第193話 元クランメンバーとの和解

 ニクスは意気揚々とアーミラの方へ歩いていったが、いざ声をかけようとしたところで言葉に詰まった。今までは何処か遠い存在に思えていたので、アーミラより年上ではあるが敬語で話していた。そして今改めて近づいてみてもアーミラは以前と変わらない様子だったので、ニクスは当時のことを思い出して足が少し震えた。


 その当時はアタッカーで一番強い者が偉い、という風潮があったので、ニクスは龍化を使えるアーミラを上に見ていた。だが、今は違う。環境も変わった。同じクランでもない。ニクスは意を決して声をかけた。



「よう、アーミラ」

「あ? あぁ。ニクスか。やるか?」

「お、おう」



 意外にもすぐに応答したアーミラにニクスは若干挙動不審になりながらも、白魔道士に強力なバリアを付与してもらった。そして早速大剣を構えたアーミラに対して、ニクスもレイピアを構える。



「いくぜ!」



 赤い長髪をはためかせながら突っ込んできたアーミラに対し、応戦するようにレイピアを片手に前へ出る。


 ニクスはリーレイアほどではないが、アーミラのことは結構気にしてきた方だ。当時は副クランリーダーということもあって一番怒鳴られたし、意識のない龍化時に間違って殺されることもあった。だからいつか復讐してやると考えて、アーミラの戦い方に関しては研究している方である。


 大剣は対人戦においては扱いの難しい武器である。特に近づかれた場合は大剣が振れず、一方的になることが多い。なのでニクスも一気に近づいて決めるつもりだ。


 だがアーミラもそれについては学習しているためか、中々隙をさらすことはしない。自分の得意な距離を維持し、レイピアの届かない範囲外から大剣を馬鹿みたいに振っている。



(こんなもん当たったら、腕一本持ってかれるぞ)



 恐ろしい速度で振られる大剣にニクスは戦意を削がれそうになるが、それでも勝ちに行く。アーミラのクランに在籍していた時は、惨めな気持ちで一杯だった。女のアーミラに実戦で負けたことは、まだよかった。アーミラに付いていきたいと惹かれてニクスはクランに入ったし、ほとんどのクランメンバーはそうだっただろう。


 だがアーミラはとても自分勝手で、クランも独裁的だった。それでも階層はどんどんと更新されて結果は出ていたためみんなは付いていったが、五十階層で完全に詰まった時にアーミラは周りに当たり散らし始めた。


 その中でも副クランリーダーを務めていたニクスは、最も強く当たられたといっても過言ではない。ユニークスキルを持つアーミラから徹底的に批判され、持っていた自信はみるみるうちに消滅した。しかし副クランリーダーという立場上、クランメンバーと一緒というわけでもない。副クランリーダーなのだから頑張らなければ、という思いが強かったのだ。


 それからはアーミラとクランメンバーとの板挟みとなり、それは五十階層でボイコットが起こるまで続いた。そしてクランを脱退する頃には精神がボロボロだった。幸いにもすぐにアルドレットクロウへ拾われて自信を取り戻したからいいものの、あのまま潰れていてもおかしくはなかった。



「はっ!!」



 過去の自分と今は違う。アルドレットクロウで仲間たちと切磋琢磨し、ニクスは努力を重ねてきた。だからたとえ模擬戦でも、アーミラに通用する実力はあると確信していた。


 ニクスの素早い踏み込みからの突きは、見事にアーミラの胸部を捉えた。胸部を保護していたバリアが割れる。残るは腹と足の印がついたバリア。それを破壊すればニクスの勝ちだ。


 対するアーミラは胸部への突きを受けたことに驚いたような顔をした後、軽い舌打ちを漏らした。



「龍化」



 赤髪が深紅に輝きだし、首筋にある鱗が光る。龍化。選ばれた者にだけ与えられるユニークスキル。突然目の前にきた大剣。ニクスは弾かれたように吹き飛ばされる。


 アーミラと同じく胸部の印がついたバリアを、ニクスは割られた。焦るニクスに対してアーミラはにぃっとした笑みを浮かべる。



「アーミラァァ!!」



 ニクスは激昂した様子で近づく。一直線な動き。アーミラはその直線上に大剣を置くように振るう。ニクスの腹へ大剣が直撃した。


 印のついたバリアは割れるが、ニクスはそのまま大剣を辿るように近づく。目論見が上手くいって安心していたアーミラは慌てたように大剣を引き、レイピアでの斬撃を防いだ。



「ダブルアタック」



 そこからニクスはちくちくと針を刺すように絶え間ない攻撃を繰り返す。アーミラが龍化で上がった身体能力で大きく下がろうとも、ニクスは全力で追いついて必ず一撃先手を打つ。攻撃されるまえに攻撃する。それがニクスのたどり着いたアーミラへの対策だ。


 先ほどの激昂が嘘のように、ニクスは徹底的に手数を重視してアーミラを追い詰める。アーミラは自分の思い通りにいかない時はイライラとして、動きが一直線になる傾向がある。そのことがわかっているニクスは、彼女をじっくりと追い込むつもりだった。



「ぺっ!!」



 だがその戦法はエイミーにもやられたもので、アーミラは既に対策を講じている。最近ようやく吐けるようになった火の息を、アーミラは唾でも飛ばすように吐き出す。それはまだカミーユほど強烈ではないが、それでも火傷を負うくらいのものを吐けるようになっていた。


 熱せられた唾を吐かれるのは流石に予想外だったのか、ニクスは顔を手で覆いながら慌てて離れる。エイミーとの模擬戦を経て習得した火の唾は、ニクスの得ていた情報にはなかった。



「離れたなぁ!? この俺から!」



 そして一度大剣の間合いを取り戻してしまえば、アーミラの独壇場だ。彼女はエイミー以外にもガルムやダリル、リーレイアなどとも模擬戦を行っている。どの者もアーミラより強く、彼女は何度も敗北をきっしてきた。


 だがアーミラもただ負けてきたわけではない。模擬戦を反省し、毎日成長を積み重ねてきた。恐らくニクスと同程度には、アーミラも練習してきたのだ。



「おらあぁぁぁぁ!!」



 ガルムやエイミーと比べればニクスは弱い。その後アーミラの一方的な攻撃が通り始め、そして鈍器のように振られた大剣はニクスの足を掬い上げた。視界は反転し、ニクスは肩から地面に落ちて呻いた。


 治療しにきた白魔道士にアーミラは裂かれた腕や足を癒され、ニクスは外れた肩を無理矢理治された。龍化したアーミラに殺されたことのあるニクスでも悲鳴を上げるほど、その荒療治は痛みを伴うもののようだ。



(……まだ、勝てないのか)



 肩を無理矢理治されて涙目になっているニクスは、失意の表情で歯軋りする。対策はしていた。だが予想以上にアーミラは以前より強くなっていて、火の唾という意識外のこともあった。しかし負けは負けだ。


 そんなニクスにアーミラは熱に浮かされているような顔で声をかけた。



「ニクス、もっかいやろうぜ。二本先取だ。それとも、もう降参か?」

「……やるに決まってるだろ」



 アーミラの安い挑発に乗ったニクス。その後二人は何本も模擬戦を行ったが、アーミラが九勝。ニクスが一勝という結果に終わった。模擬戦が終わるとニクスは降参するように倒れ込み、アーミラは待機している白魔道士に治療を受ける。



「くそ……どんだけ、体力、あるんだよ」

「はっ、まだまだだな。ニクス」



 十戦を終えて息も絶え絶えなニクスに対して、アーミラは少し息を乱す程度であった。勝ち誇るような顔をしているアーミラに、ニクスは目を伏せる。十戦してたった一度しか勝てなかった。勿論一勝すら出来なかった以前よりはマシだろうが、悔しいものは悔しい。



「でも、強かったぜ。……いや、なんつーか、お前は元から強かったな」

「……は?」



 アーミラの気まずそうに目を逸らしての言葉に、ニクスは心底驚いた。アーミラが人を褒めるなど、考えられないことだった。



「お前、散々俺は弱いって言ってきただろ?」

「あの時は、本当にそう思ってた。でもあれは、俺が弱いからそう見えてただけだろ。現に俺はアルドレットクロウに落ちて、お前は拾われた」



 アーミラは落ち着かないように視線を動かし、ニクスの唖然とした表情を見るとギクリとしたように動きを止める。そして赤髪を片手でくしゃくしゃと掻いた後、頭をバッと下げた。



「……悪かった。あの時の俺は、周りが見えてなかった」

「お、おう……」



 こうも素直に謝られるとは夢にも思っていなかったニクスは、突然の謝罪に怖ず怖ずとした様子で立ち上がった。そして頭を上げたアーミラと視線を合わせたが、どう言葉を切り出していいかわからない様子だった。


 ただニクスはアルドレットクロウに入って三軍に入れるまでに昇格してからは、正直アーミラに対しての憎しみは大分薄れていた。当時は腹が立っていたが、ギルド長の娘とはいえ彼女はまだ十六歳。この世界では成人扱いとなるが、それでもニクスより年下であることには変わりない。


 今回模擬戦を挑んだのもちょっとした意趣返しをしたかっただけで、そこまで深い恨みなどは抱いていなかった。



「何というか……意外すぎて言葉が出ないわ。変わったな、アーミラ」

「うるせぇ」

「ちょっと、こっち来いよ。他の奴らにも聞かせてやりてぇからさ」



 アーミラとの距離感をいまいち掴めないニクスが半笑いで後ろに振り向くと、待機していた元クランメンバーの男性たちはざわざわとした様子をしている。アーミラも何だか居心地のよろしくない様子でニクスについていく。


 そして後ろの二人に対しても以前の振る舞いについて謝罪した。最初は不審そうな顔をしていた二人の男性も、最後には模擬戦を通じて徐々に打ち解け合っていった。



「お前、いつからそんな丸くなったんだ?」

「うるせぇ」



 そんな元クランメンバーとアーミラを含めた四人の姿を、リーレイアは鋭い目で見ていた。

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