第200話 精神論
反省会は一軍二軍と分けて夕飯が支度される間に行われ、その後は全員で食卓を共にした。その時の話題は冬将軍についてのことばかりで、現状二軍PTとして活動しているメンバーは聞き入っていた。
「ツトムがおかしいだけだから、コリナちゃんは気にしなくて大丈夫だよっ!」
「エイミーも大概でしょ。まさか一発で強奪成功させるとは思ってなかったし」
「……ツトムはわたしに期待してなかったみたいだしね~? まぁ別にいいですけど~」
「悪かったですって」
じっとりと責めるような目で制してくるエイミーに、努は困った様子で頬を掻く。先ほどの反省会で努はゼノとエイミーを軽く見ていたと実際に謝っていたので、そのことは彼女も知っていた。
ただ努の評価はエイミーも以前から少しだけ気づいていたようで、怖い笑みを浮かべながら両頬を引っ張られる程度で済んだ。
「わたしはただのアイドルじゃない。戦うアイドルだからね! そこは間違っちゃ駄目だからね!」
「さっき散々聞かされたから、もういいよ」
先ほどアイドルについては熱く語られたので、もうお腹いっぱいである。まだまだ話し足りなさそうなエイミーに絡まれていると、ゼノが気高い笑い声をあげながら席を立った。
「はっはっは! エイミー君は私より強いのだから、強くて当然だろう? 何より、一軍に選ばれたのだから問題あるまい!」
「逆にゼノが何故そこまで自信があるのか、私は疑問」
「ん? そんなもの、決まっているではないか」
隣から口を挟んだディニエルの問いに対して、ゼノは己の左胸を頼もしそうに拳で叩いた。
「ここには皆が宿っているのだ。私が自信を無くしそうになる時、心の底から声がする。大丈夫だ、とな」
「聞いた私が馬鹿だった」
「まぁ待ちたまえよ。ディニエル君の心にも、恐らくエイミー君の声が宿っているはずさ。君が窮地に陥った時、それは必ず助けになる。先ほどの冬将軍戦では、私も君たちに助けられた」
「ディニちゃん! わたしがいるよ!」
ゼノと一緒に左胸をとんとんと叩いているエイミーを見て、ディニエルは目を閉じた。
「エイミーが死んだらそうなるかもしれない」
「ディニちゃん!? 縁起でもないよ!?」
「まぁ、あと五十年は問題ない。それまでは一緒」
エルフであるディニエルの寿命は長いため、恐らく今いるメンバーが全員死んでも彼女だけは生きている。そんなことを考えてしまったのか、ディニエルは今のエイミーを確かめるように彼女の手を握った。
するとエイミーは晴れるような笑顔でディニエルの手を握り返した後、考えるように猫耳を動かした。
「そうだね! んー、でもわたし七十歳までは生きたいかなー。だからあと二年プラスだね!」
「そう」
「それと二十歳くらいには誰かと婚約してー、子供は二人くらい欲しいかなー?」
そう言いながらちらちらと視線をよこしているエイミーに気づいていない努は、ぱりぱりのウインナーをかじっている。中にはチーズが練り込まれていて、焼かれている間に肉汁と溶け合っている。ビールにとても合うおつまみとして格別の一品だ。
(そこまで作用するものかな)
そんなものを食べながら、努はゼノの言葉を疑問に思っていた。努は『ライブダンジョン!』で三種類のクランに在籍し、その経験を持って今の立ち回りが身についている。しかしそれでもゼノの言うことはあまり信じられずにいた。
努が二番目に入った効率重視のクランで経験してわかったことは、PTの空気が悪いと結果的に効率も下がることだ。なのでゼノの言うことも一理あることはわかっている。PTの空気が良い分だけメンバーの動きも引き出せるので、そこは否定しない。
(僕には絶対無理だけどな)
ただここは現実だ。ゲームならまだ良い空気悪い空気と言っていられる余裕があるが、もし自分がゼノの立場になったら空気が良かろうと間違いなく逃げ出す自信がある。努は仲間がいるからといって、自ら痛い思いをするのはごめんだった。
恐らく冬将軍から一度でも斬りつけられれば、努はもう立てなくなる。それにガルムやダリルは別の人種なので遠い存在として見られるが、ゼノは同じ人間である。だから努はゼノを心底凄いと思ったし、自分では真似出来ないと思った。
だが努は避けタンク兼任やマウントゴーレム戦のレイズなど、自分のリスクを
そして何故か拗ねているエイミーに魚の骨で頬を刺された努は、ハンナやコリナに呆れた目で見られながら痛いと騒いでいた。
▽▽
無限の輪PTが一軍二軍と別れて階層主に向けて本格的に練習を始めたことは、迷宮マニアや観衆の間では話題となっていた。
「どっちが一軍だ?」
「ツトムのいる方だろ」
「んー、そうか。なら賭けの対象もこっちか」
「結構盛り上がってるよな。どっち賭ける?」
「流石に死ぬ方だろ。何処も厳しそうだったし」
観衆の間では未だ死んだ姿が見られていない努がいつ死ぬかというのは、良い賭けの対象になっていた。他にもどのクランが階層主戦を勝つか負けるかなどは賭けの対象になっているが、努の生き死にという題目は特に盛んだった。
「お、ゼノいるんだ。やるやん」
「あいつ一軍とか正気かよ」
「映るだけで鬱陶しいからな」
ゼノのファンは女性も一定数存在するが、意外にも男性ファンが多い。そしてその大半は純粋なファンというよりは、ゼノの書いた新聞記事を叩いて遊んできた者だ。そのため大半はゼノのことを馬鹿にしていた。
「エイミーちゃんもいるな」
「エイミーいるじゃん! 見よ!」
「ねこのひとだ!」
それに比べるとエイミーは本当にファン層が幅広く、まさに老若男女といったところである。エイミーは主婦層を初めとして家族に伝わり、子供や老人にも人気があるので迷宮都市で一番のアイドルと言えるだろう。
「え、ダリル二軍でゼノ一軍か。意外だな」
「環境対策が欲しかったんじゃね? この前俺聖騎士にエンバーオーラかけてもらったけど、全然寒さ感じなくなるしな」
「それにしたってゼノはねーだろ。無限の輪の中で一番パッとしねーぞ」
「んー、一軍より二軍の方がメンバーは面白そうだな。この前話題になったハンナとダリルに、ギルド長の娘。アルドレットクロウからの引き抜きに、祈祷師だろ?」
「いや、無難にツトムいる方がいいんじゃねぇか。ウケいいぞ」
「そうかなぁ……」
迷宮マニアの間ではどちらかというと一軍より二軍の方に興味が向かっていた。二軍PTは一軍と違って新参者が多く目新しいので、迷宮マニアからすればそちらを見たい気持ちもあった。
そして無限の輪の一軍が結成されてから様々な練習をした後、ようやく八十階層へ挑む発表がされた。その頃にはアルドレットクロウが八十階層を突破していたが、それでも冬将軍は今までの階層主の中で段違いに強いと言われていた。
三種の役割が広まってから六十階層、七十階層ともにすぐ越えていけいけムードだった大手クランの勢いを、冬将軍は冷や水をかけるように止めた。
今まで探索者たちが経験したことのない速度の居合い斬りに、研ぎ澄まされた対人能力を持つ冬将軍は異質だった。更に右の刀での遠距離攻撃に、体力低下か時間経過で巨大馬も現れる。
当初は冬将軍と馬を分断させる戦法が、シルバービーストとアルドレットクロウによって行われた。しかし馬の単体性能も馬鹿にならず、ヘイトが入れ乱れて逆に戦況が混乱するばかりだった。
それからアルドレットクロウは冬将軍と馬を分断させずに纏め、一人のタンクへ集中的に支援することで突破する戦法をとった。その後冬将軍が倒れた馬の力を吸収するなどの初見殺しを食らいながら、アルドレットクロウは幾度となく挑み最後は全員アタッカーとなって何とかゴリ押しで八十階層を攻略したのだ。
アルドレットクロウもガルムと引き合いに出されるタンクのビットマンに、努の弟子であり実力も抜きん出ているヒーラーのステファニーがいてあれほど苦戦したのだ。今回は努率いる無限の輪もそう簡単に突破出来ないだろうと、ほとんどの迷宮マニアたちは予想していた。
「さてさて、どうなるかな」
「ガルムがどれくらい粘れるかじゃない?」
「うわ、二軍も同じ時間に潜るのか。どっち見ようかな」
「そろそろツトム死んでくれよ~。ツトムの死ぬとこ見てみたい~」
そしてお手並みを拝見するかのような空気の中で、無限の輪の冬将軍戦は始まった。一軍の序盤戦はまだ観衆も余裕の表情だった。だが中盤戦で首を傾げ、終盤戦ではもはや言葉も出ない様子だった。
そして無限の輪の一軍は誰一人死ぬことなく、すんなりと冬将軍を突破した。賭けに負けた者は唖然とし、逆張りしていた僅かな者すらも言葉を失っていた。迷宮マニアや探索者は口を閉ざしている。
「何なんだあいつら……」
八十階層を突破して喜んでいる一軍PTとは対照的に、神台を見ている観衆たちはただただ呟くだけだ。そして一軍PTがギルドに戻って神台から映像が消えた後、徐々にざわつきが大きくなってきた。
「とんでもねぇな! 無限の輪最強じゃん!」
「いや、凄いな」
「は? ゼノつよ。神かな?」
一般的な観衆たちがまたもや無限の輪が階層主を初見突破したことの衝撃から帰ってきた頃、冬将軍に詳しい迷宮マニアや探索者たちは化け物に遭遇したかのような顔をしていた。
「え? 何で一発で突破出来るの?」
「さぁ……」
「何か……凄かったんじゃない?」
「いや、それを説明するのがお前らの仕事だろ?」
「……エイミーが刀を強奪したことが勝因の一つだろうが、それだけじゃないだろうしな。わからん……」
「ならば一つ、
「……あぁん? 教えられるもんなら教えてほしいもんだな、嬢ちゃ……」
後ろからかけられた柔らかい声に迷宮マニアの男が不機嫌そうに振り向くと、彼は驚いたように目を見開いた。彼が振り向いた先には、黒色のドレスを着た話題のヒーラーが立っていたからだ。
「ス、ステファニー!?」
「あら、私のことをご存じでしたの?」
「そりゃあ、神台見てる奴なら誰でも知ってるだろ!」
「それはどうも、ありがとうございます。それではお礼に一つ、お教えして差し上げましょう」
ステファニーは嬉しそうにピンクの縦ロールをたゆんたゆんさせ、支援回復スキルを複数操りながら説明し始めた。
「まず、PTの中心はツトム様ですわ。あの泥棒猫ではありませんので、そのことは念頭に置いて下さいませ」
「お、おう? まぁ確かにエイミーは刀盗んでたが、その言い方は語弊を生まねぇか?」
「まずはヘイト管理からですわね」
(無視かよ……)
迷宮マニアの男は内心毒づいたが、ステファニーと話す機会などそうそうないので聞き役に徹しながらメモを取り始めた。
「ツトム様のヘイト管理は神の域に達していると言っても過言ではありません。貴方たちはまずそのことを知るべきです」
「はぁ」
「ツトム様は何と! モンスターのヘイトに応じてスキルに込める精神力を変えているのです! そうすれば確かにヘイト管理はしやすくなるでしょうが、しかしそうしてしまえば勿論支援スキルの効果時間も変わりますし、回復スキルの効果もばらつきが起きます。だけどツトム様は支援を切らさないし、回復も丁度良い塩梅なのです!」
まるで自分のことのように話すステファニーに対して、迷宮マニアは無言の相槌を打ちながらメモを取る。
「更にツトム様はエアブレイドなどで攻撃もこなすのです。三種の役割が広まった今、攻撃している白魔道士を貴方は見たことありますか!?」
「……今のところは、シルバービーストのロレーナくらいしか見たことねぇな」
「…………」
「そ、それで、攻撃まで出来るほど、ツトム、様はヘイト管理が出来てるってことか?」
「その通りです! 付け加えるならば、同時にモンスターの動作を妨害するようにも攻撃していることです! 同じヒーラーから見れば、ツトム様の凄さは一目瞭然です!」
ロレーナのことを話した途端に空気が変わったステファニーに、迷宮マニアは焦りながら言葉を切り返す。すると彼女は途端に顔を輝かせて付け加えた。
「勿論ヘイト管理だけではありません! 他にも細かな指示出しや道具の管理、それに……」
(全然一つじゃねぇんだが……)
その後も長い間努談義に付き合わされた迷宮マニアは、一時間後ぐったりとした顔をしていた。だがその分ステファニーの言葉を参考に書いた記事は、ヒーラー職の探索者からは高評価を得ていた。
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