第204話 甘すぎた優しさ

 それから無限の輪は二軍PTにも冬将軍を突破させるため、まずは各々の役割に別れて練習することとなった。その中で努はコリナに二軍PTでダンジョンに潜らせてその様子を観察した後、クランハウスで彼女と話し合っていた。



「コリナは、少し優しすぎるかな」

「……はい?」



 突然そんなことを言われたコリナは、小動物のようにくりくりとした目で努を見返した。



「見ていた感じだと、特に回復が過剰だね。少し回復スキルを減らしてみようか」

「そうですか……?」

「うん。コリナは誰かが傷ついたらすぐ回復してるし、ハンナにも癒しの光を使い過ぎてる。冬将軍戦でも回復でヘイトを稼ぎすぎたって自覚はあるでしょ?」

「はい……」

「なら、まずはそこからだね。確かに支援回復を多くすれば味方も楽だろうけど、結局コリナが狙われて死んじゃったら意味がない。そこはPT内で話しておこうか」



 他人の死を予測出来るほどの目ならば、当然味方がどれほどのダメージを負っているかなどもわかるだろう。それがわかるからこそ、コリナは味方へ完璧な回復を行える。しかしそれが完璧過ぎた故に、冬将軍戦ではヘイトを稼ぎすぎて死んでしまった。


 そのことについてはタンクであるダリルは気づいていなかった。だが恐らくハンナは戦闘中には気づいていただろう。現に努と組んでいた時より、動きは何処か余裕があるように見えた。


 しかしハンナは自分が楽をするために反省会でわざとそのことを言わなかったわけでもない。ハンナは戦闘中にコリナの過剰な支援回復には気づいているだろうが、戦闘が終わればすぐに頭から抜けているだけだ。



「あとは、ちょっと神の眼を意識しすぎかな?」

「すみません……」



 それとコリナは無限の輪の中でも一番神の眼を意識していて、たまに戦闘中ですら気を取られていることがある。そのことを努が指摘すると、コリナは恥ずかしそうに顔を赤らめながら下向いた。


 ただ一桁台の神台は少なくとも千人以上は視聴者がいるため、コリナのように意識してしまうのも無理はない。それにコリナだけでなく、ダリルやハンナもたまに緊張していたり意識してしまうことがあったりする。



「エイミーとコンビでも組んでみる?」

「へぇ!? そんな、恐れ多いです!」

「じゃあゼノは?」

「いや、お断りします」



 ゼノとのコンビを提案した途端に真顔で否定したコリナに、努は苦笑いを返した。



「まぁ、そこはPTリーダーのダリルと話し合いだね。……あっちもあっちでガルムにボロクソにされてるから、少しは優しくしてあげようか」



 ダリルも今はクランハウスのリビングでガルムと二軍PTについて話し合いをしている。そして厳しいガルムに問題点をずらずらと指摘されて半泣きになっているところであった。



「はい。……いや、ダリル君は凄い頑張ってくれているんですよ。アーミラとも何とかやってくれていましたし、ハンナにも根気良く作戦を教え込んでいましたから。それに、私より大分年下ですし……」

「うん。アーミラと同年代とは思えないほど、良く頑張ってくれてるね。でも今の二軍PTだと、リーダーをやれる人がダリルしかいないからね」



 ハンナは論外で、アーミラとリーレイアはどちらかがリーダーになってしまうとPTが成り立たない。なのでPTリーダーは自然とダリルかコリナに絞られ、今回はマウントゴーレム戦で経験のある彼に委ねられた。



「コリナも冬将軍を越えられたら、PTリーダーをやってみるのも悪くないね。だけど今回はサブリーダーとしてダリルを支えてもらいたいかな」

「はい。頑張ります」

「うん。他は特に問題はないし、むしろ前より良くなってきてる。それじゃあ回復スキルの削減と、神の眼については少し意識してみて」

「はい」



 コリナは努に渡された資料を受け取り、しっかりと頷いた。それからコリナは各自の反省会が終わるまで、努とヒーラーの立ち回りについて話し込んでいた。


 ヒーラーとタンクが各々話し込んでいる間、当然アタッカーでも話し合いの場が設けられていた。そしてアーミラとリーレイアが不仲であることを以前から何となく察していていたエイミーは、頑張って場をとりなそうと気合を入れていた。


 だがそんなエイミーの気持ちとは裏腹に、二人の話し合いは平和だった。



「アーミラ。シルフを扱うことは特に問題ありませんね?」

「……あぁ」

「なら当面は問題ないでしょう。あとは冬将軍で実戦経験を積んでいくのみです」



 リーレイアは以前と違いアーミラへ協力的となり、自身の戦力でもあるシルフすら貸し出すほどだった。以前の雰囲気とは違うリーレイアにエイミーはぽかんとしていて、ディニエルは眠そうに欠伸をしている。


 リーレイアは自身の復讐方法を再確認してからは、アーミラに対して協力的になった。そもそもまずは二軍で成果を出さなければ、一軍になどなれるはずがない。なのでリーレイアはユニークスキル持ちのアーミラに、相性の良い精霊を契約させることに協力していた。


 それに以前まで持っていた龍化しているアーミラへの恐怖も薄まり、動きを鈍らせることはなくなった。何か憑き物が取れたような表情をするようになったリーレイアに対して、他のPTメンバーたちも驚いていた様子であった。



「……んー? 大丈夫かな?」

「はい。ご心配をおかけしてすみません。早急に冬将軍突破を目指して、こちらも精進します」

「あ、うん!」



 以前から何処かリーレイアに対して嘘臭さを感じていたエイミーは、彼女の仮面が剥がれたような笑顔を見ておずおずと頷く。そしてその後もリーレイアとアーミラはエイミーを中心に話し合いを進めていった。



 ▽▽



 そうしてコリナの過剰な支援回復やアタッカー同士の確執が解消された二軍は、一つのPTとして上手く纏まってきた。特にアーミラとリーレイアのわだかまりがなくなったことは、PTリーダーのダリルにとっても良い影響をもたらしたようだ。



「おい、てめぇ。なんかいつもより動き良くねぇか?」

「へ? そうですかね?」

「手、抜いてたんじゃねぇだろうな……」

「抜いてませんよ!」



 アーミラの言葉が心外だと言わんばかりにダリルは黒い犬耳を立たせようとしているが、垂れ耳なので軽く動く程度で終わっている。だがアーミラの指摘通り、ダリルのダンジョン探索での動きは良くなっていた。


 ダリルは元々臆病な性格なので、PTの空気が悪いと無意識に萎縮してしまう。だがアーミラとリーレイアのよくわからない距離感が解消されたことによって、ダンジョン探索に集中出来るようになっていた。



「ハンナさん……? その、大丈夫ですか?」



 そして努の指摘を受けて癒しの光の頻度を減らしていたコリナは、戦闘後にハンナが疲れていないか確認した。するとハンナはケロッとした様子で振り返った。



「ん? 別に大丈夫っすよ?」

「あ、そうですか……」



 癒しの光の頻度は努に言われて大分減らしていたのだが、ハンナはまるで気にしていないようである。そんな様子のハンナを見てコリナはちょっぴり傷ついたが、特に何も言うことはなかった。



「こいつ、ちょろちょろとうぜぇな」

「そう思えば思うほど、シルフは動き回りますよ。悪戯が大好きですから」

「♪」



 風の精霊であるシルフは、アーミラの頭に乗って長い赤髪を操縦するように引っ張っている。だがユニークスキル持ちであるアーミラは精霊契約による能力上昇が普通の者よりいいため、あまりシルフを無下に出来ないようだ。


 アーミラはまだ努のように精霊魔法までは使えないが、AGIが一段階上昇するだけでもメリットとしては十分である。更に自身のスキルであるエンチャント・フレイムで冬将軍の弱点をつけ、リーレイアもサラマンダーが使えるためそこまで立ち回りに支障は出ない。


 だがアーミラは突然協力的になったリーレイアを不審がっているようで、あまり気は許していない様子である。ただ以前の無言空間よりかはマシになっていた。


 そして準備を整えた二軍は、再度冬将軍に挑んだ。ただやはり二度目でもコリナは冬将軍のヘイト管理に苦労していて、支援回復が中々上手く回らず厳しい戦いを強いられた。



「ディフェンシブ」



 だが厳しい状況下の中ならば、限界の境地が使えるダリルが輝く。それに前回冬将軍と長い間戦っていたので、戦い方もわかってきていた。



「エイミーさん直伝の、強奪っす!」



 そしてハンナもエイミーに教えられた方法で、三回目にして刀を強奪することに成功していた。ちなみに一回目、二回目は失敗して撫で切りにされて死んでいた。


 だがコリナが生きているし、ハンナが死ぬ予兆はありありと見えていたので蘇生は早かった。



「だあぁぁぁ!! 邪魔くせぇ!」

「♪」



 アーミラはシルフの悪戯に翻弄されてはいたが、ダリルが安定したタンクを務めているので問題なかった。リーレイアも龍化したアーミラを恐れることもなくなったため、普段通りの遠近兼ね備えたアタッカーとして活躍していた。


 冬将軍の体力を削って巨大馬が出た後も、あえて一つに纏める形で戦闘は続いていく。そして最後には炎の大魔石を両手で抱えたハンナが、巨大馬に乗っている冬将軍に突撃した。



「フレイムアターック!!」



 ハンナはまだ魔流の拳を使いこなせていない。だが魔石から得た魔力を外に放出するということだけは、メルチョーの指導で習得していた。


 ハンナは炎の魔石を抱え、冬将軍もろとも爆発四散した。最後の攻撃が自爆という嫌な顛末となったが、無限の輪の二軍PTも危なげなく冬将軍を突破した。


 その頃にはアルドレットクロウの二軍PTも八十階層は攻略出来ていたが、それでも探索者の枠で見るならば四番目に突破したことになる。なので観衆たちも拍手するくらいには無限の輪の二軍PTを評価していた。


 それと最近はダリルのファンクラブも出来ていて、彼も影響力を持ってきていた。そのためスポンサー依頼が来るのでは、と迷宮マニアの間ではささやかれていた。



「お疲れ様」

「ありがとうございます」



 神台でその冬将軍戦を見ていた努は、八十階層から帰ってきた二軍PTに声をかける。するとリーレイアが澄ました顔ですぐに返事をした。後ろにいるダリルは安心したように胸へ手を当てていて、冬将軍が死んだ後に蘇生されたハンナはしたり顔をしていた。

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