第197話 手癖の悪い猫

 ちょっとしたガルムの不調もすぐに修正され、冬将軍との戦闘は非常に安定していた。限界の境地に入ったタンクのガルムを努がサポートすれば、今の冬将軍ならば問題なく相手取れる。



「後ろには私がいる! いつでも代われるぞ!」

「死にそうだから代えたんだけど」



 エリアヒールの中で元気な声をあげている割に血だらけのゼノに、努は冷めた目をしながらガルムへ支援回復を送っている。



(正直ここまでやれるとは思ってなかったけど、これなら多少安心かな)



 努もゼノは練習以上の力を引き出せるタイプだとは思っていたが、ここまで成長するとは正直思っていなかった。ガルムに比べると被弾は確かに多いが、それは努の回復でカバー出来る。



「ヒール」



 それに冬将軍の攻撃も『ライブダンジョン!』での数値とそこまで変わらないため、努ならば容易にダメージ計算も行える。そのため冬将軍の攻撃値とPTのステータスを知った上でタンクの体力を管理出来るので、ヒーラーとして絶妙のタイミングで回復が行えていた。



「パワーアロー」



 そしてディニエルの穿つ矢は徐々に冬将軍の足を捉え始め、白の鎧を破壊するまでに至っている。その場所を狙ってエイミーが連撃を行うことで、冬将軍の体力をどんどんと削れていた。


 先行していたアルドレットクロウの神台映像を見たとはいえ、初見でここまで対応出来る者は限られる。長年の経験のあるディニエルと、探索者歴も長く努力を怠らなかったガルム。それと才に恵まれているエイミーでなければ、ここまでの対応力を発揮することは出来ないだろう。


 序盤こそ危うく見えたこのPTも、時間が経つにつれて安定し始めた。威勢の良いゼノの叫びと努の指示が響く中、ガルムは冬将軍を引きつけても死なない。ディニエルとエイミーの攻撃も通り始めた。


 強烈な火力を持つ炎矢を連続して当てられたことによって、冬将軍の白い鎧は所々が崩れている。それに膝の部分はエイミーの岩割刃によって既に青白い肌が露出し、青い血が流れ出ていた。



「コンバットクライ」



 青い飴ポーションを口に入れながらガルムは鮮血のようなコンバットクライを放つ。その姿は火竜に踏み潰されても這い上がってきた時のものよりも、威圧感が増しているように思える。



「双波斬!」

「ダブルアロー」



 タンクが安定していればアタッカーも十全に機能し、どんどんと冬将軍を削っていく。それにエイミーは破壊可能な右の刀も狙っているのだが、顔面すれすれの場所を通過していく斬撃にガルムは不満そうな顔で言い放った。



「少しは攻撃を抑えろ」

「ふっふ~ん。別にディニちゃんと二人なら狙われても問題ないし~。別に後ろできゅーけいしててもいいんですけど~?」

「ふん、所詮ディニエルが強いだけだろう。貴様一人では首を飛ばされるのが関の山だ」

「は? 上等じゃん」



 そしてもはやお互いのヘイトを競うように動きが素早くなっていくガルムとエイミー。ディニエルは右の刀を狙わなくなったエイミーを射抜くような視線で見つつ、冬将軍に攻撃をしていく。



「止めなくていいのかね?」

「この調子なら別にいいかな。むしろ好都合かも」



 努はある程度ヘイト計算をして問題ないと思ったので放っておいた。そんな努の様子を見てゼノは苦笑いしながらエリアヒールの中から出てくる。



「この赤いの邪魔臭いんですけどっ!」

「貴様こそちょろちょろと動き回るのは止めろ。邪魔だ」



 どんどんと苛烈になっていく攻撃に、赤い闘気の応酬。その競い合いは意外にも噛み合い、DPSを加速させていた。お互い全力でヘイトを取り合っている姿をゼノも面白がり、神の眼を二人に合わせている。


 そして全く止まる気配のない二人を阻むかのように、甲高い笛のような雄叫びが響いた。努は少し驚いたようにその方角を見た後、前線の三人に向かって指示を出す。



「随分と早いな。第二段階来るよ! 北西から! 一旦待避!」

「ちぇっ、あと少しでわたしが取れたのに」

「黙って退け」



 もう少しで冬将軍のヘイトが取れたと唇を尖らせているエイミーと、その背中を蹴り飛ばしそうな顔をしているガルムが帰ってくる。そして北西の方角から足下の雪をものともせず駆けてきたのは、青白い巨大な馬だった。



「ガルム。まだいけるね」

「あぁ」

「神台で見た限りだと、あの馬凄い速いから注意して」

「わかった」



 ボクサーのマウスピースを変えるように努は飴ポーションをガルムの口に入れる。


 冬将軍が追い詰められた最後の段階で現れる、三メートルを越す人が悠々と跨がれる巨大馬。だが努のダメージ計算ではまだ半分ほどしか削れていなかったため、早期の出現には彼も内心驚いてはいた。だがそんな表情は微塵も顔に出さず、努は少し浮き足立っているエイミーとゼノにも声をかけた。



「エイミーはディニエルの補助と、出来るなら右刀狙いでお願い。ゼノは冬将軍の動きを見て、どうにか対応出来るように意識して」

「おっけー!」

「了解した!」



 吹雪を生み出す右刀は出来るのなら封じておきたい。努の指示にエイミーとゼノは寒さを吹き飛ばすような明るい声で返事をする。



「ディニエルは馬の足狙いでお願い。好き放題動かれるとタンクが厳しい」

「カイロ頂戴」

「はい。頼むよ」

「ん」



 努に追加のカイロを渡されたディニエルは、それをぽいぽいと服の中に入れた後に返事をした。


 努がPTメンバーに指示を飛ばしている間に、氷で出来た馬鎧を着用して白い息を吐いているその馬へ冬将軍が飛び乗る。そして怒りを込めるように手綱を振るうと、青白の馬はガルムに向かってもの凄い速さで駆けてきた。



 ▽▽



 足下の雪が爆発したように弾け、冬将軍が乗っている馬が駆け出す。そして馬上から首を狙って振るわれた左の刀を、ガルムは反射的に回避する。だが完全には避けきれなかったのか、首筋からだらだらと血が流れ落ちた。



「ハイヒール」



 努のヒールによってガルムは限界の境地が維持出来る程度の体力まで回復される。目で追えないような速さにゼノとエイミーは顔を見合わせた。



「パワーアロー」



 怖いくらいに両目を開いているディニエルが放った渾身の一矢も、冬将軍が跨がっている馬は器用に避けていく。その後ディニエルは避けられないよう連続して矢を放ったが、冬将軍が右の刀を掲げると吹雪が立ち撒いてそれは防がれた。


 ディニエルは手を後ろにやって背中にあるマジックバッグから矢を選びながら、ゼノと新たに出てきた馬について話し込んでいるエイミーをじっと見た。その視線に気づいたエイミーはぎこちない様子で振り向いた。



「な、なにさー?」

「サボってないでそろそろあれ何とかして。邪魔」

「えー、ディニちゃん壊してよ。近づくだけで寒いんだよね、あれ」



 あざとげに寒がる動作をするエイミーから視線を外したディニエルは、ゼノに目を向けた。



「じゃあゼノ。なんとかして」

「私には少し荷が重いね!」



 ガルムと対峙している冬将軍の動きを見ながら、ゼノはいい笑顔でそう言いのけた。そんな三人に努もガルムに追加のプロテクを送りながら声をかける。



「多分、破壊だけじゃないと思うんだよね。右の刀を封じる方法って」

「というと?」

「見てる限りだと、冬将軍から離せればいい。だから破壊だけじゃなくて吹き飛ばしたりとか、盗っちゃうのも手だと思う」

「それなら手癖の悪いエイミーの出番。ほら、行ってきて」

「その言い方は語弊を生むよね!? 止めてね!?」



 顎で冬将軍の方へ行くように促すディニエルに対して、エイミーは努の方を気にして慌てたように手を隠している。



「いや、この前ツトムのふ―」

「わー! この話おしまい! 行ってくるから! 行ってくるから言わないで!」



 エイミーに手で口を塞がれているディニエルはもごもごとしている。そして逃げ出すように走っていったエイミーを見て、努は胡散臭そうな顔をしていた。



「え? エイミーって何か僕の物盗んでるの?」

「エイミーが何も出来ずに帰ってきたら教える」

「いや、普通に人の物を盗んだら犯罪だと思うんで、報告するのが普通だよね?」

「大丈夫。ツトムの気づかないうちに返してるはずだから」

「大丈夫ではないけどな……」



 そんな会話をしながら努はガルムの様子を見て的確な支援を行い、ディニエルは炎矢でエイミーを援護していた。


 盗難容疑者となっているエイミーは馬上にいる冬将軍へと一心不乱に駆け、右腰にある刀だけを目で捉えていた。そしてガルムをいた馬の動きが少しだけ鈍った時。



「いただきっ!」



 エイミーは猫のように飛び上がって冬将軍の上を通り過ぎ、瞬時の間に右腰の刀を二本とも奪い去った。まさか一発目で成功すると思っていなかった努は目を見開く。



「冷たーい!!」



 だがその両手に持っている刀はとても冷たかったのか、エイミーは涙目でそれをぶん投げた。速攻で刀を手放したエイミーに、努はガルムにヒールを送りながらずっこけそうになった。



「ストリームアロー」



 だがその投げられた二振りの刀には、既にディニエルが狙いをつけていた。雪の上に刺さった二つの刀に上空から炎の矢が無数に降り注ぐ。そうして遠距離攻撃を備えている刀二本は破壊された。



「ゼノ、コンクラ撃ってガルムと交代。頑張って」

「任せたまえ。コンバットォォ!! クライ!!」

「ヒール。ディニエルはゼノの援護。エイミーは万一に備えて待機!」



 馬に轢かれて片腕を骨折し、内臓などにも重傷を負っているガルムとタンクを交代させ、努はプロテクとヘイストをゼノに付与させる。そして三人に指示を出しながら牽制のエアブレイズを冬将軍に放つ。だが風の刃はまるで虫でも払うかのように刀で防がれた。


 努の攻撃は大して冬将軍に通らず、たとえまともに当たったとしてもろくなダメージは入らない。だが『ライブダンジョン!』と違い足止め程度にはなるため、ヒーラーの攻撃にも意味が出てくる。それはタンク二人が冬将軍を相手にして生き残っている理由の一つに上がるほどだ。


 そして銀色のコンバットクライでガルムに向いていた冬将軍のヘイトは、ゼノへと移る。興奮したように白い息を吐いている赤目の馬と、三日月の兜をしている冬将軍。両手に刀を持ち自分へ殺意を向けている姿に、ゼノは思わず震えそうになる。



「はっはっは! 行くぞぉぉぉ!!」



 ガルムでさえ重傷を負うほどの相手が、自分で務まるか。もしここで自分が倒れればどうなるのか。そんな不安がゼノの心の中を渦巻くが、それでも折れはしない。虚勢の笑顔を浮かべたゼノは威勢良く叫び、冬将軍を迎え撃った。


 既に刀を眼前に突き出されているような感覚。冬将軍を乗せた馬が突進してくる中でゼノを救ったのは、背後から射出された赤の矢だ。丁度前足に当たった赤の矢は弾かれるが、馬は怯んだ様子を見せてその場で足踏みするように駆ける。



「……頼もしい限りだね」



 普段のだらだらとした様子が消え失せているディニエルの援護。それにエイミーが操作している神の眼からも勇気をもらったゼノは、果敢に冬将軍へと立ち向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る