第195話 八十階層、冬将軍

「こっち」



 定期的に吹雪で視界が悪くなる七十九階層を、無限の輪の一軍PTは進んでいく。今回は昼頃から潜って八十階層への黒門を探し出し、夕方から階層主に挑む予定である。


 そして周りの景色に溶け込むような白い装備をしている努は、ディニエルの案内に従いながら薄目で吹雪の中を進んでいる。もう黒門自体は見つけているが、それでも吹雪の中歩いていると迷うことがある。


 それに吹雪の中での戦闘というものも難しい。今はもう慣れてきたのでいいが、ディニエルも最初の頃は強風によるブレで矢を外していたし、努も支援スキルの操作を見誤ることがあった。


 ただ吹雪による体温の低下などはエンバーオーラで防げるため、まだマシな方ではある。そして一軍PTは吹雪の中戦闘をこなしつつ黒門を目指し、夕方になるまでにはたどり着くことが出来た。


 それから夕方になるまでは辺りにある雪をかき集めて山を作り、周りを固めてかまくらを作って休憩をする。エンバーオーラによって体温の低下は防げるものの、強風にあおられるのは面倒なため作るに越したことはない。それにモンスターから隠れるにも有用なため、かまくら作りに関してはもはや手慣れたものである。



「あったかい」



 かまくらに入ってマフラーに口元を埋めているディニエルは、努に渡されたカイロをお守りのように握り締めている。他の者たちはエンバーオーラのおかげでそこまで寒さは感じないため、カイロは持っていない。


 エイミーは双剣の刀身を見て武器の状態を確認していて、ゼノはかまくらに入ってきた神の眼に早速ファンサービスをしているようである。



「今日はガルム君と冬将軍を倒してくるから、期待してくれ! さぁ、ガルム君もこちらに来たまえ!」

「いや、私はいい」

「へい! こっちだ!」



 よく一人でそんなに口が回るなと努が思っていると、ガルムも巻き込まれていた。神の眼に映されたガルムは警戒するような目で見返している。



「ガルム君は冬将軍をどう見る?」

「……最善を尽くすだけだ」



 そう言って口を閉ざしたガルムに対してゼノはすぐに切り返した。



「確か、君はビットマンとも多少の交流があっただろう。私としてはアルドレットクロウの八十階層突破は、彼の活躍が大きいと思うのだが」

「あの人は強い」

「ほう。具体的にはどういったところが強いのだね?」

「あの人の動作は一つ一つが洗練されている。とにかく隙が少ないし、生き残ることに関しては頭一つ抜けている。むしろ今まで評価されなかったことがおかしかったのだ」



 他人のこととなるといきなり饒舌となったガルムに、ゼノは時偶彼自身に対する質問を投げかけながら話を進めていく。普段多くを語らないガルムの喋っている姿は、神台を見ている観衆からは新鮮で面白いだろう。


 神の眼に向かって喋る二人を見てエイミーは不機嫌そうに、いーっとした顔をしている。そしてかまくらでの休憩中はゼノが司会者のようになり、四人へ話を振っていく。


 ゼノはエイミーと負けず劣らずの個性があり、一人でも十分映える。ただ一人で全部持って行くアイドル性の高いエイミーと違い、ゼノは周りを立てることが上手かった。


 エイミー個人の高い宣伝力によって無限の輪にはスポンサーから結構な金が舞い込んできているが、ゼノを中心にした休憩中の会話も中々の影響力がある。今ではそれを見るために無限の輪が映っている神台を見る観衆がいるほどで、もはや一つの番組のようになっていた。



(もはやクランじゃなくて事務所だよな)



 二人を通じて入ってくるクランへの収入は凄まじく、オーリと見習いはその対応に追われている。特にエイミーの稼ぎは相当なもので、彼女一人だけでクランを運営出来る資金を稼いでいた。


 努もどちらかというとダンジョン攻略に重きを置く方なので、これでいいのかと思ったこともある。



「七十九階層とかの吹雪は一定の時間間隔で来るから、出来るならそれまでに支援回復を済ませておきたいね。吹雪中だと視界が悪いからね」

「ふむ、そういったことを意識しているのか」



 ただヒーラーの立ち回りを話して広めるにはいい機会なので、ありがたいことではある。新聞というメディアに頼らず個人で拡散出来るのなら、それに越したことはない。


 それにエイミーとゼノが揃うともはやその二人だけで場が持つので、喋りたくなければ参加しなければいいだけだ。現にディニエルは休憩に真剣なのであまり喋らない。


 そうしてある程度話し終わるとゼノも水を飲んで休憩を挟む。ずっと喋っていて疲れないのかと努は思うのだが、ゼノは好きでやっているとのことなので放っている。


 そして夕方になると五人は最後の確認をした後、八十階層への黒門を開いた。



 ―▽▽―



 一面真っ白な雪で覆われた平地。その平地の先には和式の鎧を装備している冬将軍が立っていた。


 全長は三メートルほどと、普通の人間よりは大きい。しかしその外見はほとんど人と変わりなく、装備も同様だ。この世界には馴染みがない日本の武士をイメージした装備をし、両腰には四本の刀が差されている。


 そして真っ白な外見の中で唯一赤い目が光ると、冬将軍は腰にある刀のつかを手にした。



「プロテク、ヘイスト」



 最初の居合い斬りは黒門に入った順に狙われる。そのため最初はガルムとゼノに入らせているので、努が巻き込まれることはない。そして支援を受けた二人は真剣な目で冬将軍を捉えている。


 瞬きする間に、二人の前へ冬将軍が踏み込んでいた。そして目にも止まらぬ居合い斬りが二人の首に迫る。



「ぐっ」



 初めに狙われたのはゼノだった。何とか首への斬撃は反らせたものの、胸の鎧は紙のように裂かれていた。血が雪に落ちると同時にヒールがゼノの傷を癒す。



「コンバットクライ」



 ゼノの近くにいたガルムがコンバットクライを広範囲に広げ、下がった冬将軍に当てる。



「双波斬」

「パワーアロー」



 それを確認したと同時にエイミーとディニエルが攻撃を開始する。風の刃と矢が冬将軍を襲ったが、甲高い音と共に鎧で弾かれる。ディニエルは目を丸くした後に再び矢を番えた。


 対する冬将軍はガルムに狙いをつけ、右腰の刀を引き抜く。それと同時に寒波が吹き荒れた。ガルムは犬耳を畳みながらその場に踏みとどまり、赤い残光を走らせながら前に出てくる冬将軍を見据える。


 刀での突きを大盾で防ぐが、冬将軍の猛攻は止まらない。一撃自体はそこまで重くはないが、的確にガルムを突き崩そうと刀を振るっている。


 一歩退こうとしたガルムの左足を冬将軍は踏みつけ、右手に持つ刀を突き刺す。高いVITによってそこまで深くは刺さらなかったが、足からは少量の血が滲んでいく。



「シールドバッシュ」



 ガルムも負けじと大盾を強く突き出すが、冬将軍にすぐ押し返される。更に左腰の刀を抜刀したかと思えば、ガルムの持っていた大盾は一刀両断された。


 冬将軍の持つ右腰の刀は吹雪などの遠距離攻撃、左腰の刀は切れ味が鋭く近距離攻撃に使われる。特に左腰の刀は非常に切れ味が良く、高いVITを持ってしても切り傷を付けられる。そしてクリティカル判定ならば容易に一刀両断されるだろう。


 だが冬将軍の装備破壊については、先に戦っていたアルドレットクロウを見てわかっていたことだ。そのため装備は防寒着としか見ず、高いVITを利用しクリティカル攻撃だけは受けないように立ち回ることが前提だ。


 ガルムは使い物にならなくなった大盾を投げ捨てると、すぐにコンバットクライを放つ。VITがAを越えてくると、自身の身体の方が防具より頑丈だ。ガルムは首や頭に攻撃を受けないように気をつけながら、冬将軍の攻撃を何とか凌いでいく。



「岩割刃」

「コンバットォォ!! クライ!!」



 その背後から銀色のコンバットクライと共に、エイミーが鎧の隙間を狙って攻撃する。ゼノもガルムとすぐに変われるようにヘイトを稼ぎながら、とにかく冬将軍の動きを観察している。


 しかし冬将軍はエイミーの攻撃をものともせず、的確にガルムの腕や足を切り裂いていく。そして遂に頬にも刀が掠り、極寒の地に赤い点々が落ちる。


 だがガルムも体力が削られれば削られるほど、むしろ戦闘への集中力は増していく。限界の境地へと足を踏み入れたガルムは身体の制限が外れ、冬将軍の攻撃を受けられるようになってきた。



「ヒール、プロテク」



 そして努はガルムの集中が途切れない瀬戸際を見極め、最低限の回復を行っていく。一定の体力を確保しての支援回復は努も得意な方ではあるが、ガルムがクリティカル攻撃を受ければ終わりだ。なのでレイズをする心構えだけはしながら支援回復を行っていく。



「かったい!」



 エイミーは冬将軍の着ている鎧の硬さに憤慨ふんがいしながら、冷気を避けるように退いていく。それに真っ白な鎧は硬いだけでなく攻撃を受けると冷気を発してくるので、そこまで連続して攻撃を行うことが出来ない。



「ちっ」



 しかし地面の雪が溶けるほど強力な火矢だけは、冬将軍もそう簡単に当たってはくれない。ディニエルは軽い舌打ちを漏らしながら次の矢を番える。


 無限の輪一軍PTの冬将軍戦は、意外にも辛い立ち上がりで始まった。

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