第194話 師匠の師匠

 その模擬戦の後、アーミラは副クランリーダーであったニクスに色々と教えてもらい、後日元クランメンバーへ謝罪しに回った。元クランメンバーたちはアーミラが謝ってきたことに驚いていたが、ほとんどの者は謝罪を受け入れていた。


 だが中にはアーミラの遅すぎる謝罪に対して不満に思う者もいたので、すぐに解決というわけにはいかなかった。それに同じクランメンバーであるリーレイアも、謝罪は受け入れなかった。


 その後も大手クラン同士の八十階層突破に向けた対人練習は続いていった。一軍のメインタンクであるガルムは勿論、ゼノも彼に付いていこうと食らいついている。二軍のダリルやハンナもそれに触発されたのか、適度な緊張感をもって対人戦の練習を行えている。


 それとシルバービーストとの合同練習では、努がロレーナに頼み込んで対人戦の練習を行う姿も見られていた。ちなみに祈祷師のコリナも練習に参加してこようとしたが、努は彼女の持つ棘のついた球体の武器を見て丁重に断った。


 その後素手のコリナにすら組み伏せられて関節を決められる始末だったので、流石のガルムも呆れている様子だった。



「何故そんなにも引き腰なのだ。いつものようにモンスターと戦うようにすれば、勝負にはなるだろう」

「まぁ、僕は支援回復専門だから」

「だが、素手のコリナにすらあっさり負けるのはどうかと思うぞ」

「な、なんか、ごめんなさぃ……」

「ガルム、言い方をもっと柔らかくしないと」



 申し訳なさげに頭を下げているコリナを見て、努が半目でガルムを見つめる。だが彼はそんなことは知ったことかとでも言いたげに腕を組んだ。



「そもそも、ツトムがへっぴり腰なのが悪い」

「えぇ……」

「今はまだ治安が良いからいいが、いつ悪化するかもわからん。せめてコリナと同程度には戦えるようになった方がいいだろう」

「いいじゃん、べつに! ならわたしがツトムを護衛すればいいんでしょ? やるよ!」



 厳しい目でそう促してくるガルムの間に、エイミーが割って入ってくる。そんな彼女の申し出に努は苦笑いした後、後ろから肩をポンと叩いた。



「申し出はありがたいけど、今回は自分でやってみるよ」

「え~。いいじゃん! わたしが守ってあげるよ?」

「実際怖いこともあるし、やれることはやっておきたいしね。丁度手も空いてたし」



 支援回復については普段の練習でそこまで鈍ることはないし、フライの練習でもゼノに教えてもらおうと思っていたが今の彼には余裕がない。なので努は手持ち無沙汰になっていたことも事実だったので、対人戦についてもある程度の実力がつくまでは鍛えようと思っていた。



「対人戦に関しては本当に素人だから、みんな師匠みたいなものだね。これからよろしく頼むよ」

「師匠の、師匠……。師匠の弟子のあたしも師匠……? でもみんな師匠っすよね……」



 努の話を後ろで聞いていたハンナは、青い翼をそろそろと動かしながらちんぷんかんぷんな顔をしている。すると努がマジックバッグをごそごそとし始めた。



「つまりハンナが一番立場低いね。じゃあ今から屋台でジュース買ってきて」

「師匠!?」

「はい、これお金」

「あ、割と本気なんっすね!?」



 様々な形をした金色の貨幣であるG《ゴールド》を手渡されたハンナは、巣から落ちたヒナ鳥のような顔をしている。



「あ、ハンナちゃん。わたしのもお願いねー」

「俺のも頼むわ」

「わーん!! いってくるっすぅぅぅ!!」



 畳みかけるようにエイミーやアーミラにそう言われたハンナは、努が止める前にもの凄い速さで訓練場を出て行ってしまった。抜けた青い羽根がひらひらと宙を舞う。



「私も頼めば良かった」

「止めてやってくれ」



 澄まし顔で言うディニエルに、努はハンナが出て行った方角を向きながら素早く言葉を返した。


 そして数分後に帰ってきたハンナはディニエルにもジュースを求められ、半泣きで買いに行った。


 そんな中で合同練習は進んでいったが、一度だけではあるが八十階層を一人で突破したメルチョーも参加してくれた。ただメルチョーと無限の輪のクランメンバーとの模擬戦は瞬く間に話題になり、公開訓練場の席が埋まるほど見物人で溢れかえることになった。


 ただ数十年対人戦を行っているメルチョーとの模擬戦は、中々良い刺激になったようである。ゼノは何かを掴んだような顔をしていて、同じ拳闘士であるハンナは魔流の拳に興味をもったようである。



「ほっほっほ。怖かったわい」

「致命傷は取りたかった」



 そんな模擬戦の中でも一番話題となったのは、ディニエルの試合だった。結果としてはメルチョーの勝利で終わったが、それでも彼に血を流させるくらいには善戦していた。


 努としては全力のディニエルが負ける姿が見られたので、ハンナと一緒にほくほくとした顔をしていた。するとディニエルはそんな二人の方に近づくと、ハンナの頭を拳で挟んでぐりぐりとした。



「師匠だって共犯っすよぉぉぉ!?」

「これは八つ当たり」

「余計たちが悪いっすよねぇぇ!?」



 ただ努はディニエルが汗をかくほど全力で戦うとはそこまで思っていなかったので、少し意外だった。


 そうして大手クランでの共同練習を始めてから、一ヶ月が経過した。そしてアルドレットクロウの一軍が、ついに八十階層を突破するに至った。



 ―▽▽―



「おぉ~。相変わらず上手いね~」



 休日のクランハウスのリビングでは、エイミーがディニエルの膝枕に頭を預けている。ディニエルは少し大きい綿棒を手に持って、それで猫耳の方を掃除していた。


 ディニエルは耳かきが上手い。とはいえそれは元々獣耳を触るために習得した特技であった。なのでガルムの犬耳も触ろうと耳かきを申し出たのだが、彼には店で取ってもらうので十分だからと断られ、ダリルは垂れ耳を両手で塞いで逃げていた。



「ん~~。そこそこ~」

「じっとして」



 ただその耳かきの技術は素晴らしいのか、エイミーは時々気持ちよさそうに身をよじっている。それにディニエルも薄い猫耳を触って何だか幸せそうな顔をしているので、Win-Winの関係のようだ。



「せい!」



 その横ではハンナが屑魔石を更に小さくした物を指に挟んで、ぐっと握り潰している。そして軽く手に切り傷をつけては安価の不味いポーションで傷を治していた。


 ハンナはメルチョーとの模擬戦で魔流の拳というものに興味を持ち、今は軽い練習をしているようである。ちなみに先日は神のダンジョンで小魔石を砕き、右手を爆発させていた。それからはメルチョーに指導されて砂粒のような魔石で練習しているようである。


 ただ魔流の拳は幾多の実力者が習得に励んでも出来なかった技術であり、メルチョーもハンナの鳥頭には手を焼いているようである。神のダンジョンでいけそうと言いながら中魔石を砕いて爆発四散した時は、流石のメルチョーも呆れたように目頭を押さえていた。


 ガルムやダリル、ゼノは休みの日も朝から走り込みをしていて、アーミラは実家に帰ってカミーユと模擬戦をしている。そしてコリナは回復役として連行されていったようだ。


 そして努はアルドレットクロウが八十階層を突破したということで、資料を見ながらPTの調整や確認を行っているところである。無限の輪も近々八十階層に挑むので、その確認作業は真剣そのものである。


 そんな努の隣に土色の服を着た少女が座った。ここ一ヶ月近く努と契約していない、土精霊のノームである。


 隣に座っても反応してくれないとわかると、ノームはとてとてとあどけない動きで正面に位置取った。そして机に顎を乗せて努の作業風景を覗き込むようにしていると、そんなノームの顔に水色の粘体生物が飛びかかった。


 水の精霊であるウンディーネ。その後ろからは小さい妖精のような見た目をしたシルフと、リズムに乗るように頭を動かしているトカゲのサラマンダーが宙を飛んできている。そんな四大精霊の後をリーレイアは慌てた様子で追いかけてきていた。



「すみません……。ノームが出てきてしまったら、他の精霊たちも付いていってしまって」

「いや、別にいいよ」



 リーレイアは朝から精霊たちに魔石を与えている。だが最近の出番のなさに業を煮やしたノームの脱走を皮切りに、精霊たちが一斉に出てきてしまったようだった。


 シルフが顔の周りをくるくると周り、サラマンダーはまるでDJのようにノリノリ。スライム状のウンディーネは土人形のノームを飲み込み、溶かしてしまっているようだ。泥を混ぜこんだスライムのようになっているウンディーネを見て、努はちょっと引きながらリーレイアに聞いた。



「思いっきり溶かされてるけど、大丈夫なの?」

「はい。今ここに契約して存在している精霊は仮の姿のようで、本体は別ですので大丈夫かと」

「へー」



 リーレイアの言葉に努は気難しそうな顔をしながら返事をする。そしてリーレイアがまたノームと契約をすると、両手を挙げて少女が復活した。



「もうこれがノームのデフォルトなの?」

「そうなってしまいましたね……。ですが、親和性は以前よりも高まりましたよ」

「そりゃよかったね」



 くっついてくるノームの頭を押さえている努に、リーレイアは目を閉じて淡々と受け答えしている。サラマンダーは努の頭上で口をあんぐりと開けていて、シルフは笑顔で辺りを飛び回っている。ウンディーネは水色に戻ると努の右ポケットに収まった。



「アーミラとは、まだ上手くいってないみたいだね」

「…………」

「別に謝られたからって許せとは言わないけど、問題は起こさないでね」

「わかっています」



 きっぱりとした顔で告げたリーレイアに、努は自分の頭からサラマンダーを降ろす。二軍のPTリーダーであるダリルからは聞かされていないが、まだリーレイアとアーミラの間に確執があるのは事実だ。


 これに関してはもう口で言ってどうにかなる問題でもない。ただ二軍の方もダリルを中心に良く仕上がっているので、出来れば上手くやってほしいという気持ちはあった。恐らくコリナが上手く機能すれば二軍PTも八十階層で十分に通用する。戦力的には最近伸びてきたアーミラに、対人戦は強いリーレイアがいれば十分火力は足りるだろう。


 特にアーミラがユニークスキルである龍化持ちなので、精霊との相性が良い。そのためリーレイアと上手く連携を取れれば中々良いPTになるだろう。


 努の黒髪を操縦レバーのように引っ張っているシルフも捕まえてリーレイアに返すと、彼女は固い表情のまま精霊と共に二階へ上がっていった。

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