゴーレム戦後はガルムの下位互換という努の認識を覆してきた。重騎士特有の装備や、ゼノの指導によるコンバットクライの打ち方などで影響力も持ってきている。



(うーん。九十階層主のPTは、どうするかな)



 自爆というデメリットはあるが魔流の拳を使えるようになったハンナに、影響力を持ってきて実力も申し分ないダリル。アタッカーとして成長してきたアーミラに、精霊魔法で遠近こなせるリーレイア。


 全員悪くはない。ただ九十階層主については恐らく情報が少ない状況で戦うことになるので、それを考慮して決めることになるだろう。その場合、誰を選ぶのか。努はそんなことを考えながら、四人の戦闘風景を見ていた。

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