第191話 対人練習

 ディニエルと共にアルドレットクロウの冬将軍戦を見終わった努は、彼女に改めて資料を渡して付きっきりで予習させた。こうでもしないと絶対にディニエルはサボるため、目は離せない。



「これ、全部頭に入れておいてね。やってなかったら来週の休日にやらせるからね」

「…………」



 そう釘を刺されたディニエルは渋々といった様子で冬将軍の資料に目を通し始めた。それを確認した努は彼女の部屋から出て行き、ようやく終わったと一息ついた。


 今回の戦闘でもアルドレットクロウは冬将軍を突破するに至らなかったが、それでも良い勝負が出来ていた。そろそろ突破してもおかしくはない頃合いなので、努もより一層励むつもりである。そのためにはPTメンバーであるディニエルにも頑張ってもらう必要があるので、どんどんと動かしていかなければならない。



「ふん~ふふ~ふ~ふ~ん」

「お、重かったぁ!」

「疲れたっす……」



 一階のリビングに下りるとそこには鼻歌を歌いながら大量の服を眺めているエイミーと、大きい買い物袋を持っているコリナとハンナがひぃこら言っている。どうやら三人も買い物を終えてクランハウスに帰ってきたようだ。


 そんな三人に軽く挨拶をしながらクランハウスを出て、ギルドへと向かう。そして練習をするために訓練場に行くと、何やら人が賑わっていた。



「ふぅ、中々やるじゃあないか! 流石は迷宮単独制覇者といったところか!」

「…………」



 その人混みの中から演劇者のような大きい声が聞こえてきて、努はげんなりとした顔で一応見に行った。するとそこには銀髪を汗で濡らしているゼノと、無言を貫いているヴァイスが武器を持って対峙していた。その後ろにはガルムやダリル、アーミラも紅魔団のアタッカーたちと模擬戦を行っているようである。


 いつの間に紅魔団と共同練習するまでになったのかは知らないが、努は一生懸命戦っている四人を見てため息をついた。



(逆にあいつらはもう少し休むことを学んでくれないかな……)



 ゼノは基本的に妻の家に帰るため把握していないが、ガルムやダリルは休日だろうが個人練習を欠かすことなく行っている。アーミラはそれに加えて努を引き連れてダンジョンに行こうとするので、いい迷惑である。


 だが努も何だかんだダンジョンに潜って練習すること自体が好きなので、口では嫌だと言う時もあるが悪い気はしていない。それに最近はその役目がコリナになって前より誘われる機会が減ったので、内心少しだけ寂しいものを感じてはいた。


 ただ週に一度は絶対に休むよう厳命はしているのだが、それでも個人練習は結局おこなっているようである。どれだけタフなんだと努は四人を呆れた目で眺めた後、自分も個室の訓練場を借りてスキルの練習をし始めた。


 冬将軍は強烈な吹雪を引き起こす攻撃を行ってくるため、あまりフライを多用出来ない。そのため視点を下げた地上からの支援が必須となるため、努は雪原階層からフライを封印してずっと立ち回ってきた。


 そのおかげで地上からの支援にもすっかり慣れたので、正直そこまで練習するようなことはないだろう。そもそも支援回復スキル系の練習は常日頃から暇を見て行っているため、わざわざ訓練場に来る理由もない。



「エアブレイズ」



 そのため努が訓練場を使って練習するものは、基本的に攻撃スキルが主である。エアブレイドと、その上位互換であるエアブレイズ。他は聖なる光で邪を払うホーリーに、それの物理的攻撃版であるホーリーウイング。一応軽い目眩ましにもなるフラッシュを入れての五種類、それらは日常生活で練習出来るものではないので、訓練場とダンジョンで徹底して練習していた。


 ただエアブレイド、エアブレイズは風の刃を飛ばすという現象が固定されているので、応用はそこまで利かない。なのでこの二つは使用精神力を常に一定にすることに重点を置いて練習している。


 ホーリーウイングも聖属性の鋭い羽を飛ばすというもので、応用はそこまで利かない。想像によって威力の増減が出来たり、攻撃範囲を狭めたり広げたりすることくらいだろう。



「ホーリー」



 特筆すべきなのはホーリーというスキルだ。これは支援スキルと同様にそこまで制限がない。たとえばホーリーを唱えながら剣のイメージをすれば、光の剣を作成することも出来るし飛ばすことも出来る。白魔道士の攻撃スキルでは唯一応用が利くスキルで、支援スキル同様様々なことが出来る。


 ただ聖属性は闇系のモンスターに限って有効でしかない。物理攻撃を兼ね備えたホーリーウイングならまだしも、魔法攻撃であるホーリーは闇系モンスター以外にはほとんどダメージが通らない。そのため応用が利いたところで、あまり使えないという欠陥があった。


 だがアンデッド系には最大の弱点となるため、荒野階層では非常に役に立つ。それに努は八十一階層から聖属性の通るモンスターが増えることを知っているため、ホーリーの応用は事前に練習していた。


 そして二時間ほどかけて五種類のスキルを練習し終わった努は、森の薬屋の弟子が作成した少し不味い青ポーションを一口飲んで精神力を補給した。



「おえーっ」



 若干えぐみの感じる後味に努は青く染まった舌を出した後、個室の訓練場を出て受付で退出手続きをした。


 ちなみに雪原階層の後半や冬将軍戦などでは気温がマイナスになるため、ポーションが凍らないように配慮する必要がある。それに冬将軍も探索者がポーションを飲もうとすると、冷気などを飛ばして妨害するような行動が確認されている。そのため冬将軍に狙われている者は、基本的にポーション使用は出来ないと考えた方がいい。


 アルドレットクロウは今のところ火魔石を使った高価な魔道具を導入していて、どんな時でも安定して適温のポーションを飲めるようにしていた。


 だが最近の新聞記事では森の薬屋のお婆さんが、きちんと効果を発揮出来る飴状のポーションを開発することに成功したと書かれていた。努も個人的に試して欲しいと先日試作品を渡されたので、明日にでも試すつもりである。


 努個人としては一軍PTで練習することはもう細かいところくらいなので、そこまで根を詰める必要はない。ただ他の一軍メンバーも四人全員探索者歴が長いだけあってか、連携についてはもう問題ないように思える。タンク同士で起きていた考えの違いもゼノが怖じ気づかずにぐいぐいといくので大分解消されているし、アタッカー同士は意見のぶつかり合いはあるが元々仲は良いので何ら問題ない。


 努としてはディニエルとエイミーの仲が良いにもかかわらず、正面から意見をぶつけ合える絶妙な関係は声を大にして賞賛したいところであった。


 これはエンジョイ勢でもガチ勢でもないどっちつかずの中堅クランにありがちなのだが、クランメンバー同士があまりにも仲が良いとお互いに意見を言わなくなることが多くなる。たとえ効率が悪くても言わずに済ませた方が角は立たないし、関係も円滑に回る。だから互いに遠慮して何も言わず、停滞したままのんびりとしたプレイになってしまうことが多い。


 勿論そういうプレイの仕方もあるし、努も全く否定しない。エンジョイ勢だけならとても楽しく『ライブダンジョン!』をプレイ出来るだろう。だが少なくとも無限の輪はそういったクランではないため、お互いに意見をぶつけ合ってもらい最適解をクランリーダーである努が判断した方がより効率的に進む。


 その意見のぶつけ合いをエイミーとディニエルは既に何度かしていた。しかし普通は意見がぶつかり合えば関係は険悪なものとなるし、その仲裁は努も何度か経験したことがある。だが二人はそういった悪い空気がほとんどなく、冷静に意見を言い合っている。それはクランリーダーの努からすれば神様みたいな存在であった。


 それとゼノも一見プライドの塊かと思いきや、意外にもガルムに対して紳士的である。勿論自身の核となる部分は譲らないものの、物事を柔軟に捉えられる思考は大分備わっている。それに無限の輪の男性陣で一番のムードメーカーのため、PT間の潤滑油としてありがたい存在であった。


 だが実力で考えるとゼノが何処まで冬将軍相手に戦えるかということは、疑問点として存在していた。模擬戦の結果も一軍PTの中では四位と、タンクアタッカーの中では最下位であるし、マウントゴーレム戦でもダリルの記事ばかりでゼノのものは少なかった。


 ただ寒さに弱いディニエル、それにエルフの彼女ほどではないがエイミーも寒さに弱い方ではあったので、環境対策となるエンバーオーラを使えるゼノは採用しておきたかった面がある。だがそれだけでは八十階層初見突破には足りないだろう。


 たとえ限界の境地を使えるガルムでも、初見の冬将軍相手に一人ではどうしようもない。だからこそタンクのゼノを入れたが、一応努とコリナのヒーラー2でガルムを徹底的にサポートするというPTも考えてはいた。付与術士のいるアルドレットクロウとまではいかないものの、ある程度はそれでも機能する。


 だが努はそれでもゼノを入れるという選択をした。それは勿論自分が死にたくないという計算も含んではいるが、ゼノという人間をこの数ヶ月実際に見てみて、少なくとも口だけの者ではないという印象を持ったからだ。それに迷宮マニアの中でも有名であるゼノの妻から聞いた話もあり、努は一軍PTの決定を下した。



「さぁ!! もう一本よろしく頼むよ!! ヴァイス君!」

「少しは休ませろ……」



 ヴァイスに休ませろと言わせるほどの体力は、少なくともガルムやダリルに負けないくらいはある。勿論VIT頑丈さの値によって体力も上がるが、やはり基礎練習をしている者としていない者とでは違いが出る。


 現に努とコリナのVITはほぼ同等であるが、彼女の方が体力は間違いなく多い。努もそろそろ探索者となって一年を迎えそうであるが、それでも数年前から探索者と看護師を兼業してきたコリナの方が体力はあるだろう。


 ガルムとダリルに付いてこれるほどの体力に、光溢れる人間性。環境対策のスキル持ちという採用点もあるが、それだけの人間ならば努は採用しない。未だに模擬戦を行っている四人をしばらく観察した後、努は気づかれないうちにクランハウスへと帰った。

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