第205話 フレイムアタック
二軍PTを連れてクランハウスへの帰路についた努は、途中ハンナに声をかけた。
「フレイムアタックってなんだよ」
「ふっふっふ。師匠! 遂にあたしも、魔流の拳伝承者となる日が来たようっすね!」
聞いたことのないスキル名を叫んで盛大に爆発していたハンナは、大きい胸を張って怪しい笑い声を上げている。そして次の言葉を今か今かと待っているハンナから視線を外した努は、リーレイアとアーミラを見た。
「二人はいい感じで精霊契約を活かせてたね。その調子で頼むよ」
「ツトム。こいつに一体何を吹き込みやがった?」
「別に大したことは言ってないよ。ただ確認しただけだし」
「……誤魔化すんじゃねぇよ、おい。何でこいつが、いきなり協力的になりやがったんだ?」
はぐらかされたアーミラは気に入らなそうに努へ詰め寄って、答えを強請るように肩へ腕を乗せてきた。そんな密着している二人を見ているリーレイアの視線は、どんどん冷めたものとなってきている。
「少し、離れてはいかがですか?」
「師匠! 無視は酷いっすよ!」
そうして文句を言ってくるリーレイアとハンナをあしらいながら、努はクランハウスへと帰って行った。
その後二軍PTには反省会をさせ、努はまた一人で外へ出た。今日は二軍PTの冬将軍戦を見ることが第一の目的だったが、他にも見ておきたいものがあった。それは現在アルドレットクロウが潜っている、光と闇階層の様子である。
(モンスター自体はそこまで変わってないな。あとは、魔法系が欲しくなりそうかな)
モンスターの様子を見ても『ライブダンジョン!』とそこまで変わりないようで、大体予想通りではある。それにこの光と闇階層では幽体系のモンスターがいるため、魔法系ジョブが活きやすいだろう。
それとダンジョン内が真っ暗な時があったので、恐らく光源は必須となる。それにモンスターもゲームではなかった挙動をすることがあるので、努は一番台をじっと見ながらアルドレットクロウを観察していた。
(やっぱり、アルドレットクロウがぶっちぎりだな)
六十階層の火竜で詰まっていた状況とは打って変わって、アルドレットクロウは今や最前線を走る大手クランとして認知されている。ただ最も多くの人と資金を注ぎ込んでいた大手クランだったので、その結果を努は予想していた。
今まで大手クランと呼ばれていたものの大半は、ユニークスキル持ちを中心としたクランだった。だが三種の役割が広まるにつれ、ユニークスキル持ちの活躍は鳴りを潜めていた。一騎当千の者よりも、役割をこなせる五人がいる方が神のダンジョンでは強くなる。そのことを努はわかっていた。
(シルバービーストは、まだ色々準備してるかんじかなー)
そんなアルドレットクロウと雪原階層で競い合っていたシルバービーストは、元々クラン体制が中規模だったので今は大手クランになるための足場を固めている。それに元々は孤児を受け入れるための資金集めが目的で、氷魔石によって大量の資金と様々な思惑に揉まれている今はダンジョン攻略どころではない。なのでクランとしては停滞している様子であった。
(金色と紅魔団は、まぁ大丈夫だろ。すぐに追い上げてくることはない)
ユニークスキル持ちが在籍している二つの大手クランは、まだ冬将軍を突破するような気配はないので気にしなくていいだろう。ただこの二つのクランも黙って置いて行かれているわけではない。特にユニークスキル持ちであるレオンとヴァイスは、今のところハンナ同様避けタンクとして立ち回ることを練習しているようだ。
だがクランの中心だった二人が変われば、必然的に周りもそれに合わせなければならない。そのため一つのPTとして形になることは、少し先の話になるだろう。
(取りあえず、今の位置につけているなら問題ない。あとは、九十階層主を見てからだな)
努は百階層を一番に攻略するため、九十階層まではアルドレットクロウに先行させる予定だった。いくら『ライブダンジョン!』の予備知識があるとはいえ、この世界特有の知識も備えていなければ百階層まで攻略することは難しい。なので何処かのクランにダンジョン探索を先行させる必要があった。
それに努は出来る限り死にたくなかったので、途中で撤退することの出来ない階層主においては初回突破をする必要があった。そのためには予習が必要となるため、何処かのPTが先に階層主と戦い、その様子を見て予習することは不可欠だった。
現に七十階層主のマウントゴーレムや、八十階層主の冬将軍も事前に神台で予習出来なければ初回突破は無理かもしれなかった。なので九十階層主も先にアルドレットクロウに戦わせ、予習を済ませてから挑む予定である。
(この世界独自のことが追加されてなければ問題ないけど……難しいだろうな)
今まで観察してきたモンスターの挙動や、黒竜の放った黒炎の性質。シェルクラブの犯罪的な美味しさなど『ライブダンジョン!』になかったことは既にいくつも確認されている。なので九十階層主にも何かあるかもしれないので、まずはアルドレットクロウの戦闘風景を見て判断するしかない。
だが今回の九十階層主は、アルドレットクロウよりも先に突破する。そして百階層については神台で予習もせず、ぶっつけ本番で戦う予定である。努も死にたくはないが、やはり百階層は一番に攻略しなければ怖いものがある。元の世界への手がかりのためにも、そこはリスクを取る必要があった。
(百階層には、何かしらあると思うけど……なかったらどうするか)
この世界に来て一番最初に飛ばされた場所は、百階層主である爛れ古龍が住まう忘却の古城である。なので百階層を越えれば何かしらの出来事が起きると努は思っているが、特に保証はない。そのまま裏ダンジョンへの道が開けたりするかもしれないし、そもそも元の世界へ戻ることすら出来ないかもしれない。
(何もなかったら……。どうするかな。いっそ永住……いや、ないか)
この世界は、努にとってとても居心地が良い。『ライブダンジョン!』準拠なので様々な知識が流用出来るし、ダンジョン探索は本当に楽しい、頼れる仲間もエイミーやガルム、カミーユだけではなくなってきた。
だが、この世界は居心地が良すぎるのだ。なので何処か後ろめたさや、恐怖を努は感じてしまう。完全にリアルを見ないようにすることは、『ライブダンジョン!』にハマっていた時も出来なかったことだ。
努は遂に八十一階層まで進んだことを受けて、先の展望を考えざるを得なかった。最近思うことは、そのことばかりだ。勿論ダンジョン探索をしている時や、クランメンバーなどと話している時はあまり浮かんではこない。だが一人になると、そのことばかり考える。
この世界では、努のリアルを知る者は自分以外にいない。その孤独感に努は
(あと、十九階層か……)
そう努は心の中で呟きながら、アルドレットクロウの一軍PTが映る神台を一人眺めていた。
▽▽
無限の輪の一軍、二軍共に八十階層を越え、光と闇階層へと潜れるようになった。それから一軍、二軍は一旦解散し、九十階層に辿り着くまでは自由にPTを組んで進むこととなった。ただボルセイヤーのように突破が困難な中ボス的モンスターがいた場合は、努がまた指示を出すことになった。
「ツトム。組もうぜ」
そのことを夕食前に話すと、いの一番にアーミラが努に迫ってきた。真っ赤な髪が薄く発光していることから、恐らく龍化している。そんな彼女の後ろからリーレイアも、少女のような見た目をしたノームを抱えながらやってきた。
「ツトムさん。精霊たちも契約したがっているので、ご一緒させて下さい」
両手を前に出して抱っこを要求しているノームをぐいぐいと押しつけてくるリーレイアに、努は曖昧な笑みを返すしかなかった。ただやはり前回二軍だっただけに、二人のアピールは強かった。
「師匠! 間近であたしのフレイムアタック、見たいっすよね!?」
「ツ、ツトムさん。よければ僕とも、PTを組みませんか?」
「……あー、それじゃあ明日はそうしようか。じゃあ、コリナは前回の一軍と明日は組んでくれるかな?」
「あ、はい! わかりました」
努に群がる元二軍のクランメンバーを見て若干悲しげな顔をしていたコリナは、その言葉に肩を跳ね上がらせた。そして沈んだ顔で運ばれてきた夕食のチーズドリアを口にすると、はふはふとして幸せそうな顔になった。
元二軍の様子を見て沈んだ様子だったコリナを励まそうとしていたエイミーは、そんな彼女を見て苦笑いしている。するとエイミーの目の前にチーズドリアを掬ったスプーンが差し出された。
「あーん」
「……ディニちゃん。多分これ、熱いと思うんだ」
「ふー」
どうやらエイミーがコリナの方を気にかけていたことを、チーズドリアが食べたいのだと勘違いしてディニエルは気を利かせたようだ。ふーふーと息を吹きかけたディニエルはまたスプーンを差し出した。
まだ内部が明らかに熱いだろうなとエイミーは思ったが、ディニエルと目を合わせた後に仕方なく口にした。
「あふっ、あひゅい!」
「知ってた」
「やっはり!?」
そして猫舌のエイミーは案の定悶え、ディニエルは澄ました顔で水を飲んでいた。ようやく口の中で大災害を起こしていたチーズドリアを飲み込んだエイミーは、怒ったようにディニエルの肩を小突いている。
「どうやら、ダリル君にもスポンサーが付きそうだぞ。良かったではないか」
「……どうだろうな。あいつは、目立てば目立つほど萎縮するぞ。問題はないのか?」
「あぁ、ダリル君にはそもそも演技をさせていないからな。彼の新鮮な反応というのも、人気の一つということだ。むしろ、その反応に慣れてくる頃が問題となるだろう」
そんな中、ガルムとゼノはダリルのことを話し合っているようだ。今のところダリルは両方に指導を受け、ガルムの実力とゼノの人気を引き継ごうとしている。そしてその指導は実を結び、最近は実力に加えて人気もどんどんと出てきていた。その証拠に最近はファンクラブも出来て、影響力が増してきた。
「やはり、コンバットクライの色替えというのは有効なようだな。あれだけでも今は個人として見てくれる。ガルムもしたら良いのではないか?」
「……私は、そういうものは好かん」
「弟子から学ぶこともあるだろう?」
腕を組んで眉間にしわを寄せているガルムに、楽しげな顔をしているゼノはその後も夕食を食べながら話し合っていた。
そして夕食が一段落して各自のんびりとした時間を過ごしている中、努は隙あらばじゃれてくるノームを背中に乗せながら新聞を読んでいた。原材料は土なのにどうしてこうも髪がさらさらとしているのかと努が思っていると、後ろから声をかけられた。
「ツトムさん。少し、よろしいでしょうか」
すると夕食の片付けを終えたオーリが、片手に手紙を持って尋ねてきた。その手紙に押されている格式ばった紋様の判子を見て、努は少し顔を顰めながら応じた。
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