第201話 クレイジーサイコ竜人

「さっきは、悪かった」

「…………」



 冬将軍戦の反省会で先に謝ってきたアーミラに対して、リーレイアは疑るような目を向けている。自分勝手ですぐ暴言を吐き散らす以前のアーミラとは思えない口ぶりに、リーレイアは苛々するように首筋の鱗を掻いた。



「何なのですか。貴女は。不愉快です」

「……あ?」

「まるで牙を抜かれた竜ですね。神竜人が聞いて呆れる」

「あぁ!? 喧嘩売ってるなら買うぞ!」

「ま、まぁまぁまぁ! 落ち着いて下さい!」

「ふざっ、離せクソ犬! こいつから喧嘩売ってきたんだろうが!」



 今にも飛びかからんとしたところをダリルに押えられたアーミラは、赤色の鱗を僅かに光らせながら叫ぶ。



「前々から、てめぇは俺とやり合いたそうだったよなぁ!? ちらちら嫌な視線よこしてきやがって! 今ここで相手してやるからかかってこいや!」

「……契約コントラクト―サラマンダー」

「リーレイアさん!?」

「上等じゃねぇか! かかってこい!」

「ちょっ、本気っすか!? 待つっすよ! 危ないっす!」



 サラマンダーを出すことで答えた殺意溢れるリーレイアに、ハンナも大慌てて止めにかかる。そうして大騒ぎをしていると、エプロンを着用したオーリが様子を見に来た。



「どうかされましたか?」

「オーリさん! ツトムさん呼んできて下さぁい! 喧嘩です!」

「……はぁ。アーミラさん。今すぐ止まらないとご飯抜きにしますよ。洗濯物も自分で洗って、部屋も掃除させて、最後にはツトムさんに言いつけます」



 呆れたように腰へ手を当てて低い声で言ったオーリに、アーミラはぐぬぬと歯軋りする。ディニエル同様だらしないアーミラは何かとオーリの世話になっているので、あまり強いことは言えない。もし逆らったら更に面倒なことになることは目に見えていた。


 暴れることを止めたアーミラに再度ため息をついたオーリは、サラマンダーを肩に乗せているリーレイアにも顔を向けた。



「リーレイアさんも、少し落ち着いて下さい。今日はもうお疲れでしょう? なので戦うにしても今日はきちんと休んで、最善の状態で後日勝負した方がいいかと思いますが」

「ビャー」



 リーレイアの殺気を受けても柔らかい笑顔を浮かべているオーリと、肩に乗りながらその意見へ同意するように顔を覗き込んでくるトカゲのサラマンダー。そんな一人と一匹に提案されたリーレイアは、底冷えるような無表情で殺気を霧散させた。



「……ちっ。勝負はお預けだ」

「…………」



 昔のアーミラならば、そんなことなど関係なしに突っ込んできただろう。しかしクランハウスの管理をしている、何の力もないであろうオーリにすら止められる始末だ。リーレイアは思わず舌打ちし、そんな彼女の行動にハンナやダリル、コリナは驚いた顔をしていた。


 そうしてお互い殺気立ちながら言い合った後、びくびくしたダリルを中心に再度反省会が行われた。そんな中リーレイアに呼び出されたサラマンダーは、やれやれといった様子で首を振っていた。


 それから反省会を終えて夕食を食べた後、努はダリルから二人が仲違いしているとの報告を受けた。



「リーレイアとアーミラ、後で僕の部屋に来るように」

「……はい」

「ちっ、わぁーったよ」



 そしてリーレイアとアーミラは努に部屋へ呼ばれていた。険悪な雰囲気の二人を自室に入れた努は、困ったように鼻頭を揉んでいた。



「リーレイア。話し合いじゃ、どうにもならなかったの?」

「…………」

「まぁ、それはいいや。それで、二人は明日勝負するってことで話が纏まったわけ? 勝負っていうのは真剣勝負?」

「そうだ」

「何でお前は楽しそうなんだよ。お前が他の人に迷惑をかけてきたことは事実だからな。反省していることは知ってるけど、少しは態度を改めろ」



 努の半目で睨みながらの言葉に、アーミラは拗ねたように横を向いた。



「うるせぇ。てめぇには関係のないことだ」

「僕クランリーダーなんですけど?」

「細けぇこたぁいいんだよ。俺とこいつが一発やり合えばそれで解決する。てめぇも話し合いなんかじゃ納得しねぇだろ?」

「……こちらとしては、望むところです」



 アーミラの売り言葉を買ったリーレイアに対して、努は非常に冷めた目をしていた。



「……ふーん。じゃあちょっと、アーミラは席を外してくれる? 少しリーレイアと二人で話したいからさ」

「あ? まだ話は終わって――」

「いいからいいから」



 努は有無を言わさずアーミラの背中を押して部屋を追い出し、盗み聞きされないようわざわざリビングにまで連れ出してダリルに監視を命じた。


 そしてリーレイアの待機している自室に帰った努は、厳しい目で腕を組んだ。



「リーレイア。アーミラと真剣勝負するまで事が進むなら、悪いけどそれより先に君の除名を考えるよ。絶対殺す気なのが目に見えてるし」

「殺す気など、ありません」



 努の言葉に対してリーレイアは恐ろしいほど無表情だ。だが努も気圧されず、負けず劣らない顔をしていた。



「アーミラのクランは僕も見たことがあるし、リーレイアの収まらない気持ちはわかる。だから僕はリーレイアがアーミラを実力で追い越して、嫌味でも言いながら見返すくらいなら構わないと思ってるよ。でも真剣勝負までしでかそうとするなら、僕は君を除名する」

「…………」

「アーミラは僕が手塩にかけて育ててきたアタッカーだし、親のカミーユさんにも恩がある。だから真剣勝負をして万が一にも殺されたら、僕が困る」

「……そうですか」



 淡々とした声で呟くリーレイアに対して、努は不機嫌そうに目を細めた。



「そもそもアーミラと真剣勝負して、勝って見返したいならさ。何でリーレイアは無限の輪に入ってきたの? ……最初は僕も正直、リーレイアの演技には騙されてたけど、でも途中からその目的には気づいていたよ」



 最初はリーレイアの真面目な態度と、アーミラの気にしていない様子を見て彼女をクランに入れた。だがその状況を見てリーレイアの裏に見えるドロドロとした感情には気づいていた。



「リーレイアはわざわざアルドレットクロウの二軍を捨ててまでこのクランに来て、ここで一軍になってアーミラを見返してやるっていう気概があった。それならクランメンバー同士の良い競争になるし、その考えも僕は嫌いじゃない。だからクラン加入を許可した」

「…………」

「だけど今は、真剣勝負に逃げようとしてるよね。目的を見失ってない?」

「……本当に、良くお分かりで」



 そんな努の断言するような言葉を聞いて、リーレイアは苦笑いする。そして疲れ切ったような声を漏らした。



「正直、疲れてしまったということもあります。このクランで一軍を取るということは、少なくともエイミーかディニエルに勝たなければいけません。それよりかは、アーミラを直接下した方が楽ですから」

「でも直接勝負で勝つよりも、リーレイアが一軍取った方がアーミラは絶対悔しがるよ。リーレイアも見たでしょ? アーミラが冬将軍攻略で一軍に選ばれなかった時の顔。僕はあの顔を見てから、ようやくリーレイアの目的に確信を持てたんだよ。多分、あれ以上の屈辱はアーミラにとってないと思う。良くこんなこと思いついたよね。天才かと思ったよ」

「……正直、こういったことで褒められても全く嬉しくはないのですが」

「まぁ、褒め言葉ではないよね」

「私も貴方のような人は、初めてです。話していると、私は自分に優しくなれます」



 リーレイアは自虐するように感情の乗っていない小さな笑い声を上げる。そしてため息を吐くと、絞り出すように語り出した。



「私は、騎士の家系に生まれました。ですが私は、騎士ではない。何分こんな性格ですので、その資格がないのです。……もし正々堂々とした騎士ならば、既にアーミラを許しているでしょうしね」

「そうかもね」

「ですが……私は一軍に選ばれなかった時の、アーミラの顔を見たとき……ぞくぞくしました。あの目が自分に向けられたと思うだけで、鳥肌が立ってしまいました。そういう醜い生き物です。私は」

「今の話を聞く限り、もうアーミラのことを見下したいだけだよね」

「……そうかも、いえ、そうですね。私は過去の仲間のことなんてどうでもいいんです。ただ、今のアーミラに腹が立つ。何故、今の彼女だったなら、私は付いていけました。仲間たちも付いて行けていましたよ。……だから私は、貴方にも嫉妬していますよ、ツトムさん」

「……それはちょっと予想していなかったな」



 おどけたように言う努に対して、リーレイアは片手で目を覆いながら言葉を続ける。



「竜人にとって、神竜人は特別なのです。しかしそれを抜きにしても私は、アーミラに魅力を感じていた。だからこそ付いていきたいと思って、頑張りました。ですが、もし……あぁ、無駄ですね。仮定の話です」



 リーレイアは言葉を切って覆っていた手を下げる。その目は嫉妬に燃えていた。



「でもこれだけは言わせて下さい。ずるいですよ、貴方は。何故アーミラにあそこまで尊敬され、好かれているのですか? 私だって、アーミラと仲良く話せるなら話したい。謝罪を受けた仲間たちのように、全て水に流せたら、どれだけいいことか」

「別に今からでも遅くはないと思うけど?」

「無理なんです。私には無理です。もう全部ぐちゃぐちゃで、殺したくなるほど好きなんです。尊敬してるけど嫉妬してるんです。私は一度、アーミラに勝たないと駄目です」

「それじゃあ早く一軍にならなきゃね」

「……一回だけ、一回だけアーミラと戦わせてはくれませんか?」

「いや、殺したくなるほど好きって言っておいて、それは流石にないでしょ」

「…………」



 努の返しにリーレイアは顔を真っ赤にして俯くだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る