第190話 師弟のすれ違い

(褒められた! 認めてもらえた! ツトム様に!!)



 ステファニーは鼻歌でも歌うのではと思うくらいに上機嫌で指揮棒のように杖を振り、PTメンバーたちに支援を送る。氷のように冷ややかないつもの表情とは違うステファニーに、臨時で集められたクランメンバーたちは驚いている様子だ。


 ステファニーがロレーナやユニスに過度な干渉をした理由は、努の言っていたような意識の押しつけということもあった。だがその大部分を占めていた理由は、嫉妬だ。


 自分はこんなにも努力をし、実力も間違いなく上。にもかかわらず努から認められていたロレーナとユニスが、ステファニーは許せなかった。努が聞けば失笑するような理由だが、ステファニーにとっては死活問題だ。


 だが先ほどステファニーは、努に一番だと直接言ってもらえた。それがステファニーは嬉しすぎて、もはや気持ち悪いほどに顔が笑みで歪んでいた。今まで生きてきた中で一番の承認欲求が満たされたステファニーは、世界が輝いていた。



(えへ、えへへへへ。ツトムさまぁ、ツトム様!! ありがとうございます! ありがとうございますぅ!!)



 練習を終えて夜遅くに部屋へ帰った後もステファニーの耳には、努の言葉が反響しているようだった。その言葉を思い出す度にステファニーはぞくぞくと沸き上がる歓喜に打ち震え、興奮で全く寝付くことは出来なかった。


 そんな調子のステファニーは日記に努から拝聴した言葉を一字一句書き記し、その後も朝まで狂ったようにその字を書き続けた。彼女の興奮を表すかのように支援スキルの数々が荒ぶる。


 それからステファニーは三日三晩休むことなく動いていたが、以前のように身体を壊すこともせず、精神も健全そのものであった。朝夜の挨拶も欠かさず行いながら、ステファニーは今も笑顔でダンジョン攻略にいそしんでいる。



 ―▽▽―



(よかったなぁ。わかってもらえて)



 親の仇でも見るような目をしているユニスと、謝った後に握手しているステファニー。そんな光景が映っている神台を見て努は心底良かったと思った。自分の黒歴史を弟子に歩ませるわけにはいかないため、本当にホッとしていた。


 その後のアルドレットクロウの一軍PTは順調に八十階層で試行錯誤を重ねている。付与術士のポルクとステファニーは更に磨きがかかり、ソーヴァとルークも以前より動きやすそうになっていた。


 召喚士の中でも一番の成果を出しているルークに、アタッカーが重視されていた時代に頭角を現していたソーヴァ。そんな二人も決して弱くはなく、上手く機能すれば十分に

 活躍出来る可能性を秘めている。



「ツトムの弟子は女ばかり。欲にまみれている」

「一応ポルクも弟子枠だからセーフじゃない?」

「男もいけるんだ」

「いい加減に機嫌直してよ」



 やけに突っかかってくるディニエルにそう言うが、彼女は何ら変わらない目を向けてくるだけである。今日は彼女の休日だったのだが、アルドレットクロウが八十階層に午後から挑むとのことで急遽来てもらった次第だ。



「代わりの休みはもう取ってあるし、ダンジョンに潜るわけじゃないんだしさ」

「私は今この時を大事にしている」

「いいことそうに言っても駄目だよ。アルドレットクロウも最近は八十階層にあんまり潜らないんだから、そろそろ一度は見ておかないと不味い。それに、そもそも今の今まで神台見るのを先延ばしにしていたのはディニエルでしょ」

「やー」

「このためにわざわざエイミーを離したんだからな……。今日はしっかりと見てもらうぞ……」



 以前アルドレットクロウが本腰で八十階層に潜った時も努はディニエルを連れ出そうとしたのだが、その時はエイミーと一緒に駄々をこねられて失敗していた。だがエイミーは既にハンナやコリナと共に出かけさせたため、今日は問題ない。



「この前全員に勝ったんだしいいじゃん」

「ガルムとはいい勝負だったでしょ。あ、一人で冬将軍倒せるならいいけど?」

「けち」

「けちで結構」



 この前エイミーの提案でPT内で軽い対人戦をすることになったのだが、その結果ディニエルだけが唯一全員に勝った。弓術士のため開始位置を少し離しての模擬戦だったのだが、エイミーは完全に癖を読まれてすぐに矢尻が取られた矢を受け、バリアを割られて終了。ゼノも普段の怒りでも込められたのか、ボコボコにのされていた。


 その中でガルムが一番善戦して唯一近づけたのだが、ディニエルは意外にも近接戦すら一流だった。そして距離を詰める際にガルムも二度矢を受けて足を痛めていたため、その隙をついてディニエルが辛くも勝利を収めた。



「そういえばあの時は聞けなかったけど、ガルムはどうだった? 結構驚いていたみたいだけど」



 エイミーやゼノと対峙していた時のディニエルはいつもと変わらなかったが、ガルムが矢の被弾を最小限に防いで近づいてきた時は目が狩人のようになっていた。模擬戦が終わった後もしばらくそんな雰囲気が残っていたため、努は正直怖くて聞くことが出来ていなかった。


 するとディニエルはベンチに座りながら空を見上げた。今日は天気が良く、気候も暖かくなってきたおかげか鳥が楽しそうに鳴いている。


 そしてしばらくぼけーっと空を見上げた後、ディニエルは口にした。



「まずまずじゃない」

「まずまずかぁ。手厳しいね」

「本気で戦えば私が絶対に勝てる。そもそも真っ正面から戦わない。じっくりと時間をかけ、場所を変えて射っていく。そうすれば狂犬狩りも容易」

「ふーん。じゃあ正面から戦ったら?」

「……そんな仮定は無意味」



 それは暗に真剣勝負ならば怪しいと言っているようなものだ。模擬戦を実際に見ていた努から見ても、ディニエルは付与された三つのバリアの内二つを割られていた。端から見ても非常に白熱した模擬戦で、ディニエルの珍しく焦っているような姿も見れた。


 努がディニエルの返事に笑顔だけを返すと、彼女はうざったそうに目を細めた。



「ツトムはエイミーに遊ばれてた癖に」

「僕は対人戦なんて専門外なんだよ」

「あれでどうやって今まで無事に生きてこれたのかが不思議。そこらの子供より弱そう」



 ちなみに努も無理矢理模擬戦に参加させられたが、案の定全敗だった。特にエイミーには散々地面をオモチャのように転がされて遊ばれたので、努は若干根に持っている。



「あ、そろそろ始まりそうだね」



 そうこう話しているうちにアルドレットクロウの一軍がウォーミングアップを終え、一旦ギルドへと帰還した。恐らく少し休憩した後に八十階層へ転移するのだろう。



「何か買ってこようか」

「じゃあ付いていくよ」

「トイレ」

「さっき行ったでしょ」

「お腹痛い」

「もうそろそろ諦めたらどうだ。今日という今日は逃がさないぞ」



 立ち上がったディニエルに対して努が立ちはだかると、彼女は諦めたようにため息を吐いて座った。ようやくわかってくれたかと努も腰を下ろすと、ディニエルは片手でヘアゴムを解いた。ディニエルの象徴とも言えるポニーテールが崩れて落ちる。



「腕出して」

「腕?」

「いいから」



 有無を言わさないようなディニエルに努は怪しく思いつつも従い、彼女の前に腕を出した。するとディニエルはヘアゴムを努の腕に素早く潜らせると、思いっきり上に引っ張った後に離した。



「いったぁー!?」



 ディニエルの手から離れたヘアゴムは腕に勢いよく当たり、努はのけぞりながら悲鳴を上げた。そんな努を一頻り観察したディニエルは、無言でヘアゴムを回収して口に咥えた。



「それで許す」

「この野郎……」



 両手を後ろに回して髪を纏めながら言うディニエルに、努はひりひりと痛む腕を擦りながら目に涙を浮かべて睨んだ。


 髪を纏めてから咥えていたヘアゴムを片手に持って縛り終えたディニエルは、ちょっと苦かったのか口をすぼめている。そしてすっとぼけるように一番台を指差した。



「始まるよ」

「ディニエル、アーミラより暴力的じゃない?」

「そんなことはない」



 知らんぷりをするように横を向いたディニエル。努は丁度前に来た彼女のポニーテールを引っ張ってやりたかったが、流石に自重して止めた。

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