第199話 意外な活躍
「ほら、お風呂いこっ! お風呂!」
「わわっ」
「あれ、意外に重いねハンナちゃん」
「勝手に担いでおいてそれはひどくないっすか!?」
後ろから覗き込んでしししっと笑うエイミーに、ハンナは顔を真っ赤にして怒りながら背中の翼をはためかせた。
「ほら、コリナもいこっ! アーミラとリーレイアも!」
「けっ、うるせぇ。勝手に入ってやがれ」
軽い調子で言うエイミーに対してアーミラはうざったそうに返す。コリナとリーレイアは無言だったので、エイミーは残念そうにしながらハンナを抱えて風呂場へと駆けていった。遠ざかっていくハンナの悲鳴を聞きながら、努は落ち込んだ様子のコリナに声をかけた。
「冬将軍戦はどうだった?」
「……私のせいです」
首から提げているタリスマンを握って下向いているコリナは、修道服を着ている見た目も合わさって神にでも懺悔しているシスターのように見える。
すると先ほどゼノの妻と神台を見ていたオーリが、努に二軍PTの冬将軍戦について書かれた書類をそっと渡してきた。当初はクランハウスの経営に従事していたオーリも、今ではすっかり神台を見るようになっている。
「ありがたいんですけど、ここまではやらなくていいんですよ?」
「彼女も家事くらいなら一人で出来るようになりまして、暇になったものですから」
「……そうですか」
せっせと料理を作っている見習いの者を見て微笑んでいるオーリに、努は少し怪訝な顔をしながら書類を受け取る。
努はオーリの生い立ちを調べて、彼女が何故このクランに入ったかをある程度察していた。だが彼女は思いの外仕事が出来たので、なら目的がどうであれクランハウスの管理をしてくれるならいいと割り切っていたのだが、ここ最近はやけにクランメンバーと深く関わるように変化している。
(どうしようかな)
そろそろ暴食龍の襲撃から半年が経つので、再びスタンピードの時期がやってくる。その時に努は貴族にオーリのことを口添えしようと思っていたのだが、一度彼女に確認を取った方がいい気はした。
そんなことを努が考えている間に、オーリは耳にかかった茶髪を払いながら口を開く。
「結果としては、冬将軍の二段階目で全滅。ハンナが死んだことを皮切りにPTは崩れ、最終的にはコリナ、ハンナ、リーレイア、アーミラ、そしてダリルの順に死んでしまいました」
「その順番か。んー、ということは、ヘイト管理が上手くいかなかったみたいだね」
「……はい」
努の言葉にコリナは沈んだ様子で答える。二軍PTの冬将軍戦で一番の敗因は、早期にヒーラーが死んでしまったことだった。
コリナの支援回復自体は悪くなかった。冒険神の加護で防寒対策を施しながら、ダリルには守護の願い、ハンナには迅速の願いを常時かけていた。課題だった聖なる願いによる精神力回復も、効率的に回す練習をしていたので改善できていた。
更に蘇生に関しても死を予測する目でハンナが死ぬことは予測出来たので、早期に復活させることも出来ていた。それに今回コリナは蘇生の祈りではなく、復活の祈祷というスキルを使ってハンナを復活させていた。
復活とは蘇生の上位互換であり、体力だけでなく精神力も回復出来るし装備も元通りとなって復帰出来る。その分発動時間が長いことがネックではあるが、蘇生と違いすぐ前線に復帰させることが出来るため便利だ。
ただコリナはまだ全体のヘイトを管理することには不慣れで、初見のモンスターに対してはまだまだ甘い。努のように冬将軍の攻撃やタンクのヘイトを稼ぐスキルを『ライブダンジョン!』の知識にはめ込み、完全に把握することなどは彼女に出来ない。そのため体感で管理をする必要があったが、コリナはヘイトの見積もりが甘かった。
そしてダリルに対して万全な支援回復をしていたがために、コリナはヘイトを受け持ちすぎて冬将軍に狙われてしまったのだ。コリナは近接戦闘ならば努よりも上手く立ち回れたが、冬将軍が相手となると非常に分が悪い。そうして彼女は冬将軍に斬り殺されてしまった。
それからの戦いは支援回復がなくなり、飴玉ポーションに回復を頼っての戦いを強いられた。それに防寒対策もコリナが死んだことで薄まり、右刀の吹雪攻撃で足が止まることが何度かあった。
更にはアーミラとリーレイアの不仲も、追い詰められた状態では
そんな二人の言い争いで空気の悪い中、それでもダリルは飴玉ポーションを使って何とか耐え、ハンナも一度は死んだものの冬将軍を相手に大立ち回りを見せて奮闘していた。だが馬の出現によってハンナが不意をつかれて体当たりを食らい、頭を踏みつけられて即死。
その後はアーミラとリーレイアが馬に上手くプレッシャーを与えられず、別行動を取られてヘイトが分散してしまった。ダリルが冬将軍を一人で受け持ったが、別行動をしている馬に狙われたアーミラは龍化を持続しすぎたことによる疲れで動けなくなった。
そしてリーレイアも龍化しているアーミラのことを意識してしまって良い動きが出来ず、馬に首を噛み千切られて死亡した。その後動けないアーミラも踏み殺され、最後に残ったダリルも冬将軍と馬を同時に相手では為すすべがなく、粘った後に死亡して全滅した。
そんな戦闘の概要をオーリに聞かされた努は、考え込むように腕を組んだ。
「聞いている限りだと、ヘイトについてはダリルに頼るべきだったかな。タンクをしているだけあって、モンスターのヘイトはダリルの方が体感で良く感じられるからね」
「……はい」
「冬将軍戦の反省については今晩PTごとにやるから、そこでみんなと話し合うといいよ。これからの予定については明日改めて話すけど、取りあえずもう一度くらいは今のPTで挑んでもらうと思うから」
今回は残念ながら突破出来なかったが、PTの人選自体はそこまで悪くはなかった。冬将軍は近寄られると冷気を発して動きを封じようとしてくるため、手数を稼いでDPSを出すエイミーとは相性が悪い。
だがアーミラは大剣という武器も相まって一撃が重い。そのため一撃当てて離脱を繰り返せばかなりDPSを稼げるので、冬将軍との相性は良い。リーレイアもサラマンダーを使って弱点を突けるし、遠近備わっているため使い勝手が良いだろう。
避けタンクのハンナはコリナとの相性抜群であるし、ダリルもガルムに負けないほどのタンクだ。アーミラとリーレイアという不安要素はあったが、それを抜きにしても勝てる見込みのあるPTではあった。
「ただいま! マイクランハウス!」
そんなことを努が考えているとクランハウスに威勢の良い声が通った。努が嫌そうな目で振り向くと、そこには道場破りでもするかのようにリビングの扉を開けたゼノがいた。
「やぁ! 待たせたね!」
「どうも。今日はわざわざ来てくれてありがとうございます」
「はっはっは! 問題ないとも! 妻は説得してきた!」
手を腰に当てて
(まぁ、ゼノとエイミーが予想以上に強かったから、コリナには偉そうなこと言えないけど)
努は二階に上がって風呂場に行こうとしたが、一番風呂はガルムに取られていた。努は若干ショックを受けながら自分の部屋に帰り、机の前でそう思案する。
ゼノは人間的に中々面白く、影響力もエイミーほどではないがある方だ。だがタンクとしての実力はマウントゴーレム戦を見てからそこまでの評価はしていない。なのでゼノは寒さに弱いディニエルをエンバーオーラで機能させるだけで、タンクとしての働きはそこまで期待していなかった。
それにエイミーも手数を稼いで出血狙いの立ち回りが、冬将軍相手では機能しづらい。双波斬を踊るように放つ連撃は見事なものだが、立ち巻く吹雪でその威力も弱くなる。対人戦闘能力は高いものの、冬将軍相手は明らかに不利に見えた。
そのため努はゼノをガルムの休憩時に少しでも時間を稼ぐ肉盾、エイミーはディニエルのやる気上げと、いざという時の時間稼ぎ役としか見ていなかった。
だが蓋を開けてみれば二人の活躍は素晴らしかった。ゼノは一度も死ぬことなく、ガルムに負けないほどタンクの役割をこなせていた。特にガルムが重傷を負った際の粘りは、努の予想をはるかに越えていた。
普段の練習での動きを見れば、ゼノは明らかにガルムやダリルより実力は下だ。立ち回りが違うので一概には比べられないが、避けタンクのハンナよりも期待値が低いと努は見ていた。
(なのに何であれだけ耐えられたんだろうな)
ゼノは傷を負って追い詰められた分、動きが鈍ることは努も事前にわかっていた。それに彼は追い詰められようが限界の境地といった場所には到達出来ないので、だからこそ出来るだけ万全の状態にしようと回復に努めていた。
しかしヘイトの兼ね合いもあるので、常にヒールを撃って回復させるわけにはいかない。なので努は中盤辺りでゼノは一度切り捨て、ガルムにヘイトを集めさせてからレイズで生き返らせる立ち回りに切り替えた。
しかしゼノは努のダメージ計算では既に死亡しているような状態でも、動きが鈍ることはなく生きていた。限界の境地のように動きが良くなったわけではないが、それでもゼノは倒れることなく冬将軍を引きつけていた。そのことが努は正直不思議だった。
時間が経てばヘイトも減少するので、その時が来れば努もヒールをゼノに当てることも出来る。何度かエイミーとディニエルに冬将軍を受け持たせもしたが、それでもゼノの活躍なしでは冬将軍を突破することは難しかっただろう。
それにエイミーはとにかくディニエルとの連携が良かった。背後から恐ろしい速度で火矢が飛んでくる中、彼女は後ろを気にせず冬将軍に躍りかかった。火矢が当たって強度が下がった部分への的確な攻撃に、ディニエルと一緒に冬将軍を抑えることもした。
馬に対しては常にプレッシャーをかけて分断する隙を与えなかったし、それに右刀を強奪して冬将軍の遠距離攻撃手段を潰すなど個人の手柄もあった。
(右刀の破壊はディニエルかガルムに期待してたけど、あれは凄かったな。手癖が悪いって言われるだけはある)
思い返してみてもエイミーの右刀強奪は鮮やかで、あの一瞬で二本の刀を盗ることは他の誰にも出来なかっただろう。あれならば怪盗エイミーという見出しで新聞の一面に出られる。
(……そういえば、何か盗んでたって言ってたな)
冬将軍戦の時にディニエルが言っていたことを思い出した努は、自分の私物に何か異常がないか確かめた。とはいえ私物はそこまで多くないので、何か無くなればわかるはずだ。だが私物には特に異常もなかったので、努は首を傾げるだけだった。
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