第196話 似合わないこと

「ゼノ、ガルムと交代」

「了解した! コンバットォォ!! クライ!」



 ガルムとタンクの交代を命じた努に、ゼノは己を鼓舞するように叫びながら銀色のコンバットクライを放つ。そして冬将軍の赤い視線がゼノに向いたと思うと、既に左の刀が彼の腕を捉えていた。ゼノの威勢良い笑顔が引きる。



「エアブレイド。ヒール」



 努は瞬きすら忘れるほどに冬将軍とゼノの動きを目で追い、的確にエアブレイドでの攻撃阻害と支援回復を行っていく。



「援護するよ!」

「それは頼もしい限り、だねっ!」



 他にもアタッカーで小回りの効く双剣士のエイミーもゼノの近くに立ち、彼にだけ強烈な攻撃が向かわないように援護する。その後ろではディニエルも針の糸を通すかのように矢を放って援護を行う。



「タウントスイングッ!」



 ゼノも負けじと盾を使ってのタウントスイングで冬将軍のヘイトを取り、他の者が狙われないように努める。エイミーやディニエルもいざという時には冬将軍と対峙してもらうが、まだ始まったばかりだ。ゼノは背後から度々支援回復を貰いながら、冬将軍の刀を受けて血を散らしていく。


 だがゼノもVITは高いので急所以外ならばそこまでの深手は負わない。それに努は一定の体力を維持するように回復させていたガルムと違い、ゼノに対しては常に万全な体力を維持するように回復を行っている。そのため傷は受けた時から既に回復を始め、痛みもすぐに引いていく。


 冬将軍戦はマウントゴーレム戦のように雑魚敵はおらず、全体攻撃も対策していれば容易に受けられる寒波しかない。そのため一対一になることがほとんどで、タンクとヒーラーの実力が試される場所となっている。



「ははっ。これは困った」



 冬将軍の刀を数度受けたゼノの盾はあっという間に細切れとなり、持っていたショートソードも一刀両断されてしまった。もう丸腰になってしまったゼノは乾いたような笑い声を上げながら、VITの加護がかかった己の腕で冬将軍の刀を防ぐ。



「ぐっ」



 軽口を叩くことすら出来ないほどの猛攻を受け、ゼノは何とか急所だけは防ぎながら立ち回っている。先ほどのガルムと比べるとかなり不格好であるが、それでも以前のように痛みから弱気になることだけはない。


 ゼノもマウントゴーレム戦後は妻に提案されたダンジョンでの特訓で、様々な痛みを経験してきた。特に探索者殺しで有名な沼階層での洗礼は、確実にゼノの痛覚耐性を鍛えていた。ガルムとダリルの痛覚耐性に比べるとまだ劣るが、それは二人が異常なだけだ。


 なので前回のように強烈な痛みから意識が鈍ることはない。それに特訓と違い、今の自分の後ろには仲間がいる。攻撃が当たると同時に回復を行ってくれるヒーラーの努によって、痛みはすぐに引く。それに同じタンクであるガルム。彼が後ろに控えているというだけで、ゼノにとってはとても心強い。


 それに地面の雪が抉れるほどの矢を放っているディニエルの攻撃力には期待出来るし、先ほどから神の眼を自分の方に振りながら戦闘に介入してくるエイミーの存在もありがたかった。彼女のおかげで自分の負担が減り、神の眼も目に入る位置にある。


 神の眼を通じて神台で自分を見てくれているファンに、自分の妻。その顔がゼノの頭には鮮明に浮かんでいる。だからこそ、赤い目をした恐ろしい冬将軍を相手にしてもいつもの立ち回りが出来た。



「そこだぁぁぁぁ!!!」



 ディニエルの火矢が膝に当たってよろめいた冬将軍に対して、ゼノは威勢良く声を上げながらドロップキックをかました。


 後ろへ尻餅をついた冬将軍に対してすぐにエイミーが飛びかかるが、右の刀で寒波を出されて吹き飛ばされる。そして積もっている雪の塊に頭からさくっと突き刺さった。



「にゃー!! あれうざい!」



 エイミーは面倒くさそうに叫びながらすぐに顔を出し、ふるふると首を振った。それを確認したディニエルは細長いマジックバッグから青色の飴玉を取り出すと、それをぱくりと口にする。


 八十階層では液体のポーションが凍ってしまい、飲めなくなる事態が発生することが多かった。それに冬将軍も探索者がポーションを飲もうとすると寒波を飛ばし、妨害する行動も確認されている。


 その対策として森の薬屋から作り出されたのが、飴状のポーションである。


 少し効果は落ちるがこれならば冬将軍の寒波攻撃を受けようが問題ないので、今の無限の輪PTの持つポーションはほとんどが飴玉となっている。それに飴玉ポーションはスキルを唱えながら使えるので、黒魔道士や白魔道士からすればとても有用だ。


 ただ液体のポーションと違って即効性はないので、緊急性が高い時には不便である。なのであくまで精神力を回復する青ポーション用として森の薬屋は開発したらしい。



「ディニエル。右の刀狙えそう?」

「やってるけど、避けられる。だからまずは足を封じる」



 マフラーの隙間から白い息を吐きながら鷹のような目をしていたディニエルは、努に話しかけられると途端にダルそうな表情になった。先ほどゼノがドロップキックをかました時しか良い一撃を与えられていないため、非常に面倒くさそうな顔をしている


 冬将軍の刀は左右で性能が違い、右が遠距離用、左が近距離用となっている。そして右の刀に関しては破壊が可能であり、寒波攻撃についてはある程度封じることが出来る。そのことは事前情報として伝えられていたのでディニエルも狙っていたが、中々上手くはいっていないようだ。



「了解。任せる」



 努は雪の塊に突き刺さっていたエイミーに一応メディックを当てた後、すぐにゼノへ向き直る。その隣にいるガルムは血に濡れた雪の上で装備の補充をしながら、緑の飴ポーションを舐めていた。



「ガルムは大丈夫?」

「問題ない。装備も換え終えた。すぐにでも代われるが」

「まだ待機ね。ゼノも冬将軍の動きに慣れさせておかなきゃいけないからさ」



 ゼノと冬将軍から目だけは離さずに会話する努に、ガルムは無表情で頷き返す。アタッカーについてもディニエルとエイミーで十分だと感じたので、ガルムは冬将軍の動きを見ることに努めた。



 ▽▽



(……粘るものだな)



 口の中で緑の飴玉を転がしているガルムは、少し居心地悪そうにしながら冬将軍を引きつけているゼノを見ている。一軍メンバーが決まってからガルムはゼノと過ごす機会が多かったが、正直冬将軍相手にここまで粘れるとは思ってもみなかった。


 ガルムから見るに、ゼノには才能がない。普段の練習から見ても恐らく限界の境地を使えるダリルの方が上だし、ハンナのように一点特化というわけでもない。それは努もわかっているように見えたので、今回はエンバーオーラというスキルのためにゼノを採用したのだとガルムは思っていた。


 エンバーオーラというダンジョンの環境変化に耐性を付与出来るスキルは、気温差の激しい火山階層や雪原階層にはとても有用なものだ。アタッカーについてはエイミーが採用されたが、彼女の人柄はまだしも実力は認めている。なので努の一軍メンバー選択に関しては不満などなかった。


 だが雪原階層での練習はまだしも、他のクランメンバーとの模擬戦では明らかにゼノの実力不足が浮き彫りとなっていた。それにゼノのマウントゴーレム戦もガルムは神台で見ていたので、自分が多くの時間冬将軍と対峙するだろうと想定はしていた。


 しかし蓋を開けてみれば、ゼノはもうガルムと同じくらいの時間冬将軍と対峙出来ていた。勿論ゼノはエイミーの援護込みなので同じ条件とはいえないが、それでもガルムからすれば驚愕に値することだった。


 練習で出来ないことは本番でも出来ない。努がエイミーに対して言っていた言葉をガルムは密かに至言だと思っていたのだが、どうやらゼノに限っては違うようだった。今のゼノは練習の時より動きが明らかに良い。



「コンバット、クライ!」



 神の眼目線でコンバットクライを放っているゼノは、ガルムから見ればふざけているようにしか見えない。もしダリルがあんなことをすれば確実に手が出そうになるだろうが、それでもゼノの動きは神の眼があることによって良くなっていることは明らかだ。



「はっはっは! 段々乗ってきたぞ! そぉら! タウントスイングだ!」

「うるさい」

「調子乗りすぎてさっくりやられないでよね!」

「ははは……ヒール」

「回復ありがとぅー!!」



 ゼノの口数が増えていくにつれ、PTの雰囲気も何処か良くなっているようにも思える。現状で言えば、今のところ冬将軍攻略はそれほど上手くはいっていない。神台で見ていたとはいえ初めて戦う相手なので、タンクの立ち回りは危なっかしく、アタッカーの攻撃もそれほど通っていない。なのでガルムがタンクをしていた時は、そこまで良い空気とは言えなかっただろう。



(……私は、私の仕事をするだけだ)



 ガルムがそう思考を打ち切って冬将軍やPTの動きを見ていると、努からそろそろタンクを交代するという指示が出た。すぐに装備を確認しながら身体をほぐすように準備運動を行う。



「頼むよ!」

「あぁ」



 そして血だらけになりながらも笑顔なゼノと交代する形でガルムはタンクを務める。コンバットクライを飛ばしてヘイトを稼ぎつつ、努のプロテクも受けて冬将軍の前に立った。



「支援、感謝する! 行くぞ!!」



 突然ガルムが支援に感謝した後に冬将軍へ向かって叫んだことに、ディニエル以外の者たちは目をぱちくりとさせた。


 そんなガルムの叫びと共に戦闘が始まったのだが、努は彼の動きを少しの間見て目を細めた。そして後ろで息も絶え絶えなゼノに声をかけた。



「ゼノ……は無理か。ディニエル! エイミー! 悪いけどガルムと少しだけ代わってもらえる!?」



 努は冬将軍の動きもそうだが、味方の動きも良く見ている。なのでガルムが何処か戦闘に集中出来ていないことを見抜き、すぐにタンクを交代させることを指示した。努の指示を聞いたエイミーは笑顔で、ディニエルは面倒くさそうにしながらも冬将軍に強烈な攻撃を仕掛けてヘイトを稼いでいく。



「ガルム。一旦下がってこっちに来て」

「……わかった」



 エイミーのうきうき顔にガルムは忌々しそうにした後、努の方に走ってくる。エイミーとディニエルは無限の輪の中でも対人戦に長けているため、ある程度なら冬将軍相手でも通用する。それに二人の相性は抜群のため、早々に崩されるということはないだろう。


 努は項垂れながら下がってきたガルムを見て言葉を探すように視線を彷徨わせていた。するとガルムも慌てたように藍色の尻尾を振って手を前にやった。



「……すまない。だが、もうわかった! 問題はない」

「あ、そう? うん、別にガルムはゼノの真似なんてしなくていいからね。いつも通り立ち回ってくれた方が僕も助かるし」



 突然な感謝の言葉に努も驚いていたので、ガルムと同じように若干ぎこちない様子で頷いている。そしてお互い曖昧な顔で頷き合った後、再びガルムがヘイトを取ることになった。



「別にわたしたちだけでもいいんだけどね~。行くぞっ!!」

「死ね」



 そしてエイミーにもからかわれながら、ガルムは先ほどと同じように冬将軍を引きつけることが出来た。

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