第189話 挨拶の重要性

 努はロレーナとユニスに強く当たっているらしいステファニーを説得するため、まずは予定を聞こうとアルドレットクロウに訪ねた。



「すみません。ステファニーさんに少しお話したいことがあるのですが、いつ頃空いているかわかりますか?」

「し、少々お待ち下さい」



 突然そう尋ねてきた努に受付の者は慌てながら走って行った。そして少しすると今すぐ案内出来るとまで言われたので、努は内心運がいいなと思いながら付いていった。


 そして随分と前に案内されたように思えるビュッフェ式の食堂まで進むと、受付の者がステファニーを探し始める。そしてポルクやソーヴァ、ビットマンを見つけるとそこに努を通した。



「ステファニーさんはどちらに?」

「…………」



 事務員の問いにソーヴァとビットマンは気まずそうに口を閉ざしている。すると努は椅子の足周りを支援スキルが回っているのを見て、机の下を覗いた。



「あ、いた」

「ッ~~!!」



 机の下で体育座りをしていたステファニーは、努に見つかると顔を瞬時に紅潮させて両手で目を塞いだ。そして勢い余って頭を上にぶつけて悶えていた。



「どうもお久しぶりです」

「…………」

「……えーっと、ポルク。ステファニーは体調が悪いのかな?」

「俺も知らん」



 熱でもあるのではと心配になるほど顔の赤いステファニーは、何だか息も荒く今にも倒れそうな様子である。それを見て努は心配そうに問いかけたが、ポルクはにべもなく言い返す。ソーヴァとビットマンも最近のステファニーはよくわからないため、口を挟まず見守るだけである。



「ポルクは上手くやってるみたいだね。一軍昇格おめでとう。ま、大分嫌われているご様子だけど」



 周りのポルクを見る目を察している努の言葉に、ポルクはいつの間に取ってきていたデザートを飲み込むと不機嫌そうに鼻を鳴らす。ポルクの顔には脂肪がたんまりついているせいか、本当に豚がふごふごいっているかのようである。



「ふん、この環境にいながら這い上がれない者たちは、廃業した方が身のためだ。それを丁寧に説明してやったというのに、全く、アルドレットクロウはやはり変わらんようだ」

「ま、八十階層突破を期待してるよ」

「それでツトムは後ろから俺たちの情報を取った後、楽々突破といったところか。いい性格をしている」

「どうも」

「だが、そう易々と突破は出来んぞ。ソーヴァとルークはまだしも、タンクのビットマンは優秀だ。それに、ステファニーは完璧だろ。それでも突破出来ないのだから、いくらお前でも初見突破は無理がある」



 長い黒の前髪から覗くソーヴァの目が大変なことになっているが、意外にも手は出さない。彼も目標であるヴァイスと自分を比べてしまうと見劣りしてしまうため、そこまで口を大きくして言い返せないのだろう。



「こっちは中々良いのが揃ってるからね。いやでも、そこまでアルドレットクロウと変わらないとは思うけどね。ソーヴァさんも十分強いアタッカーだし、ルークさんなんて可能性の塊じゃん」

「そうか? こいつはヴァイスファンを拗らせて自己投影するまでになってしまった、ただの哀れな一般人だろ」

「おい豚。ぶっとばすぞ」

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。気持ちはわかりますけども」

「複数の武器を使えるといっても、ヴァイスの下位互換でしかない。ユニークスキルも持っていない。猿でも真似事は出来る」

「ポルク、PTメンバーを活かすのがバッファーの役目と僕は教えたはずだよ」



 努が少し怒気を含めて声を発すると、ポルクも反抗するように脂肪で埋まって物理的に細くなっている目を見開いた。



「活かすといっても、最大値が低ければ意味がない。人によってその最大値は違う。ソーヴァは一般人程度だ。たとえばヴァイスなら、その最大値はソーヴァより高い」

「あー、ポルクでもそう思っちゃうんだ。でももし僕だったら、もっとソーヴァさんを活かせるけどね。こんな優秀なアタッカーの最大値をそんなに低く見積もるのは、バッファーとしては三流以下だよ」

「…………」



 二人の空気がどんどん悪くなる一方で、努に思いのほか評価されたソーヴァは悪い気はしていない顔をしている。そんな彼をビットマンが見ると、ソーヴァは慌てたように表情を引き締めた。



「その認識を抱えたままだと、すぐに足下を掬われるよ。ポルクならもっとソーヴァを活かせるし、ルークだって活躍させられるでしょ?」

「……俺は乗せられんぞ」

「僕が嘘を言ったことないでしょ」



 当て付けのような言葉をポルクは無視して、発散するようにデザートをむしゃむしゃと食べ始める。拗ねた様子のポルクに努は苦笑いした後、ずっとこちらを見てきていたステファニーと目を合わせた。



「ステファニーも、最近ちょっと問題を起こしているみたいだね」

「へやぁ!?」

「え? ちょっと、大丈夫?」



 まるで背中に氷でも入れられたような反応をしたステファニーに、努は怪訝そうな視線を返す。だがステファニーも流石に先ほどよりかは興奮が抑えられたのか、挙動不審に目を動かしながらも姿勢を正した。



「ロレーナとユニスといざこざを起こしてたみたいだけど」

「し、知っているのですか?」

「うん。新聞で見たからね」

「見ていた……」



 努の見ていたという言葉を聞いたステファニーの顔は、氷の指揮者という二つ名がついているとは思えないほどでれでれとしている。そんなステファニーの見たことのない表情に、周りのクランメンバーたちもざわついている。



「でも、あれはちょっとよくないと思うよ」

「ご、ごめんなさい……」

「いや、僕には別に謝らなくていいんだけど……。でもどうしてあんなことをしたの?」

「……あんな奴らがツトム様の弟子だとは、私には思えません。レベルも低ければ技術も低い。特にあの女狐は有り得ない! 有り得ないですわよね!? そうでしょう!?」



 いきなり語気を強めて言い放ったステファニーに、努は少し顔を引いた。何だかテンションがロレーナと似ているなと努は思ったが、彼女に増して目力がおかしい。少し肌寒さを感じたが努はすぐに言葉を返した。



「ステファニー。自分の感覚を人に押しつけるのはよくないよ。ロレーナやユニスはヒーラーをする目的がそもそも違うし、意識が違うのも当然だ」

「ですがっ……!! あいつらはツトム様の弟子に相応ふさわしくありません!!」

「何でそれを勝手にステファニーが判断しているのかが、ちょっと僕にはわからないね。ロレーナは僕と違う立ち回りを確立してるし、ユニスは新しいスキルを開発した。十分成果は出しているように見えるけど?」

「あんなものっ……! ツトム様の撃つスキルや置くスキルが使えないから、仕方なく使っているだけのものでしょう!? あいつらは甘えているだけです! 自分の実力と向き合わず、逃げただけではありませんか! なのにっ。なのに何故!? 何故なのですツトム様!!」



 子供が癇癪かんしゃくを起こしたように机を叩いたステファニーに、努は苦い過去を見るような顔をしていた。努も高校生の頃、『ライブダンジョン!』で野良PTに入った時に手順も知らない者が入ってきたとき、ステファニーと同じようなことをしたことがある。


 ネットで検索すればすぐにわかるようなことを知らない者ばかり入ってきて怒り、チャットで説教までしてちょっとした騒動となった。その結果まとめサイトにまで転載されてクランを追放されるにまで至っただけに、その傷跡は深い。


 ステファニーの背後で荒ぶっている支援スキルを目の端で見た後、努は真っ直ぐと彼女を見返した。



「全員がステファニーと同じ意識でダンジョン攻略しているわけでは、ないんだよ。クラン内だけならまだしも、それを他のクランの人に強要するのはよくない。わかるよね?」

「……あの二人を庇うのですね。ツトム様」

「いや、そういうわけじゃない。他人に自分のやっていることを強要するなって、僕は言ってるんだよ」

「……ツトム様がそう仰るのなら、止めます」



 途端に目が据わったステファニーはそう言って黙りこくった。ソーヴァとビットマンが固唾を呑んで見守る中、努は悩んだように腕を組んだ。



「ロレーナとユニスも、見所がある。二人とも頑張っているし、僕から見ても参考になる」

「…………」

「でも、今のところはステファニーに一番注目してるんだよ」

「……え?」



 ゆったりと動いていた支援スキルを目で追いながら言った努に、ステファニーは驚いたような顔で前を見た。努と目がはっきりと合ったステファニーは思わず固まる。



「だってさ、ステファニーは良く頑張ってるでしょ? 今も支援スキル回してるくらいだし、結構無理して練習してるんじゃない?」

「い、いえ、そ、そんなことは……しかし、挨拶をするようになってから、私は頑張れるようになれました」

「挨拶かぁ。うん。確かに挨拶は大事だよね。でも無理はしないようにね」

「は、はい! はい! 私、いつも挨拶だけは欠かさず、辛かったですけど、そのおかげで頑張れたんですの!! ツトム様のおかげですわ!!」

「あ、うん。まぁ、大事だよね」

「うふ、うふふふふ」



 そんなに挨拶の重要性についてステファニーに教えたかと努は不思議に思ったが、別に悪いことではないので適当に頷いた。すると先ほどの剣呑な空気は何処へいったのか、ステファニーは途端にもじもじとして桃色の髪を指先で弄り始めた。



「それに見てる感じだと、ステファニーがヒーラーは一番上手いしね。相当努力したんだなっていうのは見ていてわかる。だからこそ、ロレーナとユニスが気にくわなかったのかもしれないけど」

「……わ、私は、まだまだです。ツトム様はあれからも、様々な新しいことを試みていると聞きます。まだ、まだまだ、足りません」

「そんなに謙遜しなくていいでしょ。ステファニーは多分、僕の弟子の中では一番強いよ。細かいところもしっかりしてるし、よくこの短期間であれまで仕上げたね。僕も鼻が高いよ」

「…………」



 努に笑顔でそう言われたステファニーは、いきなり無言で立ち上がった。警戒するようにソーヴァとビットマンが構える中、脳天気に座っている努は首を傾げている。



「れ……れ……」

「れ?」

「練習して参りますぅぅぅ!!!」



 支援スキルをぶんぶんと振り回しながら、ステファニーは全力疾走で食堂を駆け抜けていった。ソーヴァやビットマンが珍獣を見るような目をしている中で、努もわけもわからず固まっていた。

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