第198話 ゼノの真価
寒さが原因ではない足の震えをゼノは振り切り、馬に乗った冬将軍の突進をあえて正面から受けた。
ガルムがタンクを務めている間ゼノはエンバーオーラをPTメンバーに付与していたが、何もそれだけをしていたわけではない。ゼノはガルムと冬将軍との戦闘をしっかりと観察していた。
馬に乗った冬将軍の攻撃は、事前に努から聞いていた通り激化した。遠距離攻撃である右の刀は封じたものの、高い硬度を持つ左の刀は健在している。
最も厄介な行動として懸念されていた冬将軍と馬の別行動については、強烈な矢を放つディニエルと出血狙いの絶え間ない剣戟を繰り出すエイミーがプレッシャーをかけて防げている。ただ馬上から首を刈るように振られる刀は、クリティカル判定の部位に当たれば跳ね飛ばされるだろう。
そしてガルムは冬将軍の攻撃を避けることに失敗し、腕の関節に不意のクリティカル攻撃を受け重傷を負っていた。だからこそゼノは馬上から首を刈るように振られた刀を、自分からクリティカルだけは避けて堂々と受けた。
しかしその斬撃を受けた途端にその腕は引っ張られるように持ち上がり、衝撃で肩が外れた。すれ違い様の攻撃にゼノは歯を食いしばるが、笑顔だけは崩さない。
「ふっ、何とかなりそうだ」
そして何ともないような顔で、外れた肩を自力で無理やり戻した。努から飛ぶヒールで回復され、何とか片腕を上げる。
(ぐわあぁぁぁぁぁっ!! 滅茶苦茶痛いではないか!! 二度としたくないな!)
だが内心ではあまりの痛みに絶叫していた。ゼノは王都出身の裕福な商人の子で、この世界の中では良い環境で教育を受けてきた者だ。それに神のダンジョンの探索者としても今まで最前線に立ったことがなく、死亡経験は少ない方である。
そのため過酷な環境で戦ってきたガルムのようには立ち回れないし、エイミーのように才能があるわけでもなく、ディニエルのように多大な経験を積んできたわけではない。恐らくゼノは無限の輪の中で、一番努の感覚に近い人物と言えるだろう。
高いVITとプロテクである程度痛みは軽減されるが、冬将軍の強烈な攻撃を受ければ当然痛い。ガルムやダリルのように限界の境地に入って痛みを無視して立ち回ることは、恐らく努とゼノには一生出来ないだろう。
「はっはっは! どんどん来たまえ!」
痛いものは痛い。それで動きが鈍るのは当たり前であり、耐えられないような苦痛である。つまり今のゼノはマウントゴーレム戦同様、完全に痩せ我慢しているに過ぎなかった。沼で訓練した痛み対策など、もうゼノの頭の中からすっ飛んでいる。
目で追えない剣戟に包まれたゼノは即死しないよう首だけは死守する。そんなゼノを冬将軍は刀でなます切りにしていく。
(……いっそ死んだ方が楽ではないのかね?)
全身を切り刻まれるような痛みに耐えかね、そんなことを思ってしまうゼノの背後から緑色の気が当たる。するとゼノの身体と精神を痛めつけていたものが和らぐ。
更にディニエルの火矢が馬を狙って放たれ、エイミーがその中を駆けながら近づく。努はエリアヒールの中で待機しているガルムの様子を見ながら、全員の支援を欠かさない。
「コンバットォォ! クライ!!」
黄土色の気を受けてVIT上昇が継続したゼノは、そんな三人に負けじと銀色のコンバットクライを放つ。再び冬将軍の前に出てきたゼノに、エイミーは猫耳を動かす。
「ほーら、がんばれがんばれ!」
「ガルムが回復するくらいまでは持ってね」
「言われなくとも、わかっているさ!」
「こら、ディニちゃん! 言い方わるい!」
戦闘中にもかかわらず明るいエイミーを横目に、ゼノは冬将軍の刀を真正面から受けていく。凍てつくような冷気を発している刀での斬撃を身体に受け、エンバーオーラを付与していても冷たさが伝わる。
(ふっ、大船にでも乗った気分だね)
だが自然と恐怖はない。エイミーとディニエルはアタッカーとして申し分ない働きをしているし、背後で支援回復してくれる努はタンクという役割ということもあるだろうが、ゼノからすれば神様のような存在だ。冬将軍の攻撃を予測して撃たれるヒールに、ゼノは何度救われたかわからない。
更には迷宮都市に初めて来た時に神台で見た、タンク職の中で唯一前線を張っていたガルム。彼が後ろに控えているということは、かなり心の支えになっていた。
「来たまえよ、将軍。私が相手だ」
この世界の中では努と似通った環境にあったゼノだが、苛烈な冬将軍の攻撃を受けても心が折れることはない。その理由はゼノが様々な人たちに支えられているからに他ならない。
最愛の妻を始めとし、王都からの友人、無限の輪のギルドメンバー、そして神台を通じて自分を見てくれている多くの観衆たち。そんな多くの者たちにゼノは支えられ、そしてその好意を素直に受け止められる心があった。
ゼノはもう無限の輪のクランメンバーを信じ切っている。そして今回一軍に抜擢されたことについて、ゼノは何の引け目も感じていない。周りからの期待を純粋に受け止め、力に変える心があった。
それに対して努はそもそも元の世界へと帰ろうとしていて、この世界では全員と一定の距離を置いている。それにゲームの『ライブダンジョン!』へ時間を使うため、リアルの時間をほとんど削りきって生活してきたのだ。
そして『ライブダンジョン!』の白魔導士として有名だった努は、不特定多数の顔が見えない人の好意と悪意に晒されてきた。そのため他人の好意を素直に受け取るような心はない。他人に支えられているからといって、別に強くなりはしない。
「ヒール」
ただし努はそんな状況に陥らないほど、『ライブダンジョン!』での経験をこの世界に落とし込むことが出来ていた。ヒーラーという役割上努が痛みを伴う場合は全滅時くらいで、彼の知識と優秀なクランメンバー、更に神台で先に階層主を見ることが出来ればそんな状況は皆無だろう。
そしてディニエルとエイミーの遠距離攻撃で、冬将軍の馬が倒れ伏す。冬将軍は馬上から転がるように落ちた後、粒子を放ち始めた馬に手を当てた。
「ディニエル! ストリームアロー!」
「ストリームアロー」
死にかけの馬に手を当て、更に自分を強化しようとする冬将軍へディニエルが畳みかける。流星のように降り注いだ矢は馬ごと冬将軍を覆い、努のエアブレイズとエイミーの双波斬も飛ばされた。
その跡地には冬将軍の姿は見受けられず、真っ白な魔石が落ちているだけだった。
▽▽
「ありがとー、ありがとー」
冬将軍を倒してギルドに帰り、エイミーが神台を見ていて興奮した様子のファンに対応している。ゼノは妻と
そんな中、努は遠巻きから様子を窺うように周りから見られている。一応努もスタンピードで名を上げたので、ファンの者はそれなりにいる。しかしファンの者たちは努がすぐに神台を見に行ったところを見て、声をかけるのを遠慮しているようだった。
先ほど努たちが帰還したことによって二番台へと映っている、無限の輪の二軍PT。ガルムの弟子であるダリルに、避けタンクのハンナ。竜人であるアーミラとリーレイアに、死神の目を持つ祈祷師のコリナ。
しかし馬に乗っている冬将軍と相対しているのは、ダリルのみである。他の者たちは既に見当たらない。八十階層突破PTが出て騒いでいるギルドの中を努は歩いていくと、隅の方に亜麻色の服を着た四人が固まっていた。
「お疲れ様」
「……お、お疲れっす」
努の声に反応したのはすっかり意気消沈しているハンナだけだった。アーミラとリーレイアはお互い距離を取って神台を見ていて、コリナは俯いているだけだ。
「着替えないの?」
「やー、ダリルが戻ってくるまではこのままでいるっす」
「あぁ、そうなんだ」
ぶかぶかとした亜麻色の袖を摘まみながら言うハンナに、努はそう返しながら結構空気の重い四人を見回した。
「でも、まだ終わってないっすからね! もしかしたらあの装備のまま帰ってくるかもしれないっす!」
「まぁ、流石にそれは無理だろうけどね」
ダリルは限界の境地に入れているとはいえ、回復がなければジリ貧になって死ぬだけだ。飴玉ポーションも既に尽き、冬将軍はまだ倒れる様子はないし、左右の刀も健在で馬も元気だ。勝負はもう明白だろう。
「帰っていい?」
「あぁ、お先にどうぞ。自分はもう少し見ていくから」
「じゃ」
ステータスカードを更新し終わったディニエルはそう言うと、一人クランハウスへと帰っていった。努はディニエルを見送ると、健気に応援しているハンナと一緒に二番台を見学した。
そして少しするとダリルは馬の突進に当たってしまい、倒れたところで首を刈られた。すると二番台が真っ暗となり、瞬時に違う映像へと切り替わった。
それと同時に黒門から吐き出されるように出てきた、亜麻色の服を着たダリル。彼は周りを見て自分が死んだということを認識したのか、力ない拳で床を叩いた。
「よし、じゃあ着替えたらクランハウスに帰ろうか」
「……はい」
しょんぼりとしているダリルに軽く声をかけ、無限の輪のクランメンバーたちはクランハウスへと帰っていった。
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